非在の海 -第四水雷戦隊戦記-   作:白亜迩舞

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<2-7-3 悪夢の中での決断>

 

「……第四水雷戦隊、集合したね、由良お姉ちゃん」

 

「……」

 

「夕立」が突撃を始めてからしばらくして、

四水戦はようやく合流することができた。

 

夕羽を止めることができなかった由良は、

彼女の後を追うことはせずにその場に立ち止まっていた。

なぜなら、彼女は水雷戦隊の旗艦であるから。

命令を無視し突っ走った艦に続いて、

自分もまた突っ込むなどという愚行をするわけにはいかないのだ。

 

しかし、それは理性的な話でしか無い。

感情的には、由良は夕羽を追いたい気持ちでいっぱいだった。

炎と狂気に赤く染まりゆく「夕立」後ろ姿を

由良は血の滲むような思いで見守っていたのだ。

 

 

『みんな揃ったの?』

 

 

提督が彼女たちに呼びかけた。

 

『各艦の状態を報告して』

 

「……「阿武隈」、数発被弾しましたが異常ありません」

「「村雨」、被弾1ですが全力発揮できます」

「「五月雨」、被弾なしです」

「――「由良」、被弾なし。全力発揮可能です」

 

『うん。……みんな、無事でよかった。

じゃあ何でもできるね?』

 

「――はい」

 

玲奈のその言い方の意味が理解できなかったが、

由良はとりあえず返事をした。

 

『今、我が艦隊は比叡が中破、暁大破、雷も大破。

はっきり言って劣勢。

そろそろ潮時だと見られているけど、撤退するにも援護が必要だ』

 

「……」

 

由良たちはその時「夕立」のことしか見ていなかったが、

少し離れたところでは「比叡」を中心にした味方の一団が

敵と壮絶な砲撃戦を繰り広げていた。

 

 

『当然ながら、第四水雷戦隊には艦隊の主力が撤退するための

援護をする必要がある。

だけど、その方法はこちらでは決められない。

味方艦隊の殿を務めて敵を足止めするか、

味方艦隊とは違う方向に進み敵を引きつけて離脱するか、

そのどちらを選ぶかは現場に任せる。

だから……皆はどうしたい?』

 

「……」

 

誰も、すぐには答えない。

その間に、味方の会話が聞こえる――

 

 

 

「お姉ちゃん! 朱美お姉ちゃん、応答してくださいなのです!」

 

「……」

 

「朱美、どうなの? もう、動けないのか?」

 

「そんな……信じられないのです。

お姉ちゃんが……燕たちのお姉ちゃんが……!」

 

「やめ、なさい……どこへ行くの、燕……」

 

「鶫お姉ちゃん……お姉ちゃんは引いてなのです。

燕は、ひとりで行きますから」

 

「馬鹿ね……鶫も行くに決まってるじゃない」

 

「やめろ、ふたりとも!

……ここは引く。だが、朱美は……連れて行くことは無理だ」

 

「そんな……嫌です! 嫌なのです!」

 

「燕! 戦況を見ろ!

もし君が行くなら、鶫もついていくんだぞ。

そうなったら、君はともかく、

鶫は絶対に沈むぞ! いいのか!?

 

「そんな……そんな……、

あぁぁぁぁぁぁ――!」

 

 

 

――次は自分たちがあんな風に嘆くのだろうかと、

第四水雷戦隊の少女たちは暗く思った。

 

 

「――由良さん、提督。私は夕羽ちゃんを……助けたいです!」

 

 

まるで第六駆逐隊の嘆きを反復するかのような恋梅の発言。

彼女自身、そんなことは百も承知だ。

けれど、恋梅は言わずにはいられなかった。

 

「私も夕羽ちゃんも、同じ第二駆逐隊です。

私は同じ駆逐隊の仲間を、友達を、見捨てることは……絶対にできません!」

 

「……だめです、恋梅。

由良さんを悩ませないで」

 

「そんな、白ちゃんまで!?」

 

「由良さんだって夕羽と同じ第四水雷戦隊で、

しかも由良さんは旗艦なんですよ?」

 

「……わかってるよ。でも!」

 

 

「……二人とも、喧嘩しないで」

 

 

そこでようやく由良は口を開いた。

 

 

「みんな――私たちが今しなければならないことは、

敵を引きつけ、艦隊の主力を援護し、

次こそは勝利を得る、そのために行動することです。

先に行ってしまった、あの一隻を追うことではない。――けれど」

「「夕立」もまた第四水雷戦隊の大切な戦力です。

彼女には、私たちが命を賭けて守るだけの価値がある」

 

 

――違う。そんな小賢しい論理は必要ない。

思いを露わにしてくれた恋梅や白に失礼だ。

 

 

「――みんな、夕羽ちゃんを助けに行くよ!」

 

 

「「――はい!」」

 

 

『――由良、いいんだね?』

 

妖精を介して、玲奈は由良に優しく呼びかける。

 

『現場の判断はあなたに任せている。

責任を負うのは私だ。

由良は後のことを気にせずに判断していい。

けれど――後悔しないね?』

 

「――はい」

 

『よし。ならば私も承認する。――第四水雷戦隊、突撃せよ!』

 

 

提督の号令と共に、

それまで敵勢力から付かず離れずで走っていた陣形が、

急転舵して一気に敵勢力へと切り込んでいった。

 

 

「――!」

 

 

虚を突かれたということなのか、

敵艦隊の動きが乱れていた。

そこへ四水戦は猛然と砲雷撃を浴びせかける。

 

3kmよりも近い、至近距離での撃ち合い。

先手は四水戦が取り、

元々手負いだった深海棲艦たちを大破させたり沈めたりしたが、

進むにつれて重巡級以上の高火力の深海棲艦からの砲撃も届くようになり、

回避するように動けばそこを軽巡級以下の深海棲艦に狙われる。

 

「ちょ、ま!」

 

「あれぇ!?」

 

「みんな……!」

 

由良もまた被弾している。

結局、このままではみんな削られて、

誰かは脱落してしまうのかもしれない。

 

だが由良には、撤退を命ずることはできなかった。

ここまで来て引くことはできず、

また、皆も覚悟を決めているのだから。

 

けれど――、

 

「きゃ! ――もう、なんで!?」

 

「「五月雨」! 撃たれてる! まだ撃たれてます!」

 

思わず振り返れば、

「五月雨」の船体に次々と炎の花が咲いていた。

大きくも小さい、

駆逐艦の船体が砲撃に押されるようにふらつく。

 

諦めが由良に迫る――そのとき、由良は感じた。

 

後尾を走る「五月雨」に追撃をかける深海棲艦が集まる気配。

そして、その向こうから迫り来るもの。

 

 

「恋梅ちゃん! 面舵いっぱい!」

 

「な――大丈夫です! まだやれます!」

 

「いいから! 私の言うとおりにして!」

 

 

その由良の叫びは、単なる嘆きではなかった。

声に込められた確信を感じたのか、恋梅は回避行動を取る。

 

砲弾が「五月雨」の船体をかすめる。

砲撃を外した敵が更に砲撃しようとして、

――喫水線下からの巨大な衝撃がその敵を飲み込んだ。

 

 

 

 

 

「――君たちには失望したよ」

 

 

 

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