今日も先生は生徒を救いに行きます。私はそれを眺めています。
変わらない、いつもの日常です。

1 / 1
モブかく語りき

 

 

 

 

先に断っておくことがある。

 

この物語の主人公は私ではない。

 

私はただの語り役で何者でもない。

 

学園都市の要職に就いている訳でもない。

 

規格外の戦闘能力を持ち合わせていた訳でもない。

 

仕組みの深さを嘆いて壊そうと躍起になるテロリストでもなければ、無辜の生徒を守るために治安維持に身と心をすり減らす訳でもない。

 

同情されるような理不尽な生い立ちを持つこともないただの生徒だった。

 

だから私はただただ、見ていた。

 

彼の物語を。

 

その生き方を。

 

 

 

歪な世界だった。

 

学生が銃器を持って街中で暴れる。

 

けれど暴動の最中で怪我を負うことも無く死人も滅多に出ない。

 

それは治安維持を行う行政が機能しているからだ。

 

銃器を持って街中で暴れるのを取り締まるのではなく、銃器を禁止するのではなく、"危険な銃器"だけを規制して人が死なない様にする。

 

そんなイカれた倫理観が蔓延る世界だ。

 

暴力が一つのコミュニケーションで、要求を通すための主な交渉材料で、万人がそれに疑問を抱かない。

 

支払いに不満があれば拳銃を抜く。

 

気に入らなければ爆発させる。

 

それを制圧する側も警告一つで容赦なく銃撃戦を開始させる。

 

頭に蛆が沸いたその当たり前を支えるのはヘイローと呼ばれる頭頂部に浮く輪だ。

 

これがあるおかげで生徒は撃たれてもかすり傷で済む。

 

異常な耐久力と生命力を誇る。

 

故に相手が死なないと分かっているから気軽に銃を撃つ。

 

私には壊れた倫理観を熟成させる呪いの様なものにしか思えない。

 

あるいは趣味の悪い誰かがこれを普及させて、その様を観察でもしているのかもしれない。

 

そう思っても一介の生徒である私にはどうすることもない。

 

ただ、思うだけがせいぜいだ。

 

この学園都市の外にも世界があることを私は知っている。

 

けれどそれ以上を知る術がない。

 

我々の様な年頃の子は自分の見える世界で手一杯だ。

 

如何に賢くとも、どれだけ狂っていたとしても。

 

見える世界に違和感があって、それを紐解いて、おかしさを知ったとしても、どうしようもない。

 

これが私の世界なのだ。

 

 

 

そんなふざけた所に至極まともな。

 

キヴォトスから見れば異端な存在が入り込んだ。

 

先生だ。

 

生徒が学園を統治する。

 

それが組み合わさって統治機構ができる。

 

つまりは子供が運営するこの世界に一人の大人が力を持って外からやってきたのだ。

 

最初は皆、目の敵にした。

 

積み上げてきた権力構造を塗り替えてしまうから。

 

先生という大人を信用できないから。

 

理由は様々だ。

 

その偏見と先入観はすぐに打ち払われる。

 

先生は多くの事を成し遂げていった。

 

生徒を救い、学園を救い、理不尽に立ち向かった。

 

でも私はその渦中にはいない。

 

伝え聞いた話でそれを知るだけ。

 

当然だ。

 

私と彼の接点は自販機だけだったのだから。

 

赴任直後で見慣れぬ自販機の使い方と中身に戸惑っていた彼に説明して。

 

それでも何を買うか悩んでいたから私が好きな炭酸飲料を渡しただけ。

 

それだけの関係だった。

 

名を名乗ることも、聞くこともしなかった。

 

それで十分だった。

 

噂を聞くだけで心が躍った。

 

彼の活躍で問題が解決されて、何か真実に向かっている様で。

 

きっと皆、同じ気持ちだったのだろう。

 

だから皆、忘れていた。

 

彼が大人であったことを。

 

ヘイローを持たない存在であったことを。

 

危ない綱渡りをするけれど、いつも無事に帰ってきたから。

 

次もきっとそうなると、信頼して、尊敬して、疑わなかった。

 

 

 

ある日の病室に横たわる彼には腕が無かった。

 

左の腕が無かった。

 

肘から下が欠けていた。

 

泣き喚く生徒で溢れた煩い病室でただ漠然と思った。

 

腕が無くなることがあるのだと。

 

あれだけ疎んだキヴォトスの倫理観が私にも根付いていた。

 

四肢が欠けることなどないと無意識に思っていた。

 

爆発に巻き込まれても、そうならないと思っていた。

 

相手もきっとそう思っていたのだろう。

 

だから人に向けて無遠慮になれる。

 

私のせいだと一際泣く生徒の慟哭を見て思った。

 

そうではないのだろうと。

 

彼女が彼を傷つけた側ならば、きっと腕が無くなるとは思いもしなかったはずだ。

 

彼女が彼を危険な場所へ同行させた側でも、きっと、腕が無くなるとは思わなかったはずだ。

 

植え付けられた常識は、自らもそのおかしさに気が付かない内に牙をむく。

 

信じられるものなど、この世には何一つとしてない。

 

全てが恨めしかった。

 

常識も、敵も、味方も、先生も。

 

信じていたから誰も止めなかったのだ。

 

 

 

その時の私は久方ぶりに真面目に部活に取り組んだ。

 

学園に通うために入るのが強制されていたから適当に選んだ部活動。

 

過去の自分をこれ程褒められることなどない。

 

あるいはそう言う類の星の下に生まれたのかもしれない。

 

兎角、私はエンジニア部に打ち込んだ。

 

出来上がった先生の義手は素晴らしい物だった。

 

それに私は寄与していない。

 

何日も寝る間を惜しんで必死に作った回路は、先輩方の手直しを経て殆ど別物になりその一部が組み込まれただけ。

 

マイスターと呼ばれ学内コンペの賞をかっさらう彼女達に敵うはずもなかった。

 

結局のところ、私の仕事は雑用で、名も無き数多いる部員の一人に過ぎない。

 

先生と接することも、調整で顔を合わせることもない。

 

ただ偶然、エンジニア部だっただけなのだ。

 

運命だとか、そういう巡り合わせだったとか、そんな自惚れる余地も無いほどに。

 

工房に来て完成した義手を付けてはしゃぐ先生を遠目から眺めていた。

 

「ウタハ…!!すごい!君たちの作った左腕は、」

 

「俺の…!!」

 

「俺の失った手より自由だ…!!」

 

泣いて喜ぶ先生に先輩方は微妙な顔をしていた。

 

先生に褒められて泣く程に喜ばれて嬉しい反面、生身の腕が欠損している事実を噛みしめて、どう反応していいのか分からないのだろう。

 

私はもうそうだった。

 

あの時にどんな顔をしていたか覚えていない。

 

無くなった手がコンプレックスにならない様に人の手に似せるのではなく、デザインに凝った義手を子供に渡すことがあると聞く。

 

機能と強度を追い求めた先生の左手は奇しくもそうなっていた。

 

けれど、先生は子供ではない。

 

子供の心を失わずに持つが立派な大人だ。

 

嫌な予感が拭えなかった。

 

そしてそれは直に現実になる。

 

無理を押してでも、不便でも、そんな発言権を持ち合わせていなくとも、肌色の動きもしない普通の義手を渡すべきだったと。

 

あの日ほど後悔したことはない。

 

 

 

テセウスの船という話がある。

 

船の寿命が来た部品を交換し修理を繰り返していくと、ある時に元の船の部品が全て新しい物に置き換わってしまう。

 

そうした時に、果たして、その船は元の船と呼べるのかと言う問いかけだ。

 

私は否だと思う。

 

先生を見ていてそう思う。

 

先生は子供の心を持ち合わせていた。

 

大人としての使命を持ち合わせていた。

 

格好の良い、機能の良い、元以上に自由に動く左手に、心の底から喜べてしまった。

 

だから、別にいいと。

 

そう思ってしまった。

 

腕の次は足だった。

 

足の次は目だった。

 

視野部は脳に繋がっている。

 

そうなることを自ら望んでいる訳ではないが、明らかに自らの体を粗雑に扱っている。

 

きっといつしか全てが置き換わってしまうはずだ。

 

どこぞの失脚した企業理事の様に。

 

同学年にアリスというロボットの子がいて。

 

彼女はいい子で。

 

皆に受け入れられている。

 

理由なく彼女に暴力を振るおうとする子はいない。

 

けれど、銀行の警護ロボットはいつも無残に壊されている。

 

同じロボットでも、人の言葉が話せても、自我があっても、扱いが違う。

 

もし先生の全身が置き換わった時、どうせ治るからと、機械だからと、データだからと、あの警護ロボットの様に扱われない保証がどこにある。

 

……それでもきっと先生は先生なのだろう。

 

生徒に粗雑に扱われても。

 

壊れるのが前提になっても。

 

それでも。

 

それでも私は、嫌だった。

 

不便な動かない手を付けて貰えばよかった。

 

車椅子を生徒に押させればよかった。

 

サングラスでも掛けて過ごせばよかった。

 

これ以上、傷つくぐらいなら。

 

また失って戻ってくるぐらいなら。

 

欠けたままの方がマシだと思った。

 

それでも先生はまた問題を解決しにいく。

 

自己犠牲は尊いのだと。

 

子供を守るのが大人の役目だと。

 

彼に正しいことを教えた者が恨めしい。

 

いくら正しくとも、それは、間違っている。

 

 

 

正しさを疑って。

 

自分を。

 

常識を。

 

環境を。

 

全てを疑って。

 

それを繰り返して、先輩方が卒業して、二年が三年になってまた卒業する。

 

気が付けば私は最高学年で。

 

私が先生の修理を請け負うようになっていた。

 

もう一体、人ではなく初めからロボットとして、先生を作ろうと思ったことがある。

 

今の自分にならばそれができる。

 

それでも。

 

先生は、自分の代わりに行く自分にすら心を痛めてしまうのだろう。

 

だって先生なのだから。

 

幾ら部活に打ち込んでマイスターと呼ばれる様になっても、結局のところ私は数多いるそれの一人で。

 

何かになったところで、私は何者でもない。

 

どうすることもできなかった。

 

 

 

調整の時間に先生に話かけたことがある。

 

どうして行くのかと問えば

 

「そこに困っている子がいるからかな」

 

と返ってくる。

 

 

見捨てればよいのではないかと聞けば

 

「そうだなぁ、昔ここに来たばかりの時に教えてもらったんだ、自販機の使い方を。だから、私も困っている子に教えてあげたい」

 

そう過去の自分を刺される。

 

 

その自販機のが子がもう十分だと伝えても

 

「聞けないよ。例え君からの言葉だっとしても」

 

と袖にされる。

 

先生は今日も揺るがない。

 

体の調子を確かめて、また執務室に戻っていく。

 

 

 

………。

 

……。

 

…先に自分に断っておいたはずだ。

 

この物語の主人公は私ではないと。

 

痛いほどに私は知っていたはずだ。

 

名付きの登場人物ですらなく、私はただの語り役だで何者でもないと。

 

学園都市の要職に就いて手を回し、先生が怪我をしない世界が作れる訳でもない。

 

規格外の戦闘能力を持ち合わせて共に戦い彼を守り抜ける訳でもない。

 

この歪でふざけた一人の自己犠牲で成り立つ世界を壊そうと躍起になるテロリストでもなければ。

 

彼の負担を減らすために治安維持を担える訳でもない。

 

先生の手を煩わせ甲斐甲斐しい世話を受けざるを得ない様な生い立ちを持つこともない、ただの生徒だった。

 

 

私では駄目なのだ。

 

私如きでは駄目なのだ。

 

それでも。

 

知ってても、分かっていても、それでもと思う心が止まらない。

 

だから。

 

だから、私は見ていた。

 

彼の物語を。

 

その生き方を。

 

寄り添うことも、変えることも、咎めることもできず。

 

心の内で叫びながら、ただただ見続けることしかできなかった。

 




私は目が悪いのですが、眼鏡を掛けずに外を歩くと道行く女性が皆めちゃくちゃ可愛く見えます。
正直、得です。

でも知り合いに会うと一気にスンッてなります。知っている女性より知らない女性の方が可愛く見えるのは凄い不思議ですね。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。