シャワー室に入り素早く汗を流す。
シャワーを止めるとそれを合図にして、
夕羽が由良の制服とタオル、
そして高速修復材の入ったバケツ状の容器を持って入ってきた。
「……怪我はないっぽいです?」
裸の由良の全身をさっと見た夕羽が、
安心しつつも確認するように問いかけた。
「う、うん。大丈夫」
はじめは自然に夕羽を招き入れた由良だったが、
そうして素肌を見られたことに顔を赤らめつつ、
夕羽から服、まずは下着を受け取って急ぐように身につけた。
次に手にとった制服――戦闘服でもあるそれは、
「由良」の損傷を反映して破れていた。
艦娘の多くは自分の制服を鎧のように思うが、
由良もまたそのような一人として、
傷ついた自らの鎧に、敗戦の痛みと、
再戦の決意をたぎらせながら破れた制服に袖を通した。
「これで勝とうね、由良さん」
「うん。――勝つよ」
シャワー室の床に膝をつき、決意と共にバケツを掲げ、
頭から高速修復材を浴びる。
脊髄まで染みこむような冷たさが由良を襲う。
それと同時に、
昂揚と酩酊感がはらわたのなかで煮えたぎった。
相反する二つの感覚に遠のく意識を、
床に置いたバケツを握りしめることで必死に保った。
高速修復材とは、簡単にいえばドーピングだった。
船体の写像である制服を着た状態で頭から浴びることによって、
艦娘を通じて妖精を活性化させ船体の高速修復を可能とさせるのだ。
高速修復剤はその名のとおり、高速での修復を可能とするが、
妖精の活性化のために艦娘には少なくない負担を与える他、
艦娘の休憩時間でもある修復時間を短くしてしまうため英気の回復が
十分にできないという問題もある。
提督によっては高速修復材を多用するが、
玲奈は高速修復材を使うことは滅多になかった。
それは玲奈が可能な限り四水戦の娘たちが
健やかに戦えるように努力し続けてきた結果だ。
――私が使ったと知ったら、心を痛めるかな。
出撃前に会ったきりいなくなってしまった彼女のことを思う。
まだ24時間程度、
しかしもう24時間、彼女に会っていない。
玲奈は由良たち四水戦を守るためにあらゆることをしてくれている。
その中には彼女自身を危うくすることもあったが、
彼女はそれをためらいはしなかった。
彼女は強い、と思う。
自分も強くあらなければならない、と思う。
そう、そのためなら、
高速修復剤の不快な副作用も、
自らを消滅させてしまう「非在」の危険性も、
克服しなければならない。
由良はここに来てようやく、戦う、ということの
意味を知ったような気がした。
顔をあげると、夕羽がいつまでも立ち上がらない由良を
心配そうな面持ちで見ているのが目に入った。
彼女もまた深海棲艦の狂気をその身に宿し、力とした。
なぜ?
「ねえ、夕羽ちゃん。どうして戦うの?」
「え? ん……、そこに敵がいるからっぽい?」
「敵を滅ぼすために戦うの?」
「さあ……? 夕羽には難しいことはわからないっぽいけど、
……でも、戦うためだけだったら私はこうしてここにいない、と思う。
みんなが呼んでくれたから夕羽はここにいる。
夕羽はそれが嬉しかった。
だから、みんなのために夕羽は戦うんだよ」
「――そうね」
狂犬。されど忠犬。
罪人を裁く紅蓮のような色でありながら、
絶対の番犬であるように赤い瞳を光らせる少女。
由良は立ち上がり、炯々たるその輝きを見つめ頷きかけた。
「行こう、夕羽ちゃん。
この戦いを終わらせるためにね。ね?」
覚悟を示すように腕を伸ばし袖を伸ばすと、
高速修復剤の効果が終了して糊が利いたように固くなっていた袖は、
ばり、と小気味良い音を立てるように張り詰めた。
「いいよ。ソロモンの悪夢、見せてあげる!」
悪夢、という表現に由良はぎくりとする。
――だがそれも悪くない。
悪夢を乗り越えよう。
勝利たる暁は、深い闇の刻を越えた先にあるのだから。