【誰か助けて】カルデア生存術【人類史】 作:とくめ
「君は、コイントスで人生を変えられると思うか?」と男が言った。
もし裏を選んでいればもっといい人生だったのだろうか。それがより良い選択肢だったのか。
「コイントスの裏側でも同じこと言うと思うよ」俺はテレビの電源を落として「わかりきったことにコイントスなんてしないだろう?」
「……君は何も分かっていないな」そう男は口にすると、紅茶に一しずくのミルクを落とした。黒く濁った滴が跳ねる。「…………ああ、本当に何もわかっていないらしい」
男はパイプを蒸した。白い煙が宙に漂う。
「人間とは間違える生き物だ。正しい答えを出せなければ無価値というなら、価値のある人間はこの世で私だけになってしまうからね」そう前置きしながら、男はパイプを揺らして「ただ……錯誤、錯覚に根差した思考から誤った答えに到達してしまったとしても、真面目に悩み、考えた時間は誰にも否定できない。むしろ、それは貴方だけの“他にはない”体験だ」
それが人間というものさ。初歩的なことだろう? そう男は続けた。
「……だからコイントスをするんだよ」俺は笑いながら「迷っているときにどんな選択をしたって結局は後悔するんだ。それが迷うってことなんだから」
そうして、俺は唇を結んだままリモコンを弄りテレビを付けた。今日も飽きもせずにコメンテーターが耳障りに騒ぎ立てている。
誰々と誰々が結婚した。悪徳政治家の汚職発見、殺人未遂や若者の自殺の増加率。やれ生活を安定にしろだの、基地を撤廃しろだな、果てには事実もへったくれもない噂話や、耳障りのいいコメントもあれば人格を疑うフェミニストの発言まで。
そんなある種狂言めいた発言ばかりが並び立てられている。SNSも似たようなものだ。
「……本当に。君はそれでいいのか?」
「いやまぁ……そんなもんだよ、現実なんて」
――時は満ちた。
今俺の周りには津々浦々より掻き集められた魔術師たちがズラリと並び、壇上のオルガマリーの声に耳を傾けている。幸か不幸か、以前に示されていたタイムスケジュールに何ら不備はなく。それ故にオルガマリーの機嫌も悪化することなく
オルガマリーの、少しばかりあんまりな言い草に各所から反発の声が上がるが、今の世界状況を淡々と伝えれば皆押し黙り息を飲んだ。理解力のある彼らのことだ、簡単な説明だけで理解できるのだろう。
オルガマリーがこほん、と一つ咳払いをすると、目を吊り上げその瞳孔に熱い光を滾らせる。コツリ、とテーブルを叩いた。
「これから貴方達がレイシフトするのは不明瞭な領域、西暦二〇〇四年の日本の地方都市『特異点F』
本作戦の目的は人理に於いて確認されたイレギュラーの解明、及びそれの破壊。そう、これから我々カルデアは十二年前にタイムシフトし、未来消失を"無かったことにする"。
――これは未来を救う戦いよ。その重責は我々の肩に載っていることを忘れないで」
オルガマリーは周囲をぐるりと見渡すと、パァンと両掌を打ち付け、雑念を祓うように周りを見渡した。目配せ、背面のプロジェクターが切り替わり、簡素な行動表が示される。
「まず第一段階としてAチーム八名を特異点Fに送り込みます。周囲の探索、及びベースキャンプを設立。後に続く貴方たちの安全を保障します。Bチーム以下は
では、各員霊子筐体への乗り組みを開始します。代用の利くものではないから丁寧に扱いなさい」
そういってオルガマリーは指示を出していく。
BからDチームは今回のレイシフトでは待機組だ。Aチームに異常が発生した場合に、有事に備えて俺たちは霊子筐体の中でずっと待機しなければならない。
これは未来を取り戻す戦いである。
――
「――か、はっ」
喀血。意味もわからず体を弄る激痛、其れを知覚するよりも早く喉から鮮血が溢れ出す。
唐突な炸裂音と共にガラス張りの外界との連絡口が一瞬のうちにひび割れた。肋骨右部、及び二の腕を中心にして疾る鋭痛。コフィンを貫通したそれは、螺子のように緩く回転しながら俺の右胸を抉り通し――コフィンの外へと続いている。それと同時に自分が貫かれていることを自覚し、そこを中心に蜘蛛の巣の如く拡がっていく。
暗転する。
コフィンそのものを吹き飛ばすような衝撃。その破壊力に一瞬でカプセルのカバーが外される。熱と全身を炙る痛み。コフィン内部から抜け出すように弾き飛ばされたこともあったか、突き刺さっていた鋼を衝撃で引き抜く。
「ッ。――ッァ」
右腕を発端として一文字に体を横断する激痛に、俺は生の感触を得ていた――生きている。そう、生きている。
熱を帯びる身体とは対照的に、頭の中は至って冷徹だった。
視線を走らせる。嫌に冷たい心算で周囲の情報を確認すれば、レイシフトを行うその部屋は完全に破壊され、炎に包まれていた。
殆どコフィンは薙ぎ倒され、破壊され、ものによっては砕かれたような惨状のものもある。
腕や足が爆撃の影響でばらまかれている。それは――少し前まで一緒に人類の未来を取り戻すと笑っていた筈の連中だった。
死んでいる。皆等しく死んでいる。
何が起きたと困惑し、視界が紅くなる程の怒りが湧き上がるも、其れを強引に理性で抑えつける。ここで冷静さを喪ったらもうどうしようもない。
僅かながらの生存者の気配を感じ取り、そして同時に遠方からの爆発音をもすくい上げる。
「……」
解析魔術を施し、――判断する。
現状持ち得る最大の回復手段を行使する。
「……はっ」
我ながら、酷い生き汚なさだと自嘲する。上半身は胸から横に泣き別れになりかけ、全身に満遍なく広がる火傷、右腕に至っては最早感覚すらなかった。フランケンのように継ぎ接ぎだ。
だが止まれない。止まってはならない。
突き動かされるように、俺は渦中を歩き続けた。
「嗚呼、クソ」
まさしく、地獄。
カルデアの誇る『カルデアス』は赫く染め上げられ、地球は火の海で覆われていた。煌々と唸り煙を
マシュは、オルガマリーは、ロマニは――何処だ。
彷徨うように歩いていも、あるのは炎焔焱――生命の僅かな此処に。漸く生存者を一人見つけることが出来た。
マシュだ。彼女も瀕死の重体だった。呻くように手を伸ばし、下半身が瓦礫に潰されている。
俺は無言で瓦礫を撤去。マシュを引き摺り出し肩を貸して、炎に包まれかけていたこの場を去る。他の生存者を捜さなくてはならなかった。ギチギチと引き攣った顔に笑みを浮かべる。
マシュが何かを言っていたようだが、何を言っているのかまるで聞き取れない。蓋をされたように――外界から意識が離れていく。
チカチカと視界が明滅する。体内で蠕動する血管の感触が妙に強く伝わっていた。笑いかけた膝を強引に繋ぎ止めながら、俺はマシュを肩に抱えながら出口へと向かう。
やることは決まっている。
生き残らされた俺にできるのは、みっともなくとも生存者を捜し足搔くこと。
マシュを肩に担ぎ、無理矢理にでも体を動かした。このまま外に出れば、死にはしないはずだ。外のカルデア職員と連携してマスターたちを回収すればいい。
身体を、動かす。飛び散った血飛沫が地面に斑を作った。
思い返すのは、以前職員の人から聞かされたコフィンの冷凍保存機能。緊急時用の生命維持機構。本人たちの了承が無ければ重罪行為とされるらしいが、本人たちも何もわからず焼け死ぬよりましだろう。
無事な端末から此れ迄に培ってきた全技能を用いて、全コフィン内の絶命の危機にあるマスターに対し冷凍保存の処置を実行する。不幸中の幸いにもマスター候補生は全滅という訳ではないらしい。Aチーム以下三十数名には死亡表示はない。まだ無事なのだ。
左手でデバイスに幾ら打ち込めどエラーが続発する。原因はと調べれば圧倒的電力不足。仕方なしに電力復旧と共に処置の開始を予約し再び足を動かそうと――して。
「――これは、どういうことだ?」
――システム レイシフト 最終段階へと 移行します
――座標 西暦二〇〇四年 一月三〇日 日本 マスターは最終調整に入って下さい。
――『警告』
――カルデアス に 変化 が 生じました。
――近未来 100年 に 亘り 人類の痕跡は 発見できません。
――人類の生存を 保障 できません。
――レイシフト 要員規定に 達していません。
――該当マスター 検索中。
――発見 しました。
――番号47、48 を マスター として 再登録します。
――レイシフト 開始 まで。
――3、
――2、
――1
――全行程
ファーストオーダー 実証 を 開始します。
「――、あ?」
目が、醒める。嫌に鼻をつく焼け焦げた匂いに、俺は直感的に危機を感じて身を起こした。
三半規管が狂ったようにのたうち回り、二日酔いのように頭がガンガンと鳴る。宛らバランスボールか何かに突っ込まられて上下左右に振り回されたような気分だった。
吐き気を堪えながらも俺は周りを見渡し、解析魔術を発動。口元を抑えながら首を回して情報の収集を開始――
「――ま、て」
気付く。右腕を見た。二の腕から千切れかけていたそれは完全に修復されていた。ついで胸を見た。上面だけなら正常だ。
解析する。完全とは言い難いが、死からは遠ざかっている。何故だと首を傾げつつも俺は腰のポーチを弄り、理解した。
「……くそ、やっちまった」
鬼札の一つを切ってしまった。舌打ち、だが仕方ないと嘆息する。あれは必要不可欠な消費だったと思い返すことにした。
脳幹の揺れも治まってきたのを確認して、俺はズボンの汚れを祓って立ち上がる。登る煙臭い匂い。
焦土と化し、未だ炎上を続ける汚染都市――特異点F。正式名称、地方都市冬木。その特異点へとレイシフトした俺は、奇妙な感慨を抱きかけ寸前で吐き捨てる。
地獄のような景色。咲き乱れるは炎、空に満ちる穢された呪いの風。
最悪の景色は、しかし見慣れている。海外を回り過ごした街で、いつかの記憶で、とうに見飽きてしまった。
そうだ、俺はこの街で──ここで、生まれ落ちたのだ。吐き気がする。苛立ちが止められない。止めるつもりもない。嗚呼、本当に気持ちが悪くて
ふと。
冷や水でもかけられたように精神が凍結する。冷静さが磐石のものと化すのを自覚した。落ち着け、落ち着け。
「カルデアは無事なのか」――無事だと信じる。少なくとも全滅は免れたはずだ。俺が無事レイシフトできている段階でカルデアは最悪の事態は避けられているはず。なら予備電力に切り替わりマスターたちの凍結処理が正常に施されたことを祈りばかりである。
「……さて、と」
手持ちの装備を確認する。
が、まだ動く。ならばなんとかなる――否、しなければならない。
早急にすべきは身の安全の確保とカルデアへの連絡手段の確保だ。前者はともかくとして、後者を行うにはレイラインの確保が必要か。となると先ずは地図の確保を――
「いや、それよりもこっちに来てる奴らとの合流が先か?」
薄れかけた俺の記憶が間違っていなければ、ここに来たのは俺だけではないはずだ。地図の確保と並行して行うが吉か。
指針が固まったところで、俺は道具類を仕舞い込み戦闘態勢へと移行する。といっても大したことはなく、礼装である
強化の魔術を目に叩き込み周囲を索敵する――敵、視認。
方角は北。数は五――現状の情報では不明であるため脅威と判断。身を隠しつつ移動を行う。
先ずは生き残ることが最大の難関だ。
生存すること――それは、紛うことなく俺の得意分野だった。
感想評価お待ちしております