シンオウの昔日-翡翠英雄奇譚-   作:ヒュペルボレイオス

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 キング・クレベースは強敵でしたね。




「えいえんのこおり」

 

 風音が絶えず鳴りながら雪の凩が宙を舞う。

 飛沫を上げる対の水簾に憩うワシボンは、そんな雪を物ともせずこちらに襲い掛かる。

 

 ここ『心形岩山』には雪とは違う冷たい空気が満ちていて、その荘厳かつ怜悧な圧とも言える雰囲気を醸す主は、滝の上にあるあの岩だ。

 おそらくあれが心形岩。

 心の形をした岩という意味の通り、その形はどこかエイチ湖のユクシーと似通っていた。

 ユクシーに似た形の岩を仰ぐ、滝の流れ落ちる泉──まるでエイチ湖の似姿として作られたような地形に感嘆の息が零れる。

 ワシボンの相手もそこそこにして岩の近くにまで飛んでいく。心形岩の大きさに圧倒されつつも守護像(パラディオン)とは全く異なる佇まいに、もしかしてこれ単に偶然ユクシーみたいな形になってるだけなのか? と首を傾げた。

 

 

「……木が、無い」

 

 

 その岩の向こう側、景色はがらりと一変する。

 針葉樹が一本も生えておらず、ウリムーもオニゴーリも見当たらない。人智未踏の雪原に細い川が流れるのみで、その奥には黒い海が静かに凪いで広がっている。

 ヒスイの真なる最北への道を閉ざすかの如く雪は舞い、このままだとおそらく吹雪になるだろう。

 つまり──

 

 

「吹雪になる前に行って帰ってくればセーフ!」

 

 

 ウォーグル様の「その意気や好し」とでも仰っていそうな地鳴きと共に、おれたちは岩の傍らから雪凩へ飛び込んだ。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 臓腑を震え上がらせるような恐ろしい咆哮に全身が竦む。

 

 心の底から泣き叫びたくなって、恐怖から吐き気がせり上がる。

 

 身を隠していた洞窟が上から叩き潰された。

 

 荒野をひた走れば少し手を伸ばされただけで追いつかれ、次の瞬間には雪が真っ赤に染まる。

 

 他の命を囮にして逃げるしかなかった。

 

 何故こんなことになっているのかも分からなかった。

 

 自分たちは生まれたばかりで、誰も「あれ」のことを知らないのだ。

 

 そもそもあれが、何なのかも分からなかった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 ヒスイ地方の真なる最北。

 針葉樹の一本も生えない雪原。

 遠くから眺めるだけでは何も無かったここに着陸してみて、分かったことがある。

 

 ──命が無い。

 

 雪を掘り返せばフキノトウが隠れている訳でもなく。

 ゴーストやフワライドが静寂を好んで徘徊する訳でもなく。

 隠れて人が住んでいる訳でもなく。

 植物も、ポケモンも、人も、何もかもが存在しない静寂の地。

 それが、ヒスイの最北。最果ての凍土だった。

 

 

「……変だ」

 

 

 それは変だ。

 この世界の至るところにはポケモンがいる。人間が立ち入らない場所はポケモンの場所であり、人間が行けないだけでポケモンなら行ける場所は沢山ある。

 最果ての凍土は“ただ寒くて草木も無いだけ”だ。

 ()()()()()()()土地に、氷タイプのポケモンさえ、ゴーストタイプのポケモンさえいないなんてのは、おかしいのだ。

 

 

「バクフーン?」

 

 

 傍らの相棒がくいっと袖を引く。

 彼はひと鳴きしておれに注意を向けさせると、足元の雪を掘り始めた。

 “あなをほる”の要領で雪を掻き出す彼の勘からすると、多分この下に死体でも埋まっているのだろう。服装からいつの時代の誰かが分かれば、何かしらこの静かすぎる土地について知ることが出来るはずだ。

 しばらくすると掻き出した雪をウォーグル様が“ぼうふう”で吹き飛ばす。咄嗟にバクフーンに抱え込まれながらも露出した大地をこの目に、え?

 

 

「……氷?」

 

 

 積雪の下から現れたのは凍った大地ではなく、どこまでも分厚い氷だった。どこから「凍土」が「海氷」に切り替わったのか、考えられるとすればあの心形岩。

 命が無いのもまあ頷ける。海氷は草木を育まない。

 

 

 ──違う。

 

 

 ポーチからギガトンボールを取り出して握り込む。ぎょっとしたウォーグル様の声を遠くに聴きながら体を捻り思いっ切り振り上げて、渾身の力を掛け声と共に海氷の表面へと叩き付けた。

 

 氷に拒絶されたボールが僅かに跳ねる。

 欠けて飛び散る煌めきがあった。舞う雪を仕留めて落下する欠片の色は、瓶覗ではなく黒鉄のもの。

 

 この氷にぶつかって、ギガトンボールの方が欠けたのだ。

 

 

「海氷じゃない。これは……」

 

 

 ボールを握って顔を上げる。

 凪いだ黒い海に浮かぶ氷の地と雪の蓋。

 その強度はギガトンボールが負けるほど。

 

 

()()()()()()()()だ……!」

 

 

 下顎を覆う氷塊の装甲は鋼に勝り岩石を砕くこと容易なり──シンジュ団に伝わる逸話、キングとの交戦、野生種の捕獲で綴った文言が頭を過る。

 ここだけで判断するのは些か逸りすぎかと思い、バクフーンとマンムーの力を借りて他のポイントを除雪することにした。

 

 思い過ごしであればそれでいい。

 単にとんでもなく強い海氷であるならそれでいい。

 

 だけどいくつか繰り返して、最早自分が今どこの位置にいるのかも分からなくなるくらいあちこちを回った時、“それ”を見つけてしまったんだ。

 

 閉じ切ることも叶わず、半開きのまま虚空を見つめる淡黄色の眼。

 黒の瞳は死後の濁りによって黄ばんでおり、生前携えていたであろう鋭い眼光は面影さえ残っていなかった。

 

 

「なんで……キング級のクレベースが、こんなとこで死んでるんだ……!?」

 

 

 それもおそらく一体じゃあない。

 大地と見紛う程度には起伏を持つこの形。何体ものクレベースが折り重なって積み上がっていると見ていいだろう。

 

 

「バクフーン! 何か感じないか!?」

 

 

 眼を細めて首周りの数珠を灯した。しばらく一定の揺らめきを繰り返し、バクフーンは静かに首を横に振る。

 ゴーストタイプのポケモンさえいない時点で分かっていた。ここにはもう何も無い。クレベースの魂はきちんとあるべき場所へと還っている。

 

 それなら、このクレベースたちは無念の死や非業の死を遂げた訳ではない。

 彼らは自身の役目を全うし、納得の上で生を終え、この最北で静かに眠りについているのだ。

 

 何の──ために?

 

 鋼に勝り岩石を砕く氷塊の王。

 鋼に勝り岩石を砕く姿が古より伝わる氷塊の王。

 鋼と戦い、岩石を討ち、今も凍土の中心に永遠の氷を冠す氷塊の王。

 

 何の、ために。

 

 あと少しで何かが見えそうだった思考を雪が横殴る。

 バクフーンに言われて辺りを見れば黒い海から押し寄せる風は吹雪になり掛けていた。

 

 

「やべ、ウォーグル様戻ってください!」

 

 

 バクフーンとマンムーをボールに戻し上空へと呼び掛ける。

 ウォーグル様は獲物を狩る様に急降下しておれの体を掴み上げると甲高く鳴いて風雪に突っ込んだ。

 

 大きく羽撃く翼の風切り音が唸りをあげる。

 風と雪のみによって織られた様な白と灰の世界に顔を顰める。

 心臓だけが焦燥とも呼べる鼓動を打ち鳴らす。遮られた視界は役目を果たせそうになく、ウォーグル様の感覚のみが道標。

 

 心形岩の瀑声が聴こえ始めた時、微かに雪が弱まって視界が僅かに景色を掴み取る。

 白と灰のみだった世界の中、風に煌めく金色の髪とその傍を流れる雪白の風。

 

 

「テルお兄さーん」

 

雪中に現れる女子(ユキメノコ)ーッ!!」

 

 

 この天候とこの気候にまるで相応しくない童女がおれを見上げて手を振っていた。

 風に靡く髪は雪そのもの。赤い帯だけが色を灯しているのも相まって、もしおれが衰弱していたら絶対にユキメノコと見間違える自信がある。

 慌ててウォーグル様に高度を落としてもらい、岩山のユクシー像の後ろに降り立って──傍らの保護者に捲し立てた。

 

 

「ちょっとウォロさん!? どうしたんですかこんなとこで子連れなんて! さてはもしや遭難ですか!?」

 

「彼女はジブンの子ではありませんし遭難もしていません。単なる素材の採集に仕事も兼ねて付き添っただけです」

 

 

 岩の傍で、彼は雑記帳を閉じてゆらりと立ち上がった。

 どうやってこの岩山を登ったのか疑問が残るところではあるけれど、この純白の凍土に単身立ち入れる時点で彼が他の人とは一線を画す実力者なのは読み取れる。

 そろそろフカマルもガブリアスに進化している頃なのだろう。

 

 

「それより! もしや今からベースキャンプにお帰りですか?」

 

「え? はい。吹雪いてきたんで早くしないと」

 

「やめた方が良いですよ」

 

 

 ほら、と指で示された岩山の向こう。

 エイチ湖から流れる川を越えた先──『クレベース氷塊』。

 それは凍土の中心に立ち並ぶ氷塊群であり、特に最も大きな氷塊の上には「永遠の氷」と呼ばれる氷柱が突き刺さっている。

 それは大昔にいたクレベースの体の一部とも云われており、古代のクレベースは三十メートルを超える巨体であったともされている。

 氷でありながら鋼に勝り、岩石を砕くクレベース。

 永遠の氷を冠した古王の亡骸が悠久の時を経てそこにある。はずなのだけど。

 

 そこに広がっていたのは、暴虐とも言える猛吹雪。

 白と灰の奔流に呑み込まれ、視界の果て、世界の果てまでもが雪華の波に攫われていた。

 氷塊はおろか、あれほどの存在感を放つテンガン山さえもが白亜に消える。それでいて静寂とは真逆な雪の唸り声が遠くまで低く響いていた。

 

 

「……何スかこのブリザードは」

 

「さあ。ジブンたちがシンジュ集落を訪れた際には少し雪が降り始めていた程度なのですが、それから勢いは増す一方で。嫌な予感がしてこの岩山に避難し様子を見ていたら……気づけばこのような状態に」

 

 

 “雪、そろそろ降り出しますよ”──少し前の自分の発言を思い出す。その言葉と共に集落を後にしたのは覚えている。

 流石雪国シンオウ育ち、雪限定ながら天気予報はバッチリだ。

 いやブリザードは聞いてないんだけど。

 

 

「逆になんでここは比較的無事なんだろ」

 

「『心形岩山』はサーナイトが守る領域ですからね」

 

 

 さらっと流された不思議な話に首を傾げる。でも多分そういうものです以外の収穫は無いのだろう。

 オヤブンともなったサーナイトのサイコパワーは岩山に安寧の保護膜を張る程度、きっと造作も無いのだ。

 

 手持ちの携帯食糧にはまだ余裕があり、ハピナスの体調も良好。この辺りが無事だと言うなら吹雪が収まるまでしばらくポケモンの情報を纏めつつ待機でいいだろう。

 ……なんて、悠長とも言える考えを咎めるように、久し振りに聴く電子音の連続がアルセウスフォンにより奏でられた。

 

 

「わ、と、と、えっ何?」

 

 

 軽く焦りつつ取り出してみれば、液晶パネルがチカチカと光を点滅させている。

 その点滅は次第に収まり、青白い光の糸が紡がれると共に『クレベース氷塊』の方角へ向けて真っ直ぐ照射された。

 

 

「なにぃ……? 何なの……?」

 

「ウォロ。やっぱりこの吹雪はシンオウの意図するものではありません」

 

「そのようですね。……クレベースが鎮まったのを狙いましたか。それともテルさん自身が呼び起こしたか……」

 

「ふたりとも?」

 

 

 おれを放置して話を進めるふたりは既に光の先、『クレベース氷塊』を眼差している。

 声を掛ければ金と銀の眼が合わせ鏡のようにこちらを振り向き、一秒遅れて笑みを形作った。

 

 

「テルさん! 光の先に何があるのか、気になりませんか? 気になりますよね?」

 

「なるなるすっごく気になりますハイ」

 

 

 アルセウスフォンは言葉が少ない。

 全てのポケモンに出逢えとの使命を託した時からこの端末が他の文言を表示したことなど無いし、導いてくれと願っても無反応がデフォルトだ。

 そんなアルセウスフォンがわざわざ起動しこうして場所を、方角を、道を指し示すなんて、そこには重大な意味しかないだろう。

 

 ──それにもし、この猛吹雪が意図的に起こされていて、光の先にその主がいるのなら。

 ──シンジュ集落を、氷山ベースを、そこにいる人たちを呑み込もうとしているのなら。

 ──凍土に分布するエイパムを、ミミロルを、このまま凍えさせておくのはなんとも忍びない。

 

 

「吹雪もなんとかしないと。氷ポケモンだけが凍土で生きてる訳じゃないんですから」

 

「では行きましょう。その光の示す先、永遠の氷を冠する『クレベース氷塊』へ! ──クレィア」

 

 

 名前を呼ばれ、彼女は小さく頷くと手にした長袋の紐をしゅるりと緩めて一気に解く。

 竹刀袋を思わせる長さの巾着から姿を見せたのは、彼女がかつてシンジ湖で奏でていた鈴の杖だ。

 それは体を支えるものではなく、何かの祭儀に用いるものとしての色が強い。

 透き通った大きな鈴が二つ先端に掲げられ、深い青と淡い紫のリボンが二本絡み合うように流れを作る白銀の杖。

 持ち主よりも背が高いそれをあの日と同じく体の一部の様に操って、雪の音を掻き分けて天まで届きそうな鈴の音を響かせた。

 

 ──直後のことだ。

 ブリザードを掻い潜り、もう一体のウォーグルがキッサキ神殿の方角から岩山に降り立つ。

 猛く雄々しい鬨の声を力強く轟かせ、彼は両翼を折り畳むとウォーグル様に一礼する。

 そして澄んだ青空を宿した双眼でウォロさんとクレィアちゃんを眼差すと、くるりと背を向けて促した。

 

 

「今めちゃくちゃ気になる一連の流れがあったんですけど取材って受け入れてもらえたりします?」

 

「では飛びながら話すのでよく聴いていてくださいね」

 

「高ァい! 難易度が!」

 

 

 二体のウォーグルが肩を並べる。

 神使の血を引いていない方は吹雪に警戒と恐れの色を滲ませていた。

 こればかりは飛行タイプ故の(サガ)だろう。せめて気休めになればと思い、ポーチからあべこべ焼きを一枚取り出した。

 

 

「? テルお兄さん、それは?」

 

「これはポケモンが食べると攻守の力が入れ替わる不思議な作用があってね。だからあべこべ焼きって言うんだけど……ほら、ウォーグルって攻めの力が強いけど守りの力は程々でしょ? もし雪が怖いなら、これで擬似的に守りの力を上げてみたらどうかなーとデェッ!!」

 

 

 思って、の言葉が続く前にウォーグルのクチバシがおれの頭に振り下ろされる。もはや掘削と言っても差し支えないような威力に濁声で悲鳴をあげた。

 

 

「痛い痛いっ!! 何ゴメンって!」

 

 

 ズコンズコンと頭皮を毟り荒らすウォーグルはウォーグル様に宥められてようやく平静を取り戻したが、じとっとおれを睨みつけた(のち)ぷいっとそっぽを向いてしまった。

 何……?

 

 

「今のはテルさんが悪いです」

 

「おれ!?」

 

「凍土のウォーグルに向かって、言うに事欠いて『もし雪が怖いなら』などと……ふふ、あははっ! アナタ本当におもしろ……っははは!」

 

 

 お腹を抱きしめて笑うウォロさんに指摘され、おれはようやく自分の言動を振り返った。

 あのムクホークさえ立ち入れない厳寒の最北端『純白の凍土』を、幼少(ワシボン)の頃より飛び回るウォーグルに対して、「もし雪が怖いなら」なんて煽りにしかならない善意の進言をしたのだと。

 

 

「ごめんごめんごめん本当にそんなつもりじゃなかったんだって!! この通り!!」

 

「ご覧なさいクレィア。そうそう見られるものではありませんよ、ウォーグルに平謝りする人間なんて」

 

「……口には気をつけようと、思いました!」

 

 

 完全に意固地になったらしく、ウォーグルはあべこべ焼きをキッと睨みつけた後にその鋭い眼光を吹雪に向ける。

 その眼には恐れなど少しも残っておらず、あべこべ焼きのくだりは怪我の功名だったのだと、今もじんじん痛む自分の頭を慰めることができた。それはそれとしてごめん。

 

 雪は相変わらず強まる一方であり、「今」が一番弱いのだと踏ん切りついた二体が岩山から飛翔する。

 エイチ湖から流れ出る川の先、オヤブンサーナイトの庇護下から外れた途端に雪が暴れ出した。

 風は氷刃となってウォーグルたちに襲い掛かり、針葉樹の葉は枝から離れた瞬間に凍り付く。横殴りの雪はあちこちで渦を巻き、時に逆巻いて方向感覚を狂わせた。

 

 その寒さに肺が凍る。

 息が出来なくなって、カハッと咳にさえならない音らしき声が零れる。

 危機を感じてウォーグル様の羽毛に顔をうずめると、彼の体温は応じるようにおれを包み込んで凍った肺胞を溶かしてくれた。

 アルセウスフォンから指す光はどんなに重い雪をも裂き、ただ一点を指し示している。

 

 

「……吹雪が、『クレベース氷塊』から発生してる……?」

 

 

 光は氷塊を刺し貫き、風は氷塊を“目”にして吹き荒れる。

 その意味を掴みかけた矢先、「永遠の氷」の“中”が幽かに点滅した。

 

 

「テルお兄さん離れて!!」

 

「えっ。うわあっ!?」

 

 

 瞬間、凍土全域が脈打つ様に震撼する。

 風と雪の唸りを叩き潰す轟音が轟き、永遠の氷を冠した最も大きな氷塊が揺れる。

 無数の亀裂が稲妻の如く表面に走った刹那、内側からタマゴの殻を破る様に爆ぜた氷の破片が弾幕として散開した。

 

 無造作でありながら“こおりのつぶて”よりも鋭く、“つららばり”より鋭利で、“つららおとし”より犀利を極めた散弾の中でウォーグル様が身を撚る。

 振り落とされるんじゃないかと錯覚する加速と減速の繰り返し。飛び散った破片が雪と混じって白い霧を生み出した。

 

 霧のショールを羽織って“それ”は顕現する。

 凍土の中心に立ち吹雪の中心でありながらどこよりも凍てついた空気を纏うもの。

 光を歪ませる青白い体。

 七つの光点が垂直に交差する氷塊の胴に、二対の翼を象る背中の氷柱。

 

 

 

()()()()()…………!?」

 

 

 

 最も大きなクレベース氷塊から孵化した氷の巨人は、悠久の眠りから醒めた朝方にあくびでもするかの様に両腕を広げて天を仰ぐ。

 氷塊が冠していた永遠の氷は無残にも落下し、氷の刃と雪の盾を従える無機質な巨人の光点が──殺意を宿したかの如く、赤く不気味に輝いた。

 

 その研ぎ澄まされた殺意は間違いなく。

 彼の周囲を飛び回る、おれたち三人に切っ先を向けていた。

 

 

 ──臓腑を震え上がらせるような恐ろしい殺気に全身が竦む。

 

 ──心の底から泣き叫びたくなって、恐怖から吐き気がせり上がる。

 

 

 おれの知るレジアイスとは絶対的に異なるサイズ感も相まって、本能が肉体に、思考に、脳に、臓腑に宛てて警鐘を叩き鳴らしている。

 オヤブンを恐れなくなって久しく忘れていた感覚に口角さえ上がらない。

 それでもレジアイスを貫くアルセウスフォンの光が魂を奮わせた。

 

 鋼に勝り、岩を砕く氷の王クレベース。

 何故、彼らの死体が最果てに積み上がっていたのか。

 キング・クレベースが金色を宿しながらも理性を保って凍土を睨み続けたのは何のためか。

 

 答えは此処に。

 氷の王であるが故に。

 どれほどの代を重ねても勝ること叶わず、砕くこと能わず、「永遠の氷」の下に封じるしかなかった()()()()

 

 今代のキング・クレベースは、ずっとこいつを睨んでいたんだ。

 

 

「……力を貸してくれ、みんな!」

 

 

 一刻も早くこいつを鎮めなければいけないと全身が叫んでいる。

 氷山ベースにいるラベン博士が、集落で必死に生きてきたシンジュ団が、そして凍土に住む全てのポケモンが、氷の下に閉ざされる前に!

 

 ──鬨の声を乗せた衝撃波を真正面に解き放つ。

 ウォーグル様の咆哮が、迎撃戦の開始を凍土に報せていた。

 

 

 

 

 




ウォーグル(♂)
 意地っ張りな性格でちょっと怒りっぽい。キッサキ神殿の上を飛んでる野生種。神使の末裔の顔に免じて許すけど、次煽ったら本気で喰うつもりでいる。

レジアイス(推定)
 永遠の氷の下に封印されていた氷の巨人。
 あの巨大な氷塊と大きさがそう変わらない超ギガトンサイズ。
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