由良から受け取った毛布にくるまると、
人らしい温かみが霧乃を包んだ。
すると先程自分が抱いていた凶暴性が滑稽に思えてきて、
それに水を差した「声」を不思議に思い始めた。
「……あなた、私を止めました?」
問いに由良は頷いて答えた。
「……どうして?」
どうしてか。由良は考える。
それはもちろん、目の前で道を踏み外し、世界から「いなく」なること人を見れば、
人として手を差し伸べて呼び止めるのは当然だから、とも言える。
だがそんな当たり前の答えよりも、
由良という個人として重みのある答えを霧乃は求めている。
由良はそのことを理解し、言葉を紡いだ。
「――虚数の海は、冷たいですから」
しかし、その冷たさが慰めとなることもある。
その慰めを奪う権利が由良にはあるのか?
「確かに、あの冷たさは私たちを癒してくれるかもしれない。
けれどそれは結局麻酔みたいなもので、
私たちの傷は癒えない。
でもこの傷に耐えて帰れば、
きっと違うものが失ったものを補ってくれる。
それは代用ではなくて、新しい何かで、
そういった未来への希望を捨てて失われた過去を求めるようなことは、
過去の怨念と戦い続ける艦娘としては
きっと、許されないことなんです」
「――あなたは、あなたの戦いのために私を止めたのね」
「そうですね。はい、そのとおりです」
優しくも厳しい言葉だった。
瞬く砲火に照らされるその笑みは儚く、
しかし揺るぎない強さを宿している。
霧乃は自分の狂気が彼女の決意に比べれば
極めて矮小なものであったことを悟った。
由良は強い。きっと強い。
けれども、この戦いで勝利し、生き残れるのか?
軽巡洋艦でしかない彼女が?
「あなたの作戦を聞いてもいいですか?」
「私たちの作戦は……」
由良は一度遠くを見やってから、
決然とした面持ちで霧乃に向き合った。
「当初の作戦目的は飛行場型姫種深海棲艦――飛行場姫の討伐です。
だから、それ以外にどんな敵が出てこようと、
無視するっていうのはどうですか?」
「え……それはどういうことですか?」
「つまり、飛行場姫に向かってまっすぐ突撃して、
本体への直接攻撃で倒すというのが私の作戦なんです」
「はい? ちょっと待ってください。
飛行場姫に突撃――も良くないですが、これはさておき、
本体への直接攻撃で倒すってどういうことですか?
そんなこと、不可能だと思うのですが」
強力な深海棲艦は船体と人状の部位で構成される。
それはまるで艦娘のようであるから、
艦娘にとって艦娘自身が「本体」であるなら、
深海棲艦の人状の部位もまた「本体」であると考えられる。
すると、本体ならばそこを直接攻撃できないだろうかという
考えが当然のように出てくる。
だが、現実にそのような戦略は行われていない。
なぜなら、深海棲艦の「本体」を狙って砲撃しても
まず的が小さいから当たらない上に、
未知の力場で砲弾が反らされているようであるからだ。
それに小さな本体を狙えるほど接近すると、
まず敵の集中砲火を食らって自分も撃沈される危険性が
非常に大きいことも、このような攻撃が行われない理由である。
しかし、
「私は敵の攻撃を透過させつつ行動することができます。
この「力」を使って接近、
そして敵船体に直接乗り込み、至近距離で砲撃を行います」
「敵の攻撃を透過させつつ接近、
船体に直接乗り込む……!?」
もはや、まともに聞いていれば世迷い事としか言いようがなかった。
だが霧乃の前に立つ娘は、霧乃よりも強い。
そのことは確かで、
その彼女が言うのだから、霧乃はもはや信じるしかなかった。
「……わかりました。
それが嘘か真か、私には判断できません。
しかし、最後の希望はあなたとなったわけですね。
ならば――どうか、よろしくお願いいたします」
霧乃は由良に深く頭を下げた。
しかし年齢的にも立場的にも上の戦艦の艦娘に頭を下げられては、
軽巡の艦娘である由良は非常に慌ててしまう。
「ああ、ちょっと待ってください。
私は勝手を言って突っ込むだけですし。
それに――艦隊の指揮はできれば霧乃さんにお願いしたいんです」
「私に?
ですが、私はもはや艦艇としての戦力は失っています」
「でも、戦艦の艦娘ですから」
戦艦の艦娘は、その強力な火力と装甲から艦隊の中枢となる。
また単純に、戦艦の艦娘は年齢が上でそれまでの教養もあるため、
指揮能力も持てるように駆逐艦や軽巡の艦娘よりも
高度な教育を受けている。
「――わかりました。至らぬ身ではありますが、
私も曲がりなりにも作戦の連合艦隊の旗艦です。
最後まで努めを果たしましょう」