シンオウの昔日-翡翠英雄奇譚-   作:ヒュペルボレイオス

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時空を超えて、心をひとつに。

 

 

 “ばくおんぱ”として成立しないのが不思議な衝撃波は、僅か数秒吹雪を裂いた。

 その数秒を以て力強く羽撃いたウォーグル様がレジアイスに接近するも、暴風じみた雪風が下から彼を殴り飛ばす。

 仕切り直しだ。雪の護りを剥がして距離を詰めたその瞬間、ひのたまプレートを用いたバクフーンは“オーバーヒート”を圧縮し、恒星の如き火球として投げ放つ。

 一拍の間を置いて新星が爆発する。

 吹雪を熱波に変えるだけの熱量を与えられた大技が凍土に須臾の春を齎した。

 ──が!

 

 

「なんっで今ので無傷なんだよ……!!」

 

 

 その半透明な氷の体には一切のダメージが見当たらなかった。指先の氷柱一本だって欠けていない。反動でバランスを崩したバクフーンを即座にボールに戻す。返礼の“ふぶき”を悟ったウォーグル様が全速力で距離を離した。

 

 

「だめなんですテルお兄さん! 氷の巨人は『火吹き島』のマグマでも溶けません!」

 

「タイプ相性をご存知じゃねえなあ!?」

 

 

 氷河時代につくられた氷の体は炎でも溶かすことができない──ユウキ先輩の図鑑に書かれていたレジアイスの説明を思い出して頭を抱える。

 オダマキ博士を信用していなかった訳ではないが、まさかタイプ相性という絶対の法則さえ無視するとは思わなかったのだ。

 

 炎が弱点から除外されるとすれば残りは鋼と岩と格闘。奇しくもキング・クレベースが勝り砕いたものたちが並んでいる。

 格闘タイプならドレディアの出番だけど、彼女の本業は草タイプだ。氷タイプ相手に何も考えず投げていい子じゃない。ただでさえキング・ウインディ戦では無理をさせたんだ。

 幸い“ドレインパンチ”ならバクフーンも多少はかじって心得がある。あるけど、そもそもそれを叩き込めるまで近づくことが出来ないという、物理的距離はどうしようもない!

 

 赤い光点が波紋を描いて点滅する。中心の一点に集まる冷気がパキパキと高い音を奏で出す。三秒も無い猶予ののち、“はかいこうせん”並みの太さで“れいとうビーム”が放たれた。

 間一髪では巻き込まれる。ウォーグル様の全霊を賭した羽撃きで大きくその場を離れてなお、甲高い悲鳴の様な高音が耳鳴りとなって脳を襲った。その旋回に伴って全身を打ち付ける冷風も痛いなんてもんじゃない。

 

 

「二発目っ……!?」

 

 

 再度装填される寒波の砲弾。

 “はかいこうせん”の様な“れいとうビーム”はあくまで“れいとうビーム”であって、“はかいこうせん”で生じるような反動なんて存在しない。故に連射は可能。相手が回避に距離を要して、手出しが出来ないなら尚の事。

 緋色の眼光が射抜いた直後、眼前に迫る破滅の氷華。制服を貫通して肌を刺す冷気に身が竦むおれを鼓舞する様にウォーグル様が怒張声を張り上げる。

 ──直後、左方から飛来する同じ太さの“れいとうビーム”。

 ふたつの冷気は絶叫を響かせながら激突し、凍土の中心に巨大な氷塊を打ち立てた。

 

 それは天を穿たんとする地上の氷槍が如く。冷たくけれど美しさよりも雄々しさが勝る佇まい。

 地響きと共に『氷山の戦場』を下りてくるその姿に、その出で立ちに、安堵と焦燥が一気に湧いた。

 

 

「キング・クレベース!」

 

 

 低く荒々しい唸りをあげてレジアイスを睨め上げる。一瞥した先には孵化と共に零れ落ちた「永遠の氷」の残骸があった。

 ……永遠の氷は、大昔にいたクレベースの“一部”であるとされている。

 氷塊にレジアイスを封印するための要石か、はたまた楔かは分からないが、キング・クレベースにとっては連綿と繋がれた使命を遡った先にいる同胞だ。

 

 その胸中を推し量る間も無く、凍土の王は咆哮する。そして地鳴りとも言える足音を轟かせて、腕を振り上げたレジアイスの、マイナス二百度と囁かれる凍てつく体に喰らいついた。

 レジアイスは一度はよろめくもすぐに均衡を取り戻し、両腕でクレベースの顔に掴み掛かる。

 ゼロ距離で放たれた“れいとうビーム”の衝突は大気を揺るがし、矛先を変えた氷塊の礫が弾幕の様に辺りにばら撒かれた。

 互いに仰け反る一拍後、レジアイスの腕を代赭(だいだい)のオーラが包み込む。下からぐわんっ、と回転した腕が、決壊した氷河の流れを思わせる重力を引っ提げてクレベースの頭上に叩き落された。

 引き裂かれた空気が爆発し、凍てつく衝撃波が暴風となって荒れ狂う。雪崩に似た轟音が凍土を震撼させ、クレベースの強靭にして巨大な背に亀裂が走るのが見えた。

 

 

「“アームハンマー”……!?」

 

 

 ユウキ先輩に鍛え抜かれたレジアイスが一度だけその技を放ったのを見たことがある。

 あの時は“ばかぢから”の大きすぎる隙を埋めるために、おれが“アームハンマー”の型をユウキ先輩に伝えたんだ。先輩の指示を受けたレジアイスは試しに大岩に振り下ろしてみたが、技としてはまだ若干使いこなせていなかった。

 レジアイスが“アームハンマー”を使うには相当な修練を重ねる必要があるのだろう。だが眼前の巨人の“アームハンマー”は完璧だった。

 二重の抜群を取られたキング・クレベースは、その威力に──圧されていない!

 

 

「凄え……!」

 

 

 少し考えれば当たり前だ。レジアイスの攻撃力は彼の能力値の中でも素早さと並んでワースト。対してクレベースの防御力は彼の能力値の中でもトップ。

 タイプ相性という法則でこそ完勝しているが、それで話が終わるようならこの巨人を相手に何代も戦っていないのだろう。

 高揚と驚愕の声を零したおれの目と、キングの怜悧な眼が一瞬かち合った。

 

 ──そうだ、ぼさっとしてないで加勢しろ!

 

 自身の不甲斐無さに笑う膝をぶっ叩いて叱責し、ウォーグル様から飛び降りる。着地先はキング・クレベースの巨大な背中。ここならマンムーの脚力で十二分に踏ん張れる。

 

 

「ぃ、っくぞマンムー! “ストーンエッジ”!!」

 

 

 着地と共にボールから出したマンムーが遠吠えで大地に呼び掛ける。直後にひび割れた地の下から、レジアイスの体を穿つべく岩の槍が突き上がった。

 キング・クレベースとは対照的にレジアイスは特防が高く防御が比較的低い。ようやく物理技主力のマンムーが思いっ切りぶちかませる。

 足元から剥かれた牙にレジアイスの姿勢が揺らぐ。その隙きを突いたキング・クレベースは“ステルスロック”を展開し、体勢を立て直す前に巨人のあちこちを斬り付けた。

 ──効いてる。

 ──通じる。

 ──いける!

 手応えにようやく口角が上がる。尖った岩々に傷つけられながら立ち上がったレジアイスは、その緋色の光点で相変わらずおれを射殺さんばかりに見つめて──

 

 

 

「⠐⠞⠃⠟⠰⠁⠙⠫⠃⠐⠟⠹」

 

 

 

「……え、っ?」

 

 

 思考が凍てつき霜が降りた。

 自分の耳が何を拾ったのかまるで理解ができなかった。

 その“音”は人の声にしてはいやに高くて。

 だけどポケモンの鳴き声にしてはやけに細かくて。

 けれど自然の音色にしてはあまりにも奇妙な連なりをしていて。

 ()()という動作そのものが間違いであるような、強烈な違和感を持っていて。

 

 巨人の瞬き(れいとうビーム)に反応が遅れたおれを、誰かが横から殴り倒してその視線上から追い出した。

 

 

「死にたいんですか!?」

 

 

 技の余波がびりびりと肌を逆撫でる。ウォーグルのタックルでマンムーから叩き落されたのだ。

 とっくに喪失した帽子の下、金紗の髪を雪の結晶で彩りながら怒鳴るウォロさんの声にようやく耳の正常を実感する。

 “れいとうビーム”はマンムーの体上半分を呑み込むも、彼はその逞しい体躯と脚力で驚異的な踏ん張りを見せつけた。慌ててボールの開閉スイッチを押し安全地帯(ボールの中)に避難させる。抵抗相手を失ったビームはそのまま凍土の彼方を行き、放ち尽くして消失した。

 

 

「いまレジアイスが、喋っ、喋ったんです!」

 

「……あの巨人の声を、聴いたと?」

 

「はい! なんて言ったのかは、分かんなかったんですけど……」

 

 

 あれは、きっと“声”だった。

 “声”と形容するのは間違っているのかもしれない。あの“音”を“聴く”のは誤りかもしれない。

 それでもおれの知る語句と感覚では、あれは“声”であり、耳で聴く“音”だとしか言えなかった。

 

 

「──クレィア!」

 

 

 ウォロさんの呼び掛けに応えてウォーグルがキング・クレベースの頭上を飛ぶ。

 背筋ぎりぎりを通過する刹那に彼はおれを拾い上げると、そのままレジアイスから全速力で距離を取り、最も遠い手頃な氷塊の上に放り出した。

 

 吹雪か霧か霰か、クレベースの背に立つウォロさんと傍らのウォーグル様は既に見えない。だけどあの人がおれを戦場から遠ざけたのは、単なる戦力外通告などではないはずだ。

 

 

「話す許可がおりたので。テルお兄さん、よく聴いてくださいね」 

 

 

 雪白の髪を押さえ、カミナギの民(クレィアちゃん)がおれを見上げる。その澄んだ双眼には有無を許さず、託宣を下す神の使いとしての強い光が宿っていた。

 

 

「“コダイノエイユウ”……という名を知っていますか?」

 

「え? 古代の……うん。ヨネさんから聞いたのが初めてかな」

 

「では話がはやいです。手を出してください」

 

 

 クレィアちゃんは杖のリボンのうち深い青の方を杖からほどくと、おれの両手に強く握らせた。互いに寒さで真っ赤になった指先が重なる中、彼女が唱える聴き馴染みのない唄に耳を傾ける。

 

 

「──ΤΚΥ Α ΣΡΒ Ν ΚΩΥ ΤΚΥ Α ΥΡΣΤ ΤΥ──」

 

 

 それはいつかの『深紅沼』で、聴き間違いだったものと似たしらべ。

 やっぱりあれは妄想でも幻聴でもなかったのだと息を呑む。意味を悟ることは出来ないのに、どうしてか知っている気がするもの。

 おそらく古神奥語よりも更に古く、だけど宣託言語ほど深淵ではない。

 懐古と未知を両立させる唄は意味を汲む前に紡ぎ終わり、深い青のリボンは淡くも輝かしい白光を纏いながら形を変える。

 大輪の花にも、姫君の釵子にも思えるような、五方向に広がる銀の扇。

 だけどそれは花でもましてや髪飾りでもなく、戦場に齎される武具であると、神々しく雄弁に物語っていた。

 

 

「これは……?」

 

「『時の盾』とよばれる神さまの武具。“封神戦争”のおり“コダイノエイユウ”に貸しあたえられた、“巨人”を討つための神威です」

 

「神さっ……え!? 待って“封神戦争”って何!?」

 

 

 “戴冠戦争”とは違う単語に思わず訊き返す。

 そも『古代の英雄』にだって詳しくはない。ヨネさんが「まるで昔話の英雄みたいだ」とおれを評したくらいで、具体的に何であるかは全く知らないのだ。知っかたぶりって良くないね。

 

 

「それは──」

 

 

 直後、クレィアちゃんの声に被さって地響きが轟く。

 突風に裂かれた吹雪の幕の先、晴れた視界の奥、キング・クレベースの背に膝をつく金紗の姿があった。

 

 

「っ……!!」

 

 

 隣で悲鳴にならない息が呑まれる。即座に閉じた雪の幕。

 幾本もの銀光(ラスターカノン)が幕の向こうで鈍く煌めいては、より密度を増す吹雪に塗り潰された。

 

 

「後で教えて! それでいいや!」

 

「っありがとうございます、そうします! ひとまずその盾があれば、氷の巨人の攻撃をおそれる必要はないと信じてください!」

 

「マジで言ってる!?」

 

「うん、まじめに言ってる!」

 

 

 びっくりして手元の盾に目を落とす。

 淡い白光を宿す銀の扇には盾としての重さすら無く、恐る恐る手を離しても重力に絡め取られさえしない。空中に浮かび静かにこちらを見据える武具という、現実離れした光景が知識欲に火を点ける。

 

 

「絶対後で詳しく教えてね……!」

 

 

 氷塊に降りたウォーグルの背を借りる。

 クレィアちゃんが一節唄えば、時の盾は光の天窮を形成してウォーグルを包み込んだ。

 そうして吹雪に突進した瞬間、神さまの武具という概要に納得した。

 

 冷気がほとんど遮断されている。

 

 今まで一切を氷に閉じ込めんとする強烈な冷気に飛び込んでいたのにそれを感じない。

 ウォーグルも身を強張らせること無く真の速度でキングに迫る。取っ組み合いを続ける氷の王と氷の巨人。両者の戦いで生じる悲鳴の如き音が鼓膜を打った。

 

 

「来る!」

 

 

 代赭のオーラを纏った腕がキング・クレベースの頭上に再び振り落とされる。ルカリオが“はどうだん”で迎え撃つ準備を終える二秒前、ウォーグルの最速を以て両者の間に割り込んだ。

 銀河の如き輝きを放つ『時の盾』は美しいオーロラに似た光の帯を辺りに伸ばす。

 瞬間、凍土に流れる時が遅延する。

 盾の耀きを前にして世界が色彩を眩ませる。

 吹雪そのものが凍りつき、巨人の鉄槌(アームハンマー)はその軌道を停止させた。

 

 

「良いですよテルさん。しばらくそのまま!」

 

「おれの意思でやれてるのかどうかは分かんないんですけど!?」

 

 

 なんてこと言うのと振り返ったのと同時に、背後──今となっては眼前──から黒い影が無数に伸びる。ひとつひとつに意思を宿したような影の鎖は、緩慢極めるレジアイスの体を瞬く間に搦め捕った。

 クレィアちゃんの肩に手を置いて立ち上がったウォロさんは金に縁取られた紫黒のベールを被っており、影の鎖は透けたベールの下から揺らめきながら伸びている。

 不安定な影なのに、鎖はレジアイスを捕えて離さない。盾の光が収まり時があるべき流れを取り戻すも、レジアイスは拘束を振りほどけずにいた。

 

 

「捕えて……ここから、どうします!?」

 

()()()()()! そのために彼らを呼んだのですからね!」

 

 

 ──その好機に、凍土の命が沸き上がる。

 

 マンムーの後を継いだ新たなオヤブンマンムーの遠吠えと共に近隣から集結するイノムーの群れ。

 血気盛んなユキカブリを引き連れてユキノオーたちが氷塊に群がる。

 そこに種族の壁は無く、『極寒の荒野』からオニゴーリが、『戦場への道』からカイリキーが現着した。

 凍土を脅かす巨人を討つための迎撃戦。

 ウォーグル様の報せを受けて立ち上がったポケモンたちが、今こそ集いつつあったのだ。

 

 響く鈴の音を旗印に、キングの咆哮が大地を揺らす。

 マンムーはイノムーらと共に“げんしのちから”を呼び覚まし、ユキノオーは“ウッドハンマー”をレジアイスの足元に叩き付けた。

 ここからだとほとんど見えないけれど、集結したポケモンたちは皆、思い思いの力業で巨人の足元を砕かんと奮戦している。

 

 

「っ……先代オヤブンの意地を見せてやれ、マンムー! “10まんばりき”!!」

 

 

 キング・クレベースの背から飛び降りて、重力をも連れたマンムーの巨体が轟音と共に地を砕く。

 分厚い凍土に稲妻めいた亀裂が走った直後、ゴバッ!! と裂けた大地の下に瓶覗の空洞が出現する。

 

 

「天上ばかりに気を取られるから足元を掬われるのですよ、氷の巨人(レジアイス)。」

 

 

 足場を崩された巨人の巨体は大きくバランスを崩して地下の空洞へと倒れ掛かる。それでもと体勢を立て直す──ことは許さないと言わんばかりに、キング・クレベースが自身の巨体を以てレジアイスに覆い被さった。

 バキバキと音を立てて割れるのは大地か氷塊か、立ち込める氷の霧の中、急ぎ離れたポケモンたちがキング・クレベースに声援を飛ばす。

 怒号のように吼え立てて一歩を踏み出すキングに対し、光点を瞬かせながらレジアイスが“れいとうビーム”を乱れ撃つ。それさえ咎めようと影の鎖が新たに発った。

 両者は互いに譲らない。レジアイスの足元を埋め立て始める氷の侵蝕を凍土のポケモンたちが必死に粉砕して食い止める。

 

 

「もう、少し……!」

 

 

 あとひと押し、あとひと押し何か欲しかった。氷の王と巨人の取っ組み合いに加勢できるポケモンは流石に望めないけれど、もうひと押しがあればこの拮抗する戦局を打開できるのは間違いない。

 

 くわん、とウォロさんのルカリオがおれに吠えた。

 何か訴えるようにポーチを指す彼にウォロさんはクレィアちゃんと顔を見合わせる。

 

 

「! そういうことか!」

 

「ええ、届けてくださいウォーグル!」

 

 

 ポーチから投げた一手を咥え、ウォーグルはキングの頭に向かって急進した。この豪雪の中ずっと飛び続けた白い翼は羽根を乱して疲労を訴えるが、彼は最後の仕事だと眼光鋭く空を翔ける。

 大口を開けるキングに届けた捧げもの。

 スナック感覚で食べられる軽食のパティ。

 キング・クレベースの抜きん出た防御力を攻撃力に変換する、『時の盾』に負けず劣らずの不思議道具──あべこべ焼き!

 

 キングの体が鳴動した。

 今この瞬間のみ、彼の攻撃力は全ポケモンの頂上に君臨する。

 ヒスイのみならずあらゆるポケモンを上回る圧倒的なその剛力は、スロースタートを乗り越えたレジギガスの腕力さえも軽く飛び越えて、氷の巨人との相撲に完全に押し勝った。

 

 

「行って、テルお兄さん」

 

 

 少女の神託(こえ)に背中を押される。

 アルセウスフォンから放たれる光が強くなるのと、おれがキング・クレベースの背を駆け出したのは全くの同時。

 草鞋を履いた脚はまるで羽でも生えたかの様に軽く、氷の甲羅を半ば滑走しながら巨人に迫る。

 崩れそうになった姿勢を雪風が支える。

 手放しそうになったアルセウスフォンを冷気が強く握り込ませる。

 これまで敵対していたものが全て味方についたような感覚に高揚が収まりを知らず溢れ出した。

 

 緋色の殺意が研ぎ澄まされ、深緋の妖光が激烈に輝く。

 最後の足掻きに撃ち放たれた“れいとうビーム”はおれの頭上に浮かぶ『時の盾』の光と激突し、放射線状の花弁の如く散らされた。

 

 

 

「⠁⠙⠫⠃⠐⠟⠹⠰⠐⠞⠉⠳⠟⠖ ⠐⠞⠉⠳⠟⠅⠎⠁⠞⠑⠹⠖⠖」

 

 

 

 咆哮でもなく悲鳴でもなく、声ではなく音ではない。それでもおれを咎めるような巨人の意思が、キングを呼び止めるような巨人の感情が流れ込んでくる。

 金色(こんじき)に眩く象られ、短い棍棒のような形に姿を変えたアルセウスフォンが、耳元で雷鳴を掻き鳴らす。キング・クレベースの頭上から跳躍し、氷の巨人を眼下に収める。

 地下の空洞に足を取られ、凍土の王に組み伏せられ、影の鎖で拘束され、なおも深緋に殺気立つ姿勢には一種の敬意を払う。

 

 

「──ごめんな。」

 

 

 振り下ろしたアルセウスフォンに導かれ、天上から直下した稲妻(アルゲス)が一瞬にして雪雲を晴らす。

 白と灰の世界を破壊した電光(ステロペス)は晴天を齎し、直上に日輪が姿を現す。

 僅かに遅れた雷鳴(ブロンテス)は数多の祈りを束ねて雷霆(ケラウノス)を鍛造し、その神威は、その神鳴りは、巨人の体を打ち砕いた。

 

 

 

 

 崩壊していく氷塊の体から影の鎖が霧散する。

 指先が、足先が、背の羽が、意味を持たない氷柱に零落していった。

 深緋の光点は幾度かちか、ちか、と点滅したのち、電源を落とされた機械みたいにふっと色を喪失する。

 

 ……。ここから……レジアイス(核)との戦いとか、ないよな……。

 

 ひと息ついていいのか分からない焦燥と不安感が胸中を占める中、背後から肩と脇を叩かれた。

 

 

「お疲れさまです、テルさん」

 

「もう大丈夫ですよ。“封神戦争”の忘れものは、無事にとどけられました」

 

 

 折り畳んだ紫黒のベールを腕に引っ掛けたウォロさんが『時の盾』に触れると、銀の光は粒子となって消失する。

 クレィアちゃんはリボンの形にほどけた盾を杖に結び直し、ダイヤモンド・ダストとなってゆっくり消えていくレジアイスを見下ろした。

 

 首をもたげて、キング・クレベースが空に遠吠える。

 永遠の氷は激戦に呑まれ最早どこにあるかも分からない。

 故に彼は、最果ての同胞と天上の神に吼えるのだ。

 永きに渡る戦いを、やり残しを、今ここに漸く終えたのだと。

 

 

「テルくーん!」

 

「!? あ、あーっ! ラベン博士! ラベン博士ーッ!!」

 

 

 氷山ベースからえっほえっほと駆け寄るラベン博士に今度こそ全身の緊張が散った。

 ベースキャンプの火の番と護衛を兼ねたゴウカザルについ先程まで抱きかかえられていたらしく、白衣のあちこちにゴウカザルの抜け毛が付着している。

 キングの背を降りたおれは博士と涙の抱擁を交わし、互いの無事に心の底から安堵した。

 

 

 

 

 

 

「こんなところで『時の盾(タイムシールド)』と『冥界(めいかい)()面紗(ベール)』を持ち出す羽目になるとはね……」

 

「ま、まあまあ。ほら、『空の刃(エアーブレード)』は使わずにすんでよかったよね。あべこべ焼きってすごいなあ」

 

 

 冗談みたいに晴れ渡った純白の凍土。

 燦々と降り注ぐ陽光が齎す季節外れの小春日和。

 きらきらと煌めく雪白の上に、人もポケモンも激戦に疲れた体を投げ出した。

 中にはニューラとウリムーのように、捕食者と被食者の関係にある者だっているだろう。そもそも全員が互いの縄張りを持つお隣さんだ。

 そんなものはもう、どうでもよかった。

 

 

「“時空を超えて心をひとつに、あらゆるものを友とせよ”。これで、果たせた……のかなぁ?」

 

「これで果たせていないのならそれはアルセウスの見る目が無いだけです」

 

「不敬ですよウォロ……」

 

 

 雪の冷たさと太陽のぬくもりに挟まれる感覚はとても奇妙で、だけど何処までも心地良い不思議な空気。

 遠い遠い神話の時代。

 在りし日の楽園を思い起こすようなひとときに、今ばかりは誰もが耽っていたかったのだから。

 

 

 

 

 

 

 




クレベース(♂)
 わんぱくな性格で打たれ強い。正直アームハンマーよりれいとうビームを受ける方が痛い。(特防種族値36)
 攻撃種族値184というデオキシスアタックフォルムを上回る“暴力”は自分でも若干引いた。

レジアイス(性別不明)
 アームハンマーを使えるのでレベル81を超えているのは確実。
 ただそれはDPとRSの話であって、BDSPやORASだとレベル41または49で覚えるらしい。

マンムー(♀)
 勇敢な性格でちょっぴり見栄っ張り。前のオヤブンがテルの手持ちになったので後を継いだ妹分。

ユキノオー(♂)
 やんちゃな性格で物をよく散らかす。自力で覚える技は氷と草のみなため有効打は無いけど、黙っていられるはずがなかったので若い衆(ユキカブリ)を連れてやってきた。

オニゴーリ(♂)
 気まぐれな性格で暴れること好き。ユキノオーとほとんど同じ気分で群れを率いたオヤブン。好きなポケモンを氷漬けにする例のユキメノコは姉にあたる。

カイリキー(♂)
 まじめな性格で物音に敏感。キング・クレベースが出発するのと同時に出たかったけど、雪から這い出すのに時間がかかったおっちょこちょいな面もある。

ゴウカザル(♀)
 おとなしい性格で辛抱強い。すぐにでも馳せ参じたかったが、あくまでもテルに頼まれた「ラベン博士の護衛」を優先した。


時の盾(タイムシールド)(出典:空の探検隊)
 受けるダメージを半減するディアルガの専用道具。盾の形はディアルガの腰についてるアレ。

空の刃(エアーブレード)(出典:空の探検隊)
 与えるダメージを1.5倍化するパルキアの専用道具。使わずに済んでよかったらしい。

冥界(めいかい)()面紗(ベール)(出典:空の探検隊)
 攻撃してきた相手を拘束し継続ダメージを与えるギラティナの専用道具。影の鎖の形はオリジンギラティナの羽根をより曖昧にした感じ。

雷霆(ケラウノス)
 アルセウスフォンが突然変形した姿。
 稲妻・電光・雷鳴の三要素から成る「神鳴り」を呼ぶための物であり、「神鳴り」そのものを指す言葉でもある。
 モチーフ元はルーブル美術館のゼウス像が持ってるアレ。
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