シンオウの昔日-翡翠英雄奇譚-   作:ヒュペルボレイオス

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きみは休日という名の仕事に微笑む。

 

 

 

 ──休日は何をしているの? と訊かれることが多々ある。

 それはムラの人だったり、ギンガ団の先輩方だったり、イチョウ商会の人だったりと様々だ。はじめは新入りへの純粋な興味だろうと思って受け答えをしていたが、最近はどうも様子がおかしい。

 

 休日には何をしているの、というニュアンスではなくて、もっとこう……得体のしれないものを見るような……。

 

 

「テルくんは休んでいるイメージがありませんからね」

 

「ええー? そんなことないですよ。おれだって休みくらい謳歌します」

 

「お前さんの『謳歌』は皆目見当がつかんという話じゃ」

 

 

 ラベン博士とムベさんが「ね。」と言い合うように目を合わせて頷き合う。

 おれは釈然としない思いでイモモチを頬張り、今日のタレも最高だなと噛み締めてから嚥下した。

 

 

「お休みと言うと皆さん趣味に打ち込んだり、家でゆっくりなさったりと様々ですが……テルくんの趣味は何ですか?」

 

「ここで出来る趣味ってなるとポケモンを育てることですかね」

 

「テルくん流のリラックス方法は?」

 

「ポケモンと思いっきりじゃれ合うことですかね」

 

「ほれ見ろ。仕事中のお前さんと何が違う」

 

「……。確かに……」

 

 

 試しにこれまでの休日を振り返ってみたが、本当にポケモンの育成しかしていない。特にイチョウ商会のためにギャロップの調整をしたのはほぼ仕事かも。あとは畑作隊の仕事に合わせてビーダルとモジャンボに技を教えたり、建築隊に紹介するワンリキーたちを研修したりも仕事か。

 

 

「え、もしかして休日のおれって……ムラの皆から休んでると思われてなかったりします!?」

 

「実はそうなのですよ。調査隊員にはれっきとしたお休みの日があるのに、テルくんは貰っていないのではないか……と」

 

「おれのせいでギンガ団にブラック企業疑惑が!?」

 

 

 確かに休日が多いとは言えないが無いなんてことはない。

 全員が一斉に休まないようにサイクルは組まれているものの、大体四日か五日か働けば一日のお休みが貰える。おれには関係無いが親兄弟が体調を崩せば医療隊に預けてからの出勤も早上がりも可能らしい。

 でも有給は無い。そんなものは流石に無い。

 とはいえ仕事が原因で療養が必要になれば手当ては出るし、そもそも衣食住が提供されているのだから破格の待遇と言えるだろう。

 

 

「そこまで言うなら仕方ありません。誰がどこからどう見ても完璧に休んでる姿を見せ付けてやります。お菓子作ってピクニックして丸一日好きなことします」

 

「それはそれで休みなのか……?」

 

「おれのせいでギンガ団が誤解されるなんて耐えられませんからね!」

 

 

 やるぞーっと意気込みながらイモモチを搔き込む。舌先に留まらず口内を駆け巡る甘辛いタレとイモの素朴な甘み。あったかいお茶でほっと一息ついて、日が沈んだ通りを歩き宿舎に帰る。

 さて実際明日の休みは何をしようかとわくわくしながら、相棒を抱いて眠りについた。

 

 

 

 

 

 ──早朝、起床。

 相棒のお腹に顔をうずめる。ぬくもりを堪能しつつ上体を起こすと、彼は液体のようにぬるりと抜け出して着替えを持ってきた。

 

 その流れでひと通りの身支度を整える。

 オフの日を強調するために、今日は制服ではなく青い長着を尻端折りして股引を穿くラフなスタイルだ。

 

 

「フローゼル、様子は?」

 

 

 ブイゼルから順当に進化したフローゼルは番重(ばんじゅう)の中を一瞥してこくりと頷く。番重にはモンスターボールをクラフトするにあたってくり抜いた「ぼんぐりの中身」が、大量に水の底に沈んでいた。

 

 一日かけて何度も水を張り直しながらアク抜きを終えた今、水は少しの濁りも無い。流石几帳面っ子。目一杯褒めてやるとフローゼルは誇らしげに胸を張った。ポケモンのドヤ顔には疲労回復効果がある。

 

 

「それじゃあやろっか。ポニータはサポートよろしくな」

 

 

 ギャロップの働きっぷりが評価され、イチョウ商会はおれのポケモン育成の腕にかなりの信用を向けてくれている。

 そこでおれは徒歩移動の行商人さんを筆頭ターゲットに、移動用ポニータの育成に着手し始めた。

 今は日常生活を通じて人間の生活に丁度良い火加減を教えている段階であり、野営時のパートナーとして心強い存在となるのが狙い。

 

 商人だけでなく色んな人がポニータに乗って移動するようになれば行動範囲が広がるし、移動に要する時間も短くなる。そうすれば空いた時間を様々なことに使えるようになる。

 それは皆のためになるし、ひいてはムラのため、そしてギンガ団のためになる。

 何より──ポケモンが身近になるのは、絶対に良いことだ。

 

 

「良いぞポニータ、そのままの火加減で! そう! そのままの!」

 

 

 鉄鍋でガランガランと乾煎りする。

 薪を消し炭にせず火力を維持して火を長持ちさせるのはポケモンからするとそこそこに難しいらしい。人間でも難しいのだから当たり前かもしれないね。

 

 充分に煎ったらすり鉢に移して粉砕するが、如何せん量が量なので一度には乾煎りできないし、すり鉢にも入り切らない。

 

 

「ゴーリキーも良いよ〜、良い感じ良い感じ!」

 

 

 ──なので、この工程は同時進行。

 おれとポニータで乾煎りしたものをゴーリキーがすり潰して、別のお椀に移すのだ。

 

 番重の中身が底を突いて、乾煎りもこれが最後の便。ヘイパス、と空っぽのすり鉢に流し入れればすかさずゴーリキーが麺棒で粉微塵に。

 麺棒を使わせているのは人と暮らしていく中での力加減に慣れてもらうためだ。棒を(ひしゃ)げさせずに力を作用させられるようになるまでは、建築隊の手伝いはさせられない。

 

 最後に裏漉し器を通り、きめ細やかなぼんぐり粉がお椀いっぱいに貯まる。

 まるで積雪の様に美しい真っ白な粉──ではなく、イーブイの首周りの毛に似たほのかな茶色を宿していた。

 

 

「それではお待ちかねのもちもちターイム! おいでラッキー!」

 

 

 スーパープリティベイビィガール・ピンプクから進化したエリートプリティインセントガール・ラッキーがボールから飛び出てゴーリキーとバトンタッチ。

 

 早速本日ひとつめのタマゴを自信に満ちたお顔で取り出す。ありがたき幸せ。恭しく受け取って殻を割り、きらきらミツと合わせて手早く溶く。

 そうして出来上がったミツ溶き卵液は、ぼんぐり粉に少量ずつ加えてつなぎ(・・・)にする。一度にどぱっと入れてしまうと上手いこと混ざらないのだ。ましてや今日は量も多いからね。

 

 全部混ざってさらさらのぼんぐり粉がもちもちのぼんぐり生地に変身すれば、正真正銘もちもちタイム。

 食べやすい大きさ分に生地をちぎり取って、掌でころころとまあるく形を整える。

 出来たものから平皿に乗せていき、また良い感じの量になったら……ここからルート分岐が待っている。

 

 即ち焼く、蒸す、茹でる、そのままの四種類。

 これは完全に好みの問題なので好きにするといい。おれは気分で決める。

 

 

「そのまま食いながら鍋で茹でつつ、その上に蒸籠を置いて蒸す。これだね。ハイつまみ食いしたい子〜」

 

 

 集合を掛けるとお手伝いした子たちが全員ボールから飛び出た。知ってた。

 みんなでもぐもぐつまみながら茹で茹で蒸し蒸しすること幾分後、完成したのがこちら。

 

 

 クラフトで余った部分を活用したおやつ──ぼんぐり団子である。

 

 

 まさかぼんぐりが食べ物だったなんて。でも確かにむしくいぼんぐりがある時点でぼんぐりは食える。盲点だった。

 

 そう──これはおれが考案したレシピではなく、人から教わったもの。紅蓮の湿地であれからちょいちょい会う不思議な女の子、クレィアちゃんに教えてもらったものなのだ。

 一年を通して実をつける食べ物として昔から重宝しているらしい。ただアク抜きしないとえぐみが強くて食べられたものではないし、アク抜きしてしまうとなんとも味気無いから、きらきらミツやラッキーのタマゴなどで味をつけないと凪いだ食事になるそうだ。

 

 

「……。余ったね……」

 

 

 少し本腰を入れて調査するとモンスターボールの消費が激しい。

 補充した数だけぼんぐりの中身はくり抜かれる。一日に五十個ほど投げてるから相当な数になるのは承知していたが、手伝ってくれた手持ちとおれの総勢六名でがっついて尚余るとは。それも結構な数が。

 

 残しても勿体無いし、弁当箱にでも詰めて差し入れにしよう。

 種類別にぎゅむぎゅむと詰めて宿舎を出ると、クイーン・ドレディアの一件以来散髪屋で働き始めたヒナツさんがイチョウ商会と話に花を咲かせている最中だった。

 

 

「おはようテル! なあなあ、なんかすっごく美味しそうな匂いがしてたんだけど何作ってたの?」

 

「おはよございます。団子作ってたんですよ。よかったらおひとつどうぞ」

 

「お団子!?」

 

 

 聞き捨てならない、と言わんばかりにヒナツさんとツイリさんが身を乗り出す。さっき詰めたばかりの弁当箱を開けてみせると、ふたりして「ほお〜……」と声をあげた。

 

 きめ細やかな薄茶色の生地をきらきらミツのつややかな光沢が際立たせ、溶け込んだラッキーのタマゴがほわりとコクのある甘い香りを放つ。

 興味津々な様子で目を輝かせて蒸し団子をひとつ口に含むと、彼女たちは「ん!」と顔を見合わせた。

 

 

「良いねこれ! お砂糖の甘みじゃないんだけどしっかり甘さがあって……舌触りなめらかで美味しい!」

 

「甘みは強いけど後味がこう、素朴? だからクドさが無い感じ。こういうお団子もあるんだ。知らなかったな〜」

 

 

 きゃいきゃいと女子ふたりが喜んでくれ、ギンナンさんも「俺もいい?」と興味を示す。

 沢山あるからいいですよと差し出して、今日も頑張るギャロップにも差し入れた。あといつものオレンのみ三十個セットください。

 

 

「というかテルさ、髪伸びるの早くない? 初めて会った時はザンギリって言うか、ちょっと襟足長いかなーってくらいだったよな?」

 

 

 おもむろにヒナツさんがおれの毛先を指で弄ぶ。

 おれの髪はここに来た当初は飾り気の無い短髪だったが、今では肩を越した、女子のミディアムくらいには伸びている。

 

 

「あー、やっぱ早いですよね」

 

 

 おれの体は、調査で怪我をする度に高速で治っていく。

 ミミロップに腕をへし折られたり、ストライクに背中を裂かれたり、変わり種でいくとパラセクトに毒盛られたり。その腕は一晩で治り、切り傷は戦闘の間に治り、毒はしばらく休めば鎮静化した。

 

 体感でいくと、そんな怪我をして治った日は特に髪やら爪やらが伸びるのだ。

 何か関係があるのだろうけど、代謝とか細胞とかには詳しくないからよく分からないまま。キネさんに相談してみるのも手かなとは思う。

 

 

「もし煩わしかったらいつでもあたしが結ってあげるからね!」

 

「はい。そん時はお願いします」

 

 

 仕事の時間なのだろう。話を切り上げてヒナツさんは散髪屋に向かっていった。

 おれもオレンのみを受け取ってポーチにしまい、残りのぼんぐり団子を届けにギンガ団本部の門を叩く。

 

 

「どうした? 今日は休みだろ」

 

「差し入れ持ってきたんです。皆さんでどぞ!」

 

「お、美味そう。皆ー! テルがおやつ持ってきたぞ! 早い者勝ちだ!」

 

 

 スグルさんとシュウゾウさんが声を掛けると「おやつ!?」医療隊の部屋と調査隊の部屋から主に女子たちが飛び出してきた。デジャヴ。

 

 

「ん〜、イモモチとはまた違った美味しさ!」

 

「うちのポケモンたちと一緒に作りました」

 

 

 ムベさんのイモモチと比べられるのは流石に気恥ずかしいが、携わってくれたポケモンたちを思うと自然と胸を張れる。

 弁当箱ぎゅうぎゅうに詰めていたはずのぼんぐり団子はあっという間に皆の胃袋へと落ちていった。

 

 ごっそさん! と警備隊の先輩方を皮切りに各人が足早に持ち場に戻ると、入れ違いでラベン博士の部屋からショウ先輩が駆けてくる。

 

 

「あっ……い、今すれ違った方が、話してるのを聴きまして……。あはは、出遅れてしまいましたね。残念です」

 

 

 ──何だこの可愛い生き物?

 

 おやつと聴いて小走りに駆け寄り、持ってきたのが後輩のおれであると判明した手前普段の凛然とした態度を装うも、手元の空の弁当箱に視線を落とすと既に早い者勝ちの競争に負けたことを悟り眉尻を下げて苦笑し心の底から滲む無念を乾いた笑い声で紡ぐショウ先輩に目元を抑えたくなるのを全力で堪える。

 

 

「大丈夫です。先輩のはここにあります」

 

「へ?」

 

 

 原野の『奥の森』で拾った良い感じの柔らかい木材を切り出して作った楕円形のお弁当箱を手渡す。

 おれ用の無骨なでかい弁当箱とはまるで異なる柔らかな曲線と紅色の着色がよく映えた、どこからどう見ても贈り物用の容器。

 

 

「食べ終わったらおれの宿舎にでも置いといてください。また作ったら詰めて持っていきますんで」

 

「え、え? それはつまり……あ、あたし専用……ってことですか?」

 

「はい。ショウ先輩専用贈り物ボックスです」

 

 

 はにかみながら、ショウ先輩は紅色のお弁当箱を受け取った。早速蓋を開けて、中の団子をひとつ試食する。

 ミツの甘み、タマゴの甘み、ぼんぐりの素朴なコクと奥深い後味。ころころと変わる表情はそんな味の推移をありありと見せつけてくる。

 

 一緒にイモモチを食べているとき、正面に座る先輩の顔は本当に幸せそうな色になるのだ。

 そのかんばせを見るのがなんとなく好きだったおれとしては、自分の手でそれを引き出せたことに得も言われぬ満足感を覚えずにはいられない。

 

 

「ありがとうございます。こんなに良い後輩を持って……あたしは果報者ですね!」

 

 

 うん、おれが幸せにしたい。

 お腹の奥がぎゅんっと掴まれたような感覚に深く息をした。

 

 

「先輩は今日も『時空の歪み』の調査ですか」

 

「はい! あ、着いてきてはダメですからね。テルは今日お休みなのでしょう?」

 

 

 先輩が胸の前で腕を交差させてバツを作った。

 正直に言うと着いていきたい。『時空の歪み』にも興味があるし、クイーン・ドレディアを鎮めてからは湿地の調査も頗る順調だ。おれが少し別任務に身を置いても問題は出ないだろう。

 

 

「分かってます。でもいつ呼ばれてもいいように手持ちの調整は完璧にしておきますから! いつでも連れてってくださいね!」

 

「もう……はいはい」

 

 

 やがて、警備隊と調査隊の混成部隊が本部の玄関ホールに集合し始める。出立時間が近いことを悟り、おれは名残惜しくもショウ先輩との話を切り上げて本部を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 次にやってきたのは浜門の先──『野外訓練場』。

 色鮮やかな花が多いこの辺りは、野生のポケモンを見掛けない。遠くから聴こえる鳴き声だけが常に響いている、なんとも不思議な場所だ。

 

 ボールからミツハニーたちを出してやると、手つかずの花々に目を輝かせる。彼らはそれぞれ『奥の森』『険し林』『金色の平野』に生息していた個体だった。

 

 

「好きな花を見つけたらミツを集めてみてくれ」

 

 

 言うが早いか早速各々散開する。

 ミツハニーのミツは群れごとに味が異なるのは有名な話だが、花の種類による差なのかまた別の要因なのかはハッキリしていない。

 舐め比べたおれの主観によるものだが、『奥の森』のミツハニーが作ったミツは甘さが強く、『険し林』のミツはややすっきりとした後味で、『金色の平野』のミツはクセが無い。ぼんぐり団子に使ったきらきらミツは『奥の森』で集めたものだ。

 

 ──では、『野外訓練場』の味はどうだろう?

 そんな単純な興味に協力してくれたのが、このミツハニー達だった。

 

 ミツ集めが終わるまでのんびりピクニックしているのも良いが、今日は訓練場という立地を活かしてやりたいことがある。

 おいで、とボールから呼び出したその子は空に向かってぐい〜っと心地良さそうに伸びをした。

 

 青い鱗に覆われた体、三叉槍が如き角と背びれ、長く立派にたなびく髭。

 カッコよさの権化──ギャラドスは随分とご機嫌な様子で宙を翻り泳いでみせた。

 

 

「よし、今日はよろしくなギャラドス!」

 

 

 ──それはとてもよく晴れた日のこと。『黒鉄トンネル』の上に登り、『黒曜の滝』の付近でゴーリキーの調査をしていた時のことだ。

 

 強い滝の勢いに惹かれ、ほんの少し身を乗り出して滝壺を眼下に収めたおれの視線の先。水飛沫に溺れるんじゃないかってくらい貧弱な体で、滝を遡るコイキングがいた。

 

 滝の激流に何度も叩き落されても尚、コイキングは上流を睨めつけてヒレを動かす。他の仲間は遠巻きにそれを見ているだけで、何らかの異常行動の可能性さえあった。

 

 おれはその動きから目が離せなくて、食い入るように見下ろし続けた。

 頑張れ、と空を揺らしたのが幾度だったかは覚えていない。頑張れ、頑張れ──頑張れと、時間さえ忘れて眺めた果てに、コイキングは陽光と飛沫に照り輝きながら大きく体を動かして、滝を裂く様に昇り出した。

 

 刹那、おれはアルセウスフォンを起動する。

 コイキングが滝を遡る様を映像として残すために。

 流れに逆らっているのにまるで流れに乗るかのように、目にも留まらぬ速さで水を掻き分け泳ぐその姿。

 

 ──金色の光に包まれながら滝を昇り切ったコイキングがギャラドスへと変成する様を、それまで見下ろしていたおれは口を開けて見上げていた。

 

 陽光と飛沫は祝福の如くさんざめき、歓喜の咆哮が空に弾ける。

 野生のコイキングが進化する瞬間。

 見たことの無かった光景が、突き抜ける様に美しい青藍の空に広がったのだ。

 

 一部始終を見届けたおれのことをそいつは認識していたようで、どうだと見せつけるように近付いてきたものだから、それはもう大興奮でフェザーボールをぶん投げた。

 

 さて、そんな言葉は要らない運命的な出会いを果たしたおれとギャラドスが本日ここでやるべきことはひとつ。

 

 

 

 ──乗ってみたい。

 

 ──ギャラドスに乗って、空を飛びたい。

 

 

 

 そんな子供のような野望を叶えるためなら、今日という休みを費やしても構わない!

 ギャラドスはようやくコイキングから進化した自身の体に慣れてきた頃らしく、ぐりんぐりんと自在に空中で翻る。うーんカッコいい。こんなの男の子は皆好きになる。

 

 

「いいかギャラドス。触られたくないところや、やってほしくない動きがあったらすぐに伝えてくれ。お前が気持ちよく飛んでくれることが何より大事なんだ」

 

 

 こくりと大きく首を動かす。

 落下したおれをサイコパワーで受け止める役にはユンゲラーを任命した。彼女は彼女でイチョウ商会から新しい銀のスプーンを購入して絶好調。

 

 上機嫌のギャラドス、絶好調のユンゲラー、そして休日のおれ。

 最高の布陣で──いざ、特訓開始!

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 昼飯にはまだ早く、しかし体が空腹を訴え始める、そんな頃。

 コトブキムラには建設工事の音が高く響いていた。ポケモンによる助力で畑が広がり、新たな住民を受け入れる余裕が出来たからだ。

 

 

「人が増えればうちのお店も繁盛するからね。どんな人が来るのか楽しみだよ」

 

「ユキエ……漬物の仕込みはどうした」

 

「調査隊の新人さんから良い漬物石を紹介してもらったのさ。凄いんだよ、最近手順を覚えちゃってさ。せっかくだから任せてきた!」

 

 

 ナナシマ飯店を切り盛りするユキエがイモヅル亭の厨房で朗らかに笑う。昼の仕込みを早々に一段落させたからと雑談をしに来たらしい。

 

 “調査隊の新人”──このムラでその言葉が指す人物はひとりしかいない。

 

 警備隊や医療隊の人手は増えても調査隊の人間は中々増えないのが現状だ。人の入れ替わりも激しく成果も頭打ち。

 どこよりも命を張るが、どこよりも結果に乏しい部隊。それが調査隊だった。

 

 ──変わったのは、その男が現れてからだ。

 

 明るい夜空を思わせる紺青の眼。

 ほのかな濃紺が染みた黒髪。

 深い藍色の制服が妙に似合うその男は、まるで箒星の如き早さでポケモンの調査を進め出した。

 土地に根ざすアヤシシなるポケモンに認められてからは特にあちこちを駆け回るらしく、一度に三十のポケモンを連れてきては一服もせずに再び発つとか。

 

 イモモチの材料を集めながら後をつけてみたが、その話には嘘も誇張もありはしなかった。

 道無き道をアヤシシと共に駆け上がり、多少の崖なら身一つで飛び降りる。オレンのみで気を引いては背後からボールを投げ放ち、小一時間程度の訓練でポケモンたちを進化させるところまで漕ぎ着ける。

 

 日が暮れる前にはベースキャンプに戻るだろうと思いきや若さ故の体力に物を言わせて夜間もズバットやドクケイルを追い回し、あと数時間で夜明けとなってからようやくキャンプで気絶した様に眠る。

 

 翌日それを指摘してみれば、「たまにですから! 毎日やるのは死にますから!」と常人ぶるのだ。昼間の行動だけでも充分常人は死ぬがな。

 

 

「あの新人さんが来てからさ、ムラが大きくなってるなーってつくづく実感するよ。時間が早送りになってる気分」

 

 

 イチョウ商会にギャロップを貸し出したことで味を占めたのか、ムラのあちこちに彼の者が育成したポケモンを見かける。

 

 建築隊の資材を軽々と運ぶゴーリキー。

 畑作隊にて水撒きを担当するビーダル。

 どこから捕まえてきたのかオヤブンのブイゼルは浜門の警備を気に入り、医療隊の部屋ではグレッグルとチュリネが薬の材料を提供し続けている。

 

 気付けば彼の団員ランクも既にムツボシ。

 金の使い道も洗ってみたが、まずポケモンの世話、次に雑貨屋でボールの購入、そして畑作隊の作物を買い付け、ついでシュウゾウから収納術を学び、更にはイチョウ商会の掘り出し物を吟味し、ナナシマ飯店の定食に舌鼓。

 以上。

 何も裏が無い。

 

 

「あと何よりご飯をとっても美味しそうに食べてくれるのが良いね!」

 

「それはわしも同感じゃ」

 

 

 キングを鎮めた後は特に疲れているだろうと特別に甘み強めのタレでイモモチを出してやったら、ひとくち食べた瞬間に教本に載せるような五体投地礼を披露してみせた。

 

 美味いものを食べると美味そうな反応をするというのは、料理を拵えた者の心をわし掴む。

 常時振り撒いている人懐っこい顔と相まって、彼はこの二ヶ月でかなり村人と打ち解けた。

 

 

 ──そんな会話をしていたまさにその時。

 浜門の方角からポケモンの雄叫びがあがり、ユキエ共々店の外に飛び出した。

 

 

「な、何!? 何の声!?」

 

「…………」

 

 

 考えることは同じ。

 ソノオ通りに店を構える面々はこぞって屋外に顔を出し、ミオ通りの向こう、浜門の先の空を見上げる。

 

 この咆哮を身心が知っていた。

 鼓膜を介して頭に焼き付いた雄叫びは忌々しい焦土の臭いを呼び覚ます。

 忘れてなどいない、忘れられるはずがない、臓腑を泥靴で踏み躙られるような痛みと怒りと失意の記憶。

 

 

 天上から振り下ろされる稲妻の如き破壊の光。

 瞬く間に家々は炎上し、業風に立ち昇る黒煙が月を覆い隠す。

 田畑は一瞬で灰燼に帰した。

 崩壊した家屋に飲み込まれる老婆、手を取り合って地割れに消える親子、火達磨になって想い人への愛を叫んだ女、他人の子を倒木から庇い、その幼子ごと潰れた男。

 集落の傍らにあった小さな祠は、見守り続けた集落の面影ごと消し飛んだ。

 

 

 ──古文書に幾度となく記される破壊の権化、ギャラドス。

 

 故郷を焼き払い水底に沈めた「龍」が、天色を背負ってムラの上空を泳ぎ去っていった。

 

 

 一瞬の出来事だった。

 上空で身を高くうねらせることも、赤く血走る眼で村人の顔ひとつひとつを睨め付けることも、巨大な口から光線を吐き散らかすことも無く。

 

 ただ、空を雄大に飛び去っていったのだ。

 

 

「ユキエ! わしはデンボクに報せに行く!」

 

「う、うん!」

 

 

 このムラで最も高いギンガ団本部の三階は、即ちこのムラで最も今のギャラドスに近い場所で間違いない。

 本部の裏に回り窓枠を足掛けに跳んで最短(・・)を駆け抜ける。

 奥まった薄暗い部屋の中。

 机に両手をつき、あの日のように放心する主の元へ。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 幾度かの落下と三半規管の敗北。

 その果てに、遂に安定性を手に入れたおれたちは眼前に広がる景色に歓声をあげた。

 

 三叉の角をしっかりと握りしめ、ギャラドスの首を両の太ももで挟み体を固定する。

 裂かれた潮風が髪を乱雑に撫で、ひんやりとした空気が疲労に火照った体を冷やしていく。

 しばらく訓練場の上空をぐるぐると回ってみても姿勢が崩れない。眼下のユンゲラーと親指を立てて頷き合う。

 

 楽しくなったのかギャラドスが得意げに謳い上げる。

 大きく首をもたげるとそのままコトブキムラの上空をひとっ飛びで通過して、あっという間にギンガ団本部を追い抜いた。

 

 

「ほあ……!」

 

 

 どこまでも広がる海原を背に、目の前に広がる緑豊かな原野。

 巨大な龍の背の如く大地に寝そべるテンガン山の峰々を仰ぎ、川は蛇行しなから海へと至る。『黒曜の滝』より少し高いくらいがギャラドスの限界高度らしく、「いいよ楽にして」と声を掛ければ滝より少し低いくらいの位置を飛び始めた。

 

 

「凄えなー! 凄いぞギャラドス! どこまでも行けちゃうな!」

 

 

 試しに、海を渡る手段が無く調査を諦めていた小島まで飛んでみようか。

 それともこのまま紅蓮の湿地まで行ってしまおうか。

 満月島を目指してみるのも良いかもしれない。

 この時代のアルミア地方はどんなところだろう。

 キタカミの里は存在しているだろうか。

 

 

「────………………」

 

 

 “そんなには無理だよ。”

 きっとそう言いたいギャラドスの頭を撫でる。

 

 距離も高さも単身ではしんどいから。

 そんなにも長い間、そんなにも長い距離を、背中の人間が死なないように気を張りながらは飛んでいられない。

 

 原野を駆けるポニータたち。少し離れてビーダルが群れを率いて木を削っている。コリンクとブイゼルの縄張り争いがバチバチと繰り広げられ、ミツハニーの成果を何食わぬ顔で強奪するアゲハントの姿があった。

 

 大丈夫だよ。

 分かっているから。

 これはただの夢物語。

 明日も仕事があるし、ミツハニーたちが地上で待ってる。

 

 それでも今は、この広大で美しいヒスイの自然の中を、いつまでも飛んでいたかった。

 

 

 

 

 

 

 空の旅を充分に楽しむこと数時間。

 原野をぐるりと一周したギャラドスは、満足げに『野外訓練場』に戻ってきた。

 

 ユンゲラーとハイタッチしてミツハニーたちからミツを受け取る。

 小瓶になみなみ注がれたきらきらミツを味見してみると、もったりした濃厚な甘みが広がった。群れ毎の違いは見られなかったため、どうやら「群れ毎に異なる味」とは「ビークインの指示で狙う花の違い」であるらしい。

 目覚ましく美味しい訳ではないがコトブキムラの味と考えると愛しさが倍増する。早速コトブキマフィンに練り込んでみよう。

 

 

 地面の感触を懐かしく思いながら昼下がりのムラを歩く。食事時のピークが過ぎて人通りは落ち着いており、建設工事の音が心地よく響いていた。

 イモヅル亭が珍しく閉まっていたのでナナシマ飯店で少し遅めの昼食を取り、自分の宿舎でコトブキマフィンの味変を研究する。

 コトブキムラ産きらきらミツをたっぷり使ったマフィンはおやつにぴったりで、ミツハニーをムラ中に自慢して回りたい衝動に駆られた。見なよ……おれのミツハニーを……。

 

 

「ほら、バクフーンも」

 

 

 畳で寛いでいた相棒にマフィンを差し出す。

 ある日ぬるっとマグマラシから進化した彼は、おれの知っているバクフーンと一風変わった姿だった。

 

 背中の体毛は濃い紫色に変わり、炎を噴出する器官はまるで数珠のように首周りを一周している。化粧をした様なタレ目とタレ耳が大変妖しく艶かしい。

 

 おれがあまりの色香に衝撃を受けて写真を撮りまくったため、バクフーンは己の美貌に絶対の自信を持つ妖艶なお兄さんになっている。

 元来のおっとりした性格と相まって、仕草のひとつひとつが妖しげで良い。最高。美しい。

 

 ヒノアラシを連れてきた張本人であるラベン博士も初めて見る姿らしく、テンガン山の霊力の影響ではないかと考察していた。本当ならありがとうテンガン山。ありがとうアルセウス。

 

 バクフーンは舌先で軽くねぶってマフィンの味を見てから、くぱっと開けた口でもぐもぐと頬張る。

 赤い目が美味しさに細められるともう可愛い。最高。ありがとうテンガン山。ありがとうアルセウス。

 

 

「明日なんだけどさ。ほら、『マサゴ平原』からちょっと離れたところに島があっただろ? あそこにゴウカザルがいるのが見えたんだ。おまえならタイプ相性はそんなに悪くないと思うんだよ」

 

 

 ゴウカザルの“インファイト”や“マッハパンチ”はゴーストタイプで透かせるし、炎技も効果は今ひとつ。反対にこちらは“つばめがえし”や“じならし”で反撃できる。物理技なのが少し物足りないかもしれないね。“めいそう”でカバーできるかな。

 

 

「んー……今のおまえなら……“じんつうりき”くらいなら使えるかもな」

 

 

 “じんつうりき”はヒノアラシのタマゴ技のひとつで、キュウコンとの間に生まれた個体辺りが覚えている。

 テンガン山の霊力に影響されたとの仮説が正しければ、今からでも教えれば修得は難しくないかもしれない。

 威力も“サイコキネシス”に劣るとはいえ申し分無いし、何よりかなりの連発が利く。

 

 

「アヤシシ様にも教えてもらおっか」

 

 

 艶やかに微笑んでバクフーンは頷いた。

 そうと決まれば『野外訓練場』で特訓といこう。セキさんも言ってたが時は金なり善は急げだ。

 夕暮れ前の少し陰りが見えだす陽光を仰ぎながら、バクフーンの手を取って宿舎を出る。

 

 

「ん。なんだよ〜」

 

 

 のしっと体重を掛けられて重みにふらつく。すかさずバクフーンに寄りかかるとあたたかい体毛にしっかりとホールドされた。

 

 ……ヒスイにヒノアラシは生息していない。

 ヒスイに適応して独自の進化を遂げたバクフーンは、ジョウトの同胞の中には戻れない。

 きっと最初は戸惑っただろう。

 見えなかったものが視えて、聞こえなかったものが聴こえて、自分の操る炎の性質さえ変わったのだから。

 

 そしてバクフーンに姿が変わるような激動の日々を、おれもまた送っているのだ。

 この数ヶ月で変わった常識はいくつもある。

 意識的に思い出さないと本当に忘却してしまいそうで、寝る前にシンオウ地方での暮らしを思い返すのが日課になりそうだった。

 フワンテの断末魔は今も耳に残っている。

 ポケモンはポケモンを殺すのだという常識が根付いて、つい過剰とも言えるくらいに鍛えてしまうのが最近の悩み。

 

 

 大丈夫だよ。

 どこにも行かないよ。

 

 

 そう宥めながら、互いに感傷を舐め合うようにミオ通りを歩き抜ける。

 今朝よりまた少し伸びた自分の髪が、マフラーの下で首筋をくすぐっていた。

 

 

 




・ラッキー(♀)
 スーパープリティベイビィガール改め、エリートプリティインセントガール。新しいまんまる石を求めて休日を丸ごと費やしてくれたテルに心から信頼を寄せており、お腹のタマゴを毎日数個あげている。ハピナスへの進化も近い。

・フローゼル(♂)
 進化前と同じく水資源担当。基本的には宿舎でのんびり過ごしているが、水音を聴きつけて川に落ちた子供を救助したことがある。「川で遊ぶならあのフローゼルと一緒に行きなさい」と言われることもしばしば。

・ゴーリキー(♂)
 勇敢な性格でかけっこが好き。黒鉄トンネルでピンプクの親衛隊をやってた。普段はトレーニングも兼ねて建築隊の手伝いをしている。

・ミツハニー(♂・♀・♂)
 真面目な性格で抜け目がない方々。元は別の群れ同士、トラブル無くやっていけそうな子をテルがじっくり見極めたため性格・個性共に共通している。♀はその内ビークインになる。

・ギャラドス(♀)
 無邪気な性格で少しお調子者。進化したてで捕まったのは「この人ずっと私のこと見ててくれた……トゥンク……」という気持ちから。テルのことを王子様だと思ってる。

・ユンゲラー(♀)
 素直な性格で我慢強い。はずなのだが、イチョウ商会の掘り出し物に美しい銀のスプーンがあった時はテルに思い切り駄々を捏ねてねだった。買ってもらえて非常に満足。落下防止に採用されたのは嬉しいが、そもそも頭痛を引き起こすアルファ波を放出しているのは無視なんだろうかと考えもしてる。

・バクフーン(♂)
 現状、世界に一体だけのヒスイバクフーン。
 親兄弟とは異なる姿に戸惑いもしたが、メロメロになってるテルを見てまあこの姿も良いなと受け入れた。
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