非在の海 -第四水雷戦隊戦記-   作:白亜迩舞

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<1-3-2 軽巡洋艦「由良」>

砲撃してくる深海棲艦の種類は、駆逐艦級のイ級。

並みの艦娘なら造作も無い相手だが、

今の由良と玲奈には大発一艘の戦力しかなかった。

 

こちらが反撃できないことを良いことに、

イ級は砲撃を繰り返しながら近づいてくる。

 

着弾の衝撃で大発が揺れ、飛沫が降り注ぐ中、

玲奈は由良に問いかける。

 

「戦える?」

 

「……いいえ」

 

その答えに、由良は自らを苛む。

だが玲奈はむしろ安堵したかのように笑った。

 

「なら、逃げなさい。

私が囮になるから」

 

「――嘘!

嫌ですそんなこと!

私は――艦娘は、提督を守るために」

 

「違うよ、由良。

あなたはもう艦娘じゃないでしょう?

いや、たとえあなたが艦娘だとしても、

私などのために命を賭けることはない」

 

「違います! 私は――」

 

ただ守りたいだけじゃない。

 

「私は――提督さんのそばにいたいの!」

 

 

 

――衝撃がふたりをさらう。

 

 

 

至近弾の衝撃で大きく揺れる大発。

空を裂く音が聞こえる。

いつも戦場で聞いてきた、砲弾の音。

 

衝撃に耐え切れず玲奈は虚海に落ちそうになる。

由良は咄嗟にその腕を掴んだ。

 

だが、これ以上大発の機動力で逃げ続けることが困難に思えた。

由良は玲奈を腕に抱いて虚海の上を走り始める。

 

「由良! やめなさい!

あなたは逃げなさい!」

 

「いいえ、やめない。逃げないよ。

言ったよね。ね?

あなたの、提督さんのそばにいたいって」

 

「由良……!

だめ。このままでは、私だけではない、

あなたも死んでしまう。

沈んでしまう。あのときみたいに」

 

――嘆きの声が聴こえる。

 

それは、2つ。

 

1つはここに在る嘆き。

この腕の中にある。

自分より年上の女性が嘆いている。

 

もう1つは、在るかどうか不確かな嘆き。

だが由良はそれが、深海棲艦の嘆きだと

根拠はないが、不思議と確信していた。

 

深海棲艦。

目的も、正体もわからない、人類に仇なす何か。

複素空間でなければ存在を観測することも難しい。

まるで非在の存在。

 

しかしそれは、由良も似たようなものだと思った。

本来、自分はここにいるはずがない。

 

だが、由良はここにいたかった。

ここに在りたいと願った。

この腕の中に在る嘆きを止めるために、

襲い来る非在の嘆きに抗うために。

 

たとえ在るべき存在ではないとしても、

私は「ここ」にいたい!

 

 

 

「だから私に力を!

いなくなってしまった私――

長良型軽巡洋艦、「由良」!」

 

 

 

――呼びかけに「それ」は応えた。

 

 

 

虚海を突き破って現れる艦首。

直前に放たれていたイ級の砲弾を装甲で受け止めながら着水するは、

一隻の軽巡洋艦。

 

その甲板の上に、由良は玲奈を抱いたままふわりと降り立つ。

 

そしてすかさず叫んだ。

 

 

「――砲雷撃戦、始めます!」

 

 

一斉に敵側の十四糎砲が旋回し火を噴く。

砲弾は雨のように敵へと降り注ぎ、

さらに放たれた魚雷がイ級に直撃した。

深海棲艦としては最も弱いイ級は、

由良の猛攻により瞬く間に深海棲艦は海中に没した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「由良……嘘、こんなことって……」

 

 

 

 

 

 

由良の腕から離れた玲奈は甲板に座り込み、

由良を見上げながら呆然と言った。

それに、由良は晴れ晴れとした笑顔で答える。

 

「いいえ、玲奈――提督さん。

長良型四番艦、由良、

どうぞ、また、よろしくお願い致します」

 

『提督、こちら「阿武隈」。

生きてる? まだ生きてたら応答して!?』

 

通信係の妖精が「阿武隈」からの通信を伝える。

それと同時に、由良は水平線の向こうの艦影を見つける。

まだそれは小さいけれど、

ほぼ毎日見てきたその艦影を由良が見間違えることはなかった。

 

「みんな……元気そうね」

 

「……ああ。こういう形の再会になるとは思わなかったけれど、

また逢えてよかったね」

 

「うん……!」

 

由良は仲間の姿を見た感動で、眦に涙を浮かべていた。

そんな彼女を見ながら、玲奈は通信に答える。

 

「こちら提督、玲奈。

私はいま「由良」に乗船している。

第四水雷戦隊は横須賀鎮守府へ転針して。

皆の姿は見えているから、すぐに追い付く」

 

『え? 「由良」?

新しい人……?』

 

「……詳しい話は後にしよう。

今は、一秒でも早く鎮守府に戻り、

作戦に復帰したい」

 

『わ、わかったわっ』

 

「阿武隈」の返答を聞いてから、

玲奈は通信係の妖精から由良へと振り返った。

 

「……何か言うことはある?」

 

「ううん。戻ってからでも、遅くないよね。ね?」

 

由良は再会の喜びに胸を帆をふくらませながら、

その推力で由良は航行を続けた。

 

 

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