シンオウの昔日-翡翠英雄奇譚-   作:ヒュペルボレイオス

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 人見知りくらいぱぱーっと克服してみせます!
 具体的にはこう。



群青戴冠熱戦
ギンガ団の耀星と金色平野のニリンソウ


 

 

 ──ノモセ大湿原のポケモンって、皆おとなしかったんだなあ……。

 

 アヤシシ様の助けを借りて奔走する湿地帯のド真ん中で、不意にそんな思考に至った。

 テンガン山の東側に位置する紅蓮の湿地は建物の痕跡がやたらと多く、身を隠す場所には困らない。ただそれ以上に沼地が広がっていて、どこかに隠れるとどこからかは見付けられる。

 グレッグルの猛攻を捌きに捌いてベースキャンプ近くまで戻り、約半日乗り回したアヤシシ様にようやくお帰りいただいた。

 

 

「だい〜ぶ〜……進んだかな」

 

 

 深紅沼に生息するポケモンたちの調査メモがどっさり溜まった懐が膨れる。図鑑に書き起こすには充分な資料だろう。スカタンクは弱点タイプがひとつしかないのがやはり手強い。オヤブン争いは決したらしくどれだけ見て回っても二体目のオヤブンはいなかった。

 

 一旦湿地ベースに戻って資料を渡そう。

 身軽になりたい一心で遠くのテントを目指したおれが『金色の平原』に差し掛かった時、風に靡く金色に混じって、ニリンソウの様な白が目についた。

 

 

「え、きみ……⁉」

 

「あら? ああ、こんにちはテルお兄さん。湿地のポケモン調査ですよね、おつかれさまです」

 

 

 竹で編まれた籠にイナホを採り入れる女の子。

 それはかつて『黒曜の原野』からコトブキムラに運び込まれた子で、ウォロさんが迎えに来て以来全然会えていなかった子だ。

 名前を覚えてくれていた嬉しさと、元気そうで何よりの気持ちと、なんで湿地にいるのかの疑問が一気に押し寄せる。

 

 

「ひとり!? ベースキャンプが近いとはいえ危ないよ」

 

「……お気づかいいただきありがとうございます。ですがご安心を。この辺りの露の蕾(スボミー)はわたしに慣れていますし、めかくしだまとバリバリだまの用意はできています」

 

「そ〜ぉう……?」

 

 

 指し示されたのは白い着物の帯締めに引っ掛けられていた二つの道具。作り方を覚えてしまえさえすれば簡単に準備できるから、もし使ってもすぐに材料を揃えてクラフト出来はすると思う。思うけど。

 おれとしてはポケモンを連れていてほしいところだけれど、最低限の護身ができるならまあ……と自分を納得させた。

 

 

「もしかして食材の調達してたのかな?」

 

「はい。今日はキノコがたくさん採れました」

 

 

 竹籠を覗き込むと言葉の通りもちもちキノコやツルギマイタケがきっちりと整列していた。大きさ順に重ねつつ上下を交互にすることで傘が余計なスペースを取らずにいる。

 あとはクスリソウが少々、今採っているいきいきイナホが少々だ。

 ……コトブキムラの人がたまに背負っているのを見たことがあるけど、あの量と比べるとかなり少ない。

 

 

「これ……足りる?」

 

「うちの畑で植えている分と合わせれば、なんとか? まあ足りなければ足りないで、食べなければいいだけです」

 

「よくないよ!?」

 

 

 名案! みたいな笑顔でとんでもないことを口にする少女に思わず絶叫する。シマボシ隊長も食事こそが活力の源と言っていたしそもそも子供はお腹いっぱい食べないとだめだ。イモモチを食べなさい。

 

 

「ほらこれも持っていって。持っていきなさい」

 

「わ、わ。ケムリイモがたくさん」

 

 

 おれには調査中、手頃なのが目についたらついつい採取してしまう癖がある。収納術を学んだばかりのポーチからケムリイモをどぱどぱと籠に移す。当たり前だけど他の食材を潰さないように。

 ついでにきらきらミツを詰めた小瓶も隙間に詰めておく。イモモチに絡めると美味しい。食べなさい。

 

 

「ありがとうございます、テルお兄さん。お礼は少ないですが、こちらでおねがいします」

 

「いやお礼なんてそんな、いいよ気にしなくても」

 

「だめです。ムショウのほどこしほど高くつくものは無い、とウォロに口酸っぱく言われています」

 

「何教えてんだあの人?」

 

 

 推定保護者の方針を部外者のおれが無視する訳にもいかず、結局その子からはお礼としてポフのみを三つ貰った。コトブキマフィンの元になるのでおやつに丁度良い。

 なんで食べ物をあげたのに食べ物を貰っているんだ? 意味が無いのでは? 昨晩捕まえたゴースに渡してこっそり籠に戻せないか?

 ──駄目? 駄目か……ゴースが首を横に振るなら仕方ないな……。

 

 

 さて。

 おれは道路で泣いてる女の子を無視できず、ギンガ団(シンオウ地方)が占拠する『谷間の発電所』に殴り込んだ男。

 当然ながらこのままほなサイナラできるタイプの性格はしておらず、調査の休憩がてら採取を手伝うことにした。

 

 

「あ、そういえば名前……クレィアちゃんでよかった? 今更だけど」

 

「クレィアです。テルお兄さんのことはウォロがよく話すので聞いています」

 

「へえ〜どんな風に話してるんだろうあの人」

 

 

 自惚れではないと信じたいがおれの交友関係の中でもあの人とはかなり仲が良い。

 貴重なポケモン勝負の相手であり、唯一アルセウスについて語り合える相手。

 普段の態度からして絶賛していてもいいんだけど、どうだろう。

 

 

「ポケモン勝負が強いおとくいさまで」

 

「うんうん」

 

 

 やはりな。

 

 

「プレートも授かったとか」

 

「そうだねそうだね!」

 

 

 やはりな!

 

 

「あと初対面のときはキテレツな身なりだったとか」

 

「ちょっと今度あたりにポケモン勝負申し込もうかなぁ!?」

 

 

 奇天烈ではない。至って普通のシャツと短パン、どこに出しても恥ずかしくない部屋着だ。

 いや確かに部屋でごろごろする時の格好だからそれでガッツリ外出するのは若干恥ずかしいと言うかおれだってそう思ってるけど。

 

 

「ウォロが誰かとポケモンのうで比べをするなんて思いませんでした」

 

「あー……確かにまあ、ポケモン勝負ってあんまり普及してないもんね」

 

「はい。だからウォロはちょっと周りから浮いていたと言いますか……」

 

 

 ポケモンと距離を置いている時代に、ポケモンを従えて戦わせるなんてそれこそ奇天烈だ。

 初めて戦ったあとのウォロさんが「皆ボールを使えばいいのに」とぼやいていたのをよく覚えている。

 皆がポケモンに対してよそよそしい世界であんなに楽しそうに勝負するのは、うん。確かに怖がられるかもしれない。

 現におれもまだムラの人から若干怖がられている。そういう人の近くに行く時は、ちゃんとマグマラシをボールに入れるくらいの配慮をするのが大切だ。

 

 

「ちょっとつかみどころの無いひとですが、意外とメンドウミが良いんですよ」

 

「あ、それは分かる。トゲピーと仲良いし」

 

「本人は好奇心でおせわしているだけなんて言いますけど、じゅうぶん仲良しですよね」

 

「好奇心で世話してるだけの人にトゲピーがあんな距離チカな訳ないよねー」

 

「ねー」

 

 

 

 

「ワッ!!」

 

 

 

 

「オアーッ!?」

 

 

 背後から突如響いた大音量に跳び上がり即前転回避を取って空のモンスターボールを投げてからマグマラシのボールを投げつける。

 オヤブンミミロップの殺意を全身で浴びた時を上回る心臓の早鐘にぜっひゅぜっひゅと意味分からない呼吸らしきものを繰り返すおれを怪訝な顔で見てくるマグマラシは今放り投げたモンスターボールを咥えて回収した。

 

 採取しながらの移動が続き、気付けば湿地ベース前。

 おれの痴態に遠く──割と近く──のラベン博士がそっと目を逸らしたのが見えた。

 

 

「驚きましたか? 驚きましたよね? ジブンの背面取りに気が付かないとはテルさんもまだまだですね!」

 

「なんっですか!! イチョウ商会は背面取りに特別手当が出たりするんですか!?」

 

「はて? ジブンそのような制度は把握していませんが……ギンガ団にはおありなのですか?」

 

 

 ならば教えた甲斐がありましたね〜、とニコニコ笑う噂の張本人。この暑い湿地でも彼はいつもの制服を着崩さずついでに表情も崩さない。

 初めてこの背面取りでバリバリだまよりもビビらされた時から味をしめたのか、何かにつけて背後から驚かしてくる。

 楽しいか? 楽しいんだろうな……。

 

 

「いや失敬。クレィアの籠をテルさんが背負っていらしたので、つい何事かと思いましてね」

 

「あー、調査帰りに偶然会ったんですよ。せっかくなので手伝ってました」

 

「なるほどそうでしたか。クレィア、お礼はしましたか?」

 

「ポフのみ三つ」

 

「よろしい」

 

「徹底〜……。」

 

 

 三指を広げて頷くクレィアちゃんに正解の丸が下りた。

 出来ればおれはこのポフのみも美味しく食べてもらいたいよ。

 

 

「ていうかウォロさんこそ何してるんですか。またサボりですか」

 

「心外な! 今日も真面目にコンゴウ集落で商いをした帰りですとも。まあ霧の遺跡には寄りましたが」

 

「それってサボりじゃ……」

 

「寄り道! 寄り道です!」

 

「怪しい〜っ!」

 

 

 スボミーが逃げ出すレベルで騒ぎながら湿地ベースに戻り、懐に詰めた紙束を提出する。

 警備隊員が思い出し笑いを堪えていたことには気付かないフリを決め込むんだ。

 

 

「ではテルさん、竹籠受け取ります」

 

「はーい」

 

 

 背中の竹籠をウォロさんがひょいと抱きかかえる。

 え? とクレィアちゃんが行き場の無い手を彷徨わせたのがちょっと微笑ましい。やっぱりこの人面倒見良いな。

 

 どっちゃり届いたポケモンの資料に歓喜する調査隊の声がテントから聞こえてくる。捕まえておしまい、ではなく自分である程度資料を纏めておくのがポイント。

 そんなに喜んでもらえるとおれも頑張った甲斐があるというもので、無性に誇らしくなった。最近この歓声のために仕事してるとこある。

 

 

「おれはひと休みしたらまた調査行きますけど、お二人のご予定は?」

 

「ジブンはクレィアを家まで送ったのちギンナンさんに売上の報告です」

 

 

 もしや霧の遺跡に寄り道したせいで割と時間が差し迫ってるのでは? おれの冴え渡る頭脳で導き出した予想に訝しむ目をウォロさんは何食わぬ顔で躱す。

 

 

「え、わたしひとりで帰れる……」

 

「ダメです」

 

「じゃあかご持たせて」

 

「いけません。重たいので危ないですよ」

 

 

 こればかりはウォロさんが正論である。

 ただでさえ籠の大きさが体の半分以上あるのにキノコにイモにイナホに沢山入れたのだから、童女が持てば数秒後に待ち構える惨事は容易に想像できる。

 

 

「両手がふさがるのは危ないんじゃないの……!?」

 

「ジブンは大人ですのでねえ」

 

 

 で、出たっ! 大人特有の「大人だから」で躾の矛盾を誤魔化すやつ!

 でもこの場合総合的に見て正しいのはそっちだからなんも言えないやつ。

 分かる分かる、おれも母さんに散々やられた。うわ帰りたくなってきたな。

 

 

「ではジブンたちはこれにて! 図鑑の完成、心待ちにしていますよ」

 

 

 お辞儀をして去っていく二人に手を振りテントに横たわる。感じていなかった疲労がどっと押し寄せ、良い感じの日陰の心地良さも相まってすぐさま眠気に襲われた。

 調査領域が広がってヒスイの東側にまで遠征するようになってからは、気軽にコトブキムラに戻れていない。往復だけで相応の時間が掛かるから当たり前なのだが。

 

 

「……仲、良さそうだったな……」

 

 

 やけにショウ先輩の姿が脳裏によぎった。今日も黒曜の原野で「時空の歪み」の調査を続けているのだろう。あれからピカチュウとは仲良くなれただろうか。また一緒に調査できる日が早く来ないものか。

 

 疲労困憊の体にはうつらうつらなんて猶予は無く、唐突に意識が切断される。この寝落ちにもだいぶ慣れてきたな。

 

 

 

 *

 

 

 

 また別の日。

 朝霞が晴れてきた頃、舞台の戦場にお邪魔してみると、すっかり元気になったクイーン・ドレディアが流麗な所作で挨拶してくれた。ガチグマ様とも禍根は無いようで何より。

 

 キングたちは一帯のポケモン達から強く敬われている存在であり、特に同種からの敬意が一層際立つ。キング・バサギリを仰ぐストライクたちの群れがいつも巨木の戦場を警備しているように。

 しかし舞台の戦場の近くにチュリネは生息していない。

 では彼女たちはどこにいるのかというと、湿地の中の楽園『毛槍の草原』だ。

 

 そこは毛槍に似た白く丸っこい形の花が群生する小さな草原で、生息する子たちも小さく可愛らしい種族が多い。例えばトゲピー、例えばパチリス、例えば──チュリネ。

 

 この少女たちの社交場みたいな草原で、おれは先日ドレディアの進化前であるチュリネを捕獲した。“ドレディア”がおれの知る姿とは異なるものになっているからチュリネもそうなのかと思ったが、全くそんなことは無く。頭に生えた大きな三枚の葉っぱも、縦に細長い赤い目も、スカートみたく広がる体も、イッシュ地方等で確認されている“チュリネ”そのものだ。

 

 となると“チュリネ”から二種類の“ドレディア”に進化するのか、ヒスイでの“ドレディア”とはこういうものなのかの二択になってくる。

 

 まず二種類の進化先がある場合。

 これはストライクからバサギリに進化するには「メタルコート」ではなく「黒の貴石」が必要だったことが類似例として挙げられる。道具を用いた進化方法は大して珍しくない。使う道具が異なるが故に違う進化を遂げるのは理に適っている。イーブイがシャワーズ・サンダース・ブースターになるのと同じだ。

 

 そしてヒスイでの“ドレディア”がこういうものである場合。これの類似例はバクフーンだ。

 土地の性質が齎す進化の変成。イーブイがリーフィア・グレイシアになるのと同じ。

 これを確かめるには単純に、“ドレディア”に進化させる方法を試してみるのが良いだろう。「太陽の石」を与えてクイーン・ドレディアと同じ姿になるのかどうか。

 

 それを検証すべく「太陽の石」を求めてガチグマ様に跨り宝探し中なのである。

 この時代はまだ地方全土に地下通路が張り巡らされていないからね。

 

 

「テルじゃねえか。ガチグマと一緒かい?」

 

「セキさん!」

 

 

 宝探しに夢中になっていたらいつの間にか『コンゴウ集落』の近くまで来ていたようで、揃いの制服を着た人たちが若干遠巻きながらも興味深げにこっちを眺めていた。セキさんはその視線を理解しながらおれに声を掛けたのだ。

 

 

「ちょっと探し物をしてまして……」

 

「探し物だぁ? また誰かからの依頼か?」

 

「いえ、個人的に。いやまあ調査隊の仕事の一環ではあるんですけど……。チュリネをドレディアに進化させるために『太陽の石』が必要なんです」

 

 

 む、とセキさんが一瞬だけ怪訝そうな顔をした。

 

 

「チュリネをドレディアに進化って……その『太陽の石』とやらで出来るのか?」

 

「えっ。石使わないんですか」

 

「クイーンは代々、チュリネが舞台の戦場でシンオウさまに舞を奉納して進化するのさ。それは年明けだったり立春だったり……時期は多少ずれるがその辺りにな」

 

「へえ……」

 

 

 舞台の戦場で舞を奉納することが新たな進化の条件なのか? だとしたら舞台の戦場が存在しない現代でその姿が確認されていないのは納得だ。

 時期はどうだろう。年明けか立春とのことだから……あ? 年明けか立春?

 

 

「太陽の力が強くなる頃か」

 

「応とも! 未来でも年明けや立春は特別な日みたいだな」

 

 

 だとすると「太陽の石」はその代替品だ。太陽に似た形の石は、太陽と比べればとてつもなく微弱なものの、太陽エネルギーと定義可能な不思議な力を秘めている。

 ……じゃあやっぱり、新たな進化の可能性ではなく、ヒスイのドレディアがそういうものなのかな。

 

 

「情報ありがとうございます。お礼に何か……」

 

「気にすることは無え。お前さんはクイーン・ドレディアを鎮めた恩人だからよ。だがどうしてもってんならオレからも訊きたいことがある」

 

「? いいですよ」

 

「クイーンとの戦いでマグマラシに何かの板を投げ渡しただろ? その後オレの目にはマグマラシの技……“あなをほる”だったか? その威力が急に増したように見えた。ありゃ一体どういう訳だ?」

 

「……。ああ、プレート!」

 

 

 あの時マグマラシに投げたのは「だいちのプレート」だ。遮蔽物の無い戦場でドレディアの攻撃から逃れるために使わせたが、地面タイプの技である“あなをほる”は草タイプのドレディアに対してそこまで効果が無い。

 二の次だとしても威力が出るに越したことはないからと、咄嗟に投げ渡したのだ。

 

 

「プレートには対応するタイプがありまして。その技の威力を底上げする効果があるんですよ。だいちのプレートは地面タイプに対応してるので、“あなをほる”の威力を上げてくれたんです」

 

「あの板にそんな効果があったのか! ……ドレディアから賜った若草色のプレートにも同じ力があるってことだよな?」

 

「はい、そんな感じです! みどりのプレートは草タイプの技威力を上げますね。同じようにアヤシシ様からいただいたふしぎのプレートはエスパータイプの技威力を上げてくれます」

 

「なァるほど……」

 

 

 自分で説明しておいてなんだが、プレートは本当に摩訶不思議だ。作用の仕組みもその正体も長年謎に包まれている。

 

 ──うちゅう うまれしとき その かけら プレートとする。

 ──プレートに あたえた ちから たおした きょじんたちの ちから。

 ──うまれてくる ポケモン プレートの ちから わけあたえられる。

 

 シンオウで収集したプレートの裏側に刻まれていた文言から考察するに、宇宙が生まれた時──アルセウスが宇宙を作った時に生じた欠片がプレートであり、倒した「きょじん」たちの力をプレートに与えた。

 その力こそが「タイプ」そのもので、のちにこの世界に生まれてくるポケモンたちにはプレートから「タイプ」の力が分け与えられている。

 つまりこの石版は、世界に満ちるタイプエネルギーの元締め。源泉と言っても過言ではないのだ。

 

 

 ──が。

 

 

 これはあくまでプレートに刻まれていた文言を元にした考察であって、科学的な証拠は一切無い。

 生命が宿る「奇跡の種」や燃料となる「木炭」にはちゃんと備わっている“理屈”が認められていないのだ。おれは悲しいよ。

 

 

「他に訊きたいことありますか? 何でも話しますよ?」

 

「お前さてはかなりの説明好きだな? 気持ちはありがたく受け取るが時間は貴重だぜ。早いとこお目当ての石を見つけねえと日が暮れちまう」

 

 

 ガチグマ様の上からずいっと身を乗り出したおれを宥めるように苦笑する。

 説明好きと言われたのは初めてだけど、改めて振り返ってみると、確かにおれは説明が好きなのかもしれない。

 コンゴウ団の人たちに軽く手を振り見送られながら、ガチグマ様の嗅覚を頼りに湿地の探索を再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 掘り起こすこと十四ヶ所。

 成果自体はたんまり得ながらも、夕染が紺に傾く空の下で打ちひしがれる。

 玉石や鉄の欠片は勿論、月の石だって手に入れた。星の欠片が出てきた時にはテンションもブチ上がったし、泥炭の塊──後から知ったがピートブロックと言うらしい──も確保した。

 でも。

 太陽の石だけは、掘り当てられなかった。

 

 

「すみませんガチグマ様……」

 

 

 申し訳無さそうな顔をするガチグマ様と顔を突き合わせる。おれのツキが無いばかりに散々あちこち振り回してしまった。湿地のほとんどは回ったし、次は日当たりの良い原野で狙ってみるのもありかもしれない。

 リッシ湖の湖畔でナマズンの野太い声に耳を傾けながら、そんなふうに休憩しているときだった。

 

 

「ガチグマ様? それと……やっぱり、テルお兄さん。こんばんは」

 

「クレィアちゃん! こんばんはー!」

 

 

 傍らに四足のポケモンを連れたクレィアちゃんが、この時代には珍しい洋風のカンテラを片手に湖畔を訪れた。

 おそらくポケモンの火を分けてもらったのだろう。少し紫がかったカンテラの火に照らされて、白い着物にあしらわれた小さな雪華紋様の刺繍が夕闇にぼうと浮かんでいた。

 

 ところでその連れているポケモン何?

 ガーディに似てるけど体がだいぶ赤いし毛はもふもふだしもしかして寒冷地仕様のガーディ? ヒスイにいるのにどうしてシンオウ地方にいてくれないのこの子。

 

 

「おそくまで調査ですか? おつかれさまです」

 

「いやあ、今日は調査っていうか捜し物がメインの目的だったから。勿論調査もしてたけど!」

 

「さがしもの?」

 

「うん、太陽の石。チュリネを進化させたいからさ」

 

 

 実はね、とクレィアちゃんに話したのはおれの知るドレディアとヒスイのドレディアの差異についてだ。容姿といい花粉の性質といい、別種と言ってもいいくらい。

 

 進化方法に違いがあるのか?

 土地の環境に違いがあるのか?

 現代のシンオウで見つかっていないのは何故か?

 

 おれが未来のヒスイ地方から来たかもしれないことを含めて説明すると、彼女は幼いながらも理解したのかあどけない微笑みを湛えて頷いた。

 

 

「たいようのいしでしたら、いまお渡しできますよ」

 

「……。エッ!? いいの!? なんで!?」

 

「『毛槍の草原』でなかよくなった子にもらいました。ウォロにわたしてイチョウ商会でとりあつかってもらおうと思っていたのですが……テルお兄さんが探しているのなら、よろこんで」

 

 

 はい、と巾着袋から取り出された赤い石がカンテラに照らされる。

 とげとげの突起がいくつもついた丸い石は確かにおれが探し求めていた「太陽の石」そのもので、湧き出た喜びについ叫び出したくなった。

 

 

「あ……ありがとう〜! お礼になるといいけど、これ!」

 

 

 無償の施しをしてはいけない。彼女が受けたウォロさんの教えを思い出し、おれはポーチを開け広げる。

 さりげなく近付けてくれたカンテラのおかげでよく見えた中身から一番値打ちがありそうなもの──星の欠片を握らせた。

 

 

「ほんとにありがとう!」

 

「こちらこそ。ほしのかけらなんて貴重なものなのに」

 

「いいのいいの! この喜びを表すには星の欠片じゃないと!」

 

 

 おいで! と早速チュリネをボールから出す。頭の葉っぱを揺らしてクレィアちゃんにおじぎのような仕草をする姿が実にキュート。リーフィアもそう思うよね。

 太陽の石をチュリネに持たせ、アルセウスフォンの撮影機能をオンにする。

 はじめは小さく首を傾げていたチュリネだったが、すぐに本能的に理解したのかその小さなおててでぎゅっと石を抱え込んだ。

 

 石のエネルギーを吸収して輝き出す体。

 巻き起こる風に煽られ反射的に目を瞑る。

 掌で風を遮り片目を開けると、光の中でチュリネが形を変えていくのがハッキリと分かった。

 

 すらりと伸びた美脚、鋭くしなやかな両の腕。トレードマークの頭の花は小さく、けれど美しく咲き誇らせる。

 深窓の令嬢とはまた一味違った美しさに感嘆の息が零れ出た。厳しい寒さと険しい自然を生き抜くために、淑やかなドレディアは強かさを手に入れた。

 その心の在り方こそがどんなドレスよりも気高い装いだと言うように胸を張って、チュリネはヒスイのドレディアとして進化を遂げたのだった。

 

 

「美………………」

 

 

 あまりの輝きに顔を覆ったおれをからかうようにドレディアは手を割り込ませる。

 パワーでポケモンに敵うはずもなく掌は顔から剥がされて、クイーンと同じ形となったうちの子にくすくすと笑いかけられた。この子進化前は照れ屋さんだったのに。

 

 

「おめでとうございます、桃百合の淑女(ドレディア)。テルお兄さんの反応はしんかのし甲斐がありますね」

 

 

 ころころと笑う女子ふたりの光景を眩しく思いながら動画を確認する。おれが目を瞑った数秒間もちゃんと撮れておりひと安心だ。

 あとは『奥の森』で進化したリーフィアに稽古をつけてもらいながら、大まかな能力の傾向を数値化していこう。クイーン・ドレディアの動きから察するに攻撃が高い物理アタッカー気質のはずだ。

 

 

「そうだクレィアちゃん。もう日も暮れたし危ないからさ、よかったらお家まで一緒に行くよ」

 

「え。ですがムショウの……」

 

「代わりにそのポケモンについて聴かせてよ! おれ見たことないんだよね」

 

 

 クレィアちゃんの足元で凛と胸を張る四足のポケモンを指して交換できる条件を立てる。送っていくくらい無償でやっていいのに。

 

 

「……では、近くまで」

 

「うん!」

 

 

 成立した交渉に胸を撫で下ろす。

 ドレディアと同じくヒスイ特有の姿を持つポケモン──ガーディについての話をゆっくり聴かせてもらいながら、やがて仕事終わりと思しきウォロさんが合流するその時まで、湿地のやわい地面をカンテラの灯火で照らし続けた。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「あの異邦人相手ならもう慣れましたか」

 

 

 (カンナギ)の付き添いを全うした焔の白狼(ガーディ)の首を撫でる。

 頷いて笑う(カンナギ)に疲労の色は無い。余所者の中では最も話が通じるという点で、あの男は良い練習台になったらしい。

 これならムラに連れて行っても溶け込めるだろう。あの祠にもようやく詣らせられそうだ。

 

 

「……火吹き島のキングの不在を問題視する声がいよいよ大きくなり出しました。抑えられなくなるのも時間の問題でしょう」

 

「ということは十中八九、テルお兄さんにおはなしが持ちかけられますね。……あのひとたぶん……いえ、ぜったい進化方法知ってますよね?」

 

「ええ。『炎の石』を用いて後継を無理矢理立てるのも不可能ではないと思います」

 

 

 ──楽しみですね、と(カンナギ)に同意を促せば彼女は従って首を縦に振った。

 ポケモンの扱いに長け、ポケモンの思いさえ汲み取る異邦人は絶対にシンジュ団の長から縋られる。

 後継もその世話をする自身の身内もどうにか救ってほしいと願うのだろう。異邦人は「気軽に言ってくれるなあ……」と肩をすくめながらも、結局やり遂げてしまうのだろう。

 焔の白狼(ガーディ)の毛並みを抱き込み撫でつける。心地良さそうに身も心も委ねたワタクシの新たな駒は、蕩けた顔で船をこいだ。

 

 

「あ、ウォロ。あたらしいのできてますので、持っていってください」

 

 

 庵の壁に掛けられた花紋縁を指して、(カンナギ)は「自信作です」と胸を張った。

 大きく曲線を描く鈴蘭は自身をまるで翼にでも見立てたように仙人草(クレマチス)を包み込み、芝桜が星空めいて散りばめられる。

 

 花々の時を停滞させ枠内の空間に収めた一作。

 

 所感など、述べるまでもないだろう。

 

 

 

 




チュリネ→ドレディア(♀)
 てれやな性格で物音に敏感。ズリのみに釣られて背面取りで捕獲されたためテルは気づいていないが、野生下ではこれでもオヤブンだった。チュリネの頃から人懐っこい。

ガーディ(♀)
 陽気な性格で打たれ強い。フカマルからは妹分として可愛がられており、本人も満更ではない様子。ウインディに進化できるのはキングの後継だけだと思ってるのでいつか盛大に驚く。
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