シンオウの昔日-翡翠英雄奇譚-   作:ヒュペルボレイオス

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おそらく罪、きっと罰

 

 

 

 

 世界から希望を奪うかの様に、天窮が紫黒に染め上がる。

 ポケモンの咆哮が人々の叫喚を喰らい尽くし、瓦礫と化した家屋が臙脂の炎に焼かれ炭屑へと成り果てる。

 放牧場の柵は無残に破壊され、コトブキムラだった土地を我が物顔で歩く彼らを咎める(すべ)は無い。

 わたしは声の限り団員の名を叫び、力の限り走り回り、眼球を焼く焔の熱と煤に込み上げる生理的な涙を堪えていた。

 声に応える者はおらず、世界を覆い尽くさんばかりの鳴き声だけが耳を打ち付ける。

 狂いそうになる悲鳴の合唱に己の声さえ潰れそうになる中、始まりの浜へと続く門を塞いでその男は立っていた。

 

 

「っ……何故だ、テル!! 何をしている!?」

 

 

 恐怖から声がひっくり返る。

 男は気怠げに振り返ると歪んだ笑みをわたしに向けた。

 

 

「何故って、団長だってずっと思ってたんじゃないですか? なんでおれがギンガ団に大人しく従っているんだろう……って」

 

 

 血に染まった赤い龍を愛しげな手付きで撫でる横で、煤に彩られた鋼の巳が獰猛な顔でとぐろを巻く。

 この惨状に寒気がするほど不釣り合いな表情だった。どこまでも穏やかな笑みであり、人懐っこいかんばせだった。

 

 

「おれも考えたんですよ。なんでギンガ団に従ってるんだろうって。でもよく考えれば考えるほど、こう思えたんです」

 

 

 ──別に、そんな義理無いな。って。

 

 

「どんなに働いたところで団長はおれのこと疎ましく思ってるみたいですし、じゃあもういいかなって」

 

 

 だから好きにさせました、と男は満面の笑みを貼り付けた。

 龍と巳は空と地を泳いでコトブキムラに放たれる。わたしの制止は二体を呼び止めるにはあまりに遅く、たった一拍の差で建物が崩れ土地が抉れた。

 

 

「おれを必要以上に恐れる人に、おれは優しくできないんですよ」

 

 

 紫黒の空の先で裂け目が瞬く。

 遅れた雷鳴が怪物の唸り声の様に腹に響き、男が天に掲げた右手に閃光が集い出す。

 やめろ、と叫んだはずだ。

 音は雷鳴に呑まれ、雷光に照らされた男の寒気がする笑みに精神が悲鳴をあげる。

 振り下ろされた右手に従う天から雷槌が迸り、貫かれた聴覚と視覚が最後に拾い上げたのは、眼前の男の笑い声だった。

 

 

 

「団長?」

 

 

 硬い机の感触に肩が呻く。

 潰れたはずの視界がぼんやりと薄暗い屋内を映し始め、やがてそれが見慣れた自分の部屋だと気づいて飛び起きた。

 

 

「あ、やっと置きた。机で寝たら体痛めますよ」

 

「テル……?」

 

 

 小脇に紙の束を抱えた男が紺青色な眼を細めて苦笑う。

 部屋に差し込む光は既に斜陽となっていた。薄暗い屋内を一条の光が照らし、妻の写真を柔く撫でた。

 

 

「それでこれ、今日更新した図鑑の情報です! 届けに来ました!」

 

 

 パキパキと鳴る上体を起こし、空間の空いた机上に資料を置がれる。

 普段ならシマボシかラベン博士が届けに来るその紙束はいつも以上に厚く、眼前の青年の勤労ぶりが伺えた。

 

 最後のキングを鎮めてからもう四日が経つ。

 図鑑をより丁寧に仕上げるべく、テルは『黒曜の原野』から再び調査をやり直している。ライチュウの“かみなり”を見た数だったり、ハッサムの“シザークロス”を見た数だったりとひとつひとつは細々としたものだが、図鑑の情報を完成させるにはあと一手が足りない──そうした「やり残し」が多いのだとか。

 それ以外の地域ではまだ捕まえていないポケモンもいる。現に『紅蓮の湿地』や『群青の海岸』ではそれぞれ二十種類ほどの調査が完了していない。

 

 

「まだまだ先は長いな」

 

「そうですね~。やり甲斐があります」

 

 

 おれ頑張りますよ、と青年は笑った。妙な手の動きはショウの影響だろう。

 わたしは資料に一通り目を通し、明日からは『紅蓮の湿地』に赴くと締め括られた報告書に確認印を打つ。

 

 

「テルよ。シマボシはどうした?」

 

 

 彼女が自身の職務を部下に自ら任せるとは考えにくい。

 テルが団長室に届けに来た理由として挙げられるのは、彼女がまだ仕事中であるか、急用が入って席を外さざるを得なくなったかだ。

 そのどちらもしっくりこない、なんとも言えない胸のつっかえを取るために青年に問い掛ければ、彼は不思議そうな顔で首を傾げた。

 

 

「『奥の森』に置いてきましたけど、まだ帰ってないんですか?」

 

「……何?」

 

「ほら、隊長って虫タイプのポケモンが苦手じゃないですか。あの子達の可愛さが分からないのは可哀想なんで、きらきらミツを持たせて『奥の森』に連れて行ったんですよ。オヤブンヘラクロスってきらきらミツが好物ですし、今頃仲良くやってるといいなあ」

 

 

 無邪気な笑みで語る姿に絶句する。

 喉が急速に渇いて声が出なかった。

 ポケモンを連れているとはいえ、婦女にオヤブンの餌を持たせて縄張りに放った──それを善行として語る男に寒気がした。

 同時に、否一手遅れて湧き上がった怒りのままに掴み掛かる。

 鍛錬を知らぬ細い胸ぐらに腕を伸ばした瞬間、肘から先の感覚が消失した。

 

 

「ぐっ──あ、ああっああ!?」

 

 

 床に落ちて転がる自身の手首に、柄杓をひっくり返したような血糊がかかる。

 左手で切断面を押さえれば焼けるような痛みが脳を叩きつけ、受け止めきれずに崩れ落ちた。薄桃色の肉がひくひくと震える中で、ガンッ! と鈍い音を立てて床に突き刺さる石斧が視界の端に映り込む。

 顔を上げれば、原野のキングと同じ種族を控えさせたテルが煩わし気な眼差しでわたしを見下ろしていた。

 

 

「危ないですよ団長。おれ言いましたよね? 『もしおれが死ぬかもって時には言いつけを守らず飛び出しても構わないと頼んである』って。忘れちゃったんですか?」

 

 

 男は薄笑いながらわたしの前に膝をついた。背後に尚佇むバサギリのまるでオヤブンのような赤い妖光が、斜陽さえ差さなくなった部屋でてらてらと揺れている。

 血に汚れるのも気にせず切り落とされた手首を拾い上げると、青年はその断面を無造作に覗き込んだ。

 

 

「あーあー、切り口が雑……あ、でもこれくらいならハピナスがくっつけられますね。まずはグレッグルの毒で痛みを消して、それから治しましょうか。カイリキー、連れてきて」

 

 

 灰色混じりの青い肌をした四本腕のポケモンがわたしを米俵の如く抱き上げる。その勢いによって放物線を描いた血潮が、机と、その上の資料と、隅の写真立てに撒き散らされた。

 

 

「離せ!! 貴様、一体どういうつもりだ!!」

 

「どうって怪我した団長を放っておけないですよ。暴れないでくださいねー」

 

 

 へらへらと笑う男に苛立ちから頭が熱くなる。

 自身に仕える忍びの名を呼び立てるも彼が現れる様子は無く、それが一層恐怖を際立たせた。

 怪我の手当てと言う割にはこつ、こつ、と足音をゆっくり立てながら急ぐでもなく階段を降りる矛盾。

 薄気味悪いなどというものではない。理解ができない。

 そうして一階の医務室にまで連れてこられたわたしが目にしたのは、この世の地獄を凝縮したかのような光景だった。

 

 

「今日は警備隊の皆さんがポケモンと生身で立ち会う訓練をしてたんで、薬足んないかもしれないです」

 

 

 焼け爛れた肌に制服が癒着している者がいた。

 吊り下げられた足の関節がひとつ増えている者がいた。

 包帯の下の頭蓋骨からして芋の如く変形している者がいて、カーテンを閉めた医務室には噎せかええる程の異臭と、それを隠すためのクスリソウの匂いが充満している。

 

 

「良い機会だし原木増やすかなあ」

 

 

 強烈なクスリソウの匂いの中、人間の傷口の臭いの中、彼はひときわ異質な臭いを放つ椅子に歩み寄る。

 腰を下ろした人間によく似た形のキノコの原木から手頃な大きさのものを収穫すると、そのまま巨大なキノコを背負ったポケモンをボールから出した。

 

 

「好きなの選んでいいよ」

 

 

 パラセクトはベッドに横たわる人間に乗り上げると、体を揺らして胞子を散らす。

 些細な抵抗を見せていた警備隊員だったものがやがて声も動きも失って“原木”に成り果てる様を、わたしはただ見ていることしかできなかった。

 

 

 

 

 

「──ろ、──ク……起きろデンボク!!」

 

「っ……!?」

 

 

 体を揺すられる感覚に跳ね起きる。

 ぐっしょりと寝汗に濡れた寝間着が肌に張り付く不快感が些事と思えるくらい、全身に走る心臓の早鐘が息苦しい。

 落ちたはずの右腕を反対の手で撫でる。

 そこには変わらず自分の右手首が備わっており、切断した痕も縫い合わせた糸も無い。

 

 

「酷く魘されておったぞ。またあの夢か?」

 

「……いや、違う」

 

 

 鮮明に蘇る夢の内容に顔を覆う。冷え切った額に滲む冷や汗を袖で拭う。

 夢。

 夢だったのか。

 今が現実。呼ばんでもムベが駆け付ける今が現実で、先程までの光景は全てが夢の中のこと。

 細く息を吐き出せば肩の力が抜けていく。すっかり眠気も覚め切り、今になって寝汗に濡れた長着が煩わしくなった。

 

 

「ムベ、すまんが着替え取ってくれんか」

 

「承知した。手拭いも持ってこよう」

 

 

 白装束に身を包んだ懐刀が箪笥を開ける。

 相変わらず家具の軋む音さえ立てない一連の流れは目で追っていなければ把握できない。

 手早く必要なものを纏めたムベから手拭いを貰い、首周りや胸元の汗を拭い取る。

 

 

「…………」

 

 

 しっかりしろ、と己を叱責した。

 テルの人柄は理解しただろう。あれはポケモンが好きなだけで善人だ。ポケモンを利用して誰かを害そうとはしないし、本人の意向を無視して理解を無理強いしたりも、危険な行為を推奨したりもしない。

 未だに恐れているのか。

 未だにあれが怖いのか。

 全てはわたしの見た夢の話だ。現実であるこちらのテルは、『奥の森』から帰ってこない団員がいると知れば仕事を終えた直後であろうとすぐさま飛んでいくような男だ。

 何も──何も、心配はいらないだろう。

 

 

「裂け目は……まだ閉じんのか」

 

 

 少し夜風に当たるべく屋上に出れば、テンガン山の頭上で稲光る裂け目が見えた。

 全てのキングを鎮めたことで心做しか小さくなったのではと語る者もいたが、わたしの目には到底そうは映らない。全てのキングを鎮めようとも何も変わらない現状に僅かばかりの苛立ちを覚える。

 これ以上一体何をどうすればいいのか。それとも裂け目を日常として受け入れるしか無いのか。あの裂け目の向こう側には何があるのだろう。テルは何に送り出されてあそこから落ちてきたのだろう。

 分からない。

 知りたい、とは思わない。ただ明かしたい。わたしたちの生活を脅かすものであるのか、そうでないのかだけでも明らかにしたい。

 

 

「む……?」

 

 

 浜門の方角。闇夜を泳ぐギャラドスがいる。暗い中で月明かりを反射する鱗の流れがゆらりと煌めいた。

 その背に跨る男が靡かせる真紅の襟巻き。螺旋を描いて大きく波打つそれの持ち主はショウとテルのふたりだけ。

 そしてギャラドスに乗れるような人間はテルだけだ。

 

 

「何してんねん、彼奴」

 

 

 テルはギャラドスの背でふらつきながらも立ち上がると紺青の眼で裂け目を見据えた。

 心奪われた様に見つめてしばらく、その右手をゆっくりと天に掲げ出す。

 

 ──警鐘が鳴る。

 ──これも、夢か?

 ──違う。わたしは、先程確かに目を覚ました。

 

 右手に集い出す光があった。

 遠雷に似た音を奏でながら青年の元に雷槌の粒子が集結する。

 それは一際大きく瞬くと、白光を纏って閃光を成した。

 

 

「伏せろ!!」

 

 

 夜という時間を塗り潰すが如き光の槌。

 ムベの手が視界を覆う直前に見えたのは、獰猛な笑みを浮かべた青年が槌を振り下ろす瞬間だった。

 

 

 

 *

 

 

 

 ──早朝、なんだと思う。

 おれの体内時計は中々にアテになる方だと自負しており、休日ならともかく今日は普通に仕事の日。

 そんな日に寝坊をかました訳ではないのなら、きっと今は早朝のはずだ。

 

 

「これ……ディアルガが呼び出された時の……!」

 

 

 窓の向こうに広がる空の色には見覚えがあった。

 赤と緑、そして青の筋が幾本も入り混じり絡み合って織られた布の様な空模様。それはかつて、アカギがディアルガの力で新たな世界を創り出そうとした時の空そのものだった。

 

 ──不味くないか?

 

 あれはしばらくしたらユクシーたちが止めに来てくれたし、おれもアカギとの勝負に勝って彼を止めることができた。新しい銀河の誕生はそうして阻止できたが、今はかなり状況が異なる。

 

 

「どうにかしないと……!」

 

 

 ──どうやって?

 ──まあ、それを調査するのがおれの仕事だろ。

 

 

 

「ショウ先輩!」

 

「テル……!」

 

 

 すぐに宿舎を飛び出せば、皆が本部の前に集まっていた。見上げる先には時空の裂け目があって、身間違いか勘違いでもなければ裂け目から何かが波打っている。

 それも槍の柱で見た光景と似ていて、やっぱりこれはディアルガ関連なのかと仮説が補強されていく。

 急ぎラベン博士の研究室に飛び込めば、部屋には様々なポケモンの資料が散乱していて、ホワイトボードにはこれまで立てたのだろう仮説の数々が乱雑に走り書きされていた。

 

 

「時空の裂け目からなんとも言えないエネルギーが溢れ、空が赤く染まったのです」

 

「その前にすごい音がしましたよね? どっごお! って……雷みたいな」

 

「物見塔で番をしていた警備隊員も言ってたぜ。空からとんでもない轟音が鳴り響いたって……」

 

「どうなっちゃうのかな、これから……」

 

 

 轟音、それに溢れ出したエネルギー。

 不穏しかない異変に心臓がばくばくと跳ねる。こんなことができる一般ポケモンに心当たりなんて無い。

 だとすると本当に急がないと。

 アグノムたちが現れてくれると信じてはいるけれど、それで円満に解決するかと言われたらおれにも確証が持てない。

 そもそも誰かが赤い鎖でディアルガを操ったのか?

 それともディアルガが自らの意思でこの異変を引き起こしているのか?

 そうだとしたらエムリットたちはどこまで対応できるんだ?

 ああ、分からん! おれを導いてくれアルセウスフォン!

 

 

「テル。……団長が部屋に来いと、お呼びだ」

 

 

 神託とか無いですかとアルセウスフォンを取り出したところ、重々しい口ぶりのシマボシ隊長から指示され、おれは静かに頷いた。

 その指示が意味するものはもう分かっている。異変の調査とこれの解決、調査隊ココノツボシ隊員としておれに課せられる今回の任務。

 任せて団長。おれやるから。

 

 

 

「団長!」

 

 

 三階の部屋にはセキさんとカイさんが先に着いており、彼らも不安げな表情を浮かべている。コンゴウ・シンジュの口伝にもこんな事態は残っていないのだろう。どう対処すべきか分からない──そんな困惑が見て取れた。

 

 

「デンボクの旦那、揃ったようだぜ」

 

「キングを鎮めた後の話し合い……なんだよね? でも、先にこの空についてかな……」

 

「ああ。先に確認すべきことができた」

 

 

 団長はゆっくりと振り向くと鋭い眼光をおれに向けた。

 その違和感に指先がパリッと痛む。小さな静電気が走ったときみたいな痛みだけど、これは静電気なんかじゃない。

 野生ポケモンがこちらを視認した際なんかに感じるもの。

 つまり。

 

 

「テルよ。おまえは、何者だ」

 

 

 ──敵意だ。

 

 

「な……え? 調査隊員ですけど……」

 

「ああ、任務はこなしている。だがお前が何者であるかは不明のままだ。……キングが荒ぶり、“氷の巨人”が現れた原因と同じくな」

 

「え、何者って……あっおれの素性ですか!? シンオウ地方ってとこでリーグチャンピオンやってます、フタバタウン出身です! って説明しても誰も分からないと思いますけどそういう者で」

 

「そうではない!!」

 

 

 びりびりと部屋に響いた大声につい肩が跳ねた。

 うお、とセキさんのびっくりした声も隣から聞こえ、おれは団長の不思議な様子に動揺を隠せない。落ち着けおれ。あくまで笑顔に。

 

 

「おまえが裂け目から落ちてきたその日の晩に雷が落ち! キングたちはそれを浴びて荒ぶった! おまえの眼の前で進化したウインディはその瞬間に落雷を受けて荒ぶった! おまえが荒ぶらぬクレベースを鎮めたその日、“氷の巨人”が復活した!」

 

「それは……そう、ですけど」

 

「おまえはそのポケモンを操る異能を以て、キングたちを荒ぶらせていたのではないか!? それを鎮めることでわたしたちの信頼を獲得し、懐に入り込んだのではないのか!?」

 

「えっ!? いや、あの、団長!?」

 

「おいおい、一旦落ち着けよ旦那!」

 

 

 突飛な話に一瞬何を言われたのか分からなかった。

 硬直した思考は聞き返すことしかできず、セキさんが見かねて制止に入る。

 

 

「団長よく考えてくださいね!? おれがキングを鎮めるようになったのって元はと言えば団長の提案だったじゃないですか! ねえカイさん!?」

 

「そ、そうだよ! 反対するわたしにテルさんを推してくれたのが、あなただったはずだ!」

 

「仮におれが団長の言う通りえっと……自演! 自演をしようとしてたんなら、おれ自ら売り込みにいかないと成立しませんよね!?」

 

 

 ね!? とあくまで説得の形で語り掛ける。こんな事態になってきっと混乱しているのだろう。それが分からないほど子供じゃない。

 

 それにおれが怪しく見えるのは当たり前だ。

 五回の調査を重ねてなおキングの荒ぶる理由について解明できず、「よく分かんないけどなんか治った」しか報告できていないのだ。

 そりゃあ隠蔽を疑われても仕方ない。

 でも違います落ち着いてほしいホント。

 

 

「ではお前が凍土で操った雷については如何様に説明する!? “氷の巨人”を砕いた雷霆はキングらを荒ぶらせた雷と同じものだ! 凍土に落ち行く雷はコトブキムラからも見えていたぞ!」

 

「それっ……は……!」

 

 

 困る。

 それは本当に困る。

 何故なら何も説明ができない。アルセウスフォンの電子音に背中を押され、無我夢中で走り出した“理由”は──だって、その。

 

 直感、でしかないのだ。

 

 そもそも“氷の巨人”を砕く方法なんて思いついていなかったからウォロさんの策に頼り切りだったし、地下空洞に落とした後はどうするのかだって聞いてない。

 おれが走り出したのは本当にその瞬間全身を駆け巡った直感でしかなくて、アルセウスフォンを振り上げたのもその直感に従っただけで、雷が落ちるなんてその瞬間まで全く予想していなかった。

 だからそれを問い詰められると、「神託……っスね……」としか言えない。

 

 

「……何故答えない」

 

「その……」

 

「反論があるのだろう。言ってくれ。あの雷をお前は何故操れた」

 

「っ違うんです団長! おれはただ、たまたま直感があっただけで、雷を操れるって訳じゃない!」

 

 

 だめだ。落ち着けない。声は平静を保てず、きっと表情だって崩れている。

 絞り出した声は懇願めいた情けないもので、極度の緊張から視界がちかちかと点滅する。

 この人に疑われているという現実が何より耐え難かった。

 あの真っ直ぐな眼でおれを見つめ、あの実直な声でおれに調査を託したこの人が、おれを「悪」だと受け取っている。

 敵意を宿した瞳でおれを映し、批難を乗せた声でおれを糺す──そんな悪夢は到底受け入れられなかった。

 

 

「……おまえは“偶々(たまたま)”裂け目から落ち。“偶々”その日に生じた雷を受けてキングが荒ぶり。キングに就任したウインディは“偶々”おまえの眼前で落雷に打たれ。“偶々”荒ぶらなかったクレベースを鎮めてみれば“偶々”異なる怪物が目を覚まし。“偶々”おまえは雷を落とせたと……そう、言いたいのか」

 

「……そうです。そうとしか、おれには言えない……!」

 

 

 並べられてみればあんまりにもおれが怪しすぎる。

 正直おれだって自分のことを信じられていないのだ。記憶を失う前のおれがとんでもないことをやらかすような人間だってのはもう自覚している。

 だから時空の裂け目から落ちる前のおれが、シンオウ地方にいた時のおれが、ヒスイの皆に迷惑を掛けるようなことをしていないとは言い切れない。

 

 でも。

 その覚えは、無いから。

 

 ここにいる「おれ」は、どんなにむちゃくちゃだとしても、「何もしてない」と言うしかできないのだ。

 いっそ何かしていてくれたら、その記憶が今も残っていてくれたら、早急に自分をぶん殴って事態の解決に奔走できる。その後ならどんな罰も受け入れる。

 冷えていく全身に息の間隔が狭まる中、おれの左肩をセキさんの大きな手が優しく叩いた。

 

 

「だあもう、旦那! テルが元凶なのか否かは今の時点じゃ分からねえんだ! だが少なくともテルはやってないと言っている! こいつはどうすりゃそれを証明できるんだ?」

 

「……今までと変わらぬよ。テル、おまえには此度の異変の調査を命ずる」

 

 

 その声は今までおれに任務を与える時に用いられたどの声色とも違っていて、今この人がどんな顔をしているのか、どんな目でおれを見ているのかを雄弁に物語っていた。

 

 

「ギンガ団の一員としてではなく、疑いを晴らさなければならない容疑者のひとりとしてだ。異変を解決し、身の潔白が証明できるまで、コトブキムラに立ち入ることもギンガ団を名乗ることも許さぬ!」

 

「なっ……なんと無情な! テルさんを信じないどころか、ムラからも放り出すなどと!」

 

「庇い立て無用!!」

 

 

 ぴしゃりと一蹴されカイさんが押し黙る。

 おれはムラを追い出されることよりも、ギンガ団を名乗ることを許さないと言われたことの方がショックだった。ムラから追い出されるのは別にいい。野宿には慣れているし、ポケモンたちがいるから別段不便は感じにくい。

 けれど、ギンガ団を名乗れない──ギンガ団から退団させられるという処置が、強く強くおれの胸を抉り取っていった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 奇妙極まる色の空が広がる下で、ひとりの男がソノオ通りを歩いている。

 年は十五か六。総髪を結える程に長かった髪は肩口の辺りで切られ、男の歩みに合わせて小さく毛先が揺れた。

 簡素な白い長着を黒の角帯で締めた装いに衆目が集まる中、履き慣れていない下駄の音がカラン、と虚しく響く。

 

 

「……っテルさ」

 

「ツイリ。」

 

 

 男を呼び止めようとしたツイリの腕をギンナンが掴んで止める。

 彼の判断は正しい。ギンガ団と提携しているイチョウ商会がここで事を荒立てても何も解決しない。この異変で先の見通しも立たない中、彼のためにしてやれることは何も無いのだ。

 

 

「……こんなの変ですよ、リーダー」

 

「そうだね」

 

 

 ギンナンは同意に頷きながら、背後のギャロップの首を撫でた。

 今にも憤怒に(たてがみ)を燃え上がらせて突撃しそうなギャロップだったが、自身の主人が一瞬向けた眼差しから意図を汲み取ってそれを堪えている。

 放牧場のポケモンたちも、ムラのあちこちに配属されたポケモンたちも、皆そうだった。

 ギンガ団から発表された調査隊員への処置は瞬く間にコトブキムラを駆け巡り、ムラの人間たちは様々な思いで去り行く男を見つめている。

 

 信じない。──多くの人間がそう思っていた。

 ありえない。──少なくない人間がそう思っていた。

 やっぱり。──そう口にする人間もいた。

 

 それは男が獲得してきた信頼に、功績に、人格に与えられる成績表の様だった。

 彼に助けられた者は何か言いたげにその背を見送り、彼に教わった者は戸惑いの目で狼狽えながらその背に手を伸ばしかける。

 それでも男は薄く微笑みながら決して歩みを止めずに正門へと歩いていく。

 先導するシマボシの後ろを、何も言わずに着いていく。

 

 みんな、なんとなく分かっていた。

 男は少しでも穏便にこの場をやり過ごすためにそうしているのだと。

 彼は声を荒げて、ムラを裂いて、色んな人の思考をぶつけ合わせて是非や可否を問うことだってできる。

 彼は一声怒鳴るだけで、ムラ中のポケモンたちを使って不満を爆発させることだってできる。

 

 それでも、彼はそれを良しとせず、ただ静かに微笑みながら与えられた処遇を受け入れていた。

 

 

「──じゃあ、行ってきます」

 

 

 最後に一度だけ振り向いた男は、普段通りの人懐っこい笑顔でそう口にする。

 門番に、村人に、教え子に、いつも調査に赴く時と何も変わらない口ぶりで。

 音を立てて閉じた正門の向こうに、静かに消えていったのだ。

 

 

 

 

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