世界を滅ぼした人間の供述   作:廃棄された提言

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 今回の話はフィクションです。物語の一部あるいは全体に嘘を含みます。

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今回の話はフィクションです。物語の一部あるいは全体に嘘を含みます。

「よお、久しぶり」

 

 平日の午後、閑散としたカフェの一角でやつれた男が店に入って来た私に向けて手招きする。

 

「本当は貸し切りにしたかったんだけど、生憎とそんな金は持ち合わせていないからな」

 

 席に座った私を見てそう告げる彼は、高校時代にそれなりに仲良くしていた同級生だ。私が県外の大学に進学したことで直接会う機会がめっきり減って、初めは電話でのやりとりも頻繁にしていたが徐々にお互いに新たな行動圏での人脈が固まっていったことでその機会も無くなっていった。

 

 半年に一回互いの生存を確認する電話も、大学を卒業して社会人になる頃には途絶えていた。ただ、高校の頃の印象から私は彼が今でも上手くやっていることを信じていた。偶に突拍子もないことをやらかした彼だが、学力とスポーツに長け性格も人を選ばない素直さのようなものを持っている。

 

 良く言えば純粋で、悪く言えば時としてデリカシーが無い。ただ、きちんとモラルは持って引き際を知っていた奴だから、他者との関係を険悪にしたという事例はほとんど聞かなかった。

 

 どちらかと言えばクラスの隅っこに引っ込んで本を読んでいるタイプだった私を引き摺り出して振り回した数々の思い出については、彼を表現する際に多用される“良くも悪くも”という感想が一番しっくり来る。

 偶に中指を立てたくなる出来事にも遭遇したが、陰なる者であった私の学生生活が無機質な物にならず“青春”と呼べる程度には活気付いていたのは彼のお陰であることも否定できなかった。

 

 

 そんな彼から久々の呼び出しを受けたのはつい昨日のことである。遠方に赴くことになるなら断ろうと考えていた私だが、互いの親伝いに近況が共有されていたのか彼はこちらの現在をある程度把握していて私の近所を待ち合わせ場所に指定してきた。

 

 呼び出した用件は聞いていない。だが、未だに独身どころか恋人もいないこちらを揶揄う為にサプライズで結婚報告でもしに来たとかそんなところだろうと私は考えていた。

 

「何か頼むか?」

 

 席に着いた私に、彼は本題を切り出すでもなくメニューを差し出して来た。ただ、時間帯的にランチはとっくに過ぎていたし腹もそこまで空いていない。コーヒーをブラックで注文する。

 

「お前無糖好きだよなー」

 

 糖分の摂取が怖いだけだと言う私に彼は「意味ねぇよ!」と茶化してくる。まあ、確かに、私の体型は痩せていると称すには程遠い。

 

 私は言い訳する。運動すればいつでも痩せられるのだ。運動する時間が無いだけで。

 

「そんなだから太るんだよ」

 

 そこからはコーヒーが出てくるまで他愛の無い会話で盛り上がっていた。

 

 私の引き籠り気質は彼と異なる進路を行き、一人暮らしを始めたことで更に悪化していた。こうして誰かと気軽に会話するというのは本当に久しぶりで、学生時代に戻ったような気分になれる。

 

 そのせいだろうか。私は彼が一向に現在の職だとかそういう話を持ち出さないでいることに気付かなかった。

 

「お、来たぞ無糖」

 

 従業員が運んできたグラスを軽く会釈して受け取る。

 

 今更だが、私はブラックコーヒー全般が好きなだけで特に拘りはない。精々がホットよりアイスの方が好きというレベルだが、それも私が猫舌だからだ。アメリカンだの具体的な種類の事を聞かれても全く分からない。当然、こうやって今飲んでいるカフェの商品と自販機の缶コーヒーの味の違いを聞かれたところで本当のところはサッパリだ。

 

 私がブラックコーヒー好きになったのはある事故が原因である。子供の頃、テーブルに無造作に置かれていたコップの中の黒い液体をコーラだと思って飲んだらコーヒーだった。甘味を期待していた子供舌がエスプレッソの不意打ちによりどうなったかは言うまでもない。

 だが、私は何故だかその衝撃的な出会いによって次第にコーヒーに傾倒していくようになった。結果としてコーラ及び炭酸全般が飲めなくなった。何故?

 

「………」

 

 そんな記憶を振り返りながらひんやりとした氷とコーヒーの味わいに相槌を打っていると、ふと対面の彼が無表情に黙り込んでいるのが見えた。流石にこれは普通ではないと思いグラスを置いて尋ねる。

 

「ん? あー…いや、なー……」

 

 要領を得ない。らしくないと私は感じる。だから雰囲気を紛らわせる為に冗談めかして彼女にでもフラれたのかと聞いた。

 

「……アイツとは少し前に別れたよ」

 

 マジか、と思った。同時に失敗したとも思った。これは引きたくない当たりだった。大学時代の電話越しの情報交換で、彼に恋人が出来たことは知っていた。情報は彼からしか得ていないが、確か相思相愛でそのまま行けばハッピーエンドだろうと予想していたのにまさか別れたとは思わなかった。

 

 そのことで呼び出したのかと聞く声は震えを隠せていなかったと思う。

 

「――違う。いや…完全に無関係ではないわな。うん。それとちょっと関係する形で仕方なく別れたんだ」

 

 そこでやっと私は彼の瞼に若干の隈の跡が残っていることに気付いた。

 

「お前、UMAとかオカルトとか好きだっただろ? だからちょっと聞いてくれよ、俺のやらかしたことをさ。多分、お前は興味あると思うぜ?」

 

 

――――

――――――――

――――――――――――

 

 就活をサボっていた私が右往左往していた頃、新卒でしっかりと彼は志望した企業に入って順風満帆な社会人として駆け出していた。

 

 付き合っていた彼女とも同棲状態となり、仕事も安定していて給料も十分あった。趣味の合う相手をパートナーとして選んでいたこともあり、休日を彼女のために使っても苦になる事は無い。

 

 社会人としての最初の5ヶ月は本当に何の不満もストレスも感じていなかったと彼は言う。

 

 転機は入社から5ヶ月が過ぎた時、彼の部署で異動があった。関東の本社から地方へ―――所謂“左遷”されてきた男が新しい上司としてやって来たのだという。それでも、最初の内は何も無かった。

 

「いつから目を付けられてたか(・・・・・・・・・)って言うのは、正直よく分からん。まぁ、気付いたらそうなってた」

 

 学生生活は勉強との戦いだが、社会人はシンプルにストレスとの戦いだ。業務や環境、人間関係、必ずしも好ましいとは限らないものであっても向き合わなくてはならない。

 

 新たな上司の地方へ異動してきた事実は、決して栄転ではない。その原因となった不祥事は隠されたのか一切明るみになっていなかったが、鬱屈するものは抱え続けていたのだろう。

 

 いずれにせよ、優秀で熱意のある社員であった私の友人に劣等感と嫉妬を膨らませていくようになるまで時間は掛からなかった。

 

「…切っ掛けは、些細なミスだった」

 

 幸いにもそれは大きな損害を齎すものでは無かったが、ミスはミス。上司はここぞとばかりに彼を糾弾し叱責した。

 

 そして以降、彼が何かをする度に上司が難癖を付けてくることが増えた。ネクタイの色が気にくわないとか、プレゼンの資料が分かりにくいとかだ。少しでも彼に落ち度がある時、その上司は彼を見逃さなかった。

 

 その事を聞いて、上司は優越感に憑りつかれていたのだろうと私は推測する。劣等感を抱いていた相手を偶然に近い形とは言え見下す機会が出来てしまった結果、何かの箍が外れてしまったのだ。成功体験は人を後押しする、良くも悪くも。

 

「そりゃあ俺も、最初は表面上は受け止めて内心スルーするくらいしてたさ。それ以上にエスカレートするならそれはもう不正の域だろ? 証拠集めて告発するくらいは考えてた」

 

 だが、上司の行動は一切変わらなかった。悪化も改善もしなかったのだ。男はただ、過去の失敗に起因する劣等感を私の友人を貶すことで慰めていただけだった。

 

 上司は一度失敗し蹴落とされた身だ。もうこれ以上失敗するわけにはいかなかった。“失敗”に及ばない範囲で擦り続ける矛先として私の友人を選んだだけ。改心などせず、かといって大事にもしない。卑小なその人物像こそが事態を良くない形で停滞させていた。

 

「それからたった3ヶ月で出社すると動悸がするようになった。流石にヤバいと思って元々の上司に俺とクソ上司のどちらかを異動にしてくれって頼んだ。だけど無理だった。多少(・・)人間関係が上手く行っていないくらいで人員の入れ替えなんかをして仕事を滞らせるなら、俺が我慢した方が良いって話に落ち着いた」

 

 おまけに、どうやらその嘆願によって上司は軽い叱責を受けることになったらしい。暫くして上司から向けられた理不尽な憎悪の瞳を見て、友人は会社の浅はかな善意と責任感を呪った。

 

 『君の部下からこういった苦情が出ている』程度のものだったのだろう。問題は、上司のターゲットにされていた部下とは私の友人ただ1人だったことだ。告発者の特定は容易だった。

 

 そして、元から陰湿にネチネチと小言を繰り返していた上司は更にしつこくなった。

 

「毎日のようにあのオッサンと顔を合わせるんだ。こっちがなるべく無視しようとしてんのに、呼び止められてネチネチネチネチ……。

 給料が減るわけじゃない。だから大したことじゃないって自分に言い聞かせてた。今思えば、アレは本気で俺を会社から追い出すつもりだったんだろう。………変に意地張らずに、さっさと会社を見限っておくべきだった」

 

 精密な歯車仕掛けに僅かな異物が入り込んだように、それからは徐々に何かが狂っていく日々だった。

 

「仕事でのミスが増えた。原因はクソ上司だが、そのせいで起きたミスで俺が責められる時の“正義”は間違いなくあっちに有った。それが堪らなく嫌で、そのせいでまたミスを重ねた」

 

 業績が落ちて、致命的で無いにせよ給料が減って、諸々のストレスが限界に達した結果同棲している彼女に当たりそうになったところでブチンと友人の中で何かが千切れる音がしたという。

 

 それは最後の良心の糸が切れて、彼に似つかわしくない悪意と憎悪が解放された音だった。

 

「昔、体格は良いけど鈍臭いお前を部活でずっと馬鹿にしてたAがいただろ? お前がスチールの水筒を持ってAに殴り掛かった時、俺たちは全力でお前を止めた。明らかにガチで殺しにかかってたし、そんなことで人生を棒に振らせたくもなかった。

 ―――だけど、うん、それはこういう気分だったんだなって漸く理解できたわ。後先考えろって言われたって頭に血が上り過ぎてそんなこと出来る訳がなかった」

 

 その時点で友人の中で上司を排除することは決定されていたことだった。後先考えずシンプルな実力行使に走ったかつての私のケースと違ったのは、それでも彼が理性を残していたことである。

 

「クソ上司を罠に嵌めてクビにするとか、バレないように殺すとか色々考えた。俺がやったんだってことは絶対にバレちゃならなかった。俺の人生にとっての癌になった上司を除去したら元通りの人生を取り戻さなきゃならなかったから……」

 

 少なくとも元通りとはいかなかったことを、この時点で私は知ってしまっている。これは彼の懺悔で、悔恨なのだ。

 

「そんなとき、おかしなサイトを見つけた。『嫌いなあの人を呪う方法』とか何とか。まあ、その時は俺も大分おかしかったし、お前のこともあって参考程度にオカルトを頼るのも悪くないなと思った」

 

 特にダークウェブだとかいうわけでもないネットの浅い場所に普通に存在していたサイトだ。眉唾物でしかないし、サイトを開いたのは何かを求めていたというより気紛れに近い。

 

「よくあるそういう系のサイトと違っておどろおどろしい儀式が必要だとかは全く書いてなかった。凄くシンプルな手順だった。

 

 ① 呪いたい相手の行動圏を特定する。

 

 ② 適当に汚した人形を用意する。(表情の分かるもの、布製であると良い)

 

 ③ 呪いたい相手の行動圏に2~3個の人形を設置する。設置後は定期的に人形を確認し、全て無くなっている場合は適宜補充する。(補充の際は前回の設置場所と微妙に異なる場所に設置するべきである)

 

 ④ 以上の工程を行う際に呪う対象に存在を知られてはならない。

 

 マジでこれだけ。簡単だったし、少し試してみることにした。これで効果が無くても大した損にならないし別の方法を探せばいい。効果が出れば御の字だと思った」

 

 上司の住所が分かれば、そこから行きつけのスーパーや雑貨屋、休日の行動や移動経路を知るのは難しく無かったという。

 相変わらずなその行動力に私は若干引く。だから私は昔から彼だけは敵に回そうと思わなかったのだ。

 

「人形は条件に合って安いのを適当に集めて泥水に浸した。怨念だとかお札だとか髪の毛を入れるとかはしてない。設置を始めて2~3週は特に何も無かった。ゴミか何かと間違われて回収される度に補充するルーティーンを作った。当然、クソ上司にはバレないように細心の注意を払った」

「様子が変わったのは1ヶ月経ってからだ。俺に対する態度はほとんど変わらなかったけど、明らかに挙動不審だったからな。“これはもしや?”って思ったよね」

 

 それから彼は一層精力的にこの“人形作戦”に注力するようになったらしい。人形が無くなったら補充する。補充し続ける。

 

「クソ上司は見る見る弱っていった。無断欠勤さえするようになった。そのせいで活動圏が狭まって、必然的に俺は上司の家のすぐ近くに人形を置かなきゃならなくなった。でも、もう一息だった。もう二度と俺の前でクソ上司の顔を拝まなくて良くなるまであと一歩だったんだ!!」

 

 興奮したようにそう話す彼の瞳には暗い感情が彩られている。――が、次の瞬間彼はがっくりと項垂れた。

 

「……しくじった。直接人形を置きに行ったのを見られたわけじゃない。上司の賃貸の廊下の影に人形を置いて表の道路に戻った時、振り返ったらカーテンの隙間から覗くクソ上司と目が合った。

 クソ上司は……笑ってた。泣きながら笑ってた。あんなのは見たことが無い。俺は逃げた。それまで楽しかったのに、急に何もかも怖くなった。その日は会社にも戻らなかった。

 3日後、アパートの部屋の中で上司は死んだ。自殺だった。俺が最後に置いた3つの人形に囲まれて首を吊ったらしい。現場が異様だったってことで、一応俺のところにも事情聴取に警察が来た。適当に何も知らないって嘘を吐いた。警察も結局自殺で納得したみたいで、それから追及されるようなことも無かった」

 

 そこまで語り終えて、彼は両手で目元を塞ぐようにして小刻みに震える。

 

「なあ……お前の妄想で良いから教えてくれよ…。上司に何があった…? 俺は何をしたんだ…? 上司は最後に何を考えてた…? 俺はこれからどうなるんだ…?」

 

 …正直、私の興味を惹く状況ではあったし彼が私をこうして頼って来た理由も何となく頷ける。ただ、その時は彼の中から滲みだす後悔と恐怖の念に圧倒されて思考を回すどころかマトモな返事を返すことも出来なかった。

 

「……現実から俺の望み通りクソ上司が居なくなったってのに、クソ上司は俺の夢に毎晩出てくるようになった…! 俺が用意した人形を三角点に並べて、その中心で天井から垂れたロープの輪に顎を引っ掛けて、台を蹴る前に………ッ!!」

 

 彼の呼吸は浅く、表情は青褪め、手にすら汗が浮かんでいる。

 

「……だから、彼女を遠ざけた。俺は多分、もう駄目なんだと思う。俺はこの先不幸にしかなれない。アイツをそこに引き摺り込むことは出来ない。お前も、今日俺が話したことをアイツに伝えようとするんじゃねえぞ。ガチで呪うからな」

 

 冗談めかして彼は笑う。だが、その笑みが乾いていることなどよく見てみなくても分かった。

 

「ありがとよ。聞いてくれるだけで少し楽になった。やっぱりこういうこと話すならお前だわ。お礼にここの勘定は払ってやるよ」

 

 そうは言ってもコーヒーの1杯だが。彼はケラケラと笑いながらカウンターで硬貨を支払う。その姿を最後まで確認することなく、私は席を発ってカフェの出口に向かった。

 

 その扉に手を掛けた刹那、店内の音が突如として途絶えたことで私は思わず振り返った。

 

 まず目に入ったのは、怯えた表情で私に無言で助けを求めている店員。

 

 その次に、店員の目の前でお釣りを受け取る姿勢のまま首だけをこちらに回している――――――大きく口を開いて笑みを浮かべた状態のまま硬直し、涙を流している友人。

 

 

 私は体当たりするように扉を押し開けて走り去った。いいや逃げた。

 

 その後、彼から連絡はない。

 

 彼が失踪し彼の母が必死になって探していることを、私は3日後に自分の母からの確認の電話で聞いた。私は最後にカフェで会ったことを伝えたが、話した内容や別れた時の状況は誤魔化した。

 

 ……彼は今でも見つかっていない。

 

 

――――

――――――――

――――――――――――

 

 一連の騒動が落ち着いた頃、改めて私は友人が起こし友人の身に起きたことについて考えていた。

 

 私は特に霊感があるとか何かしらの宗教に造詣があるわけではない。単なるアマチュアのオカルト愛好家だ。それは彼も理解していたことだろう。

 

 そんな頼りない存在に最後どうして会いに来たのか、本当にその気が知れないが彼は最後に私なりの答えを聞きたがっていた。

 

 だから、それを彼自身に聞かせてやることは出来ないがせめて答えは出しておこうと思い立った。

 

「本当に私の所感で良いならぶっちゃけてしまうが、今回の事件に非科学―――要はスピリチュアルな怪異だの呪いだのは一切関わっていない」

 

 ただ彼の辿り着いた呪いのサイトと呼べるものは移転されたか削除されたかで見つからなかった。そこは確かに怪しいが、逆に言えばそれだけだ。

 

 私はオカルト愛好家だが、実のところオカルトを信じていない。いいや、これだと語弊がある。非科学(オカルト)を信じていないのだ。

 テレビで特集されてる心霊だの何だのは幾らでも仕込みが可能だ。だからバラエティとしては面白いが、それらの大半は本物だと思ったことはない。

 私自身、幼少期に妙な物を見掛けたり聞いたりしたことはある。だからこそ、非科学を信じない。非科学などと理解を放棄した呼び方をしたくない。オカルトには正体がある。我々はそれを理解しようとしなくてはならない。

 

 ……少々熱くなってしまったが、これが私のスタンスだ。その上で先に述べた指摘について解説する。

 

「人形もロープも自殺も表情も、何もかも人間の手で100%再現が可能だ。ポルターガイストの一つさえ起きていない。寧ろこんな有様でどうして非科学の関与が疑われる?」

 

 結論はこうだ。

 

 友人が実施した呪いの手順は、ただ人を不安とノイローゼに陥らせるものである。

 

 どこに行っても視界に入る人形がいつまでもいなくならないことによって、掛けた対象を非異常の強迫観念に陥らせる。

 

「彼は火種を投げ込んだが、上司がどのように燃えているかは分からなかった。被害の全貌というのは被害者しか知らないものだ」

 

 捨てても捨てても舞い戻る人形群。ただ自分の近くに置かれただけであるそれらは、何も知らない身からすればどれだけ恐ろしかったのだろう。

 

 友人から聞いた上司の人物像は器の小さい人間だ。その男もまた、自分の『ちょっとした優越感に浸るための行為』が部下である私の友人にこの上ない憎悪と殺意を抱かせる結果となることには思い至らなかったのだろう。もしそうなると知っていたら、恐らく上司はそんな危険を冒すことは出来なかった。

 

 あらゆる場面に於いて、加害者は被害者を理解しない。だから、被害者は加害者に思い知らせようとする。

 

 私は今までに、突然殺されようとして混乱している人間の目というものを2度だけ見たことがある。その加害者はいずれも私だったから、彼らが本当に『何故?』と混乱している姿は脳裏に強く焼き付いている。

 その内の1人は友人も知っていたAのことだが、もう1人とは私がまだ彼と知り合っていない小学校時代に出会った悪ガキのことだ。ここではBと呼称しよう。

 

 私から見て、AもBも死に値する理由を持っていた。だがその点に於いて加害者である彼らはその事実をそこまで重要視していなかった。理由は加害者側の溜めるカルマはウィークリーミッションの如く時間でリセットされるのに対して、被害者に蓄積されていくカルマは決して消えることなく溜まり続けるからである。

 

 加害者であるAとBが私に対して“適度に弄っていた”と勘違いしている一方で、被害者である私には彼らの忘れてしまった先週分の憎悪に更に加算されて新たな恨みが載っかっていく。

 

 自分の事だから言えるが、被害者はこういうのを溜め込まない方がいい。下手に良い子ちゃんをして耐えてばかりだと行き着くところまで行き着いてしまう、私のように。

 

 Aの時は周囲の人間に止められた。結果から見ればそれで良かった。真実、殺されそうになったことでAは単純に私を恐れてちょっかいを掛けてくることが無くなった。一番平穏な形で幕を閉じた。

 

 Bは不幸だった。彼は大勢に嫌われていた。

 

「話を戻すが、これらは総じて人間の心の問題だ」

 

 思い込みによる恐怖、狂気。

 

 恐るべき物によりそれらが呼び起こされるのではない。それらを呼び起こす物を、人は恐るべきと定義するのである。

 

 私自身、鏡に映った自分自身の影は未だに直視できない。完全に身の安全を確保された状況においてもそうなのだ。それが非異常で無害な物だと理解はしていても、恐怖の感情は消えたりしない。

 タネも仕掛けもあるお化け屋敷を怖がるのと同じだ。

 

 だから、恐らくは最後、仕掛けに気付いた上司はそれでもとっくに手遅れだった。

 

 そして、その狂気を目の当たりにしてしまい自らの起こした行為に恐怖した友人も同じく。

 

「タネも仕掛けもない単なる見せかけを本物の魔法だと誤解してしまった結果、お互いに解けない呪いに掛かってしまう……」

 

 かつて被害者だった友人も結局は加害者の立場となり、上司は被害者となった立場から今際の際に思い知らせた(・・・・・・)

 まさに人を呪わば穴2つ。誰も幸せにならない悲劇の完成だ。

 

 

 

 ……友人が最後、私に会いに来たのはもしかしたら自分に掛かった呪いを解いて欲しいと縋りに来たのかもしれない。祈祷師や祓い屋は、その存在が齎す安心感と説得力によりこういった呪いを解除することが出来る。

 

 果たして彼の期待に沿えなかった私は、彼に恨まれてはいないだろうか?

 

 一連の事件を私はこのように解明する。事実がどうあれ、私にとっての真実はこの通りだ。一見してつまらない、ただの勘違いに起因する誇大妄想(パラノイア)

 

 ……だが、私は最後逃げた。己の中の恐怖に従い、涙を流して笑う友人を置き去りにしてしまった。

 

 後悔しても遅い。理解したところで恐怖が消えるわけではないとさっき自分で言ったばかりだ。―――さて、私は彼らと違って狂わずに生き残ることが出来るだろうか?

 

「……」

 

 ふと、窓の外に違和感を覚えてカーテンの隙間からベランダを確認する。

 

「―――ふふっ、果たして君はオカルトなのか? それとも本当に非科学(オカルト)なのか?」

 

 地上3階の私のアパートのベランダ、そこには汚れた人形が置かれていた。





 あとがき

 今回の話はフィクションです。物語の一部あるいは全体に嘘を含みます。
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