シンオウの昔日-翡翠英雄奇譚-   作:ヒュペルボレイオス

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 前回の点字を解読してくれた方々がいました。
 細部の細部まで読み込んでいただきとても嬉しかったです。ありがとうございます。




『純白神聖戦役』

 

 

「で、“封神戦争”って何?」

 

 

 からっと晴れた晴天の下、『氷山ベース』での休憩もそこそこに質問した。

 シンジュ団にも大きな被害は無く、『クレベース氷塊』は多少様変わりしたが生態系に影響は見られない。

 何より雪崩の心配も無いとなれば、もう心残りは“封神戦争”と“古代の英雄”についてのみだった。

 

 

「そうですね。何がなんだかわからないのはテルお兄さん的にも気持ち悪いでしょうし、何より約束ですのでお話しさせてください」

 

「うん、お願い」

 

 

 レジアイスに時の盾、古代の英雄に封神戦争。分からないことだらけなところ、目を瞑ってひたすら事態の収束を求めて走り抜けたのだ。そろそろ答え合わせをしたいし、この知識欲も宥めたい。

 

 

「……まず“封神戦争”とは何か、ですが。これはタンテキに言うと、“古代の英雄”がシンオウたちの加護を受けて“巨人”を討った戦争です」

 

「その“巨人”っていうのは……」

 

 

 北方のキッサキ神殿を見上げて言い淀む。

 快晴に澄み渡る空気は巨大な神殿を隠すことなく照らしている。

 

 

「はい。テルお兄さんの想像どおり、あの神殿に封じられているのが“巨人”です」

 

「……やっぱりかレジギガス……」

 

 

 そして未来(過去)のおれはその封印を解いたクソボケ野郎ということだ。

 鍵となる三体を遠方のホウエン地方に封じていた古代人の気持ちをなんだと思っているのだろう。

 

 

「正確に言えば人王(レジギガス)は“巨人”ではないのですが……そのお話も、させていただきますね」

 

 

 杖のリボンを撫で、語り部の少女は居住まいを正す。

 醸し出されるひんやりとした厳かな空気はおれの手を取り、神話の世界へと連れ込んだ。

 

 

 

 *

 

 

 

 ──この世に楽園があるとすれば、少なくともこの地ではないでしょう。

 

 握り潰される同胞の悲鳴に耳を塞ぐ。

 直後に血腥さの暴力が鼻を殴りつけ、地を穢す夥しい紅が目に焼き付いた。

 亡骸とも呼べない地面の染みに縋り付いて泣く暇も無く、自分が“次”の標的にならないよう息を殺して岩陰に身を潜める。

 

 誰もが生まれた時から、この大地には“巨人”がおりました。

 頭は雲を突き抜けた先にあり、地に満ちる命たちから見えるのは逞しい二本の腕と、大地を踏みしめる太い両脚と、それらを繋ぐ隆々とした胴だけでした。

 

 その“巨人”は何のためにいるのか、誰もが一度は考えたことでしょう。

 彼は創造神から、命の揺籃たるタマゴを孵す使命を与えられているのです。

 この世界を満たすべく作られた、あらゆる命が包まれた揺り籠。

 それを孵すことで木々の命が地を満たし、草花の命が野を彩り、人々の命が各地に散りばめられるのですからね。

 

 タマゴが孵るために流れる時間。

 命が暮らすために広がる空間。

 その均衡を保つための裏側。

 創造神が創り、分身たちに任せた「世界」の雛形。

 やがてタマゴが孵り、創造神に望まれて生まれた命が世界を満たしました。

 

 でも。“巨人”はタマゴから孵った命を、次々に殺し始めたのです。

 乱心と言えばそれまででしょう。

 創造神から託された使命は「タマゴを孵すこと」であり、孵った命をどうするかまでは、命じられていませんでした。

 命を孵す使命を宿しながら、孵った命を次々に奪う様は、“巨人”の恐ろしさだけをすべての命に喧伝しておりました。

 

 

 生まれて間もなく殺され、霊界に送られる命たち。

 人は弱く、“巨人”に勝てなかった。立ち向かうことさえ出来なかった。

 生まれ生まれて見つかり潰され戻り孵りてまた生まれ、無意味な生と死が繰り返されるこの地を誰かが地獄と称した。

 地の監獄。

 看守は“巨人”。

 終わらない刑罰。

 終身の罪状は生の甘受。

 何を償えばいいのだろう。存在しない謝罪の意味を考える間も無いままに、ただ媚びる様に命を乞う。

 

 

 ──そんな日々の中、天を裂いて眩い雷槌が振り下ろされました。

 雷槌に撃たれた命は金色の光をその身に宿すと、超常の力を以て逃げ惑う我々を護り始めたのです。

 ある者は空間を跳躍するほどの脚力で“巨人”の傍を離れ。

 ある者は鋭く天に吼え立てる岩の斧で“巨人”の行く手を阻み。

 ある者は地の底さえも見通す嗅覚で逃げ遅れた者を探し出し。

 

 もう分かりますよね。

 そうです、彼らこそが今も笛の音に応えてくださる神使の祖。

 “巨人”に対抗する金色(こんじき)の命、総勢十体です。

 

 彼らの奔走と尽力があって、多少の猶予が齎されました。

 媚びるような祈りは届き、命は無意味に生きて無意味に送り返されるなんの価値も無い日々から、ほんの少しだけ解放されたのです。

 

 まあ、それでも。

 あの“巨人”が斃れない限り、この地に平穏など訪れません。

 そこで神々は、生まれ落ちた命の中から、最も聡明で勇気があり、何より希望に満ちた者を選びました。

 

 ……え、どうして神々が自ら手を下さないのか、ですか?

 先程も言いましたが“巨人”の使命は「タマゴを孵すこと」であり、「タマゴから生まれた命を護ること」ではありません。

 生まれた命を幾つ潰したところで、“巨人”は使命に反していないのです。

 創造神から賜った使命に従順な“巨人”を、創造神の分身たちが害することはできません。

 ……分かっていただけましたか? では、続けますね。

 

 選ばれたその命は人間でした。

 勇気があり希望に満ちた人間ですが同時に聡明でもありましたので、その者は神々に訊ねます。

 

 

 ──この地で最も非力な人間(ワタクシ)が、どうしてあの“巨人”に勝てるのですか?

 

 

 あまりにも尤もな意見です。十の神使に護られなければ永遠に死を繰り返すだけの人間が、“巨人”に敵うはずないのです。

 それは神々も理解していました。

 故に神々は、自らのためだけに存在する至高の秘宝を、人間に貸し与えることにしたのです。

 

 時を刻む神からは「時の盾」を。

 空を広げる神からは「空の刃」を。

 影の世を司る神からは「冥界の面紗」を。

 そして彼らより遣わされた三体の心奥が、十の神使たちと共に来てくれることになりました。

 

 ……そうですね。心奥とは心情湖、立志湖、叡智湖の三体。アナタの言う「湖の三匹」で間違いありません。

 単位の違いは彼らを“匹”──人間より小さいものとして数えることへの抵抗があるだけです。深い意味は無いので、気にしないでください。単なるこだわりです。

 

 さて、彼らの加護がある内は、“巨人”の動きは止まって見えました。

 無慈悲に振り下ろされる拳がどれほどの空気を裂こうとも、神使と共に攻撃を掻い潜って近づけます。

 彼らの加護がある内は、“巨人”の考えが手に取るように理解できました。

 不気味な怪物の姿ではなく、狂気的な恐怖と野望に囚われた“巨人”の精神を視たのです。

 彼らの加護がある内は、その妄執から成る雄叫びに身を竦ませることもありません。

 元より勇気ある者でしたので、強い心をずっと保つことができたのですね。

 

 そうして人間は知識を駆使し、強い意思を保ち、感情に呑まれることもなく、神々の武具と十の神使、三体の心奥に支えられながら“巨人”を討ちました。

 のちに“古代の英雄”と呼ばれるようになる人間のお話はまだまだ続くのですが、今回は“巨人”についてのお話なので、そちらはここで切り上げましょう。

 

 感情の神(エムリット)に触れたので、“巨人”の感情は失われます。

 彼を苛んでいた狂気と恐怖……「タマゴが無くなれば自分は必要無くなるのでは?」という、存在意義の喪失への恐れは消え去ります。

 

 意思の神(アグノム)を傷つけたので、“巨人”の意思は失われます。

 狂気と恐怖が作り出した妄執……「生まれた命を握り潰し、タマゴに()()()永遠に生み直そう」という、使命継続への執着は消え去ります。

 

 知識の神(ユクシー)の目を見たので、“巨人”の記憶は失われます。

 楽園を地獄に変えた自らの所業も、その原因である恐怖と妄執も、根底にある創造神からの使命も、全てを忘れ去りました。

 

 “巨人”としての全てを奪われることが罰であり。

 “巨人”としての全てから解放されることが、赦しだったのでしょうね。

 

 感情もない、意思もない、記憶もない()()()()な巨人は、取り戻された楽園の最果てに封印されました。

 それは悪しき者として縫い留められたのでもなく、罪ある者として縛り置かれたのでもなく、シンオウの一柱として位を与えた形になります。

 

 “巨人”という怪物ではなく、“人王(シンオウ)”という神として祀る──神を封じるのではなく、()()()()()ためのもの。

 

 それが“封神戦争(ギガントマキア)”。

 そして、人王さま(レジギガス)誕生の神話です。

 

 

 

 *

 

 

 

 ふう、とひと息ついた少女にウォロさんがお茶を淹れる。

 いつの間にか速記の手が止まっていたラベン博士は、慌てて記憶の限りに続きを書いた。

 おれは──情報の量に、硬直しています。

 

 

「古代シンオウ人って卵生だったんだ……!!」

 

 

 混乱の果てに消化した衝撃の真実。

 確かに人もポケモンも同じだった時代の方々なので誕生方法がポケモンと同じでも何も驚かないというかむしろそっちが自然なんだけど。

 

 ──いや。分かってるよ。

 ポケモンのタマゴは土や草と同じ繊維で作られた「保育器」であって、ポケモン自体が卵生か胎生かは未だに不明であるということくらい。「白くて尾が一本のロコン」が「赤くて尾が六本のロコン」に成長するまで入っている揺り籠が「ポケモンのタマゴ」だってことくらい。

 分かってるけど。

 それが「人間」にも適用される古代シンオウ人の世界観に思いを馳せさせてくれ。

 

 ──ところでその末裔(クレィアちゃん)ってタマゴから生まれてたりする?

 

 

「テルさん?」

 

「すみません何も邪なことは考えてないですホント」

 

 

 首を傾げるウォロさんから目を逸らす。

 オヤブンハピナスのタマゴのサイズであれば人間ひとりくらい保育できそうとか全然考えてないです。

 

 

「あの……結局“巨人”って何だったんスか……?」

 

「だよねえ、そうなるよねえ……」

 

 

 苦笑いするクレィアちゃんにこくこくと全力で首を上下させる。通しでちゃんと聞いたけど、これ絶対に上下巻の下巻だからね。レジアイスも全く出てこなかったし。

 そしてその上巻には心当たりがあるのだ。

 

 

「ねえ“戴冠戦争”も教えて下さいよウォロの兄貴〜!」

 

「別に凝ってないので肩を揉まないでくださーい」

 

「キッサキ神殿には辿り着いたじゃないっスか〜! キッサキ神殿は人王の神殿、シンオウのために造られたヒスイ地方の神殿ですよウォロの兄貴〜!」

 

「ジブン天冠山のシンオウ神殿以外は神殿だと認めていないので……」

 

「どういう強火勢!?」

 

「いいですか? 彼の地は『神殿』、それ以外は『遺跡』です」

 

「じゃあだめですね」

 

「クレィアちゃん!?」

 

 

 語り部の少女にまで口を閉ざされ頭を抱える。

 いやそもそもこの子は「話す許可が下りました」って言ってたから最初からウォロさんが許可した内容しか話してくれないんだけど。何その親御さんフィルター。

 

 

「あのぅ……レジアイスのことなのですが……」

 

 

 おずおずと口を開いたラベン博士がおれたちの顔色をうかがう。交互に三者の顔を見たのち、意を決したように息を吐いた。

 

 

「ガラルに、レジアイスを封印しているとされる遺跡があるのです。」

 

「………………はい?」

 

 

 ──ガラル南部に位置する雪原の中に、巨人が眠る遺跡がある。

 ──古い文献には「巨人伝説」として記されており、それぞれ「岩の巨人」「氷の巨人」「鋼の巨人」「双子の巨人」の名を冠している。

 ──如何せん人の少ない雪原なので詳しいことは分かっていないが、「氷の巨人」はレジアイスなのではないか……と、先程の戦闘を見て思い至った。

 

 

「ガラルのレジアイスも、ヒスイのレジアイスと同じく巨大で凶暴なのでしょうか?」

 

 

 速記した資料に視線を落としながら、ラベン博士は顔を曇らせながら語り終える。

 遠く離れたヒスイの地で見た巨大な暴れん坊がガラルにも封印されているかもしれない──その不安は相応のものであるはずだ。

 その問いに、少女は真っ直ぐな瞳で笑い掛けた。

 

 

「いいえ。その可能性は低いです。あの巨人は()()()()()()()()()のですから」

 

「…………うん?」

 

 

 おれと博士が揃って首を傾げると、クレィアちゃんは困ったように微笑んだ。

 上下巻の物語を伝えるのに上巻を省いて語るのはやっぱり難しいのだろう。助けを求める視線をちらちらとウォロさんに向けている。

 

 

「“巨人”と“レジギガス”の差については、ご理解いただけたでしょうか?」

 

「はいですよ。ボクも話を追うので精一杯でしたが……“巨人”を討伐し、後に残ったまっさらな存在を“レジギガス”と呼んでいるのですよね」

 

「ええ。それと似た形……ヒスイのレジアイスは“巨人”と、ガラルのレジアイスは“レジギガス”と同類だととらえてもらえたらなって、思います」

 

「あー……? あー、なるほどね」

 

 

 “封神戦争”で討たれた“巨人”と同じく、妄執に囚われ命を躙る機構に成り果てた“氷の巨人”が先程戦った存在であり。

 “封神戦争”で生まれた“レジギガス”と同じく、妄執から解かれた存在……というか、そのレジギガスによって造られた全く別の存在が“レジアイス”であり、ホウエンやガラルに眠るレジアイスなんだ。

 

 同じ形をしているだけで中身や成り立ちは全く別のもの。

 なんでガラルのレジアイスが封印されているかは分からないが、少なくとも“氷の巨人”みたく殺意に満ちて襲い掛かってくる子ではない。

 

 

「……ってコト?」

 

「そう! よかったあ伝わったんですね」

 

「うん、なんとなく話が見えてきた。そのまま“戴冠戦争”を教えてくれるとなおよし」

 

「だめです」

 

「親御さんフィルター!!」

 

 

 けど今の博士への説明とこれまでの状況からだいぶ分かったことがある。

 カミナギの民にとって“巨人”と“レジギガス”は明確に別物であり、“氷の巨人”と“レジアイス”もまた明確に別物だ。

 “氷の巨人”を指し続けたアルセウスフォンは、“氷の巨人”を打ち砕くために雷霆となった。

 今は元の形に戻って「全てのポケモンと出逢え」といういつもの神託を示し続けている。

 

 それはつまり──アルセウスフォンにとって、“氷の巨人”はポケモンではないということだ。

 自らの雷霆で打ち砕かなければ凍土に暮らすポケモンと人の営みを守れない脅威であり。

 タマゴから溢れた命を躙り続けた“巨人”よりも苛烈な処置に()()()()()()()()()()()のだ。

 

 

「じゃあこれだけ教えて。あの氷の巨人は……なんて、言ってたの?」

 

「──…………」

 

 

 クレィアちゃんは少しびっくりして、口元に手を当てながら目を伏せる。

 それが彼女なりの逡巡であり、おれへの配慮でもあったのだろう。あの言葉をこの子が、神薙(カミナギ)の民が理解できているかなんて確認は無粋だった。

 ウォロさんに伺い立てるような視線を少しだけ向けて、それを彷徨わせて、晴れやかな空を一瞬だけ見上げたのち、小さく息を吐いて──その巫は、寂しそうに微笑んだ。

 

 

「“どうして。”」

 

 

 薄い水の膜に守られた金の眼がおれを射抜く。

 べったりと血糊がついた手で頬に触れられたような不快感と、同時に湧き上がるどうしようもないくらいの罪悪感。

 それは全なる神の領域(アドレス)を侵犯した記憶を取り戻した際に感じたものとよく似ていて、だけど決定的に異なっている。

 

 

「“どうしてなの、アトラス。”……ですね。」

 

 

 その正体は糾弾の声。

 蝶番が壊れた時に、おれが未来(過去)の自身に向ける心底からの侮蔑と詰問に、酷似している糺しのしらべ。

 

 

「アトラス、とはとても古い言葉で『クレベース』を指しているととらえてもらってかまいません」

 

「どうして……って?」

 

「古代の極北の大氷塊(クレベース)は今よりも大きくて。彼らはもともと、“巨人”に与する者だったのではないか……と云われていました。すっかり神使が板についたので、もうそんなささやきは忘れ去られて久しいですが」

 

 

 ね、と少女はウォロさんと頷き合った。

 もし、もしその囁きが真実であるのなら、“氷の巨人”のあの声は、同盟者でありながら子々孫々に渡って自身と敵対し続けるキング・クレベースへの怨嗟になる。

 おれを咎めるような、キングを呼び止めるような音の真意は、“氷の巨人”が砕かれる寸前に放った怒り(侮蔑)嘆き(詰問)

 

 

「あ~……やっぱりそういう感じかあ」

 

 

 それを聞いておれの胸中に浮かんだ感情はこうだった。

 なんとなく、本当に何となくだけど理解できたんだ。あの瞬間、“氷の巨人”は最果てのクレベースたちと違って何一つ納得していなかった。

 どうして自分が倒されようとしているのかも、どうして自分の足元に数多くのポケモンたちが集まっていたのかも、どうして自分に神鳴りが落とされるのかも。

 

 ──生まれた命を幾つ潰したところで、“巨人”は使命に反していないのです。

 

 彼は……彼らは本当に、ただ「使命」に殉じているだけのつもりなんだ。

 タマゴを孵らせる使命を果たし続けるために、タマゴから孵った命を霊界に送り、この世に再び戻らせる。命が生まれるためには揺籃であるタマゴに宿らなければならない古代シンオウ人の世界観の中で、何度でもタマゴを孵すために、何度でも命を握り潰す。

 

 彼らの「使命」に矛盾は無い。「使命」の邪魔をする同盟者(クレベース)も、創造神に与えられた「使命」を咎める神々も、何一つ理解ができないのだろう。

 全ての命が別の命と出会い何かを生み出すこの世界で、人もポケモンも草木さえも、全ての命を摘んで生み直しを続ける“巨人”たちを「ポケモン」に数えることはできない。

 

 どうして“氷の巨人”が生き残ってしまったのか、はたまた復活してしまったのかは分からないが、何故アルセウスフォンが雷霆を撃ち降ろしたのかという理由についてはそれで充分だった。

 

 

「バクフーン」

 

 

 ボールから出した相棒はそれだけで察してくれたらしく、ベースキャンプから『クレベース氷塊』を眼差した。

 納得の上に最果てで斃れたクレベースと異なり、“氷の巨人”は未練だらけだろう。どこにも行けずこの凍土を彷徨うのなら、きちんと葬送してやりたい。

 そんなどこか傲慢とも言える心を嘲笑うかのように、バクフーンから齎された情報に面食らった。

 

 

「……()()()?」

 

 

 うん、と相棒が頷く。

 “氷の巨人”の魂は既に戦場跡に無く、一帯を見渡してみてもどこにもありはしないらしい。

 そういうことか、と独り言ちた。“命の揺籃”から生まれていない彼らに「命」と呼べるものは存在しない。彷徨う魂も葬送する御霊もないのだと。

 レジアイスではない彼はどこまでいっても「脅威」でしかなくて。

 “封神戦争”の生き残り(いきおくれ)にしてやれるのは、もう戦争は終わっているのだと、全能神の雷霆で報せてやることだけなのだ。

 

 “巨人”の全てを奪うことが罰であり。

 “巨人”の全てから解放してやることが、唯一与えてやれる赦しだったんだ。

 

 突き抜けるように青い空の先。

 裂け目に走る稲妻の向こう、シンオウさまの坐す宇宙。

 どうか千の腕がひとつでも差し伸べられますようにと、砕氷の昇る先に祈らずにはいられなかった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「大丈夫ですか、クレィア」

 

 

 巫の背を軽く(さす)れば彼女は青白い顔で小さく応えた。

 神々の代弁者であるジブンたちがよりによって“巨人”の声を代弁するなんて自傷行為もいいところ。流石に止めてやるべきだったかと自身の判断を顧みる。

 

 

「……ねえウォロ、なんで“戴冠戦争”のお話はしちゃいけないの? “封神戦争”って“戴冠戦争”をゼンテイにしたお話なんだから、ちゃんとそっちから伝えたほうがいいと思うんだけど……」

 

「全なる神の威光のためです。カミナギの民の使命は何でしたか? この俗世に成り果てたヒスイに、アルセウスの奇跡を取り戻すことでしょう? であれば、アルセウスが眠りに就いた真の理由など余所者に伝え広めるべきではない」

 

 

 ──はじめにあったのは、こんとんのうねりだけだった。

 ──すべてがまざりあい、ちゅうしんにタマゴがあらわれた。

 ──こぼれおちたタマゴより、さいしょのものがうまれでた。

 

 

 “戴冠戦争”とはこの瞬間に発生した始まりの戦。

 タマゴからアルセウス(さいしょのもの)が生まれ出たのと同じくして、飛び散ったタマゴの殻は“巨人”へと姿を変えた。

 そして生まれて間もない、分身もいない究極の一に対し、“巨人”たちは殻の欠片の数だけ形を成して次々に襲い掛かったのだ。

 万物を許容する混沌のうねりに現れた唯一の秩序の担い手である絶対神。その誕生に、砕け散ったタマゴの殻は恐怖したのだろう。

 神の誕生による急激な秩序(宇宙)の形成にショックを受けて、揺れ動いた原初の渦。

 永きに渡って“巨人”を苛む恐怖と狂気の原点は、“戴冠戦争”の発端まで遡らなければ分からないのだ。

 

 

「よく取り繕いましたね」

 

「ウォロの言いつけだからね」

 

 

 瞬く間に成長を遂げた全なる神は全ての“巨人”を討ち倒して従えると、ようやく自身の分身を作り出した。

 それに伴って時が流れ、空が広がり、世界が形を成して、心が生じる──はじまりのはなしが再開される。

 

 さいしょのものが眠りに就いたのは、分身たちに世界を任せざるを得なかったのは、生まれた瞬間に戦乱に投じて傷ついた身を休めるため。

 

 それが“戴冠戦争(ティタノマキア)”。

 そして、神奥さま(アルセウス)誕生の神話。

 

 余所者に伝えることは決して無い、ワタクシたちだけの内緒話。

 

 

「それもですが、アナタ“氷の巨人”の言葉を省略したでしょう? 良い判断でしたよ」

 

 

 どうしてと叫ぶ“氷の巨人”が口走った、アトラスに並ぶもうひとつの古い名前。

 それは笑ってしまうくらいあの異邦人には不釣り合いで、やはり“氷の巨人”は今も戦争を続けているのだと憐憫を垂れてしまう。

 

 勇気と希望に満ちた聡明な人間に与えられた究極の誉。

 “封神戦争”で幾度となく望まれた救世主を指す喝采の名。

 地獄から楽園を取り戻し、神の威光を理想郷に刻み直した“古代の英雄”を称えるもの。

 

 

 

「余所者に向けられた『全なる神の栄光(アルケイデス)』なんて、不快でしかありませんから。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




アトラス
 元ネタはギリシャ神話の巨神族(≠巨人族)。
 クレベースのドイツ語名「Arktilas」がArktis(北極)+Atlas(アトラス)だとされていることから。

アルケイデス(⠁⠙⠫⠃⠐⠟⠹)
 元ネタはギリシャ神話のギガントマキアで活躍したヘラクレスの幼名。「女神ヘラの栄光」と書いてヘラクレスと読むので、ここでは「全なる神(アルセウス)の栄光」と書いてアルケイデスと読む。

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