うねりだす虚海。
複素数の風が騒ぐ。
ホーキングエフェクトによって加速する世界は、
まるで四水戦と深海棲艦の戦いに高揚しているかのように感じられる。
――残り300秒。
「全艦魚雷用意――発射!」
自分たちの砲の射程距離ギリギリからいきなり魚雷を放つのは
艦娘としてはやや定石に反するが、
もはや撃てる弾は先に撃つという気概で由良は魚雷攻撃を命令する。
「全艦、可能な限り損傷は避けつつ、砲撃戦始め!」
そして魚雷を見送ってから由良は砲撃を始める。
由良が狙うのは敵の旗艦。
旗艦――やはり鬼種深海棲艦。
斉射した砲弾のうち、1発ほどが敵へと届く。
しかし「届く」程度の砲撃は、
鬼種深海棲艦には大したダメージを与えない。
おかえしと言わんばかりに放たれる、敵の主砲の一撃。
左舷後方に巨大な水柱が立ち、
火力と射程の違いを思い知らされる。
軽巡洋艦である自分ですらこうなのだから、
駆逐艦のみんなは大丈夫なのか。
そう思って振り返ると、
彼女たちはまずヘ級深海棲艦に対し果敢に砲戦を挑んでいた。
そこへ不気味に、不敵に近寄ってくるリ級深海棲艦。
「――阿美!」
「く、うざいって!」
「阿武隈」を狙ったリ級の砲弾は当たらなかった。
当たらなかったしっぺ返しとばかりに阿美は砲撃する。
リ級の砲台のひとつを吹き飛んだ
しかしまだ健在な砲台から放たれる火線が、
村雨の前側の艤装を貫き破壊した。
「白ちゃん大丈夫!?」
「もう……困るんですけど!」
攻撃されても「村雨」は砲撃を止めない。
果敢な攻撃が、へ級に一撃を入れる。
さらに続いて五月雨、夕立の砲撃も命中し、
へ級が大破まで追い込まれる。
「よし――みんな、敵第二射に備えて!」
由良の号令で四水戦は一度敵との距離を取る。
それを逃さずまいと、鬼種の主砲が追いかけてくる。
「――く!」
鬼種の砲弾の1発が「由良」の前方をかすめ、
砲台をひとつ破壊していく。
「きゃあ! 嘘でしょ!?」
「阿武隈」にも至近弾となり、彼女自慢の艦首が削られた。
「また艦首に!」
「阿美、大丈夫!?」
「大丈夫です! まだ、やれます!」
由良、五月雨小破。阿武隈は中破寄りの小破。村雨中破。
対して敵は、へ級が大破しているものの、それ以外は健在。
やはり、夜が――夜戦が、自分たちの唯一にして最後の、
最大の攻撃の機会となるのだろう。
由良はそう思いながら、「夜」の訪れる残り時間を確認する。
――残り60秒。
その時、敵の近くで海が爆ぜた。
毎度ながら過敏すぎる魚雷が暴発していた。
四水戦の魚雷が敵に迫っていた。
しかしそれは敵にとっても同じことだった。
「雷跡多数――!!」
恋梅が悲鳴のような声で警告する。
「全艦、回避優先!」
魚雷は1発でも当たれば即撃沈にもなる損害を艦に与える。
戦艦ならともかく、軽巡洋艦、駆逐艦などは特に危険だ。
由良の号令のもと、四水戦の各艦はそれぞれの判断で
魚雷を回避を試みる。
急速に落ち続けていた太陽は地平線に近く、
水平線は戦火に炙られたかのように赤くなっている。
敵は逃げ惑う娘たちの艦へと容赦なく砲撃を続ける。
深海棲艦は時折、防御を捨てて攻撃してくる時があるのだ。
今のように。しかし彼らにも魚雷は迫っている。
直撃をくらったのはリ級だった。
砲撃では敵わないが、雷撃ならば軽巡も駆逐艦も、
重巡との差はない。
装甲の厚さは重巡の方が上だが、それでも雷撃をくらって
無事では済まない。
酸素魚雷のかすかな雷跡が敵と味方、
両艦隊の中央付近まで来たところで黄昏が訪れる。
――残り20秒。
「みんな、魚雷は回避できた?」
由良は自分の回避運動が終わり、「夜」が間近になっている
ことを見て各艦に問いかけた。
各々からは無事を知らせる声が届く。
砲撃による損害はあったが、戦況としては上々だった。
「なら、そろそろ頃合いね。
総員、夜戦形態への移行を許可します! ――突撃!」