「相変わらず景気の悪い顔をしてるわね!」
図書室に向かう途中で出くわした彼女が言った。
「――依武!」
由良、阿美、そして「鬼怒」の艦娘と同じ、
白地にモスグリーンのカラーとスカートの制服。
色素の薄い髪をツインテールにした彼女、依武は、
侮蔑と敵意を露わに阿美を睨みつけ、謗った。
阿美も彼女に対して鋭い視線を向ける。
阿美と依武はおおよそ半年ぐらい会っていなかった。
しかし半年ぶりに再び目を合わせた瞬間に、
新鮮な敵意を剥き出しにして睨みつけ合った。
「何しに来たの?」
ソロモン作戦の時、依武は修理と改修を兼ねて不在で、
そのあとも横須賀基地に帰ってきていなかったから、
どっかの泊地に飛ばされたのだと思いせいせいしていたのに。
「何って、演習よ。聞いてないの?」
「演習?」
艦隊同士の演習は練度の向上や、
艦隊どうしの力量の確認などの目的で行われるが、
阿美の覚えている範囲では今の第四水雷戦隊に
演習を行う予定も理由もなかったはずだ。
「あっそ、聞いてないんだ。
かわいそうに。これであんたの負けはいよいよ確定ね」
くすくすと嘲笑いながら依武は阿美とすれ違って去っていった。
後に残された阿美の胸には、焦げ付くようないらだちが残った。
基本的に、同じ艦艇の艦娘は互いに反目しあう。
端的に言ってその理由は「同族嫌悪」である。
ひとつの艦艇に対する艦娘は、性格や年齢、体質に
共通する部分があることは統計的にも推測されていて、
阿美と依武もその例に漏れず、自己に似た存在を嫌悪していた。
また、なによりも彼女たちを対立させるのは、
「阿武隈」の艦娘である、という点において比べられることであった。
元来、何事においてもどこか弱気な阿美であるが、
それでも艦娘である自分にはある程度の誇りを持っている。
そのため、たとえ同じ長良型の艦娘にも敵わなくても、
依武にだけは負けられないと常々思っているのだ。
「今回の第一水雷戦隊と第四水雷戦隊の演習は、
主に私たち第四水雷戦隊の評価のために行われる」
阿美が四水戦の作戦室に呼び出した玲奈に
「どういうこと!?」と強い口調で問い詰めると、
玲奈は他の四水戦の艦娘も集め、
疲労と苦悩の色が濃く出た顔でそう告げた。
「えー、そんなの聞いてないんですけど」
真っ先に白が苦言を呈した。
「すまない。私も先程聞いたばかりなんだ」
「これからすぐやるってことですか?」
恋梅が心配そうな顔で言った。
「うん。あと、約2時間。
向こうの船体の補給と調整が終わったら、1600に始める」
「なんか、抜き打ちテストっぽい?」
夕羽もやはり、うんざりした表情だ。
彼女はそれほど戦闘は嫌っていないはずだが、
抜き打ち、という点に辟易しているのだろうか。
「抜き打ち……そうだね」
そして、玲奈もまた抜き打ちという言葉を否定しなかった。
表情に切迫さを滲ませ、提督は艦娘に言った。
「このテストの目的は、
私たち四水戦が、第二改造に類する変化を迎えた駆逐艦「夕立」を
有する価値があるかどうかを評価することにある。
つまりこの演習に負ければ――四水戦から夕立がいなくなる」
「な――なによそれ!」
ばしん、と阿美は衝動的に玲奈の机を叩いていた。
「阿美……」
机を叩かれた玲奈はわずかに驚きを見せ、
それから非難よりも同情の色で阿美を呼び、顔を見た。
「あ……ご、ごめんなさい!」
「いや……気持ちはわかるよ」
今どき上官に歯向かったからと言って鉄拳制裁される
時勢でもないし、ましてや艦娘と提督との関係は
ある程度の気楽さがある。
とはいえ、やはり目上の者に失礼を働いてしまったこと、
しかもそれに対して叱責されるわけではなく、
容赦するような態度を取られてしまうと、
かえって阿美はいたたまれない気持ちで萎縮してしまった。
そんな阿美と玲奈の間の空気で、
作戦室全体の空気も気まずいものになってしまう。
「それって、「夕立」がニューバージョンっぽいから?」
空気を壊すようにか、
若干の空気の読まなささで夕羽が発言した。
「そうだね。
申し訳ないことに、私が指揮を執っている今の四水戦には
由良や夕羽のような特殊で強力な艦娘を配置してもらう
だけの実績が認められていない」
「でも、私が言うのもおこがましいようですけど、
由良さんや夕羽が上げてきた戦果は
決して二人だけのものではないですよね?」
白が反論した。
その内容は思っていても、由良と夕羽のような立場の者以外には
口にしづらいものだったが、
そのようなことを敢えて言うことのできる白が発現すると、
夕羽もうんうんと頷いて賛同を示した。
「ああ、そのとおりだと思うよ。
だがそういうことは、はっきり言って海幕にとっては
都合の悪いことだから敢えて見ないことにしているんだ。
由良や夕羽の進化のようなものは、
海幕にとってイレギュラーなようなものだが歓迎することだ。
しかしそれによって、本来、輸送や護衛などの
補助的な任務しか行わないはずの四番目の水雷戦隊が
強力化することは海幕にとって排除すべきイレギュラーなんだろうね」
「そんなの…勝手じゃないですか……!」
恋梅が非難する様子は、どこか控えめで、
しかしその必死な様子は胸を打つほどに可憐だった。
海幕の連中にもこれを見せたら指令を翻すのでは、と、
一堂は思いつつも表向きは真面目に恋梅の言葉を聞いた。
「まったく、そのとおりだよ。
――しかも、実は、勝手な話はそれだけじゃないんだ」
艦娘たちの素直な様子に看過されてか、
いつもは穏やかに、感情を露わにしない玲奈が、
苛立ちを感じさせる動作で立ち上がった。
「いいか。もし今回の演習で四水戦が負ければ、
四水戦は夕羽を失うだけではなく、
「長良」が旗艦の水雷戦隊に再編成される」
「嘘でしょ……ありえない!」
「ああ、そうだよ阿美。
だから私は、今回ばかりは皆に命令しよう。
必ず演習に勝ちなさい。
もし勝ったなら、私は皆に大事な話をするから」
「大事な話?」
「おそらくは皆が望んでいて、
けれども容易には手の出せない話のはずだ。
私としても今まで迷っていたが、
これ以上、私はともかく、
この四水戦を貶められるような状況にいるわけにはいかない」
玲奈は自分が指揮する艦娘たちの目を見て、言う。
「必ず、勝とう。由良が私たちに託したこの場所を守るために」