非在の海 -第四水雷戦隊戦記-   作:白亜迩舞

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<2-10ー1 戦場における狂気と衝動>

炎の海となった甲板の上で、

霧乃は炎の向こうの敵、

突如現れて「霧島」を大破させた

姫種深海棲艦を睨みつけていた。

 

通常の戦艦級深海棲艦なら霧乃が遅れを取ることはない。

差しで殴りあっても勝てるように日々努力している。

 

しかし姫種深海棲艦となると話は別だった。

桁外れの体力を持ち、

霧島がいくら砲弾を叩き込んでもひるまなかった。

悠然と構えられた主砲の一斉射撃により、

霧島は瞬く間に大破してしまった。

 

相手の船体もまた炎に包まれている。

しかし甲板に立つ人型の「本体」は健在で、

不気味な笑みを浮かべ、瞳を光らせながら、

霧島に三連装の主砲を突きつけている。

 

「どうして……私の戦況分析が……?

私には、叡代の敵を討つことはできないということなの!?」

 

『霧乃さん、応答してください!

動けないんですの!?』

 

伝令の妖精が、「高雄」からの声を伝える。

だがその声は、

激情に焼け付いた霧乃の耳には入らなかった。

 

「そうよ……私は、負けない――マケナイ――!」

 

ボロボロになった船体が、

霧乃の意志に答えてギシギシと騒ぎ出す。

 

ギシギシ。

軋軋。

 

足に力を入れて立ち上がると、

下半身から冷たい何かがこみ上げくる感じを覚えた。

それはゾッとするほどに冷たい感覚。

死の気配に似ていると、他人事のように思う。

 

だが冷たい炎に炙られるように、

心は妙な覚醒感を覚え始める。

身体は気怠いが、同時に力が湧くような感覚もある。

異常な万能感。

まるで――自分が、自分ではない何かに突き動かされるような感覚。

 

――滅ボシタイ。

 

目の前に立ちはだかるものを。

 

凶暴な闘争心が心に湧き上がる。

その中、霧乃の一部は歪な冷静さでその理由を考え始める。

 

それは、叡代は沈んだからか?

 

しかし叡代自身は救助されている。

第四水雷戦隊が別方面で暴れてくれたお陰で

敵の動きに隙が生じたためだ。

 

しかし叡代が艦娘として戦うことは二度とない。

それは、もはや彼女が、

姉として慕う女性と共にいることができないことを意味する。

 

叡代はカナリアのことを姉と慕っていた。

霧乃には理解しづらいことだったが、

しかし無邪気にカナリアのことを慕う叡代を見ていると、

なんとなく応援してやりたくもなった。

 

それに、カナリアは自分以外の金剛型戦艦艦娘の3人を呼んで

ティータイムをしていたが、

叡代がいなくなるなら、

あの黄金色の時間に欠落が生じるということだ。

 

――ああ、そうか。

 

霧乃は悟った。

これが喪うということか、と。

 

命に比べればそんな喪失も些細なものなのかもしれない。

だが戦いにあっては命を賭ける日々を過ごす彼女は、

命を賭けても手に入らず、守れず、贖えないものがあることを知っている。

 

それを失ってしまった今となっては、

もはや己が命など、存在など、価値の無い雑品に過ぎない。

 

ならば正気を惜しみ敗北するより、

勝利に狂喜していたい。

 

だから――

 

 

 

「――チェック、1、2……よし」

 

 

 

――この狂気に/虚数に身を委ねよう。

 

 

 

「――やめて!」

 

 

 

その少女の声は霧乃の閉じていた意識に楔を穿つように響いた。

 

――身体にまとわりついていた冷気が、

――虚数の気配が薄れていく。

 

「嘘……どうして?」

 

『ふーん。まだパーティーには早いっぽい?』

 

戸惑う霧野の目の前で、

霧島に主砲を向けていた姫種深海棲艦に砲撃が直撃する。

 

 

(――!)

 

 

その砲撃は爆発の割に、深く突き刺さるように命中した。

それが想定以上の痛みを与えたのか、

深海棲艦は憤怒を露わに砲撃を放った艦へと砲を向け、斉射した。

しかし戦艦以上の姫種深海棲艦に損傷を与えたその艦は

なんと駆逐艦であり、

駆逐艦らしい軽快さをもって敵の砲撃をかいくぐるのであった。

 

 

『お、怒ったっぽい?

よーし、なら――』

 

『夕羽ちゃん何しているの!?

今は相手の注意を惹きつけることが先決よ!』

 

『はいはい。じゃあ――鬼さんこちら♪』

 

 

炎に照らされる闇の中で、

二隻の艦が闇をものともせず駆け抜けていく光景が見える。

 

霧島の周囲にいるのは姫種深海棲艦だけではない。

他の深海棲艦も当然いて、突如として現れた二隻に攻撃を始めるが、

二隻は巧みによけながら、時に反撃し、

二隻のうち一隻が巧妙に敵を引きつけたままいずこへかと走り去った。

 

『こちら第四水雷戦隊、旗艦の由良です。

霧乃さん、状態はどうですか?』

 

先ほど霧乃を呼び戻した声が尋ねてくる。

 

「え、あ、はい……?」

 

まだ先ほどの激情と興奮が抜けきっておらず、

半ば混乱した頭では曖昧な返事しかできなかった。

 

『前線は任せて後方に退いてほしいのですが、動けますか?

それとも、もう舵は効きませんか?』

 

「いえ――まだかろうじて動きます。

しかし、撤退に十分な速度は出ません」

 

『では、由良が霧島に横付けするのでこちらに乗ってください』

 

「え、ええ……」

 

言葉のとおり、

霧島に由良が横付けしたので、

霧乃は船体を縮退させて由良に移乗した。

 

「ご無事ですか?」

 

「……ええ。今のところは。

ダメージはもちろんありますが……」

 

「そうですか。

意識がはっきりしているようなので、とりあえず安心しました。

もし心細いようでしたら、毛布を使ってください」

 

そう言って由良が毛布を差し出したので、

霧乃はそれを肩にかけた。

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