シンオウの昔日-翡翠英雄奇譚-   作:ヒュペルボレイオス

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天冠信仰合戦
時は乱れ、空は歪み、世界は破れる


 

 

 

 争いの発端は何だったか、覚えている者は既にいない。

 崇めている神の違いだと今を生きる彼らは言うが、そんなものは後付けの理由に過ぎなかった。

 

 自分が思うに、真の発端は怒りと悲しみだ。

 苦労して開梱した田畑を荒らされた怒り。

 苦楽を共にして永遠を誓った伴侶を殺された悲しみ。

 怒りは恨みを生み、悲しみは怨みを募り、互いに言葉を交わすことも無いまま憎しみは雪の様に積もっていった。

 

 とは、いえ。

 言葉を交わしたところで彼らに変化はあっただろうか。

 開梱によって森が切り開かれたせいで、森の稔りで暮らしていた民が餓えたのだと説いたところで。

 死傷者まで出して開梱した畑を荒らされた以上、下手人への報復は当然のことだったと説いたところで。

 ()()()()()と、互いの嘆きが強まるばかりだっただろう。

 

 理由があれば許せるのか。

 理由があれば鎮まるのか。

 どんな理由があろうとも、その時抱いた怒りと悲しみは、無かったことにはならないのだ。

 

 発端は何だったか、覚えている者は既にいない。

 月が血に染まり箒星が流れ、大海と大地は凍てついた。

 寒さと餓えが狂気を育み、怒りと悲しみが怨みを育てた以上、衝突は必然だったのだろう。

 

 奪われた命の報復として、美しい丸い石を供える民は、逞しく硬い石を奉じる民を傷つけ、田畑を荒らし、命を奪った。

 躙られた命の報復として、逞しく硬い石を捧げる民は、美しい丸い石を納める民を痛めつけ、森林を燃やし、命を奪った。

 最も多く傷つけた者は、最も痛めつけられて死んでいった。

 最も強く痛めつけた者は、最も傷つけられて死んでいった。

 

 誰かが何かの仇だった。

 理由なんて後から幾らでも湧いて出た。

 誰もがみんな間違えていた。

 誰もがみんな怒りと悲しみを分かち合った。

 誰もがみんな、正しさを見誤っていた。

 

 発端は何だったか、覚えている者は既にいない。

 正しさを求めて名を借りて、正しさを求めて相手を貶した。

 きっと、そうしなければ恐ろしかった。

 あんな野蛮な者たちと、同じものを崇めているなんて。

 違うものだと拒んで、間違っていると詰って、偽りなんだと叫べば安心できた。

 そうして。

 事もあろうに。

 あらゆるものを友とする、『カミナギ(ワタクシ)』の名は穢された。

 

 

「怒ってはいけない。

 悲しんではならない。

 あらゆるものを友とせよ。

 金剛が怒る。

 真珠が悲しむ。

 太陽が消える。

 月が血に染まる。

 裂けた大地は戻らない。

 知が見ている。

 情がそこにいる。

 意が聴いている……」

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

「う〜ん…………うう〜ん…………」

 

 

 リッシ湖の小島をかれこれ何周しただろう。

 ノックして周り、べったりと体を密着させて周り、足元を注視すべく這って周り、やはりなんの変哲も見受けられず首を傾げた。

 

 

「あの……テル? お仕事は……」

 

「仕事です」

 

「そうですか……?」

 

 

 捕獲したオヤブンナマズンと舎弟ドジョッチの観察をショウ先輩に任せて、小島に這い蹲る後輩の姿をお見せしているのにはワケがある。

 

 早い話が「地形が変。」なのだ。

 

 ここリッシ湖は遥かな未来でギンガ団(シンオウ地方)に爆破され、湖水が全て干上がった。

 その際に湖底の小島と空洞が露出し、内部に眠るアグノムがサターンの手に落ちたのだ。思い出すだけで胃がひっくり返り昼の弁当を口から戻しそうになる。

 対し、おれの眼前にあるのは湖面に浮かぶ小島と、その中心に聳える大岩である。

 

 そう──地形が変なのだ。

 この小島は湖底になければならないし、この大岩はアグノムに通じる道を開けていなければならない。

 苔むした岩の位置やソノオの花畑の位置に抱く違和感よりも強烈な差異に、先程からくまなく調査を続けているというワケなのだ。

 

 

「地殻変動かなあ……」

 

 

 トバリシティにありありと現物が残る通り、ヒスイ地方にこれから隕石が墜ちるのは確定している。

 火吹き島は噴火を繰り返してより大きくなり、勇気を示す場である『溶岩の戦場』はいずれシンオウのポケモンリーグに変貌する。

 沢山の変化がヒスイ地方を訪れ、人もポケモンも変わっていく。湖の小島とて、その例外では無いのだろう。

 

 

「満足しました。戻りましょうか、ショウ先輩」

 

 

 指笛を吹くとリッシ湖をザブザブ泳いでいたギャラドスがこっちに戻ってくる。

 ほっかむりを押さえて「何度見ても凄い迫力です」と笑うショウ先輩をギャラドスの背に引っ張り上げて、ベースキャンプに向けて空を泳ぎ出した。

 

 

「テルはもうすっかりオヤブンに慣れましたね」

 

「そうですねえ。手持ちが強くなったから大抵のオヤブンにはビビらなくなりました」

 

 

 捕獲のルーチンがだいぶ固定化されてきたのも大きい。

 まずはオレンのみかズリのみを投げて気を惹き、その間に背後に回り込んでボールを振り下ろす。

 抵抗してボールから出たらその瞬間、まだこっちを振り向くに至らない僅かな隙きにドレディアの“ねむりごな”で不意打ちする。

 

 “しょうりのまい”を捧げる間にボールを投げてみて、まだ捕まらないようなら攻撃を受けきりつつ“ドレインパンチ”でお互いの体力を調整し、またボールを投げる。そんな感じ。

 

 なお草タイプには“ねむりごな”が通用しないのでバクフーンにタイマンを頑張ってもらう。消耗したらラッキーに踏ん張ってもらい、その間に手当て。

 

 近頃の調査はこの三体のチームワークで回っている。

 他に連れていくポケモンはその日の天候や風向き、目当てによって入れ替わるが、三体はもうすっかり連携が板についた。

 

 

「本当に短期間で様々なポケモンを育ててしまいますよね。あたしもようやくムックルを進化させることが出来ましたが、テルほどの数を育てるのはとてもとても……」

 

「いやあ、おれのはおれので先人達の知識のおかげですよ。効率の良い鍛え方とか、珍しい技の教え方とか、ちょっと調べたらすぐ情報が出てくる時代でしたから」

 

「テルみたいなポケモンの扱いに長けた人たちが、沢山いたってことですか?」

 

「そっスねー。ポケモン図鑑が完成してポケモンとの関わりがもっと深くなれば、これからどんどんそういう時代になっていくんだと思います」

 

 

 育てやすいポケモン、育ちが遅いポケモン、種族として強いポケモン、搦め手が得意なポケモン。

 “ポケモン”なんて言葉で括ってしまうのが勿体ないんじゃないかってくらい多種多様な種族への理解が進み、個々に合わせた育成方法が確立され、資料として棚に立ち並ぶ。

 おれがいたのはそんな未来。

 多くの人がトレーナーで、ポケモンを育てて戦わせることが大好きな世界だ。

 

 

「──となると、テルは講師として大忙しですね!」

 

「おれが教えるんですか!? みんなに!?」

 

「カントーから講師役を呼ぶのも大変ですから。将来ポケモンの学び舎をコトブキムラに建てるよう、建築隊に提案してみます」

 

「もしかしてトレーナーズスクールの起源に立ち会ってる? 今」

 

 

 そもそもがコトブキシティやミオシティの成立に立ち会ってるようなものだが──トレーナーズスクールは確かに欲しい。

 ムラにいる子供も多くがポケモンと触れ合いたがっている。

 ワカタケくんはギンガ団に憧れているし、シシオくんはポケモン勝負に興味津々。

 ポケモンを怖がっていたチヨコちゃんも最近はポケモンと仲良くなりたいみたいだし、モクちゃんは知識欲に忠実だ。

 

 

「まずはクラフト教室を開いてモンスターボールの作り方から教えましょうよ。ショウ先生、頑張って」

 

「あたしですか!? あたしが……先生……?」

 

 

 “先生”という呼び方に深く感じ入る先輩が可愛い。おれも記憶喪失の名目で参加したい。ジェットボールが上手く作れませんとか何とか言って。

 

 

「こ、こほん。先生は一旦置いておいて……クラフト教室は確かに有用かもしれません。案としてシマボシ隊長に提出を……あら?」

 

 

 ベースキャンプが見えてくる。それはいいのだが何やら様子がおかしい。

 先輩たちがいつにも増して慌ただしく、ギャラドスが高度を下げればそれは騒めきとして耳を打った。

 

 

「何かありました?」

 

「テルくん!!」

 

「はいっ!?」

 

 

 ラベン博士に思い切り肩を掴まれ骨が悲鳴をあげる。

 いつものほほんと穏和な表情を浮かべているはずの博士は顔を悲痛な色にくしゃりと歪めていて、猛烈に嫌な予感がした。

 

 

「先程、シマボシ隊長のケーシィがこの手紙を持ってテレポートしてきました……」

 

「この距離を!?」

 

 

 コトブキムラと隣接する黒曜の原野ならまだしもここは紅蓮の湿地。大体コトブキシティからノモセシティまでの距離だ。

 確かに“テレポート”はその気になればどこへでも跳べるけれど、掛かる演算の負荷は相応に大きいはず。

 

 ケーシィの体はよく見ればあちこち傷だらけで、先輩たちが声を掛けながらキズぐすりを塗り込んでいる。

 その声を背に、ラベン博士は重々しく、まるで縋り付く様な色を宿しながら手紙の内容を要約した。

 

 

 

「──コトブキムラに、『時空の歪み』が発生したそうです。」

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 天窮が白澄み、赤と青の塵が舞う。

 昼時のコトブキムラでただひとり、調査隊の報告書に隅々まで目を通していたシマボシだけが、それを“前兆”だと判断できた。

 

 すぐに団長デンボクに伝達し、訓練場のペリーラを呼び戻す。物見塔の鐘を打ち鳴らして村人に異変を知らせると、野生ポケモンのいない浜門へと誘導を開始する。

 その傍ら、自身の相棒であるケーシィに一通の文を託した。

 時間も無い中で書いた不躾で飾り気の無い文だ。部下への命令なのだからそれだけで充分だった。

 受け取ったケーシィが“テレポート”を繰り出すその直前──コトブキムラの天窮は紫黒に染まり、稲光の如き閃光と共にポケモンが現れた。

 

 多くの村人の避難が住んでいない。

 まだ家から出てきていない者だっていた。

 そんな状況下で、コトブキムラ各地に凶暴化したポケモンが出現した。

 

 別に、シマボシの対応が遅かったのではない。

 ギンガ団の誘導が稚拙だったのではない。

 村人が危機感無くのんびりしていたのではない。

 

 ただ単純に『時空の歪み』の前兆から発生までが短かった。

 端的に言ってしまえば、まあ、()()()()()()のだ。

 

 

「ケーシィ! わたしに構うな! 行け!」

 

 

 眼前で雄叫びをあげるリングマから主人を守らんとしたケーシィはその言葉に小さく狼狽える。

 エスパータイプは賢い。主人の意図は理解していた。

 ここで応戦するより、一秒でも早くこの状況をあの調査隊員に伝え、呼び戻す方がムラのためになる。

 

 頭脳では理解して、感情では拒むその命令を、ケーシィは泣き叫びたい気持ちになりながら嚥下し、今生の別れを覚悟しながら空間を跳んだ。

 

 相棒が姿を消し、全身で浴びるリングマの殺気。

 ポケモンとの共存など世迷い言だと投げ出しそうになる程の恐怖心を掻き立てられる咆哮を前にして、シマボシは──執務室から出る際に携えた、一振りの刀を鞘から抜いた。

 

 ヒスイより遙か南方、“ホウエン有数の剛剣の使い手”と讃えられる女はリングマの間合いを冷静に見極める。

 人の作る刀はポケモンに歯が立たない。

 地元でサメハダーに刀を食い千切られた時から彼女に刻み込まれたこの世の真理であり、こうして抜刀したところで単身勝てる光景などまるで浮かばない。牙も爪も持たない人間が精一杯威嚇しているだけだ。

 

 時間が無限に思えた。

 こうして睨み合う一秒ごとにムラの状況は悪化を辿る。

 

 イワークが尾を振り回せば田畑は波打ち、作物は無残な形で土から掘り起こされ土砂に埋もれる。

 黒いニューラはムラ中を走り回り、小さな子供の泣き声が聴こえればそれを獲物と見定め襲い掛かる。

 密集した住宅の隙間に現れたリングマが苛立ちのままに両腕を薙ぎ払えば、家屋は次々と倒壊する。

 

 容易に浮かぶ敗北に思考を奪われる中、遂にリングマが一足飛びに接近した。

 シマボシは咆哮に呑まれんと猿叫を張り上げ、振り下ろされる豪腕を真っ向から打ち払う、直前──両者の間に割って入ったポケモンがいた。

 

 

()()()()()……!?」

 

 

 そのポケモンはリングマの豪腕を片手で受け止め、シマボシの手元をそっと押さえた。左右で異なる力加減はあまりに絶妙で、太く逞しい腕にはビキリと筋が浮かび上がる。

 

 彼は怒張声を張り上げてリングマの腹に“マッハパンチ”を叩き込むと、衝撃で僅かに足が地から離れた瞬間“インファイト”で川に殴り飛ばした。

 

 

「お前は……何故……」

 

 

 振り向いたゴーリキーのかんばせに浮かぶ確かな信頼の色。

 彼は『時空の歪み』から現れたポケモンではない。

 テルが『黒曜の滝』で捕獲した、建築隊に力を貸しているポケモンだ。

 

 

「まさか!」

 

 

 ──各地でポケモンの鳴き声があがった。

 田畑で荒れ狂うイワークの尾を警備隊のブイゼルが“アクアテール”で横殴る。

 子供に襲い掛かった黒いニューラを建築隊のワンリキーらが取り押さえる。

 医療隊のチュリネがミオ通りに出現したリングマを“しびれごな”で麻痺させると、同僚のグレッグルがすかさず“ベノムショック”をお見舞いする。

 倒壊し不本意にも村人を呑み込まんとした家屋を畑作隊のモジャンボが自身のツルで支えた。

 ミオ通りへの橋を占領するハガネールを前にして、イチョウ商会のギャロップは焔の(たてがみ)を燃え盛らせ“フレアドライブ”で突破した。

 

 

「っ──」

 

 

 放牧場から飛び出したムクホークは逃げ遅れた子供を傷付けぬよう上空から掴み上げ、警備隊へと引き渡した。

 レントラーは物陰に潜むゴーストを看破すると片っ端から“かみくだく”で蹴散らした。

 リーフィアは敵意に満ちたイーブイたちの攻撃を単身受け止め、“リーフブレード”で軽くいなして打ち倒した。

 

 テルが連れ帰り育成したポケモンたちは『時空の歪み』から出現した敵を相手に一歩も譲らない。同族だろうと容赦なく殴りつけ、人に手を出そうとすれば相性が悪かろうと組み伏せた。

 身の毛がよだつ怒張声の数々は、コトブキムラを守らんとするポケモンの咆哮と衝突し、尽くが呑まれていく。

 辺りは変わらず紫黒の檻。

 けれどそのどこからも、人間の悲鳴は聴こえなかった。

 

 空を見上げる。

 稲光が伴う昼間の闇。

 その向こうで巨大な「龍」が揺らめいた。

 

 

「戻りました、シマボシ隊長──────!!」

 

「テル…………!」

 

 

 青いギャラドスの背に乗った部下が紫黒の空を裂いて急降下する。

 見上げる者の目を焼く鮮烈な綺羅星の現着に、シマボシはようやく、ケーシィを遣わせた自分の判断を肯定できた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──初めて体験する『時空の歪み』がこんな逼迫した状況になるとは。読めなかったこのシンオウチャンピオンの目を以てしても……!

 

 ムラを闊歩する野生ポケモンは本当に“どこからともなく”現れては、時間経過と共にまた新たに出現したポケモンと入れ替わる。

 倒してもきりがないどころか倒さなくても入れ替わるし、かといって放置なんて考えられない。

 イーブイがキレ散らかしながら襲い掛かってくるなんて初めてだぞ。

 

 

「ラッキー! 放牧場から何体か連れてってもいい、人間を最優先!」

 

 

 投げ放ったボールから現れたラッキーが進化の光に包まれながら一目散にムラを走り出す。

 ラッキー改めハピナスに教えたのは味方の盾となるための技ばかりで、味方の体力を回復させるすべは無い。

 おそらくそれを一番不甲斐なく思っているのは彼女自身だろう。

 

 

 ──こんなことならイッシュのタブンネが使う“いやしのはどう”をもっと研究すればよかった。

 ──ガラルのミブリムが使う“いのちのしずく”をもっと研究すればよかった。

 ──バトルタワーでシングルばかりやってるからだ、この偏屈。

 

 

 けどそんな後悔は後にしろ。

 今はダメージを抑えて、いつ終わるか分からない猛攻を耐え切ることだけ考えろ。

 

 

けっぱれ(がんばれ)皆! 根性見せっぞ!」

 

 

 ドレディアが地を疾走し、踊りながら“ねむりごな”をばら撒いた。

 バクフーンの“ひゃっきやこう”が数々のポケモンを絡め取っては消え去ってを繰り返す。

 

 時間なんて数える暇は無い。

 とにかく村人総勢百名余り、全員の避難が完了するまで死物狂いで守り抜く。

 ある程度は自力で判断して動いてくれるポケモンたちに感謝しつつ、ムラ中を飛び回りながら都度に指示を出し続けた。

 

 まだまだここから──そう気合を入れ直す最中(さなか)、唐突に終わりは訪れる。

 

 ムラ中を包む白光。

 光は天の裂け目に吸い込まれるように渦を描きながらひときわ強く輝くと、紫黒の天窮が跡形もなく消失する。

 暴れていたポケモンたちは幻の如く姿を消し、呆れ返るほどにのどかな昼時の空が無造作に返却された。

 

 

「………………え、終わった…………?」

 

 

 尾を波打たせギャラドスが肯定の声をあげる。

 あちこちで家屋が半壊し、田畑は荒れ、通りの道も酷いものだ。

 浜門の前ではトオマさんとタスケさんが不思議そうな顔で辺りを見渡し、おれが近づいてようやくハッと意識を掴み直す。

 そこまで神経を張り詰めながら二人が守った門の向こうで、ムラから避難した皆が不安げに身を寄せ合っていた。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 建築隊を筆頭にした瓦礫の撤去作業。

 医療隊を筆頭にした負傷者たちの治療。

 この二つを中心に、『時空の歪み』が収まったコトブキムラはいつもと違う空気に包まれていた。

 

 田畑は作物全部植え直し。

 家々も早急に建て直さなければ凍えてしまう。

 そんな重苦しい空気が漂いながら──それでも、“誰も死ななかったね”と笑い合っていた。

 

 まずは今晩をどう凌ぐか。

 家が壊れてしまった人たちについては他の無事な宿舎に招き入れたり、訓練場と本部を開放したりしてなんとか寝床は確保したらしい。

 なら次は、と農場に足を運ぶとナバナさんと話し込むシマボシ隊長がいたので、話の切れ間を狙って声を掛ける。

 

 

「シマボシ隊長。おれちょっと原野行ってきていいですか?」

 

「理由を聞こう」

 

「オヤブンハピナスからタマゴ分けてもらおうと思って」

 

 

 滝の辺りに陣取っているオヤブンハピナスはとにかくでかい。タマゴの大きさだけでも軽く百センチはあるだろう。それを貰うことができれば食糧事情も少しは楽になるはずだ。

 

 まあオヤブンなだけあってハピナスらしからぬ凶暴性で“ギガインパクト”とかぶっ放してくるが、それはバクフーンで相手すればいいだけなので問題じゃない。

 バクフーンの後ろでおれが避けられるかは問題だけど。

 

 

「…………」

 

「あと製造隊に布を織れる人っていませんか? カラサリスとマユルドがすごく良い糸を出すんです。防寒布として使えるかなって。あ、そうだよかったらおれの──」

 

「テル。」

 

 

 つらつらと出る進言がたった一言で堰き止められる。

 見ればシマボシ隊長はどうしたものかと言わんばかりに眉間を押さえていて、思わず隣のナバナさんと目を合わせると「あーあ」みたいな顔をされた。

 

 

「建築隊のゴーリキーはキミが捕まえたポケモンだったな」

 

「? はい」

 

「医療隊のグレッグルとチュリネもそうだ」

 

「そうですね」

 

「畑作隊のモジャンボとビーダル、それからゴローンもそうだったな」

 

「そ、うです……ね……? 何かありましたか……?」

 

 

 何を言い出すのか見当がつかずたじろいでしまう。

 妙な雰囲気を悟ってか、畑を片付けているモジャンボがこっちを見ている。その後ろからビーダルとゴローンも顔を覗かせていた。

 

 

「キミが建築隊に紹介したゴーリキーたちが瓦礫の撤去を率先して行うおかげで、建築隊は再建の打ち合わせに集中できる」

 

 

 ──ゴーリキーたちはワンリキーらを率いて手早く撤去を始めており、太い柱や梁を軽々持ち上げて、家の住人が大切にしていたであろう家財や小道具は選り分けていた。

 

 

「キミが医療隊に紹介したグレッグルとチュリネが薬とその材料を提供するおかげで、医療隊は薬品不足に悩むことなく怪我人の治療を行える」

 

 

 ──チュリネは葉っぱを摘ませては“じこさいせい”で回復し、いつ追加を求められても応じられるように構えている。グレッグルは頬の毒袋を刺激して毒の出を良くしつつ、指先をもうずっとたらいに浸して“薬”を抽出し続けていた。

 

 

「キミが畑作隊に紹介したモジャンボ、ビーダル、ゴローンが田畑の片付けと再耕起を担っているおかげで、畑作隊は栽培計画の立案と種の確保に奔走できる」

 

 

 ──モジャンボはビーダルが水を加えた土を腕で掘り起こしながら耕し直し、ゴローンは戦いの余波で土に混じってしまった硬い岩を手当り次第に食べ、荒れた田畑を着実に元の形に戻していった。

 

 

「キミが育てたポケモンのおかげで、警備隊は村人の避難に力を注げた。キミがポケモンを相手に奮闘してくれたおかげで、ギンガ団は人々を救うことにのみ注力できたのだ」

 

「な、何ですか隊長そんな褒め殺し」

 

「断言する。キミは既に今回の事態に多大な貢献をしており、これ以上粉骨砕身する必要は無い。我々はギンガ団という“組織”で、キミは調査隊員という“個”だ。キミひとりがこんな時にまで他部隊の仕事に気を回すことは無い」

 

「……まあ、シマボシの言う通りだな」

 

 

 ナバナさんが腕を組んで頷いた。

 それは畑作隊の隊長として、調査隊の隊員であるおれの、言葉を選ばず言うなら暴走を窘めるための声色だった。

 

 

「確かに田畑は荒れた。けど食い物全てが無くなった訳じゃない。植え直せばまた根を張って葉を伸ばし実をつける。本部の倉庫にも、村人全員をしばらく最低限養うだけの備蓄食糧が保存してある」

 

 

 だからな、と肩をそっと叩かれる。

 決して子供を突き放すよう大人のものではなくて、確かな労いと労りを与える上役の人のものだった。

 

 

「そんな切羽詰まった顔で、あちこち駆け回らなくても大丈夫だ。……安心しろ。な?」

 

 

 予想だにしていなかった言葉に面食らう。

 別に、そんなんじゃないのに。

 おれは単に、おれに出来ることなら全部やりたいだけで。切羽詰まったとか、粉骨砕身とか、別にそんな我が身顧みず忠勤しているわけじゃないんだけど。

 

 

「……ありがとう、ございます……?」

 

 

 じゃあなんでこんなに必死になっているんだ? と自問してみたら、びっくりするくらい答えが出てこなくて。

 ひとまず素直に、シマボシ隊長とナバナさんの言葉を受け入れてみることにしたのだった。

 

 

 




ナマズン(♂)
 意地っ張りな性格で力が自慢。我が物顔でリッシ湖を泳ぐギャラドスに決闘を申し込んだところを捕獲された。

ドジョッチ(♂)
 生意気な性格で少しお調子者。実はアグノムを差し置いて湖の主みたいな顔してるナマズンが気に入らなかったので下剋上を企んでいた。

ケーシィ(♂)
 おとなしい性格で考え事が多い。調査隊と共にムラに戻った後シマボシに抱きついて泣いた。

イワーク(♀)
 わんぱくな性格で昼寝をよくする。イワヤマトンネルで気持ちよく眠っていたのに突然知らない土地に放り出されて大混乱。

ニューラ(♀、♀、♂)
 意地っ張りな性格で物音に敏感、やんちゃな性格で力が自慢、せっかちな性格で食べるのが大好き。217番道路でウリムーを追い詰めたのに知らない土地に放り出されてイラついた。

リングマ(♂)
 勇敢な性格で喧嘩をするのが好き。西3番エリアできのみを巡ってオコリザルと戦っていたところを知らない土地に放り出されたので気が立っていた。

ブイゼル(♂)
 冷静な性格で抜け目が無い。高さ比べで圧勝したオヤブン個体。テル宅のフローゼルをライバル視している。

チュリネ(♀)
 控えめな性格で粘り強い。医療隊の面々を放っておけない友好的な個体。

グレッグル(♀)
 のんきな性格でイタズラが好き。医療隊のことを自分の毒を好き好んで使うおもしれー奴らだと思っている。

ワンリキー(♂、♂、♂)
 真面目な性格で負けん気が強い、陽気な性格でとても几帳面、素直な性格で打たれ強い。建築隊の手伝いをするゴーリキー(参照:きみは休日という名の仕事に微笑む)の舎弟で、いたずらビッパたちの後輩にあたる。

モジャンボ(♂)
 のんきな性格で昼寝をよくする。紅蓮の湿地でオヤブンをやってたら突然背後からギガトンボールで殴りつけられたが、存外居心地が良かったのでそのまま寝た。
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