非在の海 -第四水雷戦隊戦記-   作:白亜迩舞

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<3-4 仲間たちと離れて>

「あ……!」

 

ブリーフィングのあと会議室から出ようと、

ドアノブを掴もうとした由良の手が――すり抜けた。

 

バランスを崩す身体。

上半身のバネで引き戻すと、

後ろに来ていた北羅にぶつかった。

 

「おっと」

「あ……ごめんなさい」

 

振り返って北羅に謝る。

 

「ドア――出ないの?」

「う、うん。出るよ……」

 

もう一度ドアノブに伸ばした手は、

すり抜けることもなくそれを掴んだ。

 

「作戦――まだ時間あるよね?

少し、部屋に戻ってていいかな?」

 

廊下に出てから第九戦隊の少女たちにそう言うと、

皆、一様に怪訝そうな面持ちになった。

しかし、

 

「好きにすればー?」

 

由良に一番近かった北羅がそう言うと、

他の少女たちも興味を失ったように、

その場から去っていった。

 

「私は、北羅さんだけいればいいし、――ね、北羅さん?

早く行きましょう?

魚雷を見に行きましょう?」

 

由井が北羅に、背中から抱きつく。

抱きつかれた彼女は、何故か由井ではなく由良を見続けていた。

由良には興味が無いようなことを言ったわりに、矛盾した様子。

 

 

「……北羅さん?」

 

 

「――いなくなるときは先に行ってねー?」

 

 

そう言ってから、北羅は由井を引きずりながらいなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トラック泊地にある第九戦隊の娘たち部屋は個室であるため、

部屋にいけば完全に一人になれる。

 

自らの不調は今に始まったことではないのだが、

だからこそ今となっては誰にも頼りたくない由良は、

一人になるつもりで部屋のまで来た。

しかし部屋の近くまで来て気が変わった。

進路を変え、海の見えるテラスに上がった。

 

高く澄み渡る青空。

青の真中から降りそそぐ灼熱の日射。

砂浜は燃え尽きたように白い。

その先に広がる海は透明な燃料のようにまばゆく、

金剛石の如く燃える輝きをまとっている。

 

この一ヶ月ほぼ毎日、

飽きるほどに見てきた南国の景色。

 

ゆるやかに弧を描く水平線を見やる。

海抜の低い場所からでは、

水平線までの距離は5km程度であり、

四水戦の仲間たちとの距離とは比べるまでもない。

 

あの彼方が自分のいる場所だった。

そして今、自分が海を見ているここに、

自分がいるのだと、由良は認めたくない。

 

だが、認めなければ、

意識しなければ、

由良の身体は――希薄となる。

 

存在が揺らぎ続けている。

今この時も、

欄干を掴む手、腕は半透明になって、

欄干に触れているようで、触れていない。

 

第四水雷戦隊から第九戦隊に転属したばかりの頃は、

自分がいた場所のことを考えていても、

存在が薄くなることはなかった。

 

しかしここでの戦いで、

「非在」の力を何度も使うことで、

由良の存在は揺らぎやすくなった。

 

想定されていた副作用。

だが由良の戦いや心身の状態を観察し続けているだろう上層部は、

特段そのことに何も言わない。

今の由良はモルモットそのものであり、

いつ死んでも、消えてしまっても、構わないのだ。

 

死ぬ。

消える。

 

そうなりたいとは思わない。

仲間たちのところに戻れる日は多分、

来るとしてもずっと遠くの事だろうが、

早々に諦めてこの世界からいなくなるつもりはない。

 

それに、離れていても、

由良と仲間たちは同じ星の上、空の下、

何万海里だろうが、海でつながる場所にいるのだ。

絶望することなんて何もない。

 

だから由良は毎日、自分が「いなく」ならないようには

努力している。

もっとも効果的な方法は力を使わないことだが、

この南の海での戦いは筆舌に尽くしがたいほど厳しく、

由良が死なないためには皮肉なことに力を使わざる得ない。

 

力を使わなければ、由良はこの世界にいられなくなる。

力を使っても、世界における由良の存在は揺らいでしまう。

 

その二律背反が由良を苦しめる。

背反の狭間にこそ、

由良の存在は消滅してしまうように思える。

 

 

――負けるわけにはいかない。

 

 

ぐっと手に力を入れると、

半透明だった手に実体が戻って、

欄干をつかむことができた。

 

私は、ここにいる。

望まぬ場所だけど、ここもまた皆のいる世界だから、

ここから消えるわけにはいかない。

 

 

束ねられた長い髪を翻して、

由良は自分の船体のある船渠へと向かった。

 

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