由良が鎮守府に戻ったその日から3日ほど経つと、
ソロモン作戦のための準備で周囲は慌ただしくなり始めた。
戦うためにそこにいるとはいえ、
穏やかな時間はほんの束の間だった。
普段の授業は、作戦とその遂行のために
必要な知識を叩き込む時間となった。
のんびりとしていた遠征も、
短時間で高効率な遠征を日に二回以上繰り返す忙しさ。
そして、調整のための演習。
演習は専用の時空間で模擬の船体を使うため、
たとえ轟沈するほどの損傷を受けたとしても
それは無かったことのようになる。
しかしその瞬間に受ける痛みは本物だ。
そして、顔見知りやそれ以上に親しい艦娘を相手に、
砲火を交えることもまた、
彼女たちの心に苦悩を背負わせる。
「――負けないから」
その夜戦の演習で、
由良は相手艦隊に先んじて彼女たちの姿を捉えた。
距離は十分。
単装砲を構える。
だが、狙いをつけたシルエットが少女のものだと認めてしまった瞬間に、
由良は砲撃を放すことができなくなり――、
「さあ! 私と夜戦しよ!」
「っ――あぁ!」
狙っていた方から少し右にずれた方向から、
声とともに砲撃を浴びせかけられる。
十分な回避もできず、
装甲を展開しながら避けようとするが、
完璧なタイミングとコンビネーションで放たれた砲雷撃に、
軽巡洋艦の装甲はあっという間に破られ、
由良は痛みを超えた衝撃に飲まれて意識を失った。
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「いやー、大丈夫だった?」
演習後の入浴で、身体を洗っていると
川内の艦娘に話しかけられた。
「あ、うん。大丈夫よ」
「そっか。ちょっとテンション上がり過ぎちゃって、本気出して、
直撃だったから心配だったんだけど」
「大丈夫よ。演習だもの」
「じゃあお風呂入りに来たのも、単に汗を流しに来ただけ?」
艦娘の船体の修復は妖精によって行われる。
妖精による修復は、
生体において細胞が怪我を治すのと似ていて、
艦娘のバイタルの状態によって効率が変化する。
バイタルの状態を上げれば修復効率の上昇する。
バイタルの状態を向上する最も一般的な方法は入浴だった。
しかしながら、船体の修復中以外にも入浴することは当然ある。
「閃華もそうなの?」
「いや、私は眠気覚ましに……。
夜戦が終わるとまた眠くなっちゃうから」
あははと笑いながら、閃華はシャワーを浴び始める。
もうもうと立ち込める湯気。
相当に熱いのではないかと由良は思った、が、
そういえば閃華は熱いお湯で身体を流すのが好きなのだ。
「でも……今日の演習、
由良、攻撃を寸前で止めてたよね?」
「……」
由良は答えなかった。
しかしその無言は肯定と同じだった。
「や、別に責めているわけじゃないから。
由良の夜戦は見たかったけど……、
そういう娘もいるっていうか、
……今日は、撃ってもらわなくて良かったから」
「? どういうこと?」
「由良が狙ってたの、綾だったよね?」
そう言われればそういう気もする。
しかし暗闇の中、影だけで判断することはほぼ不可能だ。
「一番後ろの娘だったわ。
……ちょっと遅れて、狙いやすかったし」
「じゃあ、綾だよ。
……あの娘ね、なんか最近調子悪いみたいでね。
だから由良にボコボコ撃たれたら余計へこんでたかも」
「えぇ!?
じゃあ、演習を休ませてもらえば良かったんじゃないの?」
「私もそう思ったし……、
提督も私が言ったら休んで良いって言ったんだけど、
あの娘、なんか思い詰めてるみたいで」
「……今、綾ちゃんはどこに?」
「由良のとこの娘たちと一緒にお風呂に入ってるよ」
言われて、浴槽の方を見ると、
恋梅たち第二駆逐隊の艦娘たちと、
綾たち第一九駆逐隊の艦娘たちが、
並んで入浴しながら楽しそうに話していた。
「今は元気そうね。
でも、どうしたのかな」
「……今回の作戦に、「綾波」の部分が何かを感じているのかも」
「どういうこと?」
「ん……由良は知らないんだ?」
いつもの彼女らしくない、謎めいた話し方。
由良は胸のざわつきを覚えた。
「――どういうことなの?」
「……じゃあさ、前に由良が大破したことのこと聞いていい?」
「え?」
なぜそんなことを聞くのか。
言外にそう聞き返すと、閃華はわかっているよ、というように苦笑した。
「ごめん。でも、この話をするには――由良相手なら、
まず由良のことを聞いてからにしたいんだ」
「……いいよ」
他の艦娘にとっての由良の大破――自身の撃沈は、
由良にとっていつまでも痛み続ける古傷のようなものだが、
閃華から話を聞くために、その話をする覚悟も決めた。
「悪いね。じゃあさ由良、由良が前に大破するその直前に、
由良は何か予感めいたものを感じなかった?」
「予感?」
その時期のことを思い出す。
――確かに由良は何かを感じていた。
しかし当時の彼女にとってそれは、取るに足らない、
獏とした不安でしかなかった。でも、
「……そういえば、そうね」
「そういえば、こういう話は由良がいない間にこっそり広まったから
由良は知らないのかもしれない。
――由良がいなくなった時期から、大きな作戦が増えて、
大破したり撃沈したりする艦娘が増えた。
すると次は自分かもって不安になるわけだけど、
そういう不安に思う娘の中には、
自分が傷つくことに確信のようなものすら感じ、
しかもそうあるべきだと、宿命的に思うようになる娘もいるの。
そうしていつしか、それは「宿命」と呼ばれるようになった」
「宿命……」
馬鹿げている、と思った。
なぜ、本来はヒトの若い雌の個体に過ぎない娘たちが、
そのようなものを持っているというのか。
しかし同時に由良は理解していた。
艦娘は普通の娘と異なり、深海棲艦という正体不明の存在と
戦う力を持っている。
その力の「原型」は――
「艦娘の力は第二次大戦の日本帝国海軍の艦艇を源としている。
なぜそうしたかといえば、
戦争で多くの人の強い想いを、そして命をそれらは持っていて、
そういう器物が適切な虚数質量を与えるのに適当だったから。
――難しいことは私にはさっぱりだけど。
けど、だからこそかな、
そういったものを使う私たちが、
それらの「因縁」とは無関係だとは言えないよね」
どこか自嘲するように言う閃華。
「深海棲艦は過去の海戦をなぞるように行動することがある。
すると、海幕も知ってか知らずか、
過去の海戦と同じような作戦を行う。
そういう戦闘があるときほど、「因縁」を感じ、
そして深く傷つく艦娘がいるのは事実だと思っている」
「でも――過去の再現をするために私たちはいるのではないわ」
「そうだね。
でも――長良型5500トン型巡洋艦「由良」も、
帝国陸軍のヘンダーソン飛行場奪還とかの支援のために、
ガダルカナル島に近づいて艦砲射撃しようとしたところで、
爆撃機に攻撃されて沈んだ」
それは今の由良の状況にも重なっている。
由良もまた飛行場姫の討伐に向かい、
標的の近くで爆撃されて沈んだ。
信じられない、という想いと突きつけられた未知の現実に
眩暈を覚える。
しかしそんな由良の横で閃華は、でも、と続けた。
「でも、由良はなんとか帰ってきた。
だから「因縁」なんて、乗り越えられるのかもしれないけどね」
閃華は身体にざぶんとお湯をかけ、
すっくと立ち上がった。
「綾は、普段はおっとりして可愛いし、
真面目で努力家なところが私は好き。
……ねえ、由良、
今度の作戦、みんなで帰ってこれるように頑張ろうね」
「――うん。
頑張ろうね、ね?」
閃華は踵を返して去っていく。
鍛錬を重ね引き締まったアスリートのような背中には
強い決意と自信が宿っているように見えた。
けれど由良はその背中を憂いをもって見送った。
閃華の言う「因縁」を由良は乗り切ったといえるのか?
確かに今ここにいる、帰ってきたのは
由良が強い意志をもって喪失を乗り越えたからかもしれない。
しかしその代償として自分は大きな歪みに取り込まれつつ
あるようにも感じる
「因縁」には逆らえない。
しかし、湯船の方を見ると、駆逐艦の娘たちが無邪気にはしゃいでいる。
そんな姿を見ると、彼女たちの笑顔を守るために
「因縁」には負けていられないと、
たとえどんな代償を払うことになったとしても
必ず守りぬくと、由良は強く決意するのであった。