「……あ、いや、第四水雷戦隊のみんなに、じゃないけど」
「こら、時雨!
あたしが一番艦なんだから、一番に話すのもあたしでしょ!?」
今いる第四水雷戦隊の少女ではない少女たちの声。
魚雷が放たれた方向から現れるその艦影は、白露型駆逐艦のものだった。
「白露型の一番艦、「白露」です。はい、一番艦です!」
「待たせたねみんな。「時雨」、来たよ」
元気な声と涼やかな声。
二隻の駆逐艦が複縦陣で走る第四水雷戦隊の後方につく。
「心露に時雨!?
ふたりは後方警戒じゃなかったですか!?」
四水戦の皆の気持ちを代表するように、
白が驚きながら彼女たちに問いかけた。
「まあ、そうなんだけど。
でもあたしがバックに引っ込んでるのもつまんないし、
それに、夕羽にあんなこと言われたらね!」
「僕は一応止めたんだけど……、
でも、心露に押し切られたっていうか……。
あと、「暁」――朱美の救助する命令ももらえたしね」
「え、朱美ちゃん!?」
「みんなのおかげだよ。
敵艦隊が四水戦と、味方艦隊の主力に引きつけられていたから、
僕たちはこっそり移動して朱美を拾い、
四水戦と合流して敵艦隊に可能な限り打撃を与えるように言われたんだ」
「ていうか作戦上、あたしたちも四水戦だしね。
やっぱり、このあたしがいなくっちゃ!」
「由良」、「阿武隈」、「村雨」、「五月雨」の損耗が大きくなっていたが、
「白露」と「時雨」が合流したことで艦隊の攻撃がまた力強くなっていた。
「ふたりとも――ありがとう。来てくれて」
その言葉は由良の胸から溢れるようにして出た。
「ふっふー! さー、はりきっていきましょー!」
「雨はいつか止むさ、てね。
――それより由良さん、「夕立」は見えているの?」
「うん……」
由良は夕羽の「存在」だけは逃さず捕捉していた。
だが、その姿はもはや見えていなかった。
四水戦が突撃を開始した時、
「夕立」もまた突撃の最中であり、
手頃な敵から次々に砲雷撃を浴びせかけていた。
その戦いは鬼神のようで、
離れていても由良にはその裂帛の気合が感じられていた。
しかし多勢に無勢は否めず、
程なくすると「夕立」は船体を破壊された。
それでもなお彼女は諦めず夜戦形態に移行した彼女は、
生き残った砲を構えなおも突撃した。
ついには戦艦級と思われる巨大な気配に一撃を与えたが、
撃沈させるにはいたらず、
他の深海棲艦に撃たれ、敵の前に倒れ――沈もうとしていた。
もはや「夕立」は――夕羽は、救出したとしても戦力には
なりえない存在に成り果てていた。
それでも、ここで手のひらを返し逃げるという選択肢は由良にはなかった。
「――各艦に伝えます」
彼女と自分たちに迫り来る敵の脅威の中で、
由良は即座に作戦を練った。
「「夕立」は、もはや船体を失い漂流しています。
周囲に複数の敵性戦力がいることから、
夕羽ちゃんの救出と私たちの離脱を再優先に、
私たちはこのまま敵艦隊へと突撃します」
「砲雷撃は最低限ってこと?
じゃあ、夜戦形態もなし?」
「はい。――でも、夕羽ちゃんのすぐ近くに戦艦級が1隻いるので、
それだけは夜戦で沈めていきます。
――戦艦級と戦うのは、私、「由良」。
そして夕羽ちゃんを拾うためにもう一人夜戦形態になってもらいます。
それは――恋梅ちゃん。お願いできる?」
「わ、私ですか!?」
「恋梅ちゃんは船体が火事になってるし、
ダメージを抑える上でも夜戦形態になったほうが良いと思うの。
それに、夕羽ちゃんを助けたいって
一番に言ってくれたのは恋梅ちゃんだから」
「わかりました、やります! やらせてください!」
「では――現在、敵戦艦級は私たちのやや右手、
10時23分の方角にいます。
陣形は複縦陣として、
右先頭は私、「由良」、左先頭は「村雨」として、
右の二番は「阿武隈」、右の三番は「時雨」、
左の二番は「白露」、
そして、その間に「五月雨」とします」
「「了解!」」
「恋梅ちゃんはこのあと、
一端私のところまで来て。
じゃあ、みんな行きましょう!」
各艦が動き出したのを見て、
由良は夜戦形態へと移行する。
二本の足で着水すると、
背後の阿武隈の存在が強く感じられる。
由良の身長、1・5mに比べれば、
海の上に浮かぶ軽巡洋艦は壁のように見える。
一度水面で足を滑らせながら減速する。
もちろん、背後から迫る「阿武隈」や、
左側に入り込んでくる「白露」に気をつけながら。
一端阿武隈の艦首よりも後ろに下がったところで、
必死な面持ちで走ってきた恋梅と合流できた。
「大丈夫? 走るの、辛い?」
艦娘は船体が損傷するとその分体力を消耗する。
夜戦形態になり船体を縮退させると、
船体から艦娘へのダメージのフィードバックがなくなり体力の消耗が軽減されるが、
受けたダメージが回復するわけではない。
恋梅も顔色はわからないが、
荒い息を吐いていた。
「だ――大丈夫です。やれます」
「そう……うん。お願いね。
――夕羽ちゃんの場所はわかる?」
「いえ……ごめんなさい」
「ううん。大丈夫。今、教えるから」
そう言いながら、由良は恋梅の手をにぎる。
「――!? 由良さん、手が……冷たいです」
言われて、由良は軽く動揺した。
手が冷たくなっているのはおそらく、
艦娘の枠を超えた、
深海棲艦に近い能力を使っているせいだろうと自覚できる。
しかしそれを改めて他人に指摘されると、
自分がどんどん周囲の娘たちとは違う
「何か」になりつつあることを思い知らされるような気分になる。
――大丈夫。誰もそんなつもりはない。
結局は、感傷のようなものだ。
由良自身、自分という存在が多少歪むことは覚悟しているのだ。
だから、何もないように振るわなければならない。
「大丈夫。……さあ、感じて。
私たちがいま走っている虚数の海面。
その波、うねり、冷たさ、音、声。
――その向こうに、夕羽ちゃんがいるの」
普通の艦娘であっても深海棲艦と戦う以上、
僅かなりとも深海棲艦に近い部分を持っている。
由良は恋梅のそういう部分に働きかけ、感覚の一部を共有させた。
「……え? 私、なんか……わかります。
けど、これが……?」
「怖がらないであげて。
夕羽ちゃんは、今はちょっと変わってるけど、
でも、ちゃんと夕羽ちゃんの感じもあるでしょ?」
「はい――」
感覚が伝わったことを見た由良は、
恋梅とつないだ手をそっと離す。
「――大丈夫ね? ね?」
「はい。私、頑張ります。
ぜったい! 夕羽ちゃんを助けますから!」
「チャンスは一回しか無いわ。
それを逃したら、引き返すことはできない。
だから――お願い」
「任せてください!
絶対ドジ踏んだりしませんから!」
ハイタッチするように手を合わせ、
その反動でふたりは離れる。
「五月雨」は陣形の中央、
「由良」は「阿武隈」の前へと。
「阿武隈」の前方に回りこむために全力で走りながら、
由良は愛用の単装砲を構える。
敵艦は近い。
頭上ではすでに、「阿武隈」と「村雨」が
右舷前方の敵艦と激しい砲撃戦を繰り広げていた。
すれ違いざまに叩き込まれる敵の砲弾が、
「阿武隈」の船体を燃えあがらせる。
「やっぱあたしじゃ無理……?」
炎の海となる甲板の上で、阿武隈が弱音を吐く。
だけど――、
「――このまま負けるなんて嫌!」
彼女の叫びと共に放たれる砲撃が、
敵を直撃し、沈黙させる。
さらに後続の時雨が敵に止めをさした。
これで直近の敵は、前方の戦艦――ル級深海棲艦のみ。
ル級はこちらを軽巡と駆逐艦と侮っているのか、
それとも多勢に無勢と、もはや自分の敗北を悟ったのか、
こちらを引き付けるように、不気味に沈黙している。
「――誰も傷付けさせない!」
だから、由良は右手の主砲を撃つ。
まだ全力で走っている最中で構えが完全ではなく、
相手に決定打を放てる状態ではなかったが。
注意を引き付けるため。
その狙い通り、ル級は狙いやすかった阿武隈から、
水面を走る由良へと狙いを変え――主砲を斉射する。
「――!」
世界を割るような衝撃。
砲弾の直撃はなかったが、
微塵に砕け散る海面が由良を襲う。
窒息させる波濤の中で、
由良は水面を蹴り――空中へと踊り出る。
「負けないから!」
距離は1kmも離れていないようだった。
戦艦という巨大な船体の甲板の高さまで飛び上がれば、
甲板の上に艦娘のように立つ深海棲艦の「本体」と目が合った。
鋼鉄に覆われた肌。
鬼火のように光る瞳。
そんな人間離れたした容貌ではあるが、
由良はそこに「艦娘」を感じずに入られなかった。
人型だからではない。
気配が、それを感じさせるのだ。
けれども引き金をためらわせることは――しない。
「――さよなら」
ル級が主砲斉射し、次段装填している間に攻撃するしか無い。
由良は一切の容赦を捨て、
ル級の本体、その背後にある艦橋の根本を狙って砲撃を放つ。
直撃。
まだ戦艦は沈まない。
だが由良の攻撃はこれで終わらない。
空中で舞い踊るように一回転すると、
由良の右手に従うようにして
すでに砲撃を終えた砲身が闇に解け、新たな砲身が現れる。
三連続の砲撃。
それは虚時空を操作して瞬間的に次の主砲を召喚し、操作する高度な砲撃術。
成功させられるかどうかは運だと言われているが、
由良には――深海棲艦に近い複素質量を持つようになってしまった由良には、
それを確実なものとする能力があった。
「――!」
元々、夕羽の砲撃をくらってひび割れていた装甲は、
由良の二度目の砲撃でその傷を大きくし、
そして三度目の砲撃はその傷を過たず貫いた。
炎の花が爆ぜ、割れるように崩壊するル級の船体。
ル級の「本体」は炯炯と光る瞳で由良を睨みつけながら、
声なき声で叫び沈んでいった。
「由良お姉ちゃん――やったね!」
「うん――みんなや阿美ちゃんのおかげよ」
「えへ……。じゃあ、あとは逃げるだけね」
由良がル級と一騎打ちし仲間たちが敵を退けている間に、
恋梅は夕羽を無事回収していた。
恋梅の腕に抱かれた夕羽の様子は、
遠目に見ても、まともな状態にはとても見えなかった。
だが、こちらに取り戻せたならまだ希望はある。
「――全艦、および提督、鎮守府に伝達します。
現時刻をもって第四水雷戦隊の戦闘は終了。
残敵に注意しつつ、戦闘区域を離脱します!」
――暁は遠い。
深き闇に閉ざされた戦場を、
娘たちは一心に駆け抜け――敗走し、落ち延びるのであった。