シンオウの昔日-翡翠英雄奇譚-   作:ヒュペルボレイオス

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 思想がそこまで強くない回です。



故にわたしは在る

 

 

 

 自分の下手な号哭が止んで、声が尽きたままなお溢れ続ける涙が衣に染み込み、から風の吹く思考がぼんやりと帰ってきた。

 頭は打たれたような痛みをガンガンと訴えて、喉は千切れたのかと思うような濁声しか出そうにない。

 赤子の時にしか泣いた記憶が無い自分はそんな身体の不調に戸惑っていた。

 これはどうにかやり過ごせばいいのか、それとも何か対処法があるのか、まるで分からなかったのだ。

 

 声も涙も止まるまで自分の背に掌を添えていた青年は、一区切りついたのを確認すると、己の荷物から掌に収まるくらいの小さい陶器を取り出して、自分に渡してきた。

 陶器──と言ってもそれは自分の知る陶器とは全く違っていて、模様も無ければ色もない。“透明な氷が冷気を失った物”と言い表す方が近いかもしれない。

 

 冷たくない氷の容器は中に琥珀色の液体を詰めており、蓋を取ると甘い香りが辺りに満ちた。

 ああ、蜜集め(ミツハニー)のミツか。確かにそれは飲めば喉の痛みがひく。

 

 ゆっくりと口内に注ぎ、喉奥に塗るように丁寧に嚥下する。やはり蜜集め(ミツハニー)たちのミツは良い。ひりひりとした痛みが和らぎ、普通に声が出るようになった。

 

 辺りに海を支えし竜(ギャラドス)の姿は無い。

 彼女たちは負の感情に対して敏感だから、自分の叫声が聞くに耐えなかったのだろう。彼女の不在に男が動じていないので、どこに隠れられたのかは把握しているようだ。

 

 

「……燃やします」

 

「うん」

 

「御魂は霊界に。肉体は天に還さなくては」

 

 

 二度目は強ばることなく告げられた。

 凪いだ心はどこまでも澄み渡る青空の如くからりとしていて、だけど“悲しみ”が消えたのかは分からない。

 ただ今は、今だけは。

 皆の旅路が穏やかなものであればいいと願う、神官としての、覡としての思いが強かった。

 

 

「おいでバクフーン」

 

 

 聴き馴染みの無い音と共に、やはりどこからともなく現れる。背中だけが深紫色をした、薄い淡黄の毛皮を纏った獣。

 BAKU……バクフーン、と言ったのだろうか。

 

 

「天冠の霊気と似た気配を感じます」

 

「あっそういうの分かるんだ。そうだよ、テンガン山の影響を受けて進化したんだ」

 

大いなる磁の紳士(ダイノーズ)と同輩ですか? ……いいえ、この気配は磁場ではなく、もっと根源的な……」

 

 

 ふつふつと湧いて出た好奇心が自分の背を押した。バクフーンと呼ばれた彼から感じる天冠の霊気。影響を受けて進化したとの言葉に偽りは無いのだろう。

 涼やかな目元が自分を見下ろす。

 優雅な気品を醸す妖艶な顔つきは実に神秘的で、延々と話したい欲が湧いて出た。

 

 

「この子の炎はね。行き場を失った魂を浄化して、あるべき場所へ還してくれるんだって」

 

「──それは、また。なんとも運命的な神使(つかわしめ)ですね」

 

 

 数多の代用品を用いて、大まかにしか行えなかった葬儀。

 これ以上はもうどうしようもない。どうか霊界に迷わず辿り着けるように遺された者として覡として祈りを捧げるしかできない。

 そんな状況で遣わされたこの獣は、全なる神のお導きとしか思えなかった。

 

 

「では御魂還す斎火(バクフーン)。改めてワタクシからお頼み申し仕ります」

 

 

 並ぶ顔ぶれを最後に眺む。

 眼を閉じずとも思い起こすは永久に麗らかな理想の日々。

 呆気ないほどに消えてしまうだろう。最初に声を、次に顔を。どんなに永劫の記憶を渇望したところでそれは叶わない。

 ほんの少しの流れしか持たないせせらぎでも辺りの土を削り続けるように、“時”という止まらない川の流れがある限り永遠に記憶は削れ続ける。

 

 

「我らカミナギの民、シンオウの仔。あらゆるものを友とする、北風の彼方に住まう者」

 

 

 故に、瞬間こそが尊いのだ。

 たとえ悠久の命を持ち合わせていようとも、一瞬の価値は変わらない。

 いずれ無くなってしまうからこそ追悼し、残る限りの思い出を追憶し、やがて消えゆく記憶を追想する。

 

 ……ああ、そうか。命が廻るまでの間、ここにいない誰かへ心を砕く有限の時。

 その美しく名残惜しい尊き時間のことを、貴柱は“悲しみ”として、“寂しさ”として広めたのですね。

 

 

「葬送を。彼らをどうか、シンオウさまの元へ」

 

 

 御魂還す斎火(バクフーン)が静かに首周りに火を灯す。

 躑躅色の焔はゆっくりと同胞らの体を這い、口づけを落とすかの様にひとつ、またひとつと斎火(いみび)の花を咲かせていった。

 

 人の焼ける臭いがするはずなのに何も感じない。それどころかどこか清涼感さえあった。

 同胞たちに塗った白藍色の薬の香りが焚き上げられているためか、芳醇な文旦(オボン)の匂いと薬草の匂いが時折焦げ付きながら辺りに満ちる。

 

 握り込ませた今様色の欠片が火にくすぐられ乾いた音を鳴らした。

 揺らめく炎に撫でられて母の頬が消えていく。不思議なことに躑躅色の斎火は煙を立ち昇らせなかった。

 

 御魂還す斎火(バクフーン)の首元に白澄んだ金色の細い光が集う。

 星々の如く螺旋を描き、やがて美しいこの理想郷に溶け入るように消えていく。

 煙は無く、臭いは無く、どこまでも幻想的な打掛を羽織って旅立つ同胞たち。

 その肉体は骨も残らず天へと還り、ほんの少しの寂しさを、追憶を、追想を形見にして自分は生きていく。

 

 

「……ワタクシは、つらいことにも悲しいことにも理由を見出すべくひたすら考えていました。不条理の全ては天の采配であり、理不尽には先述した通り意味があるのだと。神がワタクシたちを選ばなかったのだと。……アナタからすると、それは無意味な行いだったのですか」

 

「うーん、無意味……とまではいかないと思う。きみがそれを受け止めるためにはそうした工程が必要だっただろうから、その時点で意味はあるよ」

 

 

 さっきはごめんね、と青年は微笑む。

 何故自分は今この人に謝られたのだろう。

 カミナギの民である自分に、信じ続けた教え──怒ってはいけない、悲しんではならない──を破らせたことを多少なりとも申し訳無く思っているのか。

 

 

「……信仰って生きるための教えであって、心を殺すためのものじゃないはずなんだ。どうせ考えるならさ、神さまの意思を考えない?」

 

「神さまの、意思」

 

 

 声を紡いだ瞬間、御山の凪いだ風がそよいだ。

 天冠の山を背にし、時の神の色を宿した眼が柔く細められる。

 

 

「神さまに選ばれなかったなんてそんなことないよ。だって世界はきみが生まれてくるのを待っていたし、きみが生き延びる道を望んだんだ」

 

 

 風雲が晴れ、彼方の神殿が姿を現す。

 宣託を賜った神憑(かみがか)りの如く青年は深い笑みを湛えて天を指差し、空をなぞりながら己の胸に手を当てた。

 

 

「何故自分は生かされたのか。その命で何ができるのか。世界は自分に何を望んでいるのか……。単なる方向性の違いだけど、考えるならそっちの“理由”が良いと思う」

 

 

 その方が、多分すっごく楽しいよ──なんてあまりにも単純な理由だったのに、その言葉は言霊でも宿しているみたいに自分の胸にすとんと落ちた。

 神が我らを見捨てたのではない。

 神が自分を選んだのだ。

 他の同胞を霊界に呼び戻し、自分だけを地上に残すよう、他ならぬ神が望まれたのだ。

 

 こみ上げる高揚に笑いが零れた。

 心の臓から全身に巡る血潮が滾る。

 男の理論はどこまでも主観的で、別の角度から考えればすぐに破綻が見えそうなものだったが──崩折れかけた今の自分を立ち直らせるに足る熱はあったらしい。

 

 

「ではアナタは、何を望まれて、何を成すために生きているのですか?」

 

 

 その思想を持つのなら、彼自身は己の生をどう考えているのだろう。

 こうして自分と出逢い、話し、初めて見る人間を弔う己の数奇な運命をどう受け止めているのだろう。

 

 

「おれは……ねえ……神さまに謝らないといけないんだよね」

 

 

 想像の斜め上をいく答えに首を傾げる。

 超常的な神秘の嬰児みたいな顔と演説をしておいてその実罪ある者だったなんて。

 一体何をしたのだろう。今の哲学に目覚めたのは罪を犯した前か、それとも後か。彼の人生がようやく気になり出した。

 

 

「本家本元カミナギの民にあれこれ説けるような立場じゃないんだ。他の誰も裁けないような罪だから神さまに謝る以外に償えない。それ以外の償い方が分からない」

 

 

 初めて男は笑みを崩す。

 神憑りの頃とは打って変わって、その虚じみたかんばせは篝火の無い夜道を彷徨う子供とさして変わらない。

 おかしな人だ。

 成熟した精神の持ち主かと思えば、急に幼子の如く不安定になる。あれほど良く言えば神秘的、悪く言えば薄気味悪くさえあった青年が、今は自分とそう変わらぬ年端に見えた。

 

 おもむろに肌身離さず持っていた古代紫の笛を懐から取り出すと、彼は「ゔぇっん!?」なる奇妙な声をあげて打ち震える。

 

 

「それっ…………てんかいのふえ…………!?」

 

「? はい」

 

 

 放心してまばたきを繰り返す青年を置いて清廉な音色を響かせる。心の準備がと騒いでいた彼に御魂還す斎火(バクフーン)が落ち着くよう促すも効果は薄い。

 

 だが御山の猫長(オオニューラ)が駆け付けるなりぴたりと止まり、笛と神使を交互に見比べ「あ、あー。そういうことね。なるほどね。理解したよ」と頷いた。

 何だと思ったのだろう──ああ、いや。ワタクシも理解した。

 

 

「着いてきてください」

 

 

 そう一言告げれば御魂還す斎火(バクフーン)は二足から四足に姿勢を変え、青年を自身の背に乗せる。

 本来の参道はこのまま真っ直ぐ『祈りの広場』の先に向かうもの。

 けれど原野を駆ける神使と山麓を縄張りとする神使ではどうしても後者が先に到着するので、今回は雷槌の御使いたちを避けて岩肌を登る方向で行く。

 

 

「え? 待って、この先……え?」

 

 

 二体の足先が積もった雪に跡を残す。

 青年は自分がどこへ向かっているか気づいたようで、落ち着き払っていた声が次第に上擦っていく。なんだ、そっちが素ではありませんか。

 

 神使の背から下り、聳え立つ『岩の門』をくぐる。

 凍てつく空気が耳を打ち、笛に似た音を奏でては奥の光指す場所へと導く。

 中間地点の辺りで彼は再度声を上擦らせたが、好奇心の熱が勝っているのを見逃す自分ではない。

 

 

 ──門を越えた先、シンオウの神殿は静かに佇んでいた。

 世界はその荘厳にして清廉な出で立ちに息を呑み、雪の彩りを捧げ奉る。

 かつては石切場に存在していた白亜の柱たちは天を支えるかの如く立ち並ぶ。

 それはまるで天より現れた全なる神が突き刺した槍のようであり、天と地を繋ぐ標のようであり、互いの世界を隔てる門のようであった。

 

 純白の階段をひとつ、またひとつと登ればかつての神使を模った守護像が自分たちを歓待する。

 十の御使いは最早静止した像ではなく、当時と変わらぬ息遣いを感じさせる神秘だった。

 

 天色を宿した雪白の柱を抜け、天への道を架ける舞台の前で足を止める。

 ここに立つといつも世界が息を呑む。

 吹き抜ける風は聖なる唄の様に神殿を巡り、浴びるだけで魂が清められる感覚がした。

 

 晴れ渡る天は高く広い。

 この天に望まれて自分は生きているのだと思うと涙が出そうだった。

 

 

「……決めました。ワタクシは覡として、全なる神の威光を取り戻します」

 

 

 全なる神は全知にして全能であるが不衰ではない。

 万能である自身の分身を生み出したのは“戴冠戦争”で数多の巨人と単身戦い傷ついたからであり、その後の“封神戦争”でも「古代の英雄」を遣わせている。

 おそらく、威光が陰り迷い子が生まれてしまった原因はそこにある。“封神戦争”に全なる神が名代を立てたことで、その奇跡を疑ってしまう背信者が多く輩出されたのだ。

 

 認めよう。

 全なる神の威光は全盛とは程遠い。

 分身である時空の二頭政に、取って代わられてしまうほどだと。

 

 

「空に、地に、海に、この世界に生きとし生けるもの全てに、シンオウの代弁者として福音を齎してあげるのです。万人が、全なる神を再び信じて仰ぎ見るのです」

 

 

 そうすればもう同胞が天を見失うこともない。

 錯乱し同胞を手に掛ける愚行を犯すことも無い。

 全ての命は全なる神のお足許で別の命と出会い、“喜び”と“楽しさ”を分かち合うことで“幸福”を永久に生み続ける。

 

 地と海が荒ぶことは無く。

 時と空が歪むことは無く。

 理と真が腐ることは無く。

 生と死が乱れることは無く。

 日と月が隠れることは無く。

 剣と盾が求められることは無い。

 

 遙かな過去から未来に渡り、全なる神が望まれた、すべての命が手を取り合って共に生きる理想の世。

 それを齎すことこそが、天に選ばれた自分の使命だ。

 

 

「……良いと思う! うん! すっごく良い! そういうの!」

 

「ふふ。世界がワタクシを望んだ理由を考えるのは楽しいですね」

 

 

 まずは此度の凶行を逃れた同胞たちを探し出そう。

 理想郷は山麓のみに非ず。白き凍土も紅き湿地も全てが神のお足許。ワタクシたちの庭なのだから。

 そうして見つけ出した暁には、ワタクシの使命を伝えよう。子々に孫々に伝えさせよう。

 何百年、何千年掛かったとしても、我らカミナギの民はシンオウの威光を取り戻すために全霊を捧げるのだ。

 

 

「全なる神の力を降ろし、全なる神の化身として、世界が望んだ覡となった暁には」

 

 

 風を背に舞台より男を見下ろす。

 世界を繋ぐ神具(あかいくさり)と同じ色の襟巻きが大きく左右に靡いていた。

 神に首を差し出したような咎人へ静かに手を差し伸べて、けれど確かに宣告する。

 

 

「たとえ神が赦さずとも。ワタクシだけは、アナタを赦してあげましょう。」

 

 

 アナタの罪を自分が許そう。

 アナタの懺悔を自分が聴こう。

 アナタの祈りを自分が受けよう。

 だって、アナタがワタクシを赦したのだから。

 

 

「……はは。それは、楽しみだなぁ……」

 

 

 少年(せいねん)は虚を突かれたように目を丸め、くしゃりと笑みを滲ませる。眼に薄く張った水の膜が紺青を一層煌めかせた。

 その瞬間に目を見開いて、舞台の前で、ワタクシに傅くように崩折れていく。

 頭が痛むのか胸が痛むのか、穏やかな笑みを苦悶に砕かれながら彼は頭を押さえて虚空に手を伸ばした。

 

 けれどそれがワタクシに届くことは無く──葬送の役目を終えた男は、風に攫われるようにして御魂還す斎火(バクフーン)と共に立ち消えた。

 

 白昼の夢が醒めるが如くその一瞬は呆気ない。

 別れの言葉も切り出せなければ、結局お互いに名前も知らない。

 

 けれどそれでよかった。

 彼と自分は全なる神への信心で繋がっていると確信できた。

 剥き出しの心を分かち合った以上、それ以外の何も必要無かった。

 

 そう、自分は理解したのです。

 彼がこの地を訪れたのは、蝶番の鍵に触れるため。

 鍵は自分であり、神殿であり、てんかいのふえだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「宇宙の光。尊き光明。究極の根源。始まりの者。全てを齎した我らの神よ。時空を超越せし創造主よ。無限無窮の最奥に坐す、天の御中の主さま。……今、貴柱より預かりし神具を御返しいたします」

 

 

 ──陽光にきらめく舞台の上で、覡はてんかいのふえに息を吹き込んだ。

 この世のものとは思えない幻想的な音色は、降り注ぐ金色の光が音に転身したかのようで。

 草葉が触れ合う様な優しい音は次第に流水に似た軽やかな旋律を奏で、時に炎の如き熱を纏いもした。

 光に包まれながら、笛は自身を少しずつ切り離す。

 魂の奥底に眠る懐古の心を呼び覚ます度に、久遠の記憶を呼び起こす度に、音は深みを増しながら笛の欠片を天に掲げた。

 

 柔らかな赤紫が浮かび、隣を薄萌葱が追う。大地の色を宿した檜皮(ひわだ)は草木の浅緑と絡み合い、露草と紅赤の軌跡が舞う。

 重たげに分かたれた若紫は雷槌に似た苅安と縺れ、空を写した薄藍は瓶覗の氷雪と連れ立った。

 (はしばみ)色の導に銀朱が踊る。

 薄鈍の軌跡を舛花(ますはな)がなぞる。

 代赭(たいしゃ)は拳を突き上げるが如く飛び出し、撫子は精霊たちの囁きを乗せて顕現した。

 

 最後に紫苑と純白が現れると、笛を覆っていた光が晴れる。

 古代紫はどこにも無く、ただすらりと伸びた真白の縦笛があるだけだった。

 

 覡の周囲で列を成して回り続ける十八の欠片(かけら)

 笛から口を離した覡は下りていた瞼を持ち上げた。

 そうして舞台に膝をつき、まるで天に召し上げるように諸手を挙げる。

 

 

「全なる神の欠片たちよ。我らに貸し与えられし世界の法よ。今こそ神の社より発ち、神威を示す標となれ」

 

 

 彼の周囲を公転していた全なる神の欠片たちが代弁者の詔を受けて励起する。

 “戴冠戦争”を経て世界に満ちた「タイプ」という名の神威(エネルギー)。それはこの世界における絶対の法と則であり、全なる神が数多の命に分け与えた永久(とわ)の恵み。

 欠片たちは自身が身を預けるに相応しい仮の主の元へ、思い思いに理想郷の空を飛び去っていった。 

 

 

「……さあ、“巡礼”を始めましょう。地を歩き、海を渡り、空を翔け、同胞の罪を共に悔い、神の慈悲を賜るために」

 

 

 光を纏いながら天空を駆ける軌跡を見送り、神殿の舞台で稚児が笑う。

 信心深き者が他にいれば、万人に暖かい太陽を抱きしめるように伸ばした手の先に神の形を視ただろう。

 

 理想郷は憎悪と流血で穢された。

 俗界と成り果てた世界に、カミナギの至宝の神具であるてんかいのふえは置いておけない。

 

 故にいま一度天へ還す。

 一切の罪穢れを祓い、諸々の禍事を治めるまで、何人たりとも触れることは許さない。

 それがたとえ、彼らカミナギの民であろうとも。

 

 

 覡は舞台から身を投げると、翔けつけたウォーグルに乗って神殿を発った。

 空を写した薄藍(あおぞらプレート)を宿した神使の羽ばたきはどこまでも力強く、ギャラドスよりも高く大空を飛び行く姿に地上の命は天を仰ぐ。

 

 

 陽光の冠を戴いた金紗の髪が、宝石を散りばめたように輝いていた。

 

 

 

 

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