非在の海 -第四水雷戦隊戦記-   作:白亜迩舞

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<3-5-3 狂気の雷撃>

決闘のようなその戦いは、

互いに離れてから近づく形で始めることにした。

 

互いに闇で目視ができないぐらいに離れた。

北羅と由井、そして由良と阿美は、

それぞれ自分たちの艦隊も引き連れて移動した。

 

 

「……行こう」

 

 

互いの戦意を確かめ合うでもなく、

阿美はそう短く言って北羅と由井と砲火を交えるべく

闇の海面を走り始める。

 

 

「……」

 

 

由良も黙ってそれに従う。

 

沈黙のまま二人は闇を駆ける。

二人とも、語り合うための言葉を持っていなかった。

 

由良は阿美に拒絶を示してしまった。

阿美は由良に無理解を告げてしまった。

 

そういったやりとりの中心にいなかった娘たちは、

ひと月ぶりに会う由良を見て嬉しそうに話しかけてきた。

由良もそれらに答えようとした。

だが、現時点で公的に旗艦となっている阿美の態度が悪いと、

その下の娘たちも振る舞いがぎこちなくなった。

 

謝るべきかと由良は思った。

それは偽りとはいえ、危険を冒して仲間たちを否定したのであるから

当然のことではあるのだが、

自分の犯してしまった過ちを考えれば、

単に言葉だけの謝罪では到底彼女の心には届かないと思った。

 

 

――だから、

 

――あの娘を守ろう。

 

 

それも当然のことではあるのだが。

だが、そのような守護の気持ちは、

今までは艦隊として戦力を保つ等の考えと癒着したものだったが、

この瞬間においては、

ただ純粋な思いを抱く少女を守りたいと、

強くあろうとする妹分の道を切り開きたいと、

その思いに純化されていた。

 

 

「――阿美、わかっているの?」

 

 

思いを決めた時、由良は漸く阿美に話しかけられた。

 

 

「……何?」

 

「来てるよ」

 

 

しかしやっとのことで口にしたのは、戦いのことだった。

 

 

「――わかってるよ!」

 

 

苛立ちを露わにした阿美の答え。

そんなやり取りしかできない現状に心を痛めながらも、

由良はまず戦いに、阿美の動きに集中する。

 

阿美は虚海に踵を立てて制動をかけた。

それは阿美にとっては突然のことではない。

予定していたことだ。

由良に言われるまでもなく。

 

阿美の挙動で波立つ虚水が、闇の中で仄白く浮かび上がる。

その白の下、手前を二つの青い航跡が交差し、

彼方へと走り去る。

 

雷撃だった。

放った者は――

 

 

『へー、口だけじゃないんだね』

 

 

一度接触したことにより「北上」と通信できるようになった

妖精が北羅の声を伝える。

 

「夜戦なのに魚雷を撃ってくるなんて、

いい性格しているじゃない……!」

 

『先制魚雷こそ重雷装巡洋艦の真骨頂でね。

夜戦でやるのは、まあ、確かにあまりしないことだけど、

――片舷20門、撃ってあげたよ。

手加減はしないでおいてあげる。

思い知るがいいよ。酸素魚雷の、本当の恐怖を』

 

 

酸素魚雷。

公的には九三式魚雷と呼ばれるそれは、

かつての大日本帝国海軍が威信と命運を託した兵器だ。

 

酸素魚雷という本来は秘されるべき名称が示すように、

酸素を燃料と混合し燃焼させるこの魚雷は、

太平洋戦争当時は世界随一の雷速、炸薬量、射程を誇り、

加えて雷跡が目視しづらいという特徴があった。

 

一撃必殺の秘密兵器だった九三式魚雷は、

艦娘にとっても特に軽巡洋艦と駆逐艦の切り札となっていたが、

重雷装巡洋艦の艦娘はこの必殺の兵器を、

どの艦娘よりも多く、そして自在に操ることができた。

 

それが示す事実は、

この戦場を支配するのが彼女たちであるということ。

 

――右から2、いや、3。

 

まるで阿美たちの航跡を予測していたかのように襲い来る魚雷。

面舵、そして取舵と危なっかしく蛇行しながら、

魚雷を避け闇をひた走ることしか阿美にはできない。

 

かつて、太平洋戦争のころは酸素魚雷に期待し

帝国海軍は「北上」と「大井」に無数の魚雷発射管を付けたが、

所詮は普通の魚雷よりも少し速い程度の速度しか出せない

酸素魚雷では敵を思うように捉えることができないと明らかになり、

「北上」と「大井」は戦争末期まで戦場に出なかった。

 

しかし今になって「北上」と「大井」は戦場で

最強の名を恣にしている。

それは彼女たちが卓越した魚雷運用能力を

持っているからに他ならない。

 

――左から2、右から1。

 

魚雷の交差点を思い切って駆け抜ける。

その正面から更に魚雷が迫るが、

左に5度それ、辛うじてそれを避ける。

 

まるで予知能力を持つかのような正確無比の雷撃。

彼女たちの本当に恐るべき力は、

雷撃攻撃力ではなくその予知のような予測能力なのかもしれない。

 

――正面に3。

 

正面に来られては間をすり抜けるしか避けるすべがない。

足下の両側を魚雷が通り過ぎて行く音を聞くたび、

背中を海水ではない液体が流れていくのを感じる。

 

しかしそれでも、阿美は魚雷を避けることができていた。

未来予知的な能力で魚雷という必殺の兵器を操り

敵に必滅を与える艦娘に艦娘に、

どうして阿美のような普通の艦娘が対抗できるのか。

 

――前から2、左から1。

 

――残り5発。

 

『大したもんだね。感じているんだ?』

 

「そうよ。私にも、わかるの」

 

虚海に触れた足から広がる感覚。

眠り子の吐息のような、穏やかで冷たい虚数の流れ。

波立ち、弾け、静まる。

虚数の作用によって発生する力学を、

阿美は声を聞くかのように理解していた。

 

――右から1。左からも1。

 

『ふーん。でも、なんであんたみたいな

普通の艦娘にそんなことができるんだろうね?』

 

「そんなこと――決まって……」

 

しかしその答えを考えた時、阿美の思考は停止した。

なぜならその答えは今の阿美には「禁句」だった。

考えてはならなかったからだ。彼女のことを。

 

――正面から1。

 

硬直した思考で魚雷を感知した阿美は、

まろぶようにそれを回避する。

 

――左から1。

 

しかし先程までの踊るような動きはもはや阿美から失われ、

 

――正面から1。

 

そんな動きでは雷撃をかわすことは叶わない。

 

 

「あ――」

 

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