伊豆大島の東の狭い海域で、
艦娘と深海棲艦の艦隊は殴り合いとも言える海戦を行った。
結果として艦娘たちは一隻も脱落することなく
敵艦隊を追い払ったが、
沈没はしなかっただけで中大破した艦は多かった。
それが、第四水雷戦隊が出撃する小一時間前のこと。
太平洋の入り口にはまだ砲火のにおいが濃く残っていた。
しかし少なくとも見える範囲に敵影はなく、
未だ戦域と呼ぶそこは、不気味な静けさに包まれていた。
「遠くに敵影あり。
――みんな、気をつけていくよ」
由良は水上偵察機を飛ばし敵を遠目に見ながら各艦に告げる。
各艦からは了解の返事が短く返された。
四水戦に与えられた作戦は、敵艦隊に接触した後すばやく
逃走を開始しつつ敵を誘導し、
後続している主力部隊が有利な状態で戦闘を行えるようにすることだった。
機動力に優れる水雷戦隊だからこそできる作戦。
だが、もしも一番最初に当たる敵が主力級だったら。
「――敵艦接近!」
縦に並び疾風のように進む四水戦の先頭で、
敵艦が近づいてきたことを認めて由良は言った。
由良の報告は勇ましい口調だったが、内心としては、
中々見えない敵の正体に不安を禁じ得なかった。
「――敵、駆逐艦級2! 以上!」
やがて見えた敵の正体に、由良は若干の安堵を抱く。
しかし目前の敵は大したことはなくても、
その向こうにいる敵の主力には注意し続けなければならない。
「こちら「由良」。提督さん、聞こえてる?」
『こちら四水戦作戦室。聞こえているよ、由良』
「駆逐艦級2隻を確認したわ。距離は30km。
向こうはこちらに気づいていないみたいだけど、
どうしたら良い?」
『わかった。――発見した敵と距離を詰めつつ、
敵が気付かないなら15kmまでは攻撃しないで。
そこまで近づいても敵が気付いていなくても砲撃開始。
敵の主力が来ないなら沈めて、
来そうだったら主力部隊と連絡を取りつつ撤退して』
「わかった。作戦を開始する」
由良と提督のやりとりは四水戦の全員が聞いていた。
四水戦は前方の敵艦の動きをなぞるように航行を始める。
次第に詰まる距離。
敵艦の様子に変化はない。
そして敵の距離が予定した近さになったところで、
「撃ち方用意――撃て……っ!?」
突如として敵艦は転舵し、片舷を四水戦に向ける。
まるで敵もその距離を予定していたかのように砲撃を始めてきた。
「う、うそでしょっ!?」
敵に対して縦に並んでいた四水戦の中で、
由良に次いで敵に近い阿美が、
目の前で上がる水柱に悲鳴をあげる。
「おお!」阿美の後ろにいる白も歓声を上げる。
「みんな、動揺しないで。
作戦通りよ。砲撃戦、始めます!」
砲火の応報が始まる。
四水戦側には軽巡洋艦がいるが、
基本的に小口径の砲撃戦である。
距離15kmというのは駆逐艦にとっては微妙な距離である。
このような砲撃戦では、如何に近づき敵の攻撃を避けながら
砲撃するか、勇気と判断力が問われる。
「わ、攻撃近いっぽい?」
「近づいて来てますね」
深海棲艦の砲撃は正確だった。
しかも、果敢に距離を詰めてくる。
「……提督さん、どうしたらいい?」
由良は敵の勢いに気圧されていた。
久々の戦闘で、艦隊を率いているという責任感もあった。
『落ち着きなさい、由良』
そんな由良の様子を悟ってか、玲奈は優しく答える。
『私達に負ける要素は1つもない。
だが、勝利を焦る必要もない。
――あなたらしく、確実な戦いをしなさい』
「……はい!」
心を落ち着け、由良は冷静な眼で戦場を見渡す。
敵の砲撃は近いが、こちらの方が至近弾を先に与えていた。
当然だ。これまで幾つもの戦場を戦い抜いた、水雷戦隊なのだから、
その練度は決して低くない。
それに加え、こちらには「由良」と「阿武隈」の二隻の軽巡洋艦がいる。
砲撃で負けるはずがない。
焦って近づく必要はない。
敵が近づいて来るというならば――
「雷撃戦用意!」
その由良の号令に、四水戦は砲撃をしながら隊列を整え
雷撃の準備を始める。
四水戦の動きに気付いてか、敵の接近が止まる。
だがそのとき、一発の砲弾が敵に直撃する。
「や、やりましたね!」
「あら、誰の砲弾かしらね」
一発では当たりどころが悪く無い限り艦は沈まない。
それでも、動揺はするものだ。
四水戦への警戒と報復の間で敵が止まるその瞬間を由良は逃さない。
「魚雷発射!」
由良の合図で全員が一斉に魚雷を発射する。
敵艦はまだ迷っている。
そこへ引き続き四水戦は砲弾を打ち込んでいく。
「あ、また当たってる!」
「だんだん、みんな当たるようになってきてるけど、
誰か多いっぽい?」
「……恋梅ちゃんかな」
「え、私ですか!?」
恋梅は信じられないといった反応を返す。
「わ、私なんてそんな……」
「あら、どうしてそう思うの?
恋梅ちゃんはいっぱい頑張っているよね。ね?」
「~~!」
声にならない反応。
ほほえましいが、今はまだ砲火の飛び交う真っ最中だ。
「――雷跡、来るよ!」
阿武隈がするどく警告を発する。
「お、「夕立」を狙ってるね」
「「村雨」にも来てるよ」
落ち着いた操舵で2隻の駆逐艦が雷撃をかわす。
そして、ちょうどその頃、
敵艦の1隻が水面下からの爆発に襲われていた。
「魚雷直撃! 敵艦1隻沈んでいきます!」
そして続くように、数発の砲弾が残る一隻に直撃し、
赤い花を咲かせた。
「あっちも沈んでいくっぽい。やったね。勝ったよ!」
「やりましたね」
「やったー!」
口々に歓声を上げる四水戦の娘たち。
由良もまた自艦の上で小躍りしたい気分だった。
『おめでとう、由良。あなたのおかげだよ』
「そんな……提督さんのおかげよ」
「ううん。そんなことないよ。
やっぱり、由良お姉ちゃんが旗艦なのが一番だね。
提督。みんな、損傷は極めて軽微です」
阿美の報告に提督は、そうか、と満足気に答えた。
『他に敵はいないかい』
提督の冷静な問いかけに、由良も勝利に浮かれる気持ちを押さえて、
偵察を続けている水偵に意識を向ける。
すると、あることに気付いた。――気付いてしまった。
「敵影は見えません。ただ――もしかしたら、
私達は、私達こそが、誘われたのかもしれません」
『なんだって?』
いつの間にか四水戦は伊豆諸島の中間あたりに来ていた。
普段、船が航行するぐらいならなんてことのない
海域かもしれないが、
戦闘をするには狭く、全力で戦うことを強いられる場所。
嫌な予感がする。
由良の胸騒ぎを裏付けるように、作戦の主力部隊からの通信が入った。
距離感とか適当なので御指摘ありましたらお願いします