艦娘の宿舎は横須賀基地の外れにある。
かつて、人類、艦娘が深海棲艦との戦争をはじめたころは
古くて劣悪な住環境だったそれは今は建てなおされ、
立派なマンションのように見える。
そしてその近くには運動場も併設されていて、
さらにその向こうに艦娘の学舎がある。
宿舎と学舎、その距離は徒歩5分程度で通学路と呼ぶには少し短い。
その道を由良は、阿美や第二駆逐隊の少女たちと談笑しながら歩いていた。
「――わあ、本当に由良が来たよ」
「帰ってきたって本当だったのねえ」
中等教育を受ける阿美や恋梅たちと別れて、
高等教育の教室に入ったところで、
永恵といすずのふたりにまず出迎えられた。
「由良、久しぶりね!」
「そうね、いすず。元気にしてた?」
「元気だよ! 毎日私と一緒に走ってたし」
「永恵は変わらず元気そうね。――いすずもランニング始めたの?」
「そうそう、いすずってば体重が……」
「そうなの……って、それは私じゃなくて永でしょ!」
「私も体重のために走ってるわけじゃないし!
うん、体重のためだけじゃないから……」
ノリツッコミ。
永恵はともかく、いすずはそれなりに落ち着いた娘だったはずだが、
今日はちょっとテンションが高いようだ。
――喜んでもらえてるのかな?
「でも、撃沈寸前の大怪我を負って治療に専念してたって聞いたけど、
大丈夫なの? もう怪我は治ったの?」
「う、うん。……おかげさまで、ね。ね?」
気遣わしげなふたりの表情に、
由良は少しの後ろめたさを覚えつつ微笑で応える。
――軽巡クラス「由良」は撃沈していない。
――撃沈間際の損傷で深刻なダメージを負い、専門の治療を受けていた。
それが関係者に流された情報だ。
撃沈の知らせもあったが、
それは治療の成功率が低いため、
むやみに希望を持たせないための処置だった、ということにされた。
大々的に、ではないが、
由良について聞いてきた者にはそのように話されるようになっていた。
組織としてそのように筋書きが決められたので、
由良もそれに従わなければならない。
本当のことを教えてはならない。
第四水雷戦隊の仲間にはその命令の前に話してしまったので、
彼女たちもまたそれ以上は真相が伝わらないように、
緘口令が課せられている。
「えーと……みんなは変わりない?」
話題をそらす。
申し訳ないが……再びこの日々を手に入れた代償と思って諦めよう。
「私は特に。二水戦になっちゃったけど、臨時みたいだし」
「そういえばいすず、服変わったよね?」
艦娘の制服は艦に依存する。
艦が大規模な改修を経ると服が変わるが、
そのような改修は人為的には起こせない、稀有なものだ。
元々、「長良」と「五十鈴」、
それとここにはいない「名取」で同じ制服だった。
しかし今はいすずだけ、
元の制服とちょっと変わってカラーが白になるなどしている。
「あ、そうだったわ!
なんか私も才能が目覚めちゃったみたいでね♪」
「凄いじゃない。頑張ったのね?」
「まあ、そうね。ちょっと痛い目にあったけど」
「え、大丈夫だった?」
「ちょっと爆弾を落とされただけだから……なんとか。
ま、たかが上部兵装が少し吹っ飛んだぐらいだったし」
「……そう」
多分、同じように空襲を受けながら、
由良はいすずのようには立ち向かえず沈んでしまった。
今はこうして戻ってきたとは言え、
そのことが由良の胸をちくりと刺す。
「あーあ、なんか長良型一番艦としては先越された感じだよ」
「まあ、でも、むしろ今までは、
私たち長良型軽巡洋艦の艦娘の中で永は一番成績優秀だったでしょ。
それに今だって十分活躍してるでしょ?
永は――「長良」はのネームシップなんだから。
私ももっともっと頑張らないと」
「そう、そうだね! よし、一緒に頑張ろう。
とりあえず今から走りこみに行こうか。
由良も一緒にどう?」
「いやいや。走るのはあとでしょ。これから授業よ」
「そうね、そろそろ時間ね」
一度、敗北した。
この間の戦闘は勝利し、生き残ることができたが、
これからも勝ち残ることができるだろうか。
由良は未だに不安を抱えている。
だけどこうして友達の力強い様子を見ていると、
いつまでも不安でいても仕方ないと思えた。
強くなろう。
この二人のように。
提督さんやみんなと一緒にいるために。
「永恵、いすず」
「ん?」
「なあに?」
「ただいま」
「――おかえり」