「終わった?」
北羅が阿美に撃たれたのを見てきたのか、
風機と青葉が近づいて声をかけてきた。
「まだ終わってません! 私がいます!
北羅さんがやられたとしても、向こうも由良さんがやられて、
状況はまだ対等です! 勝負はついていません!」
「あー、もういいでしょ」
北羅は気だるげに由井に寄りかかりながら言う。
「どんな「力」を使ったのか知らないけど、
あたしたち重雷装巡洋艦の魚雷を全部避けきって
あたしに一撃くれたんだよ?
もう、これはあたしたちの負けだよ、由井っち」
「でも……!」
「それにね……」
そこで、北羅は声の調子を低めて青葉と目配せした。
青葉は何も言わず、ただどこか嬉しげに、
歪な微笑を浮かべて北羅に頷き返した。
「――来てるよ」
やりとりを見ていた阿美が、なにが?と思った次の瞬間だった。
夜闇が――変質した。
「ひっ――」
ざわざわざわ――まるで夜と闇と海を逆撫でるように、
空気が変質する。侵食されていく。
阿美は思わず悲鳴をあげていた。
いつの間にか由良を連れて集まってきていた二駆の艦娘たちもまた、
悲鳴をあげたり、口を抑えたりしていた。
なにか、恐ろしいものが、やってくる。
「――素敵なパーティーの始まりっぽい?」
戦慄する第四水雷戦隊の中でただ一人、
夕羽は不敵に、それよりも禍々しい喜びを
笑みに浮かべていた。
「みんな――散って!」
由良が厳しい声で一喝する。
その声で、それぞれの感動に支配されていた艦娘たちは我に返り、
即座に散開しながら由良に指示を仰いだ。
「夜戦形態を維持、陣形は単横――まずは5時の方向!
雷撃が来るわ!」
「ら、雷撃? 夜で、敵は遠いのに!?」
「騒がないで! ――そう、いいわ、みんな速度落として。面舵。
阿美、後はお願いできる?」
咄嗟に第四水雷戦隊を指揮した由良だったが、
先程魚雷を受けたことによる損傷は当然のことながら
回復していなく、戦闘は不可能だった。
「う、うん。――大丈夫? 由良お姉ちゃん?」
「正直、今はみんなの足手まといにしかならない。
ごめんだけど、私はこっそりついていくから、
あとはお願いしていい?」
「……うん。わかった。
みんな! 私に続いて!」
一度ぎゅっと手を握り交わしてから、阿美と由良は手を離し別れる。
「――見ていて、由良お姉ちゃん」
「ええ。頑張ってね」
由良を残し、阿美は風のごとく駆けて陣形の先頭に立つ。
彼女は魚雷を感知する「力」を使い、
艦隊を導いて敵の先制的な雷撃を回避しつつ接敵を図る。
ひと月の間に立派になったものだと、姉さながらに思っていると、
青葉と風機が由良を追ってきて話しかけてきた。
「先ほどの北羅さん達との戦いといい、
今の「あれ」の先制魚雷と言い、
魚雷を見切る力というのは凄いですね。
由良さんもできるわけですけど。
――でも、それだけで勝てますか?」
「――ううん。無理だね。
だから、青葉さん、風機、お願いできる?」
「もちろん。私たちは「あれ」と戦うためにいるのですから」
「言うのが遅い! はじめからそのつもり!」
「由良さん、大丈夫でしょうか……?」
魚雷をやり過ごした後、恋梅が後ろを振り返りつつ言った。
「……きっと大丈夫。それよりも……」
阿美は闇の向こうに見える影に目を凝らす。
影は6つある。艦娘と深海棲艦がよく編成する1艦隊の隻数だ。
6隻のうち5隻は大きくても重巡洋艦級。
そして旗艦であろう残りの1隻も戦艦と思われるが、
それほど大きくはない。
ならば装甲もそこまで厚くないだろうから、
接近戦ができる夜戦なら勝機は十分にあると思われる。
しかし、その影は得体の知れない気配をまとっている。
そもそも、深海棲艦は遠距離から雷撃を放ったりしない。
阿美の知る限り、砲撃戦の前から雷撃を撃ってくる深海棲艦は
潜水艦か、さもなくば空母が航空魚雷を使う場合だけである。
であるならば、今、魚雷を放たれたのはどういうことなのか……
「――航空機!」
一番落ち着いて周囲を警戒していた白が敵を察知した。
「爆撃隊!?」
「いや……あれは、偵察機?」
それは二機で飛行していた。
高速で接近してきたそれは、敵味方の中間地点くらいで
ぐん、と上昇し、とんぼ返りしていく。
光る小さな何かを落としながら。
「――照明弾!?」
赫、と闇が光に塗りつぶされる。
まるで星が落ちてきたかのように露わになる戦場。
そして、それは姿を見せる。
まるで夜に隠れる必要など無いと言わんばかりに、
傲然と、重油のように黒い海の上にそれは佇んでいた。
「なに……あれ」
「鬼種、じゃない。でも、姫種にも見えません――」
それは今までどんな資料にもなかった深海棲艦だった。
鬼種か姫種であるならば、新手の特殊個体として考えることもできた。
だがそうではないなら、それは通常の艦種のいずれかになる。
船体はやはり戦艦のようだった。
しかし後部甲板は平らで伊勢型戦艦の様。
「航空戦艦」、という言葉が阿美の脳裏に過った。
「まさか……!?」
「爆撃隊、来ます!」
阿美の予感は遅かった。
すでにその敵は艦載機を放っていた。
「――対空戦闘!」
とは言っても、今の阿美たちは夜戦形態だ。
夕羽を除いて空に向かって何発も砲撃することはできない。
「どうしたら良いんですか!?」
「……逃げまわるしか、」
『大丈夫。ここは、青葉にお任せください!』
通信の声と共に、どん、と大口径の主砲の音が轟いた。
花火のように空で炸裂する三式弾。
更に機銃が空に線を引き、敵機を退ける。
「行かないの!? じゃあ、私が一番ね!」
「え? ちょ……っ」
青葉とは逆に夜戦形態でやってきた風機は、
青葉の対空砲撃を見ていた四水戦を風のような速さで
追い越し敵へと突撃していった。
「はやーい。あれ、何ノット出てるのかな」
「いや、それよりも――、由良お姉ちゃん、いま大丈夫?」
突っ込んでいった風機はとりあえず見送って、
艦隊の速度を抑えつつ阿美は由良に妖精を使って呼びかける。
『大丈夫よ、阿美』
「ごめんね、怪我してるのに。
ねえ……由良お姉ちゃんたちはあれのこと、知ってるの?」
『うん、知っている。だって私たちの主な任務は、
「あれ」の調査と討伐を行うことだったから』
その未知の深海棲艦はレ級と呼称されている。
超弩級戦艦並の砲火力と装甲を持ち、
航空戦艦のように艦載機すら持ち、
さらには重雷装巡洋艦に匹敵する雷撃を可能とする。
「なにそれ……なんでもありってこと!?
そんなものが存在しうるわけ?」
艦娘も深海棲艦も、その戦闘力、武装は太平洋戦争時代の
軍艦と相似したものになっている。
特に艦娘の船体は過去の軍艦のいずれかと同一であると
見なされている。
そのため過去に存在しなかったような艦娘や深海棲艦は
出現しないと考えられているが、目の前の深海棲艦は
そのような経験則を裏切る存在だった。