シンオウの昔日-翡翠英雄奇譚-   作:ヒュペルボレイオス

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 引き続きメイン任務8
 サブタイ意訳は「地殻揺るがす、大地の槌よ」。



ΤΚΚ ΨΡΓΣ ΔT Ν ΤΤΨ

 

 

 回廊を抜けるとそこは夕霧……。

 ズイの遺跡から出たおれたちを歓迎したのは、ポケモン勝負の前には無かったはずの白濁の霧。

 シンオウ地方は“きりばらい”が秘伝技として伝わる程に霧が濃く立ち籠める土地であり、特に湿地帯なんてその最たるもの。ズイタウンの近隣は筆頭として名前が挙がる場所だ。

 

 これじゃ野盗を探すどころじゃない。出鼻を挫かれたおれにウォロさんが提案したのは、『コンゴウ集落』への訪問だった。どこにいるか分からない野盗より、場所が明確な集落を訪ねての情報収集。さすが商人。

 

 遺跡から出て坂を下り、左手に進む。ムクバードの羽ばたきで風を送りながら、進路を違えないように慎重に──

 

 

「どうかしました?」

 

「や、またこれだなって思って」

 

 

 揺れる白亜のカーテンの向こう側で、白い石造りの残骸がひと塊横たわっていた。

 シシの高台にも残っていた建築様式、その名残り。ただここにあるのは階段でも石畳でもなく、アーチ状の何かと倒れた柱だ。

 

 

「おー……ばっくりいってる……」

 

 

 倒れた石柱は輪切りにされたように複数に割れており、表面と違い断面は苔むしていない。柱の一部と一部が折り重なっているので、これは同一の物ではなかった可能性がある。

 しゃがみ込んで間近で観察すれば、柱の根元、台座部分に「∞」の様な紋様がいくつかあしらわれているのが分かる。何かの化学反応なのか、台座の断面には赤色が滲み出していた。

 

 

「紅蓮の湿地ってこういうの多いんですかね?」

 

「──そうですね。ヒスイの中でも古代建築の亡骸が比較的多く点在する地域かと。『ズイの遺跡』以外にも『霧の遺跡』がありますから、ジブンとしては大変興味を唆られます」

 

「……霧の……遺跡?」

 

 

 そう首を傾げた瞬間にお互いが察したのだろう。銀色と合った目を咄嗟に逸らす。

 テンガン山の東麓に、ズイの遺跡以外の遺跡なんて無かった。強いて言うなら御霊の塔だろうか。霧の遺跡と銘打たれた場所なんて、地下の全土を含めてシンオウ中を旅しても見付からなかった。

 

 

「すみません、行きましょう。」

 

 

 石灰石の亡骸を写真に収めて立ち上がり、霧の中で横たわるそれに視線を落とす。立ち上り続ける細小波が、まるで打ち覆いの様に亡骸に被さっていく。

 

 ──古代建築の亡骸、とウォロさんは言った。

 ──その言葉を受けて脳裏によぎるイメージがあった。

 ──今にも息絶えそうな有様で、はくはくと口を動かす“誰か”に、「ごめんね。分かんないや」と笑い掛けるしかない自分の姿。

 

 用途の分からない、遺跡にも満たない石灰石への態度は、つまるところそういうものであるのだったのだ。

 

 

「この先は『深紅沼』となっています。紅蓮の湿地有数の毒タイプの巣窟でして……視界が悪いので足元と周囲にはご注意ください」

 

「ヒイ〜ッ」

 

「ここを抜ければもうすぐですからね!」

 

 

 行き先はウォロさんの持つ方位磁針が示してくれているが、そも視界が最悪だ。ムクバードの体力や出力にも限界がある。

 こっちを認識するや迫りくるマスキッパを疲れさせては捕獲し背後を取っては捕獲し。この濃霧でも必中が約束された“スピードスター”や“つばめがえし”の心強さが半端じゃない。

 

 

「おやおや。テルさんはツイていませんねえ」

 

 

 ぽつん、と鼻先に当たる冷水の感覚に顔を顰める。

 霧の香にしとしとと注がれ始めた雨粒があちらこちらに跳弾した。

 シンオウの雨天は鬼畜なまでに体温を奪う。原野でさえ例外じゃないのだから、常に湿り気を帯びて空気が冷たい湿地帯では尚の事。

 しかも沼地だから足が取られて重い!

 

 

「……確認なんですけど。ここ、スカタンクいます?」

 

「よくお気づきで。いますよ、スカタンクのオヤブンが」

 

 

 近くの岩陰にしゃがみ込む。

 気づいたのは雨に混じって特徴的な悪臭がしたからだ。

 霧が薄まるまで待って様子を窺ってみればほら──……いやデッカほんと……。

 

 

「スカタンクのサイズじゃない……」

 

「オヤブンですからねえ……どうやらテルさんはとことんツイていないようです。ご機嫌、かなり斜めですよ」

 

「なぁんでぇ……?」

 

 

 雨で臭いが薄まるのを嫌ったのか、まるで天に対抗するかの様に、自身の縄張りを誇示する様に臭いを強めて辺りにばら撒く。

 試しに虫食いぼんぐりを近くに投げてみたら、沼に着地した瞬間“つじぎり”で微塵にされた。怖い。何? めちゃくちゃキレてる。

 

 

「ほらテルさん。ギャロップと同じように挑んでみてくださいな」

 

「ギャロップと違って気性荒い連中にそうホイホイ挑めて堪るか……!!」

 

 

 黒曜の原野で躊躇せずオヤブンギャロップに挑めたのは、ギャロップが穏やかな気性だと知っていたからだ。一緒にシンオウリーグを駆け抜けた六体の内の一体で、深く理解していたからだ。種族としての性質はそうそう覆せるものではない。だから挑んだ。

 

 でも無理。

 

 シンジ湖のあのギャラドスとか、この機嫌最悪スカタンクとか、全力で殺意振り撒いてるポケモンは流石におれだって怖い。

 

 

「しかし深紅沼を越えなければコンゴウ集落には辿り着けませんよ?」

 

「そーですよねえ……。……ウォロさん、タッグバトルしましょう」

 

「ほう?」

 

「メイン張るのはおれ達で構いません。援護、お願いします」

 

 

 銀の眼が細められる。愉快そうに、興味深げに、へびポケモンの瞳のように。

 これがショウ先輩だったらオレンのみでも何でも投げて逃走一択だ。けど今はおれと同等に戦える人がいて、この向こうに用がある。だったら力を借りたい。切に。

 銀色に映る紺青があんまりにも腹を括っているように見えたからだろうか。ウォロさんは「よろしい」と頷いた。

 

 

「じゃ……行きます」

 

 

 イーブイのボールを握り込む。まず不意を突くところからだ。オヤブン相手では何かしらの大きなアドバンテージを得ないとやってられない。

 息を潜めて、音を殺して、スカタンクがふっと尻をこちらに向けた瞬間──今!

 

 

「どっ……らぁ!!」

 

 

 バァン! とひときわ大きな音を立ててぶつかるボール。直後に飛び出したイーブイとトゲピーの咆哮に、生体反応としてスカタンクが硬直する。

 

 

「“つぶらなひとみ”!」

 

「“めいそう”です!」

 

 

 相手の攻めの力を弱めて、こちらの攻守の力を上げる。

 どうもこの時代のポケモンたちにとって「攻撃」と「特攻」、「防御」と「特防」は境界が曖昧らしい。“つぶらなひとみ”は攻撃と特攻を纏めて「攻めの力」として下降させるし、“めいそう”は防御と特防を纏めて「守りの力」として「攻めの力」共々向上させる。一回積んだだけで素早さ以外の全能力上昇だ。便利。

 ただおれの時代と違って、交代せずとも時間経過で元に戻ってしまうし、何より重ね掛けが出来ない。これらは訓練場で警備隊員の皆さんに特別稽古をつける傍ら検証した結果だ。

 

 力強く踏み込んだスカタンクの眼光がイーブイを射抜く。ぬかるんだ地面を大きく凹ませて巨体が風に乗っ──た瞬間、イーブイの体躯が後方の岩まで吹っ飛ばされた。

 

 

「下げてこれかい……!!」

 

 

 手早くイーブイを戻しフワンテに交代する。今の“すてみタックル”はこれで透かせる。ただ“つじぎり”が来たら耐えられないので、フワンテの役目はただひとつ。

 

 

「“さいみんじゅつ”!」

 

 

 黒豆のような両目が怪しく光る。ただでさえ命中不安で天候は霧。それでも眠気さえ誘えれば隙きは増えるし、隙きが増えれば入れられるダメージも大きくなる。

 だからどうか、と祈ったもののそう簡単に決めさせてくれるはずもなく、間合い外にバックステップで逃れ一足飛びに爪を振り抜き“つじぎり”でフワンテを斬り裂いた。

 

 ──斬り裂いた(・・・・・)のだ。

 

 刹那、臓腑を泥付きの靴で踏み躙られたかの如き悪寒が全身を走る。聴覚を蹂躙する怨嗟の絶叫。紫色の表皮が力無く白濁の中に揺蕩う。

 幽光を灯す雫のような光が周囲に霧散する。それがフワンテがこれまで「食事」した魂の類いだと気づいたのは二拍あと。

 

 ──それが溢れ出した意味に気づいたのは、もっと後。スカタンクの牙がおれの眼前一歩先まで近づいた時だった。

 

 

「“トライアタック”!」

 

 

 鮮やかな三色の光線がスカタンクの胴を見舞った。紅緋が勢いを殺し中黄が姿勢を崩し紺碧が後方へと突き飛ばす。

 呆けていた意識はそこで戻った。

 ピンプク、との叫びに応えて沼地に咲く華やかな牡丹。

 体勢を正さんとしたスカタンクの脚から突如かくんっと力が抜ける。

 

 

「……麻痺、してる?」

 

「ここに来てツキが戻ってきましたか」

 

「っ、そっか“トライアタック”!」

 

「初の実戦使用で素晴らしい成果ですよ、トゲピー!」

 

「ピンプク!」

 

 

 ようせいのかぜ、とトレーナーの声が揃う。

 二体の術者が手繰る赤と青の二重螺旋は更に絡み合い、痺れと戦うスカタンクを螺旋の檻へ投獄する。攻めの力を下げ、麻痺と“ようせいのかぜ”で速度を奪う──そこまでして与えられた猶予にようやく頭が冷え出した。

 

 バトルフィールドから姿を消したフワンテ。彼のボールが今も空々しく掌の中にあった。こんなにも簡単に、あんまりにも呆気なく与えられた、悼む間も無い「死」の現実。

 断末魔の叫びが耳に木霊する。

 あれはフワンテのものだったのか、彼が蓄えた魂のものだったのか、もとより確かめる術は無い。

 ……ごめんフワンテ。おれのせいだな。その上、思いを馳せる時間すら惜しむおれをこのいっときだけ許してくれ。

 

 スカタンクの踏み込みが見えた。

 麻痺の鎖も風の檻も踏み砕いて、三度(みたび)沼地を凹ませる四肢が疾走する。

 それだけの縄を設けてようやく目で追えた“すてみタックル”。

 狙いはトゲピーのようだった。

 風圧が迫る。

 ピンプクはかろうじて軌道から逃れられる。

 

 

「な、っ……!?」

 

 

 ──それなのに、ピンプクはトゲピーの前に立ち塞がった。

 衝突する捨て身の巨体に怒張声を張り上げて踏み留まる。ウォロさんもトゲピーも驚愕に目を見開いた。

 彼女──ピンプクは分かったのだろう。自分は体力こそ多いが搦め手が主体であり、相手は小手先の妨害など何度でも踏み砕く。ならば威力の高い“トライアタック”を修得した、“めいそう”を積めるトゲピーの方を場に残すべきなのだと。

 

 踏み止まれたのはものの二秒。

 トゲピーがその場を離れるのと、ピンプクのお腹のまんまる石が砕かれるのと、体が宙に浮くのは同時だった。

 瞬時にスイッチを押してボールに戻す。

 交代先のマグマラシは控えで蓄え続けた炎を刹那に放射する。

 大きく体勢を崩しながらもスカタンクは同じく“かえんほうしゃ”で迎撃した。それでも炎の大きさは倍に近い。こっちは炎タイプだってのにね。

 

 

「マグマラシを援護なさい!」

 

 

 宙に煌めく三光。瞬きと共にそれらは光線と成り、マグマラシの“かえんほうしゃ”と敵を共にする。それでようやく互角だった。

 雨粒が蒸発し濃霧が深まる。

 二対一でようやく戦局が膠着する。

 このままでいいなんて思っていない。雨天を厭うマグマラシが絶対に不利だ。何か、戦局を一変させる力があれば──

 

 

「んぐえっ!?」

 

 

 襟首を引っ掴まれ後退する。こんなことできるのウォロさんしかいないからそうなんだろう。何、と顔を上げるまでもなく、おれが先程いた立ち位置を轟々と盛る焔が焼いた。

 

 

「……新手!?」

 

「どうやらそのようですねぇ……!」

 

 

 戦場の異変に気づいたのだろう、スカタンクもが飛び退いた。火炎の鍔迫り合いは中断され、マグマラシもトゲピーも周囲を警戒する。

 風の流れに濃霧が薄まれば、異変の正体は明らかになる。

 

 白濁の向こうから嗤い掛けるもう一体(・・・・)のオヤブンスカタンク。そして何体ものスカンプーの群れが、喉を鳴らしておれたちを取り囲んでいた。

 咆哮する新手のオヤブンに従って、スカンプーらが同族に攻撃を開始する。「何すんだテメエ」と怒り狂って手負いのオヤブンも敗けじと怒鳴り声を張り上げれば、そちらの派閥に属しているのだろうスカンプーらも応戦した。

 なおお互いだけで戦ってくれる訳でもなく、マグマラシとトゲピーに牙を剥く個体も多い。二体は互いに背中を任せ、持てる力の限り抵抗を見せる。

 

 そこに秩序は無いに等しい。

 自分たちのトップを勝たせる──その唯一無二の正義だけが存在する乱闘場に、深紅沼は豹変を遂げた。

 

 

「これは……古いオヤブンと新しいオヤブン、その二つの派閥争いが繰り広げられていると見て間違い無いかと」

 

「仲良くしてくれよ同じ種族として! いや結託されて援軍ですの方が不味いか!」

 

「ンン、どちらも変わりませんよ。勝った方が我々の敵になるだけですからね」

 

 

 映画でしか聞かないようなセリフを口にしてウォロさんは頬に冷や汗を伝わせた。

 スカタンクは“すてみタックル”の連発でだいぶ消耗している。特にピンプクを突破するのには相応にかなりの体力を費やしたはずだ。なにせピンプクの将来は、体力満タンのゴウカザルを“フレアドライブ”の反動ダメージだけで相打ちに持ち込む大要塞なのだから。

 そんなスカタンクが新手のスカタンクに太刀打ちできるはずがない。

 ギャロップといいスカタンクといい“すてみタックル”はオヤブンの嗜みなの? おれ反動ダメージばっかり利用してる気がするんだけど。

 

 

「……ウォロさん。集落の方角って今も分かりますか。撤退しようと思います。前向きに」

 

「それは抜かりありませんが……出来るんですか?」

 

「全員怯ませればワンチャン、かつ沼に嵌まらなければワンチャン。とにかくこの深紅沼を脱したいです。……フカマルって、“じしん”覚えてたりしませんか?」

 

 

 

 スカタンクとスカンプーは特にタイプが優秀だった。悪タイプの弱点は尽く毒タイプが相殺し、毒タイプの弱点は悪タイプが相殺する。唯一地面タイプだけが、悪タイプに半減されずに毒タイプの弱点として届き得る。

 マグマラシもイーブイもムクバードも、地面技は覚えていない。これでフカマルも覚えていなかったらどうにもならないが──

 

 

 “こんなに楽しい勝負、簡単に終わらせない!”

 

 

 この人のフカマル(ガブリアス)が、地面技を切ってるはずないだろう──なんて。根拠の無い信頼を、どうしてか向けている自分がいた。

 

 

「……アナタの身がどうなっても知りませんよ?」

 

「どうにもなんないと詰みなんで。どうにかなる方がよっぽど良いです」

 

 

 覚悟を試すウォロさんに、最大限強気に笑ってみせる。実際タッグバトルならともかく、ダブルバトルなら味方の技にあえて巻き込むなんて日常茶飯事だ。ムクバードに交代できればいいが、次に場に出すのはイーブイと決めている。彼にしか出来ないことが、使えない技があるのだから仕方ないだろう。

 

 

「トゲピー、交代です」

 

 

 ボールに入ったトゲピーに代わり、フカマルが戦場に登壇する。その勇ましい名乗りが轟く中、ウォロさんは胸ポケットからビー玉サイズの紺の珠を取り出した。

 

 ──何だ? 見たこと無い……道具、なのか?

 

 ダンッ、とフカマルが地を打ち鳴らす。

 本能的に地面タイプに怯えるのか、スカンプーらはじりじりと間合いを保ったままに出方を伺っている。

 ウォロさんは白い大きな手で、紺の珠を握り込んで……魔石を地に捧げる魔術師の様に、握った手をまっすぐ前に突き出した。

 

 

「──ΤΚΚ ΨΡΓΣ ΔΤ Ν ΤΤΨ ΚΔ Ω ΚΝΔ ΣΖΜ Ω ΣΚ」

 

 

 渚に打ち寄る漣の様に。

 凪いだ湖面に落ちる雨雫の様に。

 声は音を縒り、調となって唄を詠う。

 ……知っている。

 聴いたことが無くて、意味も、熱も、何ひとつとして汲み取れないけれど。

 どうしてかおれは、これが「祝詞」であると知っていた。

 

 

「──ΚΤΩΡ ΚΖΣ Η ΡΗΖ Ν ΜΤ Η ΑΚΣ Ν ΡΡΝ!」

 

 

 大気が傅く。

 冷気が(ひれふ)す。

 励起した龍脈から溢れ出した黒鳶の燐光は、世界に満ちる「タイプ」という名のエネルギー。

 その水門を柔く緩める。

 握り込んだ掌を上向きに返し開け放つ。

 紺の珠は粒子に転身し、十八の花弁を咲かせるように弾けると、フカマルの体躯を深藍色に煌めかせた。

 

 その体が大地を踏みしめて跳躍した刹那、本能がタイミングを選択した。

 マグマラシをボールに戻し、間髪を入れずに茶色の体が場に躍り出る。

 指示なんてきっと必要無かったのだろう。おれが声を上げるより先に、彼は諸手を打ち叩いた。

 

 

「“てだすけ”!」

 

 

 ヒスイで聴くことは無いと思っていた柏手が鳴り響く。

 隣に立つ誰かがいなければ何の意味もない変化技。

 大地の槌を振り上げた仔竜は奉納された祈りを一身に羽織り纏って重力を振り切らんばかりに加速する。

 

 

 

「大地の槌を振り降ろしなさい──“じならし”!!」

 

 

 

 着地の寸前にイーブイを抱き上げる。

 踏み砕かれた大地が唸り声を張りあげた。

 

 轟音と共に揺れ動いた星の外殻。

 地の底から叩き出された断層は迫り上がり、蛇腹の筋が地に奔る。屈服した地表の様はまるで神の通り道(おみわたり)

 

 衝撃によって近場の岩は割れ砕け、木々は根を断たれて宙に投げ出され、沼の水は裂けた大地を流れ落ちる。

 

 沼地に立つ全ての命が膝をついた。

 頭を上げるなど許されない。

 スカンプーは揺れ動く地に耐え切れず各所に体を転がして、スカタンクはオヤブンの意地のみで地に張り付いている。

 ──何が“じならし”だ、これ“じしん”……いや“じわれ”じゃないか!?

 

 

「行きますよ!」

 

「っハイ!」

 

 

 濃霧は強引に晴れ渡り、群れは全ての個体が怯んだ。拓けた活路に吹き込む追い風、おれたちはポケモンをボールに戻して一目散に走り出す。

 震源地から五十メートル以上離れたところで、ようやく“じならし”の爪痕が姿を消した。

 

 

「はっ……はーっ、こ、ここまで、抜け、ればっ!」

 

「テルさんに残念なお知らせがあります」

 

「は、っ!? い!?」

 

「深紅沼を抜けた先、コンゴウ集落へと続くこの道の名は『ゴロゴロ坂』と言いまして──」

 

 

 地鳴りが頭上で響き出す。

 大岩の数々から同色の腕が突き出される。

 土と岩さえあれば本当にどこにでも出現する彼らは、おれと目を合わせるなり誰もが豪快に笑っていた。

 

 

「ゴローン達の住処です」

 

「なんッだよもぉおおおおおおお!!」

 

 

 両脚に鞭打って再び加速する。

 ゴローンたちをすれ違い様に“いわくだき”で弾き飛ばしてマグマラシが道を拓く。何より坂道がキツい。足腰の元から無い余力を根こそぎ奪っていく。ごめんギャロップ、おまえに今まで沢山助けられていたんだね。

 そしてよくわかった。

 はじめから──初めから、アヤシシ様に二人乗りすればよかったんだ────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぽつりぽつりと灯され始めた篝火に勝ちを確信した。

 もう一歩も動けないと泣き言をほざく自分を引っ叩いて両足を動かして、飛び込んだ先。

 紺青色のテントがぐるりと円を描く営みの場。

 ぽかんとした団員の皆さんに出迎えられて、コンゴウ集落に到着したのだった。

 

 

「集落に他所の人が来るなんて珍しいな」

 

「イチョウ商会の人と……ギンガ団? デンボクの部下か」

 

「セキさんに用事か?」

 

「まあまあ皆、とりあえず疲れてるみたいだからさ。休ませてあげようよ」

 

 

 近くの家の玄関先を使わせてもらい、ウォロさんに貰った──有料の──水を飲んで息を整える。

 思ったよりもかなり時間を使ってしまった。空はもう赤く染まり始めている。今から来た道を戻って夜までに湿地ベースに帰るのは無理だ。博士にはムクバードに手紙を運んでもらおう。戦闘で消耗しなくてよかった。

 

 

「回復道具に余裕はありますか? 足りなければ仰ってくださいな!」

 

「げんきのかけらありますか……」

 

「はーい」

 

 

 マグマラシとイーブイにキズぐすりを塗りつけて、倒れるまで戦ってくれたピンプクにはげんきのかけらを握り込ませる。お腹の石も新しいのを探してやらないと、どうにも落ち着けなさそうだ。

 二つ買ったげんきのかけら。その片方を──渡す相手がいないことに気づいて、座り込んだままぼうっとした。

 

 

「……ポケモンって、ポケモンのこと殺すんですね」

 

「当たり前では? ……失敬、テルさんにとっては、きっと当たり前ではなかったのですね」

 

 

 ポケモン勝負は競技であって、命の取り合いではない。どんなに高レベルのポケモンでも相手を殺さない手加減が出来るし、しなければいけない。

 野生のポケモンだってそうだ。トレーナーと一緒にいるポケモンと戦うのは、あくまで闘争心を満たし、発散するためとされている。

 

 

「そうですよ。おれの時代ではポケモンで殺し合いなんてしなかった。戦って、体力が尽きたら、いい勝負だったねで終わりなんです」

 

 

 瞼を瞑れば耳の奥に蘇る絶叫があった。

 まだ育成が充分じゃないフワンテをオヤブンの前に引きずり出したのはおれだ。

 “さいみんじゅつ”なんて無くても戦いようはあって、現実そうしたのに、フワンテの安全を優先しなかったのは、おれだ。

 

 

「……ごめんなぁ、フワンテ。……ごめん、ごめん……」

 

 

 無我夢中で逃げ出したから、彼の皮膚の一片だって持っていない。

 握り込んだげんきのかけらを擦りながら、ごめん、ともういない彼に告げ続けて──やがて気が済んだおれは、現状をまとめた手紙をムクバードの足に括り付けて空に放った。

 

 

「もうよろしいので?」

 

「はい。いつまでも落ち込んでいられないですし、仕事しないと……そういえばウォロさん! 何ですかあの命の珠みたいな紺色のやつ!」

 

「仕事は?」

 

 

 深紅沼から脱出する時、ウォロさんが用いた紺の珠と謎の言語。あれのおかげでフカマルの“じならし”が超強化されたように見えたが、一体何だったのだろう。イッシュで発掘される「ジュエル」の類いなのだろうか? 

 

 

「……。世の中には特定のポケモンだけを強化する、その種族専用の道具があるのですよ。あの時用いたのはフカマルとその進化先のみに恩恵を齎す宝珠です」

 

「宝珠……?」

 

「ええ、『竜の宝珠』と言います」

 

 

 それはポケモンに持たせても効果を発揮するのだろうか? 例えばカラカラやガラガラに持たせると攻撃力が跳ね上がる「ふといホネ」とか、ラッキーがたまに持ってる「ラッキーパンチ」とか、メタモンが身に纏う「メタルパウダー」「スピードパウダー」とか。

 見たところウォロさんが使ってフカマルを強化していたようだから、あくまでクリティカッターやスピーダーと似た使用感なのだろうか。粒子になって消えちゃったみたいだから消耗品なんだろうか。

 もしポケモンに持たせて使ってもらえるならミラー以外で“トリック”や“どろぼう”をされても相手に恩恵を渡すことは無いから戦術の確実性が増すだろうか。

 あれこれぽんぽんと思考が浮かんでは消える中、ふと彼が一切言及しない点に気がついた。

 

 

「え、あの唄は何だったんですか?」

 

「唄?」

 

「はい。なんか言ってましたよね? えっと……た……たうーかー……ぷぱ……? がん、しー……みたいな。何語ですか?」

 

 

 ぱち、ぱち、とウォロさんはまばたきを繰り返す。

 銀の眼が困惑気味に細められ、困ったような笑みで小首を傾げる。

 

 

「すみません。なんの……お話で?」

 

「エッ。」

 

 

 申し訳無さそうに笑ってフカマルを抱えた。

 まさか幻覚か?

 おれの? 

 極限状態で妄想が形を成したってこと?

 どんな妄想してんだあの状況で。

 そしてそれを本人に?

 恥すぎる。

 

 

「…………忘れてください……」

 

「ああ、はい……そうそう! テルさんこそジブンに教えてくださいな! あのイーブイの不思議な技!」

 

「えっあっ“てだすけ”ですか!? いいですよ、“てだすけ”っていうのはですね──」

 

 

 あっつい顔を晒しながら、差し出された助け舟にしがみついて“てだすけ”を語る。

 やがてコンゴウ団のみなさんが様子を見に、そしてムクバードが戻ってきてくれるまで、この顔の熱から解放されることは無かった。

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 ……どうやら彼は、祝詞も専用道具も知らないらしい。

 つまりは断絶。未来での霧の遺跡と同じように絶えてしまった。

 やはり偽りのカミナギが廃れ二頭政の真名が流布されようと、古代シンオウ人という種族が再び地上を満たすことは無かったのだ。

 

 

 地殻揺るがす大地の槌への呼び掛け(ΤΚΚΨΡΓΣΔΤΝΤΤΨ)も。

 静寂を裂く鼓動への勅令(ΚΔΩΚΝΔΣΖΜΩΣΚ)も。

 理を翳す宝珠の起動(ΚΤΩΡΚΖΣΗΡΗΖ)も。

 証の龍鱗を讃える祝詞(ΝΜΤΗΑΚΣΝΡΡΝ)も、何もかも。

 ……まあ、このワタクシでさえ半信半疑だったのだから、余所者が継承できるはずもないか。

 

 

 ──それは遠い遠い、神話の時代よりも遙か昔。

 

 まだ人間がお伽噺から出て来られないほど(ふる)宇宙(せかい)

 

 今はもう存在しない“草の大陸(リヴァディ・アトランティス)”で使われていたという遺物。

 

 

 槌の童(フカマル)

 咬傷を与える者(ガバイト)

 大地の小槌(ガブリアス)

 寒気(かんき)を厭うはずなのに、厳しいヒスイの地に根ざす地竜たち。

 土地を閉ざす豪雪の中でも、雄大に地を踏み鳴らす彼らを誰もが畏怖し敬った。

 神ならぬ身なれど仰ぐには相応しい鱗を持つ彼らに納められる祭具こそが『竜の宝珠』──だったのだが。

 

 既にそれは手の内に無い。

 度を超えた力を無理矢理に励起させられた宝珠は、盛る焔に飛び込む贄の様に消えてしまった。

 

 

 

 ──ああ、まったく。

 

 そこそこに、貴重な品だというのに──。

 

 

 

 

 

 

 

 




スカタンク(♂、♂)
 冷静な性格で体が丈夫、意地っ張りな性格で力が自慢。深紅沼のスカタンク界隈を牛耳っていた冷静年長者に意地っ張り若者が反旗を翻して覇権争いをおっ始めた。

スカンプー(♂♀)
 上記の舎弟たち。負けたら命があるか分からないので必死。

フワンテ(♂)
 元々が彷徨う魂の集合体なので、体を裂かれて中身(魂)が飛び散っても「死んだ」という感覚は無い。強いて言うなら双六の「一回休み」。

竜の宝珠(対応語:ΡΗΖ)(出典:空の探検隊)
 本来ならば特攻と特防を恒常的に強化する、フカマル及びガブリアスの専用道具。何故かガバイトは効果範囲外。
 テルによると見た目は命の珠に似ているらしい。

草の大陸(リヴァディ・アトランティス)
 時・闇・空の探検隊の舞台になった大陸の名前。リバティガーデン島とは関係がない。

Q.ポケダン世界って過去やったんか?
A.不明。まあそんな一説も世の中にはあるセウス。
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