シンオウの昔日-翡翠英雄奇譚-   作:ヒュペルボレイオス

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 引き続きメイン任務8





「真相」への道

 

 

 コンゴウ集落で皆さんから話を聴くに、湿地ベースから川沿いに行った先で焚き火の跡を見たそうな。

 周囲にはゲンキノツボミやツルギマイタケが自生するので少人数で休むなら丁度良さそうな立地だとも。何だその満点の怪しさは。

 

 話の流れで野盗の注意喚起をすれば、アキノリさんは「その時はクイーンに守ってもらうよ」と朗らかに笑む。

 コンゴウ団もまた、シンオウさまの加護を得たポケモンの子孫──クイーン・ドレディアに護られているらしい。

 

 ドレディアというと……イッシュで発見された、草タイプのポケモンか。

 帽子のような赤い花が特徴の、ドレス姿に思える華麗にして可憐な容姿が貴婦人を中心に人気を博す種族だと聞く。

 その様相はクイーンと言うよりプリンセスで、守るより守られる側がしっくり来るけれど……まあそれでもポケモンだから、人間よりはずっと強い。

 

 ガチグマについては意外にも、集落の子供から教えてもらえた。

 シワスと名乗るその女の子は、コンゴウ団の人間である証として腕に嵌めていた装飾品を、なにかのはずみで落として失くしてしまったことがあるという。それを、物探しが得意なガチグマに見付けてもらったのだとか。

 

 

 ──だから、シンジュ団の人ともお話してみたいなぁ──

 

 

 ほんの少し切なそうに眉尻を下げて微笑むシワスちゃんに、「そうだねえ」と相槌を打った。どうやらコンゴウ団の皆がみんな、シンジュ団と対立意識を持っている訳ではないらしい。

 ギンガ団の技術に感心する人がいて、ギンガ団の技術に懐疑的な人がいる。

 シンジュ団との争いに辟易している人もいれば、そもそも何故争いが起こるのかと原点の疑問を抱く人もいる。

 集団の中でも思想には差異がある。おれの手前口には出さないだけで、もっと尖った考えを持つ人もいるだろう。纏め役のセキさんは大変そうだ。

 

 

「……人は時が流れることで成長し、時が流れることで年老いて死ぬ、か」

 

 

 機織り中のアスミさんがふと零した呟きの内容を諳んじて自身の手を眺む。

 十二歳でシンオウリーグのチャンピオンになったおれの体は、それからの数年間で十五センチも大きくなった。あと五年ほど成長を続けるこの体は、いつか時の流れと共に、伸ばした背を縮めていく。骨も筋肉も弱くなり、思考力だって衰退する。どんなに足掻いても老衰は病気じゃないから治らない。

 時は命を育むが、同時に誰より無慈悲に命を殺める。

 シンオウさま(ディアルガ)の呼吸のおかげで息をするおれたちはいつか、シンオウさま(ディアルガ)の呼吸に置いていかれるのだ。

 

 

 パチ、と弾けた火花に視界が燦めく。

 薪を新しく焚べられた焚き火が闇夜を照らして盛った。

 ヒスイに来て足早に時が過ぎ去る中で、今、ふと思う。

 

 自分はいつまでここにいて──自分はいつ、向こうの友達に会えるのだろうか。

 それまで、向こうの友達は──自分を、待っていてくれるだろうか。

 

 ぶるりと震えた体を宥めて、焚き火に再度薪木を投げた。

 せっかくアサジロウさんが泊めてくれると言ってくれたのだから、さっさと屋内に入るべきなのだけど……この火の傍を離れると、何故だか、途方もない寒さに身を切り刻まれるような気がして。

 この思考さえをも閉ざして何事も無くやり過ごすまでは、増し行く熱に頬を焦がそうと決めた。ことにした。

 

 

 

 *

 

 

 

 東雲の空が広がる夜明け頃。

 思わず目を瞑るひゃっこい(つめたい)空気の中、荷を軽くしたウォロさんとおれを背に乗せて、アヤシシ様が沼地を駆ける。

 ゴローンもスカンプーも反応速度がついていかない。昨日の激戦は何だったんだと笑いたくなるくらい軽やかにゴロゴロ坂と深紅沼を走り抜ける。五体投地も辞さない心でアヤシシ様に感謝を捧げ、去りゆく背中が見えなくなるまで手を振った。

 ここからは人の力で。

 注意深く手掛かりを探しながら川沿いを練り歩いた。

 

 

「ありましたね」

 

 

 ウォロさんがそう声を発すのとほぼ同時におれの目も痕跡を映し出す。

 丁度良い切り株に囲まれた焚き火跡。石に囲まれた枝を触ってみると完全に灰になっていないのが如実だった。

 

 焚き火はきちんと薪を燃やし切って灰にするのが理想的な消火方法だ。二時間ほど時間が掛かるのが嫌なら、薪のひとつひとつを水に浸けていく方法もある。これはそのどちらでもない。よほど急いでいたのか知識が無いのかで──

 

 

「今の歩き方、手練のようだけど。あんたら何者だい?」

 

「なんでもいいさ! こんなとこまで来るなんて、うちらを捕まえに来たんだろう!」

 

 

 片や艶のある、片や威勢の良い声だった。みれば青色の隈取をした三人の女性が警戒と敵意を全身から醸し出している。

 そのどこか見覚えのある服装をひとりずつ目で追って、特徴的な青い生地と黄色のもふもふを見た瞬間おれの口から「あーっ!?」声が飛び出した。

 

 

「ちょっとウォロさん、あの上着イチョウ商会の制服じゃないっすか!?」

 

「ええ。替えの制服を奪われたとの情報が商会で共有されています。実際に目にしてみるとなんともまあ……無残な姿にしてくれたものです」

 

「てことは……この人達が野盗三姉妹……!」

 

 

 きちんと着こなすウォロさんがいて比較が容易なせいで差が際立つ。野盗に着られたイチョウ商会の制服はぎざきざに切り刻まれて、かなりパンクな仕上がりに改造されていた。

 おそらく保温性に長ける造りだろうに、何故片袖が肩から無いのか。何故ミニスカート風に腰に巻くのか。制服は規定の通りに着るのが一番可愛いというのに。いやこれは流石におれの思想。

 

 

「ふん、あたいたちをその名でしか知らないとは哀れな奴だ。憐憫ついでに名乗ってやろう」

 

 

 こっちはこっちで畑作隊の制服を魔改造しているし。ナバナさんに言いつけてやろうか。

 というかこの顔を知っているぞおれは。この、湖を爆破しそうな顔は──

 

 

「常盤木と呼ばれる松のようにいつまでも若く美しい長女のオマツ」

 

 

 何?

 

 

「枯れるどころか次々と新芽を咲かせ繁栄を体現する次女オタケ!」

 

 

 ねえ何。

 

 

「寒い冬に春の訪れを知らせる、可憐にして気高さの象徴! 三女のオウメ!」

 

 

 なんて?

 

 

「あたくしたち野盗三姉妹。その名もショウチクバイ!」

 

 

 エンジュシティの歌舞伎みたいな見得を切って──劇中の決めのシーンでポーズを取ること──、野盗三姉妹・ショウチクバイは高らかに名乗り挙げた。

 その澄んだ眼には今の一連の流れに対する絶対的なプライドを爛々と灯し、屋外にも関わらず劇場にいるかの如き錯覚に陥らせる。

 

 呑まれる訳には──いかない。

 おれは腹を括って思い切り息を吸った。

 

 

「………………厳寒のヒスイに現れた耀星! 至るは頂点、目指すは満天! ギンガ団ヨツボシ調査隊員テル!」

 

「テルさん?」

 

「何だこいつ。」

 

「お前らが始めたんだろうがぁ!!」

 

 

 その冷ややかな目をやめろ。ウォロさんもやめて。

 そういう流れだと思ったのに全員からまるで変な奴でも見る目を注がれて顔が熱くなる。

 

 

「そんなことはどーでもいい! ズイの遺跡の石版、盗掘した欠片を返してもらう!」

 

「はあ? 野盗が盗んだものを返すと思ってるのか? お目出度い頭のようだな」

 

「大体、金目の物でもないのに何を血眼で探しているんだか。それともお前になら高値で売り付けられるのか?」

 

「……まず盗むなよ遺跡の欠片を…………!!」

 

 

 遺跡の保存・整備がどれだけ重要なことか理解していれば盗掘なんて発想は絶対に湧き上がらない。

 ただでさえ今のズイの遺跡の入り口は大きく開かれ外気が入り込みやすいつまり傷みやすいのに。

 というか真実現在進行系で傷んでいる。大広間の最奥にあった石版がひび割れているのが何よりの証拠だ。

 

 

「あの……さあ! いいか!? 盗んだのは金銀財宝じゃあない、けど! 刻まれたその時から長い時間を経た今日まで変わらず在り続けてくれた、大ッ切な証拠品だ! 古代シンオウ人が確かに生きていた証なんだよ!」

 

 

 ズイの遺跡の石版とやらが具体的に何なのかおれには分からない。ただそれはおそらく、おれがあの大広間で見たことのあるものだろう。

 なら思い当たるのは、右上左下右上左上左上左下、その果てに辿り着いた大部屋の──壁に刻まれた、あのことばだ。

 

 

 ──すべての いのちは

 ──べつの いのちと であい

 ──なにかを うみだす

 

 

「その価値が分からない奴は、それに触るべきじゃない! 星の砂でも探して地道に鉱石を採集してなさいッ!」

 

 

 力いっぱいの非難を込めて指先を向ける。

 体力の配分が下手すぎて既に肩で息をしていた。

 もうずっと言いたかった。盗掘の話が出た時からもう本当にこれを言ってやらないと気が済まなかったんだ。

 

 

「威勢の良い奴だ。姉上、ここはあたいらにお任せを」

 

「こいつらの道具も丸っといただいてしばらくご馳走さ!」

 

 

 まあ──言ったとして、届くとは限らないものだけど。

 オタケとオウメがボールを構える。

 ボールを持っているということはギンガ団と関係があったのか、それとも製造隊員を襲ったことがあるのか。

 

 

「ウォロさん一緒に!」

 

「ジブン、人との荒事はお強いテルさんにお任せしたいのですが……今回ばかりはそうもいきませんね」

 

 

 帽子のつばを軽く押さえて苦笑い、直後に温和な目尻をつり上げる。

 勿論おれが二体出してダブルバトルしてもいいんだけど、遺跡好きのこの人だって、彼女らに怒っていないはずがないのだ。

 

 

「ドクロッグ! 毒まみれにしてやりな!」

 

「やっちまいなユキノオー!」

 

 

 四体のポケモンが同時に場に出る。

 マグマラシはドクロッグと睨み合い、トゲピーはユキノオーと相対した。

 隣を見上げれば銀の眼と視線が交わる。僅か一拍にも満たない意思の疎通。

 

 ──対角線上に繰り出した二体の“かえんほうしゃ”と“じんつうりき”が、一瞬で勝負を締め括った。

 

 

 

 *

 

 

 

 文字通り壊れ物を扱う慎重な手付き。

 ムクバードに空から周囲を哨戒させ、傍らにマグマラシを控えさせる厳戒態勢。

 ある種の不審者の様な佇まいになりながら、彼は取り返した石版の欠片を抱えてズイの遺跡まで歩いていた。

 

 

「……の……ち……べーつー……のち、と……ああ、やっぱりこれか」

 

「なんと、アンノーン文字を読めるのですね」

 

 

 驚いてみせてやれば、彼は「まあ」とはにかんだ。

 聞けば元の世界では全種類のアンノーンを記録し、ズイの遺跡に刻まれた全ての文言と摺り合わせて独自で解読法の確立にまでこぎ着けたらしい。以来、他人に読まれたくない覚え書きはアンノーン文字で綴るようになったとか。

 なんとも羨ましい限りだ。

 綴る言葉が異なるからと奇怪・異様な目を向けられることも無ければ、排除されることも無いなんて。

 

 

「ジョウト地方のアルフの遺跡にもアンノーン文字があるらしいんですよ。……一度、行ってみたかったなぁ」

 

 

 薄青の空を紺青が見上げる。

 零した声に滲み出す望郷と未練。

 それはきっと、そう思っている間が花だ。

 ズイの遺跡に遺されたアンノーン文字の流暢さはアルフの遺跡と比ぶべくもない。解読できる者が読めば欠落した言葉の多さにかえって混乱する。

 

 

「テルさんはその御歳で大変多くの知識をお持ちですね。やはり元の時間……元の世界と言いましょうか。そちらでは研究者だったのですか?」

 

「う〜ん……確かに一端の研究者だったのかもしれません。おれ、向こうでもポケモン図鑑作ってたんです。知らないポケモンに出会う度にワクワクしました。こう、段々……“視えて”くるんですよ」

 

 

 ポケモンの多くは群れを作る。

 どこで、どんな生態系を構築しているのかが大まかにでも理解できれば、たとえ行ったことのない場所でも、土地の概要がわかるとどんなポケモンが息づいているのか想像できる。

 体の大きさや顔つきから、誰の進化系なのか、誰の進化前なのか、情報が集まるに連れて既視感を抱くことが多くなる。

 それは点と点が線で繋がるような、世界が形を明確に成していくような気持ちよさがあるんですよね、と少年は笑った。

 

 

「なるほど。アナタは知識を得る毎に世界の形を感じ取る。だからこそ、世界を運営する機構そのものである神々に強く焦がれたと」

 

「そうですね! いろんな神話、いろんな民話の繋がりを辿って、辿って……?」

 

 

 言葉を切りながら、彼はその場に立ち止まった。

 数歩先を行ってしまったジブンが「テルさん?」と振り向けば、石版の欠片を抱えながら少年は虚空を見つめている。

 

 

「辿って…………ない。最初から、全部書いてあった。……こんとんのうねり。……あらわれたタマゴ。……うまれでたさいしょのもの」

 

 

 マグマラシが異変に気づいたのか忙しなく足元をぐるぐると周る。

 ムクバードは気にしているが今だからこそ哨戒の任を全うすべく周囲に改めて気を払った。

 

 

「全部、書いてあっ……て……でもおれは、辿って……辿()()()()()()()……?」

 

 

 紺青が揺れる。

 頬に冷や汗が滲んで指先が白く染まり出す。

 それは望郷でも未練でもない。

 空いた虚から目を離せない、確かにあったのに思い出せない、永久に喪われた痕跡を求めて空白を凝視する喪失感。

 

 

「テルさん、アナタ……記憶喪失なのでは?」

 

「…………。へあっ!?」

 

 

 意識が戻ってきたのか、たっぷりの沈黙を挟んだのちに素っ頓狂な奇声を放った。

 主人の様子が見慣れたものになりマグマラシの顔が華やぐ。

 金縛りから解かれて歩みを再開させた少年は大きくかぶりを振った。

 

 

「いやいやいや覚えてますって! 現に今めちゃくちゃ向こうでの記憶語ってましたよね!?」

 

「ですが“現に今”記憶に混濁が見られるのでしょう? なにも全ての記憶を失ったとは言いません。一部……ええ。特に関心の強い一部の記憶が、よりによって抜け落ちているご様子」

 

「マ…………ジか。ええ……?」

 

 

 特に関心の強い、と濁しはしたが彼の喪われた記憶がアルセウスに関するものであるのは明白だ。

 訓練場の傍らでお互い高揚感の赴くままに言葉を交わしたあの時、彼は明らかに一部呂律が回っていなかった。

 

 

 ──そりゃ勿論■■■■■■のアルセウスです!

 

 

 あれは勢いに舌が着いてこなかったのではなく、勢いに伴わせる知識が頭から出てこなかったのだろう。

 知識という形を失った声がただの音として放出され、“何の”アルセウスなのかは聴き取れなかった。

 

 

 ──辿り着きたくて。

 

 

 確信に口角が上がってしまう。口元に手を当て思考する素振りを演じた。

 この男はアルセウスの神話を蒐集するだけの(やから)ではない。

 アンノーン文字を解読し、プレートを揃え、“何か”を辿り、その記憶を失った者。

 ──ジブンと同じく、アルセウスに到達せんと企んだ(ともがら)だ。

 

 都合の良さにこみ上げる笑みを噛み殺す。

 彼はこちらが過度に干渉せずとも勝手にアルセウスへの道を拓かんとするだろう。

 何も言っていないのにギャロップに乗って従順にプレートを見せに来た時の顔と言ったら、まるで牙を持たないガーディの様。

 

 捕獲と戦闘に纏わる天性の才。

 当代では上澄みと言って差し支えない知識量。

 それらの根源に位置する探求心。

 なんて良質な落ち物だろう。

 

 

「ご安心ください! 神話や歴史のことでしたらジブンがいますからね。テルさんが失った記憶がもしもそれらであるのなら、取り戻す日は必ず訪れます!」

 

 

 それまではジブンが飼い慣らしてやろう。

 もしも脇目を振るなら導いてやろう。

 アナタが無心でひた走った後、ワタクシが全てを貰い受けよう。

 だから何ひとつ気付かずに、のんきに陽気に笑んでいろ。

 

 

「それは……まあ、確かに……? じゃあ、頼りにしてますね!」

 

「ふふ、ジブンにお任せあれ!」

 

 

 目前に迫ったズイの遺跡がふたりの笑い声を吸い上げる。

 反響する足音と声に気付いたのだろう。今日も相変わらずこの場所に佇む、ユウガオさんが振り向いた。

 

 

 

 *

 

 

 

 荒ぶるポケモンを鎮めるのはこれで二回目になる。

 母数が少ない内にこんなことを言うのもなんだけど、ガチグマと相対したおれは直感的に「あ、これキング・バサギリとは別件だな」と悟った。

 

 だって光ってないし、そもそも荒ぶってもいない。おれと対峙しても生身のおれを狙ってはこず、ちゃんと場に出たイーブイに意識を向けている。

 

 これはどちらかと言うと……闘争心が高まっている、と表現した方が良い。

 

 ヒナツさんが言い出すまでユウガオさんがあまり気に掛けなかったのも納得だ。ガチグマは“襲う”のではなく“戦う”べく動いている。野生のポケモンなら至極当たり前のこと。そんなに騒ぐほどのことでもない。

 

 だから、ほら。

 

 “でんこうせっか”に“ものまね”にと、何回もその巨体を捌いてさえいれば、疲れたガチグマが自分から闘争心を萎えさせるのだ。

 

 疲労たっぷりで座り込んだガチグマにユウガオさんが近づく。背中の籠から取り出したシンジュ団秘伝の薬・毒除丸を、手慣れた様子でガチグマの喉奥に突っ込んだ。

 

 ──直後のガチグマの声は、聞かなかったことにしよう。

 

 

「……やっぱり変ねえ。光らないわ。それにガチグマや、その額の粉はどうしたんです?」

 

 

 先程とは打って変わってしょんぼりしたガチグマの額を覗き込むと、何やらほんの少し粘り気のある細かな粉がきらきらと陽光を照り返していた。

 

 

「ギンガ団の方、粉に心当たりは?」

 

「んー……沼地に生息してるスボミーたちのものではないっぽいですね」

 

 スボミーたちの花粉にはタイプの通り毒が含まれており、鼻粘膜に付着すれば尋常じゃないくしゃみをする羽目になるし、経口摂取すればめまいを引き起こす。

 指先に付着した粉を嗅いでみてもくしゃみの気配は無いし、舐めてみても反応が無い。

 

 

「あ、でもちょっとワクワクしてきました。何だろこれ。高揚感? 単にこの粉の正体を考えるのが楽しいだけか?」

 

 

 例えるならジム戦の準備を整えて、ジムリーダーのいるバトルフィールドまであと十歩といったところ。

 早く戦いたい、そして勝ちたい、うちの子の凄さを見せびらかしたい、そんな衝動に口角がつり上がるあの時間の様に心が燃える。

 

 

「ふむ、高揚感ですか……もう少し具体的な症状は言えますか?」

 

「え〜……あー、指先の血行が良くなり出しましたね。あと今一戦終えたばかりなんですけどもう一戦やりたくなってきてます」

 

「……あなた、当たり前のように正体不明の粉を舐めるのね……ウォロさんも止めておやりなさいな……。いえ無理ね、一番無理だわ」

 

 

 ユウガオさんからの奇人を見るまなざしが痛い。心做しかガチグマにも困り眉で引かれているような気がしてきた。

 だって……手持ちで試して暴れられても困るし……!

 

 

「テルさんとガチグマの症状からの推測ですが、これはドレディアの花粉かと」

 

「え、ドレディアの花粉ってリラックス効果があるんじゃないんですか?」

 

「おや、未来のドレディアはそうなのですね。残念ながらヒスイのドレディアは違います。彼女たちは舞によって自身の花粉を振り撒き、周囲のポケモンや人間の闘志を引き出す舞踏家です」

 

「……おれの知ってるドレディアじゃない可能性出てきたな……」

 

 

 試しにイーブイに嗅いでもらったが、特にこれといって変化が無い。

 本人の図太さなのか、もう花粉自体に何の効果も無いのか……。

 

 

「……ここ紅蓮の湿地のクイーンはドレディアだわ。嫌ね、なんだか悪い予感がしますよ」

 

「奇遇ですね、おれもこう思えてきましたよ。荒ぶったのはガチグマじゃなくて──」

 

「……クイーン・ドレディアの方、となりますね?」

 

 

 仮説が音として織り上げられた。

 泥の湿り気を乗せて風が過ぎ行く。

 その場の誰もが仮説の正しさを薄々ながら感じ取る。居心地の悪そうなガチグマと不安げなビーダル。イーブイだけがくいーっと伸びをしていた。

 

 

「テル、この話を早くあなたの団長へ。この先はわしの口を挟めないかもしれません」

 

「了解です。今アヤシシ様呼んで、えん?」

 

 

 ぐい、とガチグマが口先でおれのポーチを引っ張る。

 どしたのと目線を落とせば、彼は毛皮にしまっていた茶色の板を咥えておれに差し出した。

 

 

「……」

 

「…………」

 

「──プレートですウォロさん!!」

 

「──プレートですねテルさん!!」

 

 

 互いのテンションがひとつになって絶叫する。地面の色、土の色、海の終わりの色をした“だいちのプレート”。

 なるほどね、妙に“じならし”が強いと思ったらこれを持っていたのか。

 こうなればもう、おれたちの好奇心は止まらない。

 

 

「裏の文字! 裏の文字を読みませんか!? 読みますよね、読みましょうね!」

 

「読みます読みます勿論です! えっと?」

 

「“うちゅう うまれしとき その かけら プレートとする”……さあテルさん! この神話の一節に聞き覚えは!?」

 

「あります!! けど相変わらず刻まれてるプレートの種類が違いますね!」

 

「ほうほうほう! 前回に引き続き今回もですか! しかしテルさんが既知の一節と未知の一節の差は何なのでしょうか? 現時点での内容から大枠を考えてみるに──」

 

 

「……ねえあなたたち。早く報告に行っておやりなさいな……。」

 

 

 

 

 




 次回、第二章最終話(予定)です。
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