船渠に行くと、一水戦の船体が入渠して補給と整備を受けていた。
そして船体の主である艦娘もそこにいる。
真響、鶫、燕の第六駆逐隊の少女たちを前に、
旗艦である依武は神経質そうな面持ちで何か話している。
漏れ聞こえる単語を聞く限り、
演習における陣形を動きを確認しているようだった。
「――ちょっと! なに聞いてるのよ!」
「別に? あたしはあたしの船体を見に来ただけだし」
言葉のとおり自分の船体が停留している船渠に向かい歩いていた阿美は、
依武に咎められても涼しい顔でそれに答えた。
長良型軽巡洋艦六番艦「阿武隈」の船体。
艦首が他の長良型と異なるが、
なによりも、姉と慕う「由良」と同型であることが誇らしい。
――まったく同型の船体が同じ船渠にいる。
胸に差し込む不快感。
それを押し殺すように、
努めて静かな心持ちで艤装を見ていく。
「あ、あの……!」
そんな阿美の背中に少女の声がかけられる。
振り返ると「阿武隈」の近くの桟橋に、
第六駆逐隊の少女たちが集まって阿美に呼びかけていた。
依武はついてきていない。
「――何?」
船体から降り、少女たちの前に立って阿美は尋ねる。
「あ、あの……」
「……」
「夕羽ちゃんは……いないのですか?」
「夕羽ちゃん?
夕羽ちゃんなら、他のみんなと一緒に遊んでるんじゃないかな」
今日は演習を前にして他の予定が入っていないが、
普段は輸送遠征だったり哨戒出撃があるため、
午後が空いているということはないのだ。
そのため、この自由時間を使って遊びに行こうというのが、
夕羽たち第二駆逐隊の娘たちの考えだった。
「なんか用だった?」
「い、いえ……あの……」
「あー、もー、じれったいわね!」
もじもじと会話を続けようとする燕の様子に、
業を煮やした鶫が口を開く。
「私たちは、もし私たちが勝ったら私たちのところに来る、
夕羽がどう思ってるのか聞きたかったのよ」
「……聞いてどうするの?」
思わず声を低めて聞き返す阿美の様子に、
いつも強気な鶫が不快そうに押し黙った。
その表情を見て、阿美は少し後悔した。
第六駆逐隊の少女たちは駆逐艦クラスの艦娘の中でもとりわけ幼く、
学年で言えば小学6年生だ。
阿美もまた軽巡クラスでは一番幼い唯一の中学生であり、
普段は駆逐艦クラスの少女たちに対する年上的な意識がないが、
3歳ほど年下の相手に対しては知らず知らずのうちに
威圧的になってしまう自分がいることに気付いた。
しかしそんなことでは大人気ないと思い、態度を改め素直に答えることにした。
「……夕羽ちゃんは、嫌がってるよ」
阿美の答えに燕は頷いた。
「やっぱり、そうですよね……。
あの、なので、お願いがあるのですが」
「お願い?」
「はい。――絶対に、燕たちに勝って欲しいんです。
燕たちは手を抜くことはできませんが、
阿美さんたちも、手加減しないで……
そうしたら、勝つのはきっと阿美さんたち
第四水雷戦隊だと思いますから」
ずいぶん高く買われているようだった。
しかしそんなことよりも、
「私たちが手加減しなかったら、
きっと痛い目にあうと思うけど、良いの?」
「――はい。
でも、もし燕たちが勝ってしまったら、
きっと燕たちが負けた時よりも大きな痛みを
四水戦の皆さんは感じてしまうと思うので」
――彼女は他者の痛みを自分のもののように思える少女なのか。
他者の痛みを想定することは難しくない。
しかしそれを我が身に受けるように、切実なものとして
考えられる人間は少ない。
まして、そうして自分と他者の痛みを比較し、
たとえ自分の身に受けるとしても、
小さな痛みを引き受けることを選択できる人間は、
本当の強さと優しさを兼ね備えた、極一部の人間にしかできない。
燕がそういった稀有な人間であり、
その彼女が自分に対して手を差し伸べてくれていることに
阿美は強く胸を打たれ、想いを込めて彼女の手を握った。
「――ありがとう。
いいよ、なら、私たちは全力であなたたちと戦う。
これ以上、四水戦から誰もいなくならせないために。
由良お姉ちゃんから引き継いだ旗艦であることに賭けて」
「……由良お姉ちゃん?」
鶫がその言葉に反応した。
「由良お姉ちゃん、由良お姉ちゃんって、
そんな甘ったれた様子でできるの?」
「つ、鶫お姉ちゃん。
燕だってお姉ちゃんのこと、お姉ちゃんって呼んでます」
「燕は私の実の妹でしょ?
でも、阿美さんと由良さんって本当の姉妹じゃないわよね?」
咎めるような鶫の言葉。
確かに言われればそうかもしれない。
けれど――
「……由良お姉ちゃんは、お姉ちゃんだもん」
阿美には、彼女を「姉」と呼ぶだけの理由があった。