針路は羅針盤で決めた。
艦娘たち――妖精の持つ「羅針盤」は羅針盤の形状をした
探信儀であり、磁極を指さず敵の方向を指し示す。
深海棲艦は何故か、偵察機でも電波探信儀でも見つけられない場合があり、
その場合に羅針盤は使用される。
とはいっても羅針盤の確度は低く、
敵のいない方向に進んでしまうことに少なくない。
しかし、この時の羅針盤は索敵に成功した。
艦隊決戦には本来的に向かない水雷戦隊にとって
それは幸か不幸かわからないが、
もはや彼女たちが持つ選択肢は1つ――戦って、勝つこと、だ。
「敵艦見ゆ! 敵艦載機、来ます!」
前方40kmほどに敵艦隊。
艦載機はすでにそれより近づいてきている。
「全艦、対空攻撃用意! ――撃ち方始め!」
戦場が機銃と高射砲、
そして敵機のジェット音のような甲高い機関音が空気を飽和させる。
敵機の数は少なく、四水戦は一致団結して弾幕を作っているので
いきなり爆撃を喰らうことはない。
しかし敵機はしつこく四水戦の頭上を飛び回り、
機銃を撃ったり当たるはずもない爆弾を落としたりする。
空を見上げる由良の背に冷たいものが流れる。
「――由良さん! 近づかれています!」
「由良お姉ちゃん、面舵! 逃げて!」
「――!」
叫ぶような呼び声を聞いて、由良は我に返る。
近づいて来る敵機の音。
由良は半ば逃げるように舵を切り、敵の攻撃を避ける。
「この――由良さんに近づかないで!」
恋梅の気迫のこもった銃撃が由良の頭上を薙ぐ。
由良に突撃してきた敵機を捉えたが、
少しの損傷を与えただけで撃墜には至らなかった。
「うわ……うざ」
「由良お姉ちゃん……どうするの?」
いつしか、重巡級と思われる深海棲艦が砲撃を始めていて、
まだ当たりには遠いが、四水戦の周囲には
大口径砲の砲撃による水柱も立ち始めていた。
飛沫は由良の汗と混じって流れる。
由良は――思考が極めて緩慢になっていた。
彼女は自分の恐怖と戦うことで精一杯になっていた。
由良は爆撃機が怖かった。
怖くなっていた。
一度爆撃によって沈んだから。
――だめ。
由良は必死に自己を鼓舞する。
ここまで大見得切って来たのだから、
今更情けないことを言うわけにはいかない。
『大丈夫だよ』
足の震えを押さえて空を睨みつけた時、
不意に提督の優しげな声が聞こえた。
何かと思って通信用の妖精を見た時、
妖精は別の声を伝え始めていた。
『こちら空母隼鷹だぜ! 第四水雷戦隊、応答せよ!』
「――は、はい! こちら第四水雷戦隊。どうぞ!」
『今、そっちに飛ばしていた航空部隊が敵性航空部隊と
交戦中の友軍を発見した!
貴水雷戦隊で間違いないか!?』
言われて味方艦隊がいそうな方角の空を見ると、
友軍の航空部隊が近づいてきているのがわかった。
「確認したわ」
『よっしゃ! そうしたら、頭上は任せな。
あたしが離れているから露払いしかできないが、健闘を祈る!』
「了解。――感謝します!」
味方の戦闘機のプロペラ音を聞いて、由良は途端に心が軽くなった。
現金なものだと思う。
『こちら作戦室。皆、無事かい?』
「はい。損傷軽微。対水上攻撃も問題ありません」
『敵艦隊の数は?」
「駆逐艦級1、軽巡級2、重巡級1、それと……戦艦?じゃない、
あれは……鬼種深海棲艦ね」
白の報告に、各艦から悲鳴のような呻き声が上がる。
鬼種深海棲艦。戦艦に匹敵する火力と装甲を持ち、
艦載機も持つ強敵。
軽巡洋艦と駆逐艦しかいない水雷戦隊では敵うような相手ではない、が。
『由良。判断はあなたに任せる。
――戦う? それとも、撤退する?』
「――戦います」
未だに、頭上を飛びまわる敵爆撃機に恐怖は消えない。
しかしそれでも、今の由良に撤退の選択肢はなかった。
「ここで逃げるようなら、私はもう、提督さんのそばには
いられないと思うから」
『……そうか。ならば、第四水雷戦隊に命令する』
『海幕はこれよりホーキングエフェクトを展開する。
四水戦は夜戦に備え敵との距離を保ちつつ損害を抑え、
夜天に遷移した後に、速やかに敵艦隊を殲滅せよ』
「「了解!」」
「陣形単縦、速度一杯! 全艦突撃!」
機関が咆哮する。
虚海を切り裂くように水雷戦隊の艦は駆け、
大型艦の射程に飛び込み自分たちも応戦できる距離に肉薄する。
「――提督さん。ありがとう」
味方の航空支援を呼んでくれたこと。
夜戦の許可を海幕に取り付けたこと。
――自分を励ましてくれたこと。
たくさんの想いがあって、もはや言葉にしきれない。
そんな由良の言葉に、提督は
『当然の事をしただけだよ』と短く答えた。
『私には、あとは祈ることしかできない。
だから、きっと帰ってきなさい。
そうしたら、戦勝祝いと、由良の復帰祝いをするから』
「はい!!」
――ホーキングエフェクト展開開始。残り318秒。