艦娘たちは戦闘のない日には、
午前の通常授業の後、午後は遠征や演習をする。
遠征は主に哨戒と輸送を行う。
今日の由良たち第四水雷戦隊に与えられた遠征任務は、
ブルネイ泊地から横須賀鎮守府へ艦娘の艦艇用の燃料を輸送する
タンカーの護衛だ。
所要時間は3時間。
ブルネイ・ダルサラームと日本の間の航行には、
実時空なら日単位の時間がかかる。
しかし艦娘は複素時空を航行するので、
ちょっとしたクルージング程度の短い時間で行き来することができる。
艦娘としての力を取り戻して間もなく戦闘していた由良だが、
ある程度の時間の航海をすることで、航海の勘を更に取り戻し、
仲間たちともゆっくり話をすることができて、
いよいよ「由良」としての自分に戻れてきているような気がした。
「あー、疲れた。みんなお疲れ様!」
「うん、お疲れ様です。みんな、これから伊良湖行く?」
「いいですね!」
「みんな行くっぽい? ――由良さんは?」
「あ、うん、そうね……」
遠征の間散々話したりしていた気がするが、
まだ話そうというのか、あるいは単に糖分を補給したいだけなのか。
しかしそれが艦娘の常だった。
重巡洋艦以上になると遠征にはあまり行かず、演習をしていて、
遠征ほど演習には時間がかからないので甘味処にも行きやすいが、
逆にそうするには時間がありすぎるせいか、
もしくは高位の艦艇として戦術研究などの勉強があるせいか、
軽巡以下、特に駆逐艦に比較して重巡洋艦以上の艦娘が
甘味処でぐだぐだする時間は少ない。
だから、遠征中にわあわあと騒いだ後、
さらに甘味処でわあわあと騒ぐのは艦娘、というよりは
水雷戦隊の習性とも言えた。
かつての由良もそうだった。
けれど今日はその気分ではなかった。
「ごめん、みんな。
私、ちょっと行きたいところあるから。
また今度誘ってね。ね?」
由良の言葉に四水戦の娘たちは一様に落胆した表情を隠さなかった。
「えー、由良お姉ちゃん一緒に行こうよ」
「阿美……ごめんね?」
少々の罪悪感と、疲労感を胸に抱きつつ由良は仲間たちの視線を振り切った。
行きたいところとは――提督さんのところだった。
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横須賀基地対深海棲艦隊司令部棟の作戦室フロアは静寂に包まれていた。
普段、「提督」たちは自衛官としての職務を行うため、
作戦室ではなく別の事務室にいることもある。
そのため、作戦室フロアには人の気配にも乏しかった。
こつこつ、と第四水雷戦隊の作戦室の扉を叩く音が響く。
玲奈もまたここにはいない可能性もあった。
だが、由良のノックに「はい」と答える声があった。
「いらっしゃい、由良。遅めのティータイムにしようか」
作戦室、あるいは執務室のようなその部屋は、
扉を開いた正面の奥に窓があり、
窓に背を向け、入ってくる者を迎える向きで机が置かれている。
提督の机とは別に、部屋の中央には大きなテーブルがあり、
作戦時にはこの上に資料を広げ複数人で話しあったりするようになっている。
昼下がりの柔らかい光を背に、机のPCで何やら仕事をしていた玲奈は、
由良を見ると微笑を浮かべながら立ち上がり、
部屋の電気ポットのスイッチを入れつつお茶の準備を始めた。
「今、大丈夫なの?」
「まあ、急ぎの仕事はないよ。だから、休憩したかったんだ」
手伝うことも無さそうなので、
由良は持ってきていたお菓子をテーブルに並べたあとは、
椅子に座って玲奈の準備が終わるのを待った。
「今日は久しぶりの、ここの学校に、遠征だったね。
どうだい、変わったことはあったかい?」
「……ううん。何も」
ダージリンのはっきりとした香りが漂う中、
玲奈の問いかけに由良は言葉少なく答えた。
「――そうか」
由良の様子を玲奈は特に気にする様子は見せず、
書類を眺めながら紅茶を飲んでいた。
しばらく、書類をめくる音だけが室内に聞こえた。
「そういえば、艦隊を離れていた間はどうだったか、
一度も聞いたことがないよね」
「え?」
「良かったら聞かせてくれないか?」
やおら、玲奈はそんなことを尋ねた。
由良はどう答えようか、どう話そうか考える。
「別に、面白い話はないと思うけど」
「いいから、良かったら話してよ」
「うん……。でも、本当に普通よ?」