シンオウの昔日-翡翠英雄奇譚-   作:ヒュペルボレイオス

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 思想が強い回です。



アナタ今、カミナギの民を名乗りましたね?

 

 

 

 コトブキムラに『時空の歪み』が発生し収まった怒涛の一日から、早くも四日。

 ムラの復興は驚くほど早く進んでいた。

 シマボシ隊長の言う通り、作業をポケモンと分担できているのが大きい。

 

 建築隊が奏でる宿舎再建の音がムラ中に響いては天高くに吸い込まれる。

 畑作隊がモジャンボたちと共に農場を仕切り直している間、イチョウ商会は普段より多くの食糧や調味料を仕入れてくれた。

 製造隊はカラサリスとマユルドが紡いだ糸から布を織り、急拵えながら衣服や布団を配布している。虫ポケモンたちがくれる糸の巻き方はセキさんの紹介でコンゴウ団の女性陣にご鞭撻していただいたとか。

 

 おれはというと──

 

 

「ブラボーッ! スーパーブラボーな出来栄えでございます!」

 

「凄いぞハピナス! 天才! ハイパープリティセインティスガール!」

 

 

 訓練場で、シンジュ団キャプテン・ノボリさんから“いやしのはどう”を教わっていた。

 

 カイさんがおれにと紹介してくれたこの人はどうもおれと境遇が似ているらしく、ある日気づいたらこのヒスイ地方にいて、記憶の殆どを無くしているそうだ。

 けど何故だかこの人と目と目を合わせた瞬間、脳に電撃が奔るような衝撃に駆られ、お互い何を言うでもなく訓練場のバトルフィールドを占領してポケモン勝負を繰り広げることになった。

 

 

 ──これはこれは素晴らしい育成状態のハピナス……食べ残しと“いやしのはどう”を持たせてダブルバトルの場に立たせれば……。

 

 ──はて、食べ残し……“いやしのはどう”……? ヒスイにそのようなものは存在しません……。

 

 ──テルさま! わたくし何か思い出せそうな気がいたしますッ!!

 

 ──おれも今のであなたがどういう人種か理解したような気がします。

 

 

 そんな感想戦を経て、ノボリさんの朧げな記憶とおれの曖昧な知識をあれこれ述べられながらハピナスは“いやしのはどう”を修得するに至ってくれたのだ。

 

 最初こそ「これでええんか……?」と手探り状態だったものの、激戦で疲弊したうちのドレディアとノボリさんのゴーリキーを完全回復させるくらいの回数を積めばいよいよ自信がついたようで、今では大変ブラボーなドヤ顔で胸を張っている。うんうん、お前がハイパープリティセインティスガールだよ。

 

 

「ふう。……ではそろそろ本題に入らせていただきます」

 

「あハイ。『天冠の山麓』の話ですよね」

 

 

 そう、ノボリさんはハピナスに“いやしのはどう”を授けに来た訳ではない。

 本題をほっぽり投げてポケモン勝負を始めてしまったのはひとえに似た者同士としてのシンパシーと言うか、分かり合った結果と言うか、目と目が合ったら致し方なしと言うか、そういうもので。

 

 

 ──バサギリ、ドレディア、ウインディに続き、『天冠の山麓』のキング・マルマインが荒ぶっている。

 

 

 復興で忙しい中コンゴウ団から齎された報せはすぐにおれの知るところとなり、いつものようにおれを含む調査チームが結成された。

 と言っても荒ぶるキングの調査なんて危険を引き受けるのはおれと手持ちたちであり、他の皆は山麓のポケモンたちがキングの影響をどう受けているかを調べるのが主なお仕事となる。

 

 マルマインのキング場まで安全に行くためにはシンジュ団の力を借りると良いとのことなので、案内人としてノボリさんを紹介された。

 ──そう、案内人として紹介されたのだ。この人は。ポケモン勝負の相手ではなく。

 

 

「麓から『迎月の戦場』まではポケモンを相手取りながら表登山道で三日から五日掛かります。ですがオオニューラの力を借りることで、切り立った崖を登り大幅な時間短縮が可能となるのです」

 

「へえー凄い。オオニューラってどんなポケモンなんですか?」

 

「非常に高い攻撃と素早さを誇る二足歩行のポケモンですので高速物理アタッカーとしての活躍を見込みAS特化が望ましく“めいそう”や“つるぎのまい”そして“でんこうせっか”で行動を早めながら“インファイト”で一点突破を狙う他にタイプ一致の“どくづき”追加効果が優秀な“フェイタルクロー”エスパー対策も兼ねた通り良好な“シャドークロー”が技候補として挙がりますがそもそも毒と格闘を受けきれるポケモンはヒスイ広しといえど中々おらずサブウェポンは一旦気にせずタイプ一致補正のみでも様々な強敵の突破が可能でして」

 

「そ〜いうんじゃなくてですね〜。」

 

 

 

 *

 

 

 

 聳え立つテンガン山の頂きから麓に掛けて広がる登山道。

 登頂を拒むかの様に嶮しく、けれど数多の営みを歓迎するかの様に多彩な稔りで賑わう山肌は、霊峰の二面性をありありと強調していた。

 

 シンオウ地方の中心地──『天冠の山麓』に到着して、第一声。

 

 

「ウッヒョオオオアアアアアアアイ!」

 

「テルーッ!?」

 

 

 ベースキャンプで休憩なんてしてられるか! おれはこの近辺を調査させてもらう!

 ──と叫び出したくなる衝動を以て走った先は山麓ベースの真正面。川を挟んでテンガン山の肌を仰ぐ、『神前の高台』と呼ばれる場所だった。

 そこには紅蓮の湿地と同じ、けれど湿地よりも多く姿を残している石灰石の亡骸がある。のだが。それが。それが!

 

 

「ほら見て見て見て見てバクフーン!! ダイノーズってさあ自分の磁力で鼻の下に砂鉄が集まってあの威厳み溢れる素敵な髭を蓄えらているんだけど! この風雨百パーセント歓迎野晒し立地で髭が全然型崩れしてないの素晴らしいよねぇッ!?」

 

 

 大地に這い蹲ってダイノーズの彫像を下から見上げる。バクフーンは「そうだねえ……」と優しい声で肯定してくれた。

 

 触りたい。お手を触れたい。そんな欲を必死に押さえる。いざとなれば己の腕を噛むのも辞さない。

 せめてこれだけでもとアルセウスフォンで激写する役目を与えることで荒ぶる手を鎮め、晴天を背景に悠然と佇むダイノーズ像を記録する。

 

 

「ほら……見なよこのチビノーズの完成度を……待って落ちてる? えこんなチビノーズ単体で綺麗に落ちることある? まさかこれ一塊の石を彫り出したんじゃなくてチビノーズは別の素材から彫って後から合体を? おかしいよォじゃあなんでダイノーズ側もチビノーズ側も(ボコ)なんだよ普通こういうの凸凹で組み合わせるじゃんなんでどっちも凹んでるのなんでくっついてるのこれ」

 

 

 なんでだろうねえ……とバクフーンが優しい声と眼差しをくれる。ダイノーズ像の謎を撮って次は向かいのピクシー像。

 どうも横たえた姿で造られているのではなく単にぶっ倒れていると分かった瞬間、絹を裂く様な悲鳴を挙げてしまった。

 

 

「テルさまはあのままでよろしいので?」

 

「ああなったテルはしばらく戻ってきませんから放置で大丈夫です。あたし達は今の内にベースキャンプで一休みしましょう」

 

 

 一体いつから倒れてしまったのか想像をすることは出来ないが、こちらもこちらで風雨百パーセント歓迎状態にありながらピクシーのずんぐりとしたボディが描く曲線がほぼ損なわれていない点には拍手と感涙を禁じえない。

 特に背中の羽が良い。

 片翼は完全に失われてしまったが、残った片翼の出来栄えから失われる以前の完全に揃った対の翼に想いを馳せることが出来る。

 

 さて山を仰ぐ立地とシンオウ建築の遺跡。

 それを守るように建つ対の彫像。

 間違いない。

 

 ──極天の守護像(ヒュペル・パラディオン)

 

 シンオウ建築と同じく、古代シンオウ人の手によって造られたと考えられている古代の像。

 元は木材で作られていた説が唱えられているものの、現存する像は全て石造り。まあ木材だとこの野晒しに耐えられないから無理はない。

 

 ポケモンの像を造る事例はシンオウ以外でも確認されており、ガラル地方には巨大なディグダの像があると聞く。

 用途は正直不明だが、市井の安全を守る・見守る守護像(パラディオン)であるとの見解が強い。

 中には「天に祈りを捧げたところ空から降ってきた」という伝承を持つ物もあるそうだ。

 

 

「おれ……天冠の山麓…………好きっ…………!!」

 

 

 もはや同意に喉を鳴らすこともしなくなったバクフーンは、夢見心地のおれをベースキャンプに引き摺っていった。

 

 

 

 

 

 

「それではルート確認を開始いたします。まずは『神前の高台』をくだり、『迷いの洞窟』を通ってテンガン山の中腹を目指します」

 

 

 向かってくるレントラーをあしらいつつ、ヤンヤンマを捕獲しながら坂を回り込む。白い石橋──当然激写し這い蹲って指先で堪能した──が掛かった川の向こうには浅緑の山肌が聳えている。

 

 そのどこか見覚えのある景色になんとなく、「ああここにサイクリングロードが架かるのか……」と思った。今歩いているここは206番道路に相当する、サイクリングロードの高架下だろうか。

 

 え待てよじゃあ『神前の高台』ってクロガネシティとサイクリングロードを繋ぐあのゲートになるの?

 この石像どこに消えたの?

 クロガネの博物館にあったっけ?

 無い気がする、炭鉱から発掘された物じゃないから。

 

 

「……おかしいですね。洞窟内が暗すぎます」

 

「? 迷いの洞窟ってこんなもんだと思いますけど」

 

「いいえ。洞窟内には道標も兼ねて松明が多数設置されているはずなのです」

 

「おれ初めてヒスイの方が優しいって思いました」

 

 

 シンオウ地方における『迷いの洞窟』といえば内部はそれはもう闇も闇、ただでさえ高架下で薄暗いってのに中に入れば何かが光を呑んでいるのかと思うくらいの暗闇が視界を占領するスポットだ。

 たしかドーミラーを初めて見たのはこの洞窟で、タイプが分からずハヤシガメで妙に苦戦したのを覚えている。

 そうそう、あの時はまだドダイトスがハヤシガメだったんだ。

 

 

「“フラッシュ”……あーいや下手にポケモンを刺激しても良くないか。バクフーン、ちょっと灯りくれ」

 

 

 小さく頷くと彼は首周りの炎を灯す。

 躑躅色の燈火が洞窟の岩肌をてらてらと舐める。

 テンガン山に近いせいだろうか、錯覚かもしれないがいつもより紫の色味が強い。

 

 

「バクフーン……と言うのですか。初めて見るポケモンです。ヒスイのポケモンではないのでしょうか?」

 

「はい、この子は進化前のヒノアラシをラベン博士が別の地方から連れてきたらしくて。テンガン山の影響で本来のとはまた違った姿に進化したんです」

 

 

 前の『戻りの洞窟』の一件以来、ラベン博士はジョウトの知人に手紙を送り、改めてバクフーンについての情報を集めた。

 ヒスイ地方に情報があるはずもないと半ば諦めながら聞き込みを続けていたおれに光明を齎したのは、ある日ウォロさんがムラに連れてきたクレィアちゃん。

 ギャロップと戯れていた彼女に「バクフーンについておじいちゃんおばあちゃんから何か訊いてない?」と大雑把な話を振った時だった。

 

 

 ──ああ、御魂還す斎火(バクフーン)ですか? 知っていますよ。

 

 

 と。

 想定してないとこから出た情報にテンションをぶち上げ、ツイリさんにやんわり宥められる程度には詰問してしまった。

 彷徨う魂を喰らい、浄化し、あるべき場所へと導く斎火(いみび)の使い手。

 ヒスイに古くから伝わる──らしい──バクフーンの情報はあまりにも輝いて見え、減給中だというのにアメ屋さんでお菓子を買い与えてしまった。

 

 そして昨日ラベン博士のもとに届いた手紙によれば、ジョウトとカントーに跨るシロガネ山で進化させてもこの姿は確認できなかったらしい。

 やはり「テンガン山」という要素が大きいのではないか──との話で現状纏まりそうだった。

 

 

 

「バクフーン?」

 

 

 ふとバクフーンが虚空を見上げる。

 ポケモンの視力なら何か見えているのかと思って視線の先に伸ばした手を、他ならぬ彼によって押さえられた。

 不定形に揺らめく炎が暗闇を喰む。

 バクフーンはゆるりと眼尻を下げて瞑目すると、ひときわ大きく火を揺らしてからぱちりと瞼を上げた。

 あ、お邪魔しました。

 

 

「…………わたくし、この炎を知っている気がします」

 

「へ?」

 

「“あの子”も突然何も無い所を見上げては、灰青紫(ウィスタリア)の炎を(かが)らせておりました」

 

 

 ノボリさんがバクフーンの毛並みを撫でる。

 そういえばカイさんの話によると彼は記憶が無いのだった。

 覚えているのは自分の名前だけで、それまで共に在ったパートナーの名も、家族の名も、自分の所属も何もかもを失っていた──と。

 

 このバクフーンの炎と似た雰囲気のポケモンとなると、対象はかなり限られる。

 炎タイプの多くはリザードンを筆頭に鮮やかな赤を手繰ってフィールドを駆けるため、ヒスイでのバクフーンのように妖しい雰囲気の炎を使うものはかなり少ない。強いて言うならキュウコンか。

 けれど炎の色が寒色系、ならば候補に挙がるのは──

 

 

 

「シャンデラ……っスかね?」

 

 

 

 それはイッシュ地方が誇る、ぶっ飛んだ特攻火力の寵児。

 おれが最初にシャンデラを見たのはカロス地方で開催された大会のライブ映像だ。

 

 光の粉を引っ提げてホエルオーの“しおふき”を三連続で回避し、“エナジーボール”で撃破する勇姿には現地もネットも大盛り上がり。

 

 オーバさんと共に中継を見ていたおれは思わず「バケモンか……?」と戦慄した。そもそも水タイプ相手に炎タイプで突っ張るトレーナーの度胸よ。

 

 

「シャン、デラ。ですか」

 

「おれも詳しくは知らないんですけど、このバクフーンと同じタイプらしいんです」

 

 

 そう、シンオウ地方では超絶貴重な炎タイプ。

 恒常的な層の不足に悩まされていたおれは本当に本当に喉から手が出る程にお迎えしたくて、海底遺跡の調査予定を控えるシロナさんに土下座して同行権の下賜を頼み込んだのだ。

 結果?

 …………。

 

 

「残念ながら、やはり記憶のどこにもその音はありません」

 

「ありゃ」

 

「ですが不思議と胸に落ちる良い響きです。いつかこのヒスイの地でもお会いしてみたいと思います」

 

 

 行きましょう、とノボリさんは歩き出した。

 道中には何度も分かれ道が現れたが、彼は一切惑うこと無く正解のルートを先導する。

 道すがらに少しずつ話してくれた朧げな記憶の欠片は、彼が長い間この厳寒の地で大切にし続けた宝物。

 

 

「記憶がなくてもわたくしの心の中、大事なものが沢山あるようですね」

 

 

 その呟きはどこか空虚でありながら、暖炉の傍らで静かに本を読む時の様な安堵と温もりに満ちていた。

 

 

 

「この先の『迷いの山林』を抜けると『古代の石切り場』です。ですが既に日暮れ時、テルさまの体力によってはこの水辺で野宿の選択もございます」

 

「『古代の石切り場』って何ですか?」

 

「まあ採石場ですね。古代の人々は神殿を造る際にそこから石を切り出したそうです」

 

「行きます!」

 

「ブラボー! なお近くにオヤブンガーメイルが生息しておりますが」

 

「行きます‼」

 

「スーパーブラボーッ!」

 

 

 ゴルダックの相手をドレディアに任せ、マスキッパの相手をバクフーンに任せ、オヤブンガーメイルはズリのみで気を惹いて背後から接近しメガトンボールで捕獲する。

 ヤツボシともなればこのアサシンじみた捕獲方法にも手慣れてきた。わざわざポケモン勝負で弱らせてから捕獲するなんて、余程の相手以外には必要無い。

 

 ぼんぐりを採集しながら山林を歩いた。

 まだ標高が低く気温も穏やかだからだろう。生息するポケモンの顔ぶれは『黒曜の原野』と似通っており、木々も広葉樹のミズナラが多い。

 

 爛々とした月が昇る夜の中頃になって、「着きました」とノボリさんが立ち止まる。

 土壁が続く中で現れたトンネルに胸が高鳴った。どう見ても自然に作られた訳ではない水平と垂直の切り取り線。

 

 

「こちらが『古代の石切り場』、今宵の終点でございます」

 

「オッホホホホ…………」

 

 

 抑えきれないこの気持ち。

 昂ぶりのままに笑いが込み上げる。

 薄く霧掛かる採石場はドーミラーとドータクンが縄張り化しており、足音を立てた瞬間にこちらを敵視する。

 古代の遺物を護らんとする厳しい視線……ありがとうございます。

 

 こんなとこで戦いたくないので好物と思われるエサを差し出すことで融和を図ってみる。鋼タイプだからかやはりごりごりミネラルがお気に召したらしく、手持ちのごりごりミネラルと寄せ玉を全部巻き上げられた。

 

 ドーミラーは寄せ玉をふよふよとエスパーパワーで浮かせながら石切り場の奥へと踵を返す。

 こちらを無視してドータクンと仲良く分け合う姿を見るに、一宿の許可は恙無く下りたようだった。

 

 

 

 *

 

 

 

 石切り場を抜けて『巡礼者の道』を進む。

 気性の荒いリングマと逃げ足の早いヒメグマが闊歩しており、なるべく草むらに身を潜めて通り抜ける。

 オヤブンドータクンのよく通る鳴き声が右方から聴こえてくる中、切り立った絶壁の前でノボリさんが立ち止まった。

 

 

「左手をご覧ください。真っ直ぐ続く『カミナギ山道』の突き当たりから『ゴロゴロ山地』を登ると、終点『迎月の戦場』へと到着します」

 

「絶対ゴローンの住処だ……」

 

「はい。道中にはオヤブンハガネールやオヤブンゴローニャがおり大変心躍るのですが、前方『崖登り崖』を通過するルートも負けておりません。オヤブンダイノーズ、オヤブングライオン、オヤブンドサイドンなどをわたくしが肉眼で確認しています」

 

「へえ〜!」

 

 

 上がったテンションと共に声が上擦る。タイミング次第ではこの人が調査隊の新星になっていたんだろうなと思いを馳せる。今からスカウトするにはちょっとポジションが重要すぎる。ああでも将来トレーナーズスクールに講師役として招けたらおれが楽できるかも。

 

 オヤブンに心躍ると断言したノボリさんに戦闘民族みを感じていると、彼の奏でるカミナギの笛の音が辺りに響き入った。

 

 

「テルさま、紹介いたします」

 

 

 笛を口から離し崖を見上げる。

 軽やかな爪の微かな音が“チャ、チャッ”と近づいてくる。

 

 

「あちらが、わたくしがお世話するオオニューラ。崖登りのプロでございます」

 

 

 にゅるん、と伸びた長身と、その体に沿う長い腕。

 その先から更に伸びる鉤爪にと、兎角「長さ」が特徴的なポケモンが──崖上から跳んでおれの上に降ってきた。

 

 

「んぐえっ!?」

 

「おや」

 

 

 二メートルはゆうに超える長身痩躯が覆い被さる。ゴロゴロと鳴る喉は歓迎の証だと思うし、体重もおれが潰れない程度にしか掛けられていない。

 じゃあなんで身動きが一切取れないんだ……? と考えて、その特徴的な鉤爪と「オオ“ニューラ”」の名前から思い当たる可能性があった。

 

 ──これ、毒です。

 

 

「助けてバクフーン!! 死ぬ!!」

 

 

 ド直球な物言いに面食らったバクフーンが慌ててオオニューラ……様を押し退ける。オオニューラ様はいたずらっぽく笑って大人しく引き下がり、炎を盛らせて威嚇するバクフーンをけらけらとからかった。

 

 口元に当てた爪は先程までおれの首に触れていたもので、うーんどう考えても色合いが毒。

 離れてもらえさえすればすぐさま解毒が始まったらしく、指先がじんわりと痺れから解放された。

 

 

「いけませんよオオニューラ」

 

「いいんですノボリさん。多分挨拶と言うか、洗礼だと思うんで」

 

 

 ヒリヒリとした喉の痛みがゆっくり引いていく。

 笑顔で殺しに来たのか本当に(じゃ)れてきたのかイマイチ判断がつかないが、神使の末裔が笑顔で殺しに来る原因として思い当たる前科があってしまう。

 それに関しては謝罪を全力でキメるしかない。

 むしろ今までの三体が優しすぎる。

 

 ノボリさんに窘められオオニューラ様はゆるっと両手を広げた。「もーなんもしないよ」と表明するような顔と仕草にバクフーンがようやく威嚇をやめて炎をしまう。

 おれの笛にもちゃんと耳を傾けて頷いてくれたので、本当にただの挨拶だったのかもしれない。

 

 

「わたくしは少々確かめたいことがございますので、このまま徒歩で山道を行くルートで参ります。明日にでも『迎月の戦場』で合流いたしましょう」

 

「了解です。ここまでありがとうございました」

 

「礼には及びません。荒ぶるキング……マルマインを何卒お鎮めくださいませ」

 

 

 では、と一礼してノボリさんは山道を歩いていった。

 その背中を見送るとオオニューラ様がぬっと傍らに立ち日を遮る。バクフーンをボールに入れ、背中の籠にお邪魔する。

 喉を鳴らしたオオニューラ様が跳躍し、崖を身軽に登り出す。その振動に身を委ねながら、三半規管がイカレないよう願って目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

「……やはりあなたさまでしたか」

 

 

 心地の良いアルトの美声がチリーンの愛らしいソプラノと絡まる。ビリリダマたちが歌声の中で大人しく眠りに耽けている。

 月を迎える戦場の前で、男は長い薫衣草(ブルーラベンダー)色の巻き髪を大きく翻し、自信と敵意を剥き出しにしてわたくしを睨み付けた。

 

 

「マルマインが御座(おわ)す『天冠の山麓』にこのツバキ以外の誰がいるというのかな? シンジュ団キャプテン、ノボリ!」

 

「ですから“やはり”と申し上げたのです。『迷いの洞窟』の松明を撤去し、テルさまを暗闇に惑わせようと目論む行動力の高さと排他性をお持ちの方はツバキさまくらいでしょうから」

 

「このツバキがギンガ団の小童ひとりにそこまで感けるとでもお思いか? 勘違いしないでほしいね。あれは暗闇を好むポケモンたちを想って灯りを消したのだよ」

 

 

 よく言う。

 あの松明がもたらす“光”ではなく、“暖”の恩恵を受けて暮らしていたフカマルが眼中に無い時点で、それは詭弁だ。

 

 

「仮にギンガ団を妨害したとして、それに何の問題がある? 奴らが調伏を目論む荒ぶるキングは、シンオウさまの御加護をその身に宿した証。迸る神鳴(かみな)りはシンオウさまの神託の証。これらは全てシンオウさまの思し召し! 今一度、キングたちにかつての神使と同じ力を与え給うたのだよ!」

 

 

 胸に手を当て、ツバキさまは朗々と謳い上げた。

 先代と比較すれば穏健派の長が取り纏めるコンゴウ団では今どき珍しい思想の強さ。

 ポケモンと無関係の事柄であれば、内容の是非はともかく確固たる信念に拍手を送っていたかもしれません。

 

 ですがポケモンが関係しているのなら話は別。

 そもマルマインは平時から体内に膨大なエネルギーを貯め込んでおり、少しの刺激で爆発する。彼らが自発的に電撃を放ち爆発するのは、貯め過ぎたエネルギーを放出するため。

 

 つまり過度なエネルギーを持て余し息つく間もなく爆発を繰り返すキングの現状は、端的に言うと“過食嘔吐”。

 強さのためにそんな状態のポケモンを乗車させるお客様がいれば即刻停車でございます。

 

 

「シンオウさまがそう仰るのであればツバキはキングをとことん荒ぶらせる! コンゴウ団こそがシンオウさまの真なる信徒──()()()()()()であると、ヒスイに知らしめる使命があるのだからね!」

 

 

 さて、それをわたくしの立場からどう説いたものか。

 手っ取り早くポケモン勝負も悪くないが、キャプテン同士で勝手に争ったとなればカイさまに余計な負担を掛けてしまう。

 立場とはままならないものだ。

 らしくない陰鬱な溜め息をつくと、遙か後方で小さな雷鳴が空気を裂いた。

 

 

 

 

「──アナタ今、カミナギの民と名乗りましたね?」

 

 

 

 

 そうした遠雷は決まって嵐を連れてくるのだと、わたくしの人並みに長い人生が告げているのでした。

 

 

 

 

 

 




ドーミラー(性別不明)
 わんぱくな性格で血の気が多い。「ミネラル持ってんだろ? 跳べよ。」とカツアゲするのはオヤブンドータクンに挑むために栄養をつけているから。だとされている。(真偽不明)

 
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