シンオウの昔日-翡翠英雄奇譚-   作:ヒュペルボレイオス

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『天冠信仰合戦』

 

 

 ──歌うのが好きだった。

 世界がぐっと近づいて、自分の音が満ちていく。

 自らの音だけで満たされた世界はとても穏やかで、争いごととは無縁の場所。自分だけの秘密の場所。

 

 ──大きな音が嫌いだった。

 世界は大人たちの機嫌次第で、子供の声は二の次だ。

 昨日まで笑っていた人が今日は怒鳴って騒がしく、一挙手一投足で奏でる音の大きさが機嫌の目安。

 

 大人たちが煩くなる度に、世界は恐ろしいものに変わるから。

 そこから逃げ出すように離れては、誰にも邪魔をされないように、集落から少し距離を置いたところで歌っていた。

 

 

 歌は自分の世界を守るもので

   /大人たちの世界は騒がしくて

 

 嫌な時間が早く過ぎていく

   /いつまでも終わらない争いなど

 

 素敵な魔法の力を持っていた。

   /とても、素面では耐えられない──。

 

 

 

 *

 

 

 

 墓地で騒ぐのは忍びない。

 坂を登って再び『迎月の戦場』の前に来てみればキング・マルマインの姿は無く、爆発があったとは思えないほど静寂に満ちていた。

 

 

「……で? 三人寄って何の喧嘩してたんですか」

 

 

 ──マルマインの荒ぶりはシンオウさまの加護を受けた証であり、その力を以てヒスイに威光を示す使命を授かった証。

 使命とは苦しさを伴うものなので、マルマインが使命を達成する時を一刻も早く迎えるために、キャプテンとして尽くすのがツバキの使命。

 

 ──マルマインの荒ぶりの理由は置いといて、単純に症状として好ましくなく、過剰な力に苦しみ悶える姿は見ていられない。

 他のキングと同じく鎮めることで苦しみから解放されるなら速やかにそうすべきであり、事態の解決とポケモンの治療に当たることが最優先。

 

 ──二つの団の対立はこの際どうでもよく、カミナギの民から神話と歴史と遺跡について詳しく話を聴きたい。

 

 

「……ウォロさんだけ毛並み違いすぎません!?」

 

「いやあジブン、カミナギの民の名を聞いた以上は昂ぶる心を抑えることが出来ず」

 

「気持ちは分かりますけど収拾つかないんでちょっとオオニューラ様からいただいたもうどくプレートでも見ません?」

 

「ほう、プレートですか! 見ます!」

 

 

 よしひとり片付いた。

 商会の荷物の中から簡易折りたたみ椅子を取り出して腰を落ち着けたウォロさんに内心胸を撫で下ろす。「シンオウさま」を知る人がコンゴウ団とシンジュ団の争いに口を挟むと文字通り混沌しか齎さないと思うのでこれでいい。ありがとうオオニューラ様。

 

 あとの問題はこのふたり。

 とはいえふたりともマルマインが苦しんでいるのは認識しているし、早いところ苦しみから解放してやりたい思いも一致している。

 じゃあ別に、争うことも無い。

 

 

「あの、ツバキさん」

 

「何かなウマのホネ!」

 

「テルです。それはそうとギャロップの近位指節間関節にはなりたいです」

 

「キン……え? 何……?」

 

 

 敵意の顔が未知の言葉に戸惑うものへと変化した。充分に生まれた隙きの存在を確認し、すかさず会話のペースを掴みに掛かる。でも良いだろうがギャロップの近位指節間関節。

 

 

「真偽の程は誰にも分かんないんで、マルマインの荒ぶりがシンオウさまの意思で加護だって言うツバキさんの考えは否定しないです。それだけはまず分かってもらえませんか」

 

「なっ……あのデンボクさんの部下にしては話が分かる……」

 

「今までマルマインと接してきたキャプテンはツバキさんですから。ツバキさんの見解がまずは大事っスよ」

 

「そう! キング・マルマインを長年見続けてきたのはこのキャプテン・ツバキなのだよ!」

 

 

 勝ち誇った顔でツバキさんはノボリさん相手に胸を張る。

 む、とノボリさんは帽子のつばを押さえるもおれの話に続きがあるのを分かっているようで、目線でそれを促した。

 

 

「ツバキさんとキング・マルマインは普段から仲良しな感じですかね?」

 

「如何にもツバキとマルマインの絆は固く結ばれているよ。まだ年端も行かぬ童であった頃からマルマインはお傍にいてくれたのだ。ツバキの歌に憩う姿はあの頃から今に至るまで永久不変!」

 

「へえ〜ツバキさん歌上手いんですね! 今も歌ったらキング・マルマインは来てくれるんですか?」

 

「いいや、今のマルマインはシンオウさまの使命を優先する身! 少しもの寂しくもあるがこれもシンオウさまのお導き、辛抱の時なのだ」

 

「じゃ鎮めますね」

 

「なぜそこに帰結するのですかと!?」

 

 

 くわっとツバキさんが両目を見開く。

 ノボリさんは帽子のつばを押さえてうんうんと頷いた。

 何故も何もそんな小さい頃から歌を聴いてくれていた相手が一切興味を示さなくなったら寂しいだろうに。

 説得プランが失敗したのは仕方ない、急遽筋道を切り替えよう。

 

 

「ツバキさんは見たくないんですか? シンオウさまより賜った力で、歯向かう不届き者を打ち倒すキング・マルマインの姿」

 

 

 そう訊ねれば真意──真意ではないんだけど──を理解したらしく、ツバキさんは目を閉じて想像の世界に耽る。

 やがてぎたぎたにされるおれを思い描き終えたのか、大変機嫌の良さそうな顔で瞼を持ち上げた。

 

 

「確かに先程はマルマインに為す術もなく追い立てられる、ブザマな姿を晒していたね」

 

「正直おれが戦っても負けしか見えないんですけど、仕事だから一応やらなきゃいけないんですよね。おれが戦っても負けしか見えないんですけど」

 

「つまりデンボクさんの前にボロのあなたが帰りさえすれば、ギンガ団にシンオウさまの威光を示せるということだね?」

 

「そういうことっス! こっちはやった実績だけでも持ち帰れたら首が繋がるんで何卒! どうか寛大なお慈悲を!」

 

「そこまで頼み込む相手を無下にするほどの鬼の心、このツバキは持ち合わせていないよ! 無謀にもマルマインに挑み、至極当然に打ち倒されるがいいでしょう!」

 

 

 引き出せた言質に内心でガッツポーズを取る。

 挑みさえすればこちらのものだ。

 “おれ”が戦っても負けしか見えないけど、“おれの手持ち”が戦うなら負けるなんてありえない。

 だってね、うちの子ですよ。

 

 

 

 *

 

 

 

 マルマインが現れたのはそれから間もなくのことだった。『祈りの広場』の方向からオヤブンレントラーを打ち倒し、迸る雷光を纏って輝く軌跡は流るる筆の調べが如く。

 自身の縄張り──『迎月の戦場』に立ち入った余所者に裁きを与えんと、その巨体は高く跳躍し、雷撃と共に戦場へと降り立った。

 

 

「スピード勝負だ! 頼むぞマニューラ!」

 

 

 ヒスイの地では見たことの無い黒く不気味なポケモンを、ギンガ団は例のボールから呼び出す。

 まるでニューラを闇に染め上げたかの如きそのポケモンは指示を待たずして戦場を駆け出し、木々さえ利用して縦横無尽に跳び回った。

 

 

「“手早く”やろう、“こおりのつぶて”!」

 

 

 マニューラが爪を振り抜けば、追随して空中に現れた礫が空気を凍てつかせながらマルマインに殺到する。

 早業故に身を翻して第二撃を即座に放つ。一呼吸の間も置かずに続いた攻撃に──マルマインはびくともしない!

 

 草タイプであるマルマインに氷タイプの技は効きが良い。

 それでも“こおりのつぶて”は所詮威力の低い技。シンオウさまのご加護を受けた今のマルマインには通用しないのだ。

 

 マルマインの呼び声により戦場の木々からビリリダマたちが落下する。

 ギンガ団は「どっから来たの!?」と叫んだが、その声さえもビリリダマたちの“じばく”と“スパーク”の飽和攻撃によって掻き消えた。

 雷と火花は土と石を撒き散らし、大地に雷光が蓋をする。地面を抉った雷撃の余波は離れたボクの頬さえビリリと痺れさせた。

 

 キングの呼び声ひとつでこれほど多くのポケモンが力を貸す。その実状が誇らしい。

 やはりマルマインはシンオウさまよりお力を賜り、偉大なる使命を帯びた者であるのだとの確信が胸を満たしていく。

 

 だが次の瞬間、かのポケモンは卑劣にもビリリダマの“じばく”を逆手に取った。

 この瞬間を待っていたのだと言わんばかりの不敵な笑みを浮かべ、爆風に自身の背を晒す。その黒き背中を押し上げるような勢いの波に乗っかって、マニューラは戦場の端から中心のマルマインまで一足飛びに肉薄した。

 

 莫大な力を蓄えたその神体に、凍てつく鉤爪が一閃の弧を描く。

 礫が駄目なら直接爪を突き立てんと浅知恵を巡らせたようだが、マルマインは少しも痛みを感じてはいない──と確信しかけた時、マルマインはそのかんばせを不快に歪め、痒みを訴える様に地面に体を擦り付けた。

 

 奔る“10まんボルト”の威力が途端にがくっと落ちたのを見て、ノボリが「霜焼けですね」と冷静に呟く。

 ギンガ団がマルマインに何をしたのかは皆目見当がつかないが、所詮は勝者の分かりきった戦いだ。

 愚かにも一芸を披露し続け礫を放つマニューラに遂に裁きが訪れた。

 

 周囲の地に埋まる砂鉄がヂリヂリと振動し、全身から溢れ出た稲妻が緑光によって束ねられる。

 バチバチと電雷が漲る光は一点にぎっと引き絞られ、次の瞬間──爆ぜた。

 

 “はかいこうせん”とよく似た極大の光線が木々へと飛び移らんと跳ねたマニューラを呑む。

 空高く撃ち出された緑光の矢は、緑光の砲撃は、マルマインが大きく体を傾けて後転したことで打ち切られた。

 

 

「今のは……」

 

「“クロロブラスト”。体内の葉緑素を束ね、攻撃に転用する技です」

 

 

 これまで我関せずを貫いていたイチョウ商会の男が、簡易椅子に腰掛けたまま不遜にも足を組んでにこりと笑う。キャプテンなのにマルマインの使う技も知らないのか──とツバキの無知を嘲ったに違いない。

 だがそれを咎めるよりも先に、男はとんでもないことを言いだした。

 

 

「葉緑素とは簡単に言えば太陽の力を借りて息をするためのもの。草タイプのポケモンが生きていくためのものを、攻撃用に吐き出しているんですよ」

 

 

 分かります? と男が指を立てる。

 朗々とした声は託宣の如くよく澄んで両の耳を打った。

 

 

「……! それはいけません、マルマインが死んでしまわれます!」

 

「ええまあ、そうでしょうね」

 

「待ちたまえよ! 死ぬ……!? マルマインが!?」

 

 

 戦場の方ではギンガ団が口元に手を当てて青褪めた。

 その表情は敗北を悟ったからではなく、マルマインが命を嘔吐しているのだと男もまた察したからだろう。

 

 

「マルマイン! その男は命を擲ってまで倒す相手だと言うのか!? シンオウさまの使命を未だ果たしていないその身で、そんな無茶はどうかやめ給え!」

 

 

 戦場のマルマインは痒みと疲労に息を乱してゆわん、ゆわん、とふらついていた。

 男の話が本当ならば、それは内臓を吐き出すに等しい行為だ。疲れない方が無理がある。

 相手はギンガ団の小僧で、小柄なポケモンで、神の威を授けられたマルマインの敵ではないのに。

 なぜそんなことを。そう嘆いた。

 

 

「──死にたいからでは?」

 

 

 あんまりにも軽々しく、無造作に返答が投げ渡された。

 

 

「この山麓はヒスイで最も神聖な地域と言っても過言ではありません。シンオウさまから賜った力で、シンオウさまの庭を荒らしたのです。まあ死にたくなるのも無理はありませんよね」

 

 

 商会の男はもはや戦いの行末に興味など無いのか、一冊の古びた雑記帳を膝の上に広げていた。

 戦場で再び“クロロブラスト”が天に打ち上がる。

 マニューラは今度こそ直撃を免れるべく砲撃の瞬間に木の枝を蹴って射程を逃れた。

 

 大気が悲鳴をあげている。

 撃ち出された緑光はまるで天に命を返還するかの様で、放ち終えたマルマインはぐったりと仰向けに転がる──のだが、体の内側を叩き上げられたみたいに何度か跳ねるとまた起き上がってしまう。

 

 勝者の決まっている戦いだ。

 何の心配もいらない戦いだ。

 だってキングを鎮めるにはシズメダマと呼ばれる道具が必要だとアニキから聞き及んでいる。

 そのシズメダマを用意しない以上、あのギンガ団がどれほど善戦しようとマルマインのご加護が消えることはない。

 相手取ることは出来ても、あのギンガ団はマルマインを鎮められない。

 

 

「このまま力尽きるまで──あと何回、自身の命を吐き出すのだと思います?」

 

 

 男は頬杖をついて戦場を見やる。

 やけに通る声は逆向きの鱗をざらりざらりと撫で回すような不快感を抱かせるが、同時にその言葉が嫌になるくらい現実であり真実であるとの実感を叩き付けるものだった。

 電気タイプのマルマインには“でんじは”が効かない。

 草タイプのマルマインには“ねむりごな”も効かない。

 止める手立てが──無い。

 

 

「頼む、通してくれ! “いちゃもん”!」

 

 

 マニューラが罵声染みた鳴き声を浴びせかける。何を言っているかなど分かりはしないが指示の通り難癖なのはなんとなく読み取れた。

 奇妙な行為はどうやら何らかの技として成立していたらしく、マルマインの体に黒い靄が掛かる。次弾の緑光は黒い靄に絡み付かれて霧散した。

 次に放たれたのは“クロロブラスト”ではなく、有り余る雷電を起用した“10まんボルト”。

 その瞬間、ギンガ団の顔色は幾許か明るいものに変わる。マニューラをボールに戻し、即座に呼び出した交代先は湿地の女王と同じ種族。

 

 

「“アンコール”!!」

 

 

 両手を強く打ち鳴らしてギンガ団の男は叫んだ。

 ドレディアもそれに倣って鈴の音が如き声を転がし柏手を打つ。

 知らない技の数々に戦況の把握が追いつかなくなる中、ノボリだけが「ブラボーッ!!」大声を張り上げる。

 

 

「ノボリさん、テルさんは一体何をしたのでしょう」

 

「彼は同じ技を連続して使えぬように封じる“いちゃもん”で“クロロブラスト”から別の技に切り替えさせたのち、同じ技のみを繰り返し使わせる“アンコール”で技を固定したのです!」

 

「なんと興味深い! ポケモンの使う技にはジブンも少々詳しいと思っていましたが、どうやらまだまだのようですね」

 

「わたくしもこの目で見るまで忘れておりました。ヒスイにそのような技は存在しません……あれは先の未来で編み出された技に間違いないでしょう」

 

 

 ノボリが口にした通り、マルマインは緑光を束ねられず電撃だけを撒き散らす。

 それだって充分、いや過剰なくらい激しいのに、ギンガ団は安堵の顔で冷静に指示を飛ばし続ける。

 

 ──違う。彼の顔は薄く口角を上げただけ。眼差しは未だ険しく、ほんのひとすじ希望を抱いただけ。

 では何故ボクは、その顔を「安堵」だと思ったのか。

 ──それは、彼に自分の思いを投影しているからで。

 ──何を投影したかといえば、マルマインの自殺行為を止められたことへの「安堵」で。

 

 

「ツバキさま。今一度お考えくださいませ。苦しむマルマインの姿を見た、あなたさまの本当の思いを」

 

 

 何度訊ねられようとツバキの思いは変わらない。

 マルマイン。

 天冠の山麓を自由に遊び、皆から慕われる満月の君。

 大人たちがシンジュ団と激しく舌戦する度に、大人たちが早熟なアニキに過去の対立を教え込む度に。

 煩い世界から、アニキを呑み込む嫌な世界から逃げ出して、ひとり穏やかな世界を守るために歌っていた幼いツバキのもとに、何度も現れてくださった心優しい洞窟キング。

 

 

 そのキングが使命を受け取ったならば

   /山麓を荒らしポケモン達を傷つけて

 

 シンオウさまのご意思であるならば

   /暴君として避けられ孤立する(さま)

 

 マルマインの意思であるならば

   /死にたいと絶望し泣き叫ぶ姿に

 

 ツバキは、キャプテンとして

   /ボクは、彼の友人として──

 

 

「…………もど、って……元に、戻ってほしいに、決まってるよぅ……!」

 

 

 使命に邁進するマルマインに対する侮辱であるとして、奥底に封じ込めていたもの。

 矛盾した思いが決壊し、堪えきれなくなった感情が目から溢れ出した。

 

 マルマインの苦しみをシンオウさまの意思(せい)にした。

 シンオウさまの意向(せい)であり、マルマインは悪くないのだと自他に言い聞かせることでしか、友人(マルマイン)を守る術を知らなかった。

 事柄の原因を相手に押し付ける、世界を喧しく変えてしまう大人たちと、同じ方法しか知らなかった。

 

 

「テルさま! ツバキさまはマルマインの鎮静を所望されております!」

 

()()()()()!!」

 

 

 その返答にイチョウ商会が吹き出した。

 三体の王たちを鎮めたあの紺青の目は、とっくに何もかもを見透かしていたのだろう。

 分かった上で自らの力を卑下し、ツバキが気持ちよくなる言葉を並べ立て、マルマインに挑む権利を掴み取ったのだろう。

 

 

「ツバキさま。テルさまが時間を稼ぐ間にシズメダマを作りましょう。作り方は抜かりなく。わたくしカイさまから聞き及んでおります。問題は材料、マルマインの好物ですが……」

 

「イチョウ商会!!」

 

「はい?」

 

 

 目元を袖で乱雑に拭う。

 商会の男は試すような含みのある笑みでこちらを見上げる。

 ほんの少し鼻の詰まった声は締まらないけれど、決意と立志を乗せて強く、強く響かせた。

 

 

「取り扱っているごりごりミネラルを全て買い取らせてもらおうか! そんな大荷物を持ち歩いて“欠品”だなんて、このツバキは認めないよ!」

 

「──お買い上げありがとうございます。“お客様がお望みなら、ヒスイ全土の何処へでも”。イチョウ商会を今後もどうぞご贔屓に!」

 

 

 言葉と共に広げられた商品の中、材料としてノボリが挙げるものを片っ端から買い揃える。

 彼の手本と共に素材を組み合わせ、紅白の包みに詰めていく。

 その行程に難しいものは何一つとしてありはしなかった。子供の手仕事にも出来そうなくらい簡単な手順しかなくて、本当にこれでマルマインを鎮められるのかと拍子抜けしてしまうほどだった。

 

 ──だからこそ。

 

 ひとつひとつに集中できた。

 ごりごりミネラルを砕き、ちぎった薬草と混ぜ合わせ、袋で包む。

 同時に込めた祈りがあった。

 同時に合わせた願いがあった。

 同時に詰めた懺悔があった。

 こんな簡単なことを忌避し続けた後悔を胸に、今はただマルマインの命を救いたい一心で作り続けて、そして。

 

 シズメダマは瞬く間に籠に溢れた。

 マルマインは未だ“10まんボルト”を放ち続けており、あの美しくも悍ましい“クロロブラスト”を放った形跡は無い。

 どう届けよう──そんな思考を巡らせた瞬間、どこからともなく現れたオオニューラが爪を引っ掛けて籠ごと持ち去っていった。

 届け先は当然、戦場の中のギンガ団。

 

 

()()()()()()()! お願いだよぅ!」

 

 

 ムシの良いことを言っている。

 あまりにも身勝手な変わり身の速さ。

 自分で自分を罵倒する言葉なんていくらでも湧いて出た。

 だがそれよりも先に願うことがある。

 声に出して言霊を乗せて相手に届けたい言葉が他にあった。

 

 

「マルマインを、ボクの友を、助けてくれ──!!」

 

 

 赤い襟巻きを大きく靡かせて、オオニューラから籠を受け取った紺青色がボクを一瞥する。

 シズメダマの出来を確かめるように握り込んで浮かべたのは、まるで夜明けに差した日輪の如き満面の笑み。

 

 “アンコール”の効果が切れたのか、再びあの緑光がマルマインの体を発つ。

 束ねられる草の息吹、焚べられる友の命、放たれる砲撃の正面に立って、紺青の日輪は力の限り声を張り上げた。

 

 投げ放たれる紅白色のシズメダマ。

 着弾と共に広がった爽やかな薬草と澄み切った塩の香り。

 緑光は散らされ燐光となる。

 命を削って擲つのではなく、本当の意味で天に還される過ぎた力。

 金色の粒子は一迅の竜となって天へと昇り、地に残されたマルマインは本来の色彩を取り戻した。

 

 

 

 

 

「マルマイン!!」

 

 

 迎月の戦場に踏み込んで友に駆け寄る。

 彼はテルに苅安色の板を授けるとボクに向き直った。

 

 

「ごめん、ごめんようマルマイン! 本当は知ってたよ、ずっと苦しかったんだろう!」

 

 

 雷を使うマルマインが雷に撃たれて荒ぶったとき、本当は歓喜なんて湧かなかった。

 彼の悲鳴に似た雷鳴がただただ恐ろしかった。

 騒がしい世界から自分をお守りくださるキングがいなくなってしまった現実に絶望した。

 それが怖くて、運命を呪って、何か“理由”があるはずだって、マルマインの狂化を正当化して──マルマインに救われておきながら、マルマインを救う方法が分からなかった。

 

 

「ごめんよう、ごめんよう……!! ツバキが悪いよ、この通りだ! だから死なないでくれ、死なないで……!」

 

 

 御前で崩折れて泣きじゃくるボクを見てマルマインが俯く。山麓を荒らしポケモンたちを危険に晒した彼は自害を選ぶほどに思い詰めている。

 ボクは散々シンオウさまの意思だと、マルマインの使命だと謳っておきながら、今になってマルマインに死んでほしくないと子供のように駄々を捏ねている。

 

 ──でも、死んでほしくなんかないんだ。

 ──どんな理由があったって、マルマインに死んでほしくないんだよ。

 ──キングの座を追われるんならツバキだってキャプテンをやめてマルマインについていく。

 ──もしツバキが腹を切ってマルマインが許されるならそれでいい。

 

 わんわんと泣き喚くボクを前にして、マルマインは困ったように体を左右に傾ける。

 こころなしか彼も泣きそうになっているさなか、戦場の木々からポコンと落下したビリリダマたちが、ぞろぞろとマルマインの近くに集まってきた。

 

 

「なんです……?」

 

 

 マルマインの指示で“じばく”と“スパーク”の連鎖攻撃を仕掛けた子たち。

 否、彼らだけではなかった。

 遙か『祈りの広場』からマルマインに倒されたレントラーとルクシオが。

 遙か『列石峠』から何度も安眠を妨げられたドーミラーとロトムが。

 遙か『笠雲の切り通し』からマルマインに住処を荒らされたエレキブルとエレブーが。

 戦場の近くに住まう山麓のポケモンたちがみんな神妙な顔で集まって──マルマインの色彩が元に戻っているのを見るなり、空気が和らぐほどに顔を綻ばせた。

 

 

「ぐえっ!? な、何をするんだい!?」

 

 

 マルマインの体にルクシオが飛びつく。ロトムが周囲をはしゃいで飛び回り、ツバキはドーミラーに背中をどつかれた。ぐりぐりと背中にめり込むドーミラーに「痛い痛い痛い!」抗議の声をあげる。

 

 涙を拭って辺りを見渡せば、揉みくちゃにされたマルマインがどうにかごろごろとツバキの傍に転がってきた。

 顔は模様の関係で相変わらず目を吊り上げた険しいものだが、その口元は普段と逆向き、三日月の笑みを浮かべている。

 

 ……それは昔から変わらない、ツバキの歌に耳を傾けてくれる時のかんばせ。

 自分の世界に閉じこもるための手段でしかない、どうしようもなく独りよがりな歌を好きになってくれた、無二の友の大好きな笑顔。

 

 

 笑っておくれ、マルマイン。

   /歌っておくれよ、ツバキ。

 

 

 月を迎える戦場で。

 その日ボクは生まれて初めて。

 独り世界から逃げるためではなく、友たちのために歌ったのです。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 さあ良い話が展開される一方その頃。

 おれは心地の良いアルトの歌声を遠くに聴きながら、必死に自身の絶叫を噛み殺していた。

 

 

「んぎぎぎぎぎぎぎぎ………………!!」

 

「はい、耐えて耐えてー。まだ耐えてくださいねー」

 

 

 戦闘中は集中しているし脳内麻薬もどっぱどぱ。

 戦場を迸りまくったエレキによって体の感覚は疾うにイカれており、意識しないと勝手に四肢が変な角度になろうとする程だった。

 故にこうして筋肉を揉みほぐしていたのだが、いやこれがまた痛いのなんの。

 くっついた肉の中にナイフを差し込んで、グッグッと引き剥がしているみたい。

 

 

「テルさま、ツバキさまからの伝言です」

 

「なんスか……?」

 

「今回の件については大変感謝しており、度重なる非礼についてはお詫び申し上げ、後日コンゴウ団の長に沙汰を仰ぐとのことです」

 

「はあ……まあおれとしてはマルマインにもツバキさんにも寛大な処置を望みます……んぐぎぎぎ……」

 

 

 痛いですねー、と感情の無い共感の姿勢を示すウォロさんがおれの痺れた右腕を肩から指先にかけて圧迫する。

 ノボリさんがそっとゴーリキーのボールを構えたのを見て、身の危険を感じ全力で首を横に振った。

 

 

「……あ。そうだウォロさん」

 

「何ですか? いかずちプレートのお話ですか?」

 

「いやそうじゃなくてちょっと訊きたいことが……“戴冠戦争”って知ってます?」

 

 

 時空の歪みの向こうであの子が口にした言葉を思い出す。

 ──宇宙を創世し給いた創造神は、戴冠戦争の傷を癒やすべく眠りについた。

 アルセウスが眠りに就いた過程についてはおれも詳しくない。ディアルガとパルキアを生み出し、ユクシーたちを生み出したあとに眠りについたのは神話に語られる通りだ。

 けれどあの子は確かに、“戴冠戦争で負った傷を癒やすべく”と口にしたのだ。

 アルセウスが眠りについた原因と、眠りにつかねばならなかった理由──それが、“戴冠戦争”だと。

 

 

「……。知っていますよ」

 

「それ話したくない時の間の取り方じゃないですか……」

 

 

 いえいえ、そんなことは。

 にこーっと感情の読めない笑顔で無言を貫く姿勢に、苦笑いを返してお茶を濁した。

 だいぶマシになった全身の痺れに肩をぐるぐる回しながら立ち上がる。山麓の任務は一段落した。早くコトブキムラに帰って報告を纏め、体もちゃんと休めたい。

 

 

「そうですね。その話はまたいつか。テルさんがヒスイの神殿に辿り着いた時にでもお話ししましょうか」

 

 

 それだけ告げると、ウォロさんはすぐに踵を返して『列石峠』を降り始める。

 夕染の空に溶け出した紺が形を成して、大きなムウマージが妖艶に微笑みながら、墓石のようなものにしなだれかかっていた。

 

 

 

 





新年度が始まったので次回からは隔日更新になると思います。
皆さんのあたたかいコメントや評価を励みに頑張ります。
これからもよろしくおねがいします。
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