非在の海 -第四水雷戦隊戦記-   作:白亜迩舞

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<3-2-3 「妹」としての戦い>

訓練時代、阿美は依武と対抗していたが、

最終的な判定は依武の方がより認められ、

阿美は大きく自信を挫かれた想いのまま実戦配備された。

 

旗艦になった依武と異なり、

特定の役割を与えられなかった阿美は各部隊を彷徨った。

四水戦に転属になったときの阿美は、

評価されない境遇で何かにつけて卑屈になり、

消極的になってますます成績が伸び悩んでいた。

艦隊の足を引っ張っていた。

 

しかし、当時から四水戦の旗艦だった由良は、

そんな彼女に怒ったりすることはなかった。

彼女はある日、

阿美をお茶に誘いケーキを食べながら優しく言った。

 

 

――私も、初陣は全然動けなかったの。

――でも私は提督さんに励ましてもらって初陣を乗り越え、

――それから提督さんのためって、今日まで頑張ってきた。

 

――人は何かひとつのためって思うと頑張ることができやすいわ。

――阿美ちゃんも、それを見つけられるまでは

――ゆっくりしていいと、私は思っているの。

 

 

自らが力を尽くし、戦う理由を語る由良の姿は、

まるで恋するように愛らしく、輝かしく、

阿美はその姿に憧れた。

そして、自分にとってそのような「理由」になる存在は、

同型艦で、旗艦で、かっこよくて、

自分に親身になってくれさえもするこの素晴らしい女性ではないだろうかと阿美は思った。

 

阿美が照れながらもそう言うと、由良は曖昧に笑った。

 

――そんなことで良いの?

――それに、私はそんなかっこいい人間じゃないし。

――さっきも言ったとおり、

――私は提督さんと、みんながいるからなんとか頑張れているんだよ。

 

由良の口から出る、「提督さん」と「みんな」。

第四水雷戦隊はそれぞれが想いを込めた絆で結ばれあっているように見えて、

阿美もそうありたいと思った。

 

まずは目の前の少女と。

姉妹艦の艦娘。なら、彼女とは姉妹のようでいたい。

 

――お姉ちゃんって、呼んでもいいですか?

 

――え…どうして?

 

――姉妹艦だから。

――それに、私、由良さんみたいになりたいです。

――お姉ちゃんみたいになりたいです!

 

――仕方ないなあ。

――いいよ。じゃあ、よろしくね、阿美。

 

 

その日から、阿美は由良を本当の姉のように思い、

彼女の背中を追うように歩いてきた。

けれど鶫の言うとおり、

そんなのはもう、甘えでしかないのかもしれない。

 

自分が痛みを受けてでも四水戦の絆を守ろうとしてくれた燕のように、

妹ではなく、一人の人間として、

阿美は決断し、戦わなければならない。

 

 

 

 

「――見ていて、由良お姉ちゃん」

 

 

 

 

訓練用の特殊複素空間で自分と同じ「阿武隈」と

対峙した時に口にした「お姉ちゃん」は、

今までのような甘える対象ではなく、

自分の功績を力として守るべき家族であった。

 

 

第一と第四の水雷戦隊同士の演習は苛烈を極めた。

四水戦には不退転の決意があったが、

一水戦にも先鋭としての誇りとそれを裏付ける戦闘力、

そして旗艦の依武の意地があり、

一進一退となった攻防は気迫だけで火花を散らすかのようだった。

 

砲撃をしながら、互いに魚雷を撃つ必殺の間合いに入った時、

四水戦側は「五月雨」が大破、「村雨」が中破、「夕立」が中破、

一水戦側は「雷」が大破、「響」が中破、「電」が小破の

互いに凄惨な状態になっていた。

中破程度になると精密な操舵は難しく、

船体が傾くことも多いため魚雷を撃ってもほとんど当たらなくなる。

そのため、雷撃戦では一水戦側の方がやや有利。

依武と共に小破で抑えている阿美だけが

まともに魚雷を撃てた戦況となっていた。

 

 

『ま、ここまでやってくれたこと、褒めてあげるよ。

あんた相手に癪だけど、今回は判定で勝たせてもらうわ』

 

「ふざけ、ないで――!」

 

 

しかし、叫んだ抗いの言葉は虚しい。

 

阿美と依武は良くも悪くも互いの腕を評価していた。

自分は絶対に魚雷を命中させる。

ならば、相手も命中させるはずだ。

しかし阿美と依武が互いに避雷しても、

燕がいる限り総合的な勝利は一水戦に傾いてしまう。

 

四水戦が勝つためには依武の魚雷を避けなければならない。

けれども、相手に当たるなら自分にも当たる、という

矛盾のような状況で、阿美は思い切った回避行動が取れなくなった。

 

 

「諦めないで阿美ちゃん!

阿美ちゃんが負けないなら、私も絶対に負けない!」

 

 

葛藤に囚われる阿美に、夕羽の喚声が飛ぶ。

 

 

「魚雷が駄目でも主砲がある!」

「そうですね。白露型を、第二駆逐隊をなめないで!」

「絶対に勝ちます!」

 

「夕立」が筆頭になって砲撃戦が再び加熱しはじめる。

慌てて第六駆逐隊も応戦する。

だが土壇場になって牙を剥いた「夕立」の砲撃には、

たとえ百戦錬磨の駆逐隊であっても敵いはしない。

ここに来て戦況を覆すがごとく、

二駆は六駆の各艦に命中弾を与え、赤い花を咲かせていく。

 

『は! 相打ち覚悟ってわけ?

往生際が悪い! 相打ちなら、私達の勝ちなのよ!』

 

「――相打ちなんかじゃない!

あんたなんか、一人で沈みなさい!」

 

勝利、の二文字が阿美の目を開かせる。

昂ぶる神経を研ぎ澄まし、意識を海面へと向ける。

激しい砲撃戦に荒れる海面では、酸素魚雷の雷跡を

見切ることは困難を極める。

 

――だがその時、阿美の感覚に冷たい電気が走った。

 

突如として、阿美は虚数の海水の流れ、うねりを感じた。

自分が立つ甲板、船体、竜骨が切り裂く虚水の温度と

流れのベクトルを感じた。

 

咄嗟の感覚に混乱を禁じ得ないが、

阿美は縋るようにその感覚を手繰り寄せた。

すると、感知できる範囲ははじめは船体に触れている部分だけだったが、

瞬く間にその範囲を広げていった。

 

そして、虚海の水中を突き進む破滅の雷撃の気配を悟る。

 

 

「――速度一杯! 取舵一杯!」

 

 

船体が転覆しそうな勢いで舵を切る。

身を捩った「阿武隈」は、魚雷を避けきることはできなかった。

一発が後方に突き刺さり、炸裂する。

だが、その程度の損傷ならまだ敗北に遠い。

 

対する依武は船体中央に魚雷を食らい、

阿美が甲板の上で姿勢を整え、主砲の狙いを定めた時には、

ほぼ撃沈しかけていた。

 

 

『嘘でしょ!? ありえない――ありえない!!』

 

 

「――じゃあね!」

 

 

自らが放つ砲弾が過たず第一水雷戦隊の旗艦に止めを刺す。

その様を見ながら、阿美は一つのことを決断した。

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