【誰か助けて】カルデア生存術【人類史】 作:とくめ
忘れてはならないのだが、俺は魔術師としてはさほど腕があるわけではない、ということだ。
魔術回路の量も質も平凡で、強度に関してのみは遠坂にワイヤー並みの強度、とお墨付きを得ているが、その程度である。最初期に比べれば飛躍的に技術は向上したとはいえ、それでも一流には程遠い。彼らの腕一本にも満たない程度の技巧しかない。
さらに加えていえば、俺の身体状況は最悪の一途である。魔力は枯渇し、そしてそれを通す魔術回路すらも疲弊しきり、体も疲労のためかキレがない。
腕に巻き付けてある時計を確認して体内時計との差異を確認し擦り合わせる。差は凡そ八時間といったところである。
それはいい。これから先動くのに関して、そう障害にならないことはわかっている。
ならば、今何が枯渇しているのか?
物資と休養。圧倒的に資材と休みが足りない。身体にいたっては普段であれば即座に休養を取らねばならないレベルだ。
体内が荒れ狂っている。何時もならば鎮静剤でもと思っているところだが――
「……まさか、こんなことになるとはなぁ」
一面に広がる炎。炎上し煙に巻かれた汚染都市を見ながら、俺は思わずといった具合で溜め息をついた。
こんな状況では潤沢な物資など望めるわけがない。
カルデアとの連絡が取れない以上、向こうからの援助もないと思っていいだろう。カルデアからの供給魔力も殆どなく、これでは元より予定されていたサーヴァントの召喚なぞできるはずがなかった。トップサーヴァントの戦闘など支えることになれば、一瞬で干上がること間違いない。低燃費のサーヴァントならまだしもといったところではあるが――そもそもの話し英霊召喚を行う為の触媒も魔力もない。召喚に必要な魔力を俺が肩代わりするとなれば、燃え滓しか残らないと考えていいだろう。
――くそ、それに加えて情報も足りねぇ。
現状判明しているのはここが2004年次の地方都市冬木であり、そしてなんらかの作用があって特異点とかしているということだけだ。恐らくはここを舞台として行われてきた大規模魔術儀式――所謂聖杯戦争によるものだろう。
サーヴァントもいると考えて間違いない。ならベストは戦闘を極力避けカルデアとの通信、及び最低限の物資、情報の確保ということになる。現地にいるサーヴァントとの仮契約でも結べればいいのだが――この惨状では敵味方の判断など着くはずもなく。
となると、まず必要なのは整理をつけられる簡易なベースキャンプだ。すなわち敵に発見されていない、もしくは発見されても攻撃される恐れのない安心と安全の拠点である。レイラインがあれば尚望ましい。
弾薬、医療器具、食糧――一つ目は
弾丸を装填しホルスターに吊り下げる。純白のカルデア制服では容易に見つかってしまうため、ナイフで通信に必要な箇所のみ剥ぎ取って放り捨てた。黒のインナーの上に大地色のマントを巻き付ける。
気休めでしかないが、これで少しは保護色にはなるはすだ。
「――ッッ!!!!」
唐突な、悪寒。獲物を狙うような粘っこい視線に晒され、ぞくりと身を震わせた。纏わりつくような冷たい感覚が脊髄に流し込まれていく。
即座に判断する。敵の目標は明確だった。
拳銃を引き抜ざまに横薙ぎに転がる。そのまま転げ落ちるようにして場を離脱した。風切り音。大地に突き刺さった鎖鎌状のそれに、コンクリートのダイチに皹が入り、メギリと嫌な音を鳴らす。
体制を立て直す。右手を大地につき横転の勢いを殺し、そこを支点に腰を低くした体制へと移行。そのまま周囲に視線を走らせ、
――紫を、見た。
美しい陶器のような肌は尚一層白く、豊満な体つきに艶やかな長髪。女として完成された肢体を隠すローブが風に浮かんだ。
ある種の彫刻を彷彿とされるその美に、俺は一瞬息を呑む。手に握られるは妖しげに煌めく長大な鎖鎌――その圧倒的な霊的反応に、俺は全てを察した。察せざるを得なかった。
「――失礼、取り逃がしてしまいましたか」
チロリ、と。悠然と舌を舐める仕草はまさしく魔の女で。蛇のような瞳を細くした。
グリップを強く握り締める。まさか、と考え得る最悪の事態であることを理解した。
「サーヴァントかよ……ッ!」
――弾ける。
空気の壁を貫き銀閃が逼った。大気を焦がし、衝撃波を伴う其れ。ある条件下において代行者並みの実力を有するはずの俺は強化を施した
厄災の如し猛攻。途切れることのないそれに、両腕が軋み始める。色のない昏い瞳が己を見据えていた。ただ獲物を狩る、それだけのみを目的として。故に始末するだけだと、そう言いたげに眼光が不気味に照っている。
二の腕を浅く抉られる。頰を鎌の先が掠めた。首元を狙う撫でるような剣戟を回避する。無傷とはいかない。いくはずもなかった。
「――ク、ソッ!」
死ぬ気で腕を引き戻し、敵の足下へと銃弾を三発、敵サーヴァントが地を蹴りバックステップし距離を取ろうとして、逃すまいと腕を叩き上げ二発の追撃。
しかしそれは不発に終わる。当然だ、俺といえども人間は人間、戦闘を繰り返していたとしても、相対するのは過去に名を馳せた傑物。そして――恐らくではあるが、目の前のサーヴァント・ランサーは神代の存在だ。故にこそ、通常時であれば逃げの一手は必至。それほどまでに隔絶した能力差があった。
「疾ッ!」
「――ヅ、ッァ!」
直後、持っていかれるような衝撃とともに拳銃を握る右腕が跳ね上がった。銃器を手放さなかっただけ上出来だろう。舌打ちと共に、置き土産だクソッタレ! 地面に転がったサバイバルナイフを蹴り上げるも、くるりと優雅に回転した鎖に全てが弾かれ無駄に終わる。
ランサーが地を蹴る。僅か一歩、されど一歩。刹那の内に距離を詰められ、鎌の間合いへと押し込まれる。下方より馳しる閃光。凶刃が首元へと逼り、首を捻ろうとした俺は咄嗟に身を捻り未装填のマガジンを落とし――回避、不可。
「――ァァッ!」
「な、んですかっ!?」
マガジンが弾ける。情けないレベルの小規模爆発だ。少量の魔力が迸り、同時に両者の間で衝撃が四方へと放たれる。互いにバックステップ――ではなく。
――上! 鍛え上げた経験と直感によって弾き出した剣の軌道。頭上へと馳しる紫の影。咄嗟に判断する。その僅かな隙間を縫うようにして、全身を操作し折り曲げようと――足場がないことに、気付く。
「しまっ」
「シャァッ!!」
振り下ろされる剣撃。何の足場もない空中では高速で迫る凶刃を避けるのはほぼ不可能に近い。だが、勢いをつけるものがあるのならば、その限りではなく。
パァン――何もない虚構へ向けての発砲。
本来であれば強化を施した右腕でなければ十全に扱えない衝撃が右腕を襲い、弾かれるように身体を左へと吹き飛ばした。
勢いを殺しきれずに地面を転がる。今ので左腕が逝った。弾丸を地面に打ち付け土煙を上げ、身を転がすようにして近くの家の梁に身を隠した。
息を吐き、呼吸を整える。これで少し時間が稼げればいいが。
「掛けるしか、ないのか」――思わず、そんな声が漏れた。一つ間違えれば廃人状態になりかねない、いや、そもそもこの様で術式行使に耐えられるかどうか。何しろ魔術回路の疲弊具合が酷い。
鈍痛と、腹の底から鉛のような吐息を漏らす。そうしながらも、状況を把握すべく赤く滲んだ目を向けて。
黄金に澱む瞳孔が、覗き込むようにこちらを見ていた。
その距離、凡そ20㎝。
――や、べぇ。
不死殺しの鎌。ギリシャ神話の英雄、ペルセウスの所有した女怪殺しの神剣ハルぺー。クロノスにより天空神の去勢に使われ、巨人アルゴス、そして怪物メドゥーサの討伐に使われたそれは、ヘファイストスによって鍛えられたアダマスの鎌とされ。
その能力は、治癒不可能な負傷――
慈悲はない。
俺は、大地を巻き込みながら、病葉の如く吹き飛ばされた。
「ご、ぷっ」
血を、吐く。
胸部裂傷、出血過多、全身打撲、内蔵一部損害――まずい。
死にたくない。喉の奥底から鮮血をぶちまけ。走馬灯の様に、穏やかな顔で生きた彼女の顔が浮かぶ、その刹那。
防衛機構が作動した。心の感傷が一瞬で凍結される。落ち着け。あくまで冷徹に、考えろ。
そもそもの話、勝てる道理はなかった。そんな事は百も承知だ。だが、諦めなかった。諦められなかった。本当に生き汚いと自嘲し、気を引き締め周囲を見渡す。
……土蔵、か。ここは。
体を反らせば嫌な音がなる。だがここで死ぬつもりはなかった。まだここが俺の終わりではないと、そう吐き捨てるように思う。
――だが、だが。どうする?
傷口が膿んだようにぐちゅぐちゅと音を立てる。ゴポリ、泡立つようにして血肉が湧きあがり、鍼で突き刺されたように弾けて血を撒き散らした。
が、ッァ! 激痛が奔る。
――雨が降っている。
「ええ、ええ。毛ほどは楽しませて頂きました。『この私』に手傷を負わせるとは。……では、お礼に貴方は、生きたまま食べてあげましょう――」
女が歩いてきた。くるくると手の中で鎌を廻し、嫋やかな髪を風に揺らしながら。
恍惚とした表情で、歩いてきた。
理解して、そして再び激怒する。
「ふざ、けるな」
言っていることばの大半は、死滅しかけた感覚では判別できない。それでもこれから翳されるであろう破滅は理解できる。
だから。そんなものは認められない。俺は、こんなところで死ぬわけにはいかない。そうやって、吼える。女は鎌口で唇を隠しながら妖艶に笑った。
俺は生きて、義務を果たさなければならない――それが俺の定めた生き方だ。そうであるならば、こんなところで俺を
その慟哭に。その激情の発露に。
応えるものが――いた。
曇天の下。槍兵を外へと弾き出した影がある。燃え盛る明かりを背に、その影は――少女は、運命を問う。
問おう――
冬木燃えすぎってばよ