非在の海 -第四水雷戦隊戦記-   作:白亜迩舞

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<1-7-3 夜戦、そして暁の水平線>

――艤装の縮退を開始する。

 

 

残光が解けていく複素数の空と海の狭間で、

由良が、娘たちが、自分の艦に「縮退」の二文字を思った瞬間、

彼女たちの船体は迫り来る宵闇に同化するように

密度を希薄にし始める。

 

船体を「縮退」させた娘たちは、艦が走っていた速度のまま

虚数の海面に降り立つ。

その速度は30knに近い。

そして決意と決断で胸の帆を張り、水面を強く蹴って更に加速する。

 

その速度、40kn。

 

船体を使っている限りは限られた船でしか到達できない速さ。

船体がない分、装甲は更に貧弱になり、艤装も同時に3基前後しか

使用できなくなるが、疾風迅雷の機動力をもって

敵に一撃を与える形態が艦娘の「夜戦形態」であり、

この時こそ水雷戦隊の艦娘たちは最大の攻撃力を発揮する。

 

 

「敵は5隻。うち2隻は大破。

健在なのはホ級1にへ級1。そして鬼種1。

鬼種は阿美と私で叩くわ。

第二駆のみんなはホ級とへ級、可能なら大破している敵もお願いします。

――けど、白ちゃん、大丈夫?」

 

 

船体を縮退させると、船体の損傷は艦娘の身体に反映される。

大破でなければ骨折等の重症にならないが、

服が破れたり、身体に苦痛を背負うことになる。

けれど、白は不屈の表情を見せた。

 

「だ、大丈夫。やるってば!」

 

「そう……なら、無理はしない程度に。

みんなもね。無事に勝って帰りましょう!」

 

「「はい!」」

 

 

彼女たちの威勢のよい声は、砲声にかき消される。

闇の向こうで爆ぜる光は、大きいものが1塊と

小さいものが2塊。

 

敵の砲撃はそれなりに近く飛んでくる。

しかし、四水戦が散開を始めると砲撃は単なる音になる。

 

すぐに攻撃が当たらないことに気付いた鬼種が探照灯の灯火を始める。

水雷戦隊の娘たちはそれに当たらないように闇を駆ける。

 

阿美を引き連れた由良は、無事に敵への接近を果たす。

鬼種の巨大な船体を見上げるほどに近づけば、

その禍々しい虚数存在の重みを肌で感じられる。

 

重圧の気配に抗うように、由良は右手を上に掲げ、そして前に突き出す。

すると彼女のすぐ背後、左右の肩より上の空間が歪み、割れ、

2基2門の単装砲がその砲身を現した。

 

五〇口径一四糎砲。

砲身の長さは7mに及び、重量は10tを超える。

 

2門の単装砲は由良の左右の空間から突き出たまま、

走り続ける彼女に追随する。

由良はそれを手に持って構えるわけではないが、

その様はまるで長槍を構え突撃する騎士のようだった。

 

――閃光。

 

鬼種の砲撃の光。

避けなければ当たると、戦士の勘で右に回避すれば、

左の空気をゴソっと抉りながら砲弾が飛んでいき、

背後で巨大な水柱を立てた。

 

敵の砲撃はそれだけではない。

艤装を出したせいで気付かれたのか、

巨大な船体の上にいる鬼種の「本体」は

赤い目を光らせて由良と阿美を凝視していた。

 

だが由良と阿美は恐れず走り、砲を構える。

鬼種の主砲は大口径だが、気付いて間もないため狙いは不確かで、

大口径である分、連射は遅い。

 

 

よく狙って――

 

 

「て――!」

 

 

必殺の距離から放つ砲弾が鬼種深海棲艦の装甲を貫く。

夜を震わす深海棲艦の絶叫。

軽巡でしかない彼女たちが、

その倍以上の火力と装甲を持つ敵に致命打を与える。

 

――これが夜戦。

 

血沸き肉踊る高揚を胸に、

身に備わった気品を殊更に見せつける動作で第二射を構える。

 

連撃砲撃。

夜戦の戦闘術の一つにして、

もっとも簡単で強力な砲術。

 

「さあ、由良のいいとこ、見せちゃおうかな?」

 

由良は勝利を確信した。

だが、

 

「――由良お姉ちゃん! 上!」

 

阿美の声。

そして、ジェット機のような甲高い深海棲艦。

 

 

――爆撃機。

 

――どうして今、ここに?

 

 

咄嗟に身体を横に飛ばすも、

夜戦形態の艦娘が出すべき機動力の半分も出せない。

 

足がすくんでいた。またしても。

 

先程もそれで危うくなり、味方に救われた。

しかし今は直接援護してくれるのは阿美だけで、

しかももう彼女の手は由良に届かない。

 

ひゅう――、と、落ちてくる音が聞こえる。

 

それは死の音。

 

なぜ駄目なのだろうか。

なぜ敗北するのだろうか。

なぜ――敗北したのだろうか。

 

克服できない敗北の痛みと怖れの記憶が由良を苛む。

奇跡のように戦場に帰ってきたけれど、

心はまだ敗北を抱えたままだった。

 

 

――嫌だ。

 

 

負けるはずがない。

やっと私は戻ってきた。

この場所。

みんながいる場所。

なのに、またいなくなるの?

普通の世界。

みんなのいない場所。

提督さんの、いない場所。

 

違う。

違う。

そこは、そこは、

私のいる場所じゃない。

 

ここは、ここは、

私を落とす敗北の落とし穴の上は、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ココハ私ノイル場所デハナイ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「由良お姉ちゃん――!!」

 

 

阿美の眼前で、爆炎が由良を包んだ。

 

絶望。

それと同時に鬼種の砲撃が阿美の主砲を直撃し、

衝撃が彼女の身体を吹き飛ばす。

 

激痛と絶望の涙が阿美の視界を染め上げる。

 

 

 

だが――その世界を一筋の火線が貫いた。

 

 

 

火線は由良を包んだ爆炎の中から伸び、

鬼種の巨体を貫き、炎の華を咲かせた。

 

断末魔が響き渡った。

大質量の虚数体が拡散していく余波の風が炎を散らす。

 

吹き荒ぶ風のなかで阿美は立ち上がり、

炎の中から現れる少女の姿に目を凝らした。

 

 

「由良お姉ちゃん……!?」

 

 

呼びかけに振り向く彼女。

ちょうど、第二駆の艦娘たちも残敵を掃討し、

敵の殲滅をきっかけにホーキングエフェクトが終了プロセスに入る。

 

 

 

昇り来る太陽。

 

 

 

その光は――暁。

 

 

 

暁光に照らしだされた少女の顔は、

穏やかな、力強い頬笑みを讃え、

身体に怪我もなく、

彼女が健在であることが明らかだった。

 

「由良お姉ちゃん――!」

 

「わ。どうしたの、阿美」

 

涙を散らしながら由良へと抱きつく阿美。

よろめきながらも由良は彼女を受け止めた。

 

「だって、だって……、

由良お姉ちゃん、やられちゃったかと思ったんだもん」

 

「……大丈夫よ。

私は――ここにいるから」

 

そして第二駆の艦娘たちも戻ってくる。

元から中破していた白はともかく、

恋梅も服がぼろぼろになっていた。

 

「だ、大丈夫? 恋梅ちゃん?」

「えへ……ちょっとドジしちゃいました。

いきなり敵の攻撃くらっちゃって」

「だって恋梅ったら、

勢い込んで突撃したわりに攻撃外して、

それで真っ先に狙われたんですよ?

――でも、そのおかげであたしと夕羽が攻撃できたんだけど」

「そう……白ちゃんは大丈夫? 被弾してない?」

「大丈夫です。

もうこれ以上は勘弁って感じですけど」

 

少女たちは空を仰ぐ。

複素数の空。風は知らないものだけど、

穏やかに、戦いの終わりを告げるように安らかに吹いていた。

 

 

『こちら鎮守府。

作戦海域の重虚数反応の消滅を確認。

作戦完了だよ。

――みんな、お疲れ様』

 

 

「はい、提督さん。

じゃあ、みんな帰ろう」

 

 

由良が船体を展開し、全員がそれに乗船する。

自分たちが勝利を刻んだ暁の水平線を見ながら、

少女たちは鎮守府へと帰港した。

 

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