非在の海 -第四水雷戦隊戦記-   作:白亜迩舞

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<2-7-2 目覚め>

第四水雷戦隊の各艦が連絡を取り終えたとほぼ同時に、

「比叡」が合図を出し、探照灯を点灯させた。

 

水平線まで照らしだす強烈な光。

浮かび上がる影は無数に、

艦娘たちの艦隊を包囲するように展開していた。

 

「嘘、こんなに!? ひえー!」

 

「叡代! 皆さんも落ち着いてください!

敵は多いですが、私たちの戦力も十分揃っています!」

 

「そ、そうですね!

よし、主砲、斉射、始め!」

 

戦艦の大口径主砲の、

豪雷のような砲声と共に敵味方の交戦が始まる。

 

由良も咄嗟に一番近くにいた敵に砲撃しながら「夕立」を探す。

 

「夕立」はすぐに見つかった。

彼女の艦は――火線の最前線にいた。

 

「「夕立」発見! 恋梅ちゃん、一緒に行ける!?」

「え!? は、はい!」

 

言われるがまま、「五月雨」は「由良」に続いて走りだす。

 

しかし砲火が飛び交う中、恋梅にははじめに見えた敵以外、

どれが敵か、味方かわからなかった。

ましてや彼方にいる「夕立」なんて見えていなかった。

 

「ゆ、由良さん! 私たち、どこらへんにいるんでしょう!?」

「――大体味方の近くよ。

でも、結構味方と敵が入り交じっているところもあるわ」

「う、嘘!?

じゃあ、近づかれても敵か味方かわからないってことじゃないですか!」

「大丈夫。私は、だいたいわかっているから、落ち着いて」

「本当ですか!? さすが由良さんですね!」

 

恋梅に賞賛された由良だったが、

彼女自身は別のことで心乱され、賞賛を素直に喜べる状態になかった。

 

――由良には敵と味方の「気配」が鮮明に感じられていた。

 

それはこれまでにない感覚。

 

「気配」とは存在感の重さのように感じられた。

理屈っぽい言い方をするならば、

虚数質量の違いが感じられるとでも言えるのか。

 

その感覚は由良が敵味方を区別するのを助け、

「夕立」を捕捉することを容易にさせていた。

けれども通常の艦娘にあるべきではない感覚を持つことは由良を悩ませる。

なぜ自分が、いつの間に、そんな感覚を身につけたのか。

 

それは、由良が存在しなくなる、

「いなくなる」ことを可能とするからなのか。

 

――自分はどこにいるのか。

 

 

「由良さん! 艦影が近づいてきています!」

 

 

考え事――僅かの間のはずだが、

恋梅に呼びかけられて上の空になっていたことを自覚した。

 

――またこんなことを考えてる!

 

提督さんだって言ってくれたではないか。

「ここにいてほしい」と。

ならば、こんなことで悩む必要なんて無い!

 

「あわわ! とりあえず機銃撃っちゃいますね!」

「あ、だめ! それは敵じゃない――」

 

ばだだだ!と五月雨の機銃が吠える。

由良は「撃ち方止め」を叫ぶが、

銃声の中では聞こえないようで、

そのうち五月雨の撃った向こうで火花が散るのが見えた。

 

「こらー! こちら「比叡」!

味方の誰か、私に向かって機銃撃ってます!」

 

伝令の妖精の顔が赤くなるほど、

大きな声で叡代が怒鳴っていた。

 

「え――機銃? もしかして――」

 

「そこ!」

 

「五月雨」の近くで水柱が立つ。

「五月雨」に撃たれた艦――「比叡」からの警告のようだった。

 

「きゃあ! う、撃って――」

 

「恋梅ちゃん、聞いて! それは敵じゃないよ!」

 

「え、由良さん、や、やっぱり本当ですか!?」

 

そこでようやく五月雨の銃撃が止まった。

 

「こちら「由良」。「五月雨」と行動中です。

ごめんなさい、叡代さん」

 

「ごめんなさい! 私ったらドジで……」

 

「もう……大丈夫ですよ。

それよりも戦況を報告してください」

 

「――わかりました」

 

由良は感覚を研ぎ澄まし、周囲の気配を探った。

 

――由良が受け入れた正体不明の感覚で、

――どんな電探よりも正確に敵味方の位置を感知することができた。

 

そして明らかになった状況に由良は驚愕した。

 

 

「比叡さん! 囲まれています!」

 

「嘘!? ――!」

 

 

比叡のいるほうで炎の花が咲いた。

いくつもの敵の砲撃が命中する様がありありと見えていた。

 

「ひぇぇぇ!」

 

「――「長良」! 「暁」!

「比叡」さんを守ってください!」

 

「「長良」了解! 任せてといて!」

「いいわよ! 「暁」の出番ね、見てなさい!」

 

 

被弾を受けて探照灯を消した比叡に変わるように、

暁が堂々と探照灯を敵に向ける。

 

「朱美ありがと! さあ、砲雷撃戦、用意!」

 

暁が照らしだす敵へ、

長良やそれに続く味方が砲撃を放つ。

だが、敵も負けてはいない。

すさまじい砲火の応酬が繰り広げられた。

 

「きゃあ!

――許さない。もう許さないんだから!」

 

「朱美、被弾した!?」

 

「へ、へっちゃらだし!

心配しないで真響。子供扱いさせないんだから!!」

 

妖精が伝える声の向こうでは由良が依頼したように、

「暁」と「長良」が中心になって

「比叡」に群がる敵性戦力の一群と激しい砲雷撃戦を行っていた。

しかし由良と恋梅には、それは遠くの光景にしか見えない。

 

そこに参加できないことに、由良は焦りを抱く。

だがしかし、由良には彼女たちよりも守らなければならない相手がいる。

 

――「夕立」は更に敵の勢力圏に進出していた。

 

 

「――夕羽ちゃん! 前に出過ぎよ!

夕羽ちゃんは「比叡」さんに構わないで一旦その場から離れて!」

 

「……ふーん。

じゃあ、敵はそっちにまだまだいっぱいいるっぽい?」

 

「……夕羽? あなた、何を……!」

 

 

砲火が響き渡る中、

やけに落ち着いた彼女の声がはっきりと聞こえた。

 

 

「なんかね、あたし、わかるんだ。

今、あたしは呼ばれてるっぽい。

今が、あたしのための最高のパーティーっぽいって……!」

 

 

「夕羽ちゃん! 

――提督さん! 提督さんも止めてください!」

 

 

『ど、どうなってるの!?』

 

 

縋るように玲奈に呼びかけると

伝令の向こうで、玲奈が慌てた声で答えた。

 

 

「夕羽が敵に――特攻しようとしているんです!」

 

『そんな――夕羽、やめなさい! 提督命令だ!』

 

「……えへ。ごめんね」

 

 

玲奈の命令にも、夕羽はおどけたように答える。

それは、いつもの彼女の様子で。

だけど今の彼女が取る行動は、

日常とはかけ離れた――狂気だった。

 

 

「ごめんね、提督さん、由良さん。

今までありがとう。

それに阿美ちゃんも、恋梅ちゃん、白ちゃんも。

あと心露ちゃん、時雨ちゃんも……最近会ってないっぽいけど。

……えへ。

あたしが一番に沈んじゃうのかな」

 

 

「夕羽ちゃん! 由良さんと提督の言うことを聞いて!」

 

「え……何言っているの? 夕羽ちゃん……由良お姉ちゃん」

 

「阿美ちゃん、私たちも早くあそこに行きましょう!」

 

 

一人で勝手に話し、

仲間たちの声にも耳を傾ける様子がない。

 

口々に名を呼ばれる中でもそれに返事することなく、

やがて静かに――しかし歓喜と狂気に満ちた声で、

彼女は言った。

 

 

 

「ねえ、ソロモン海。――ソロモンの悪夢、見せてあげる!!」

 

 

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