シンオウの昔日-翡翠英雄奇譚-   作:ヒュペルボレイオス

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ひとつめの試練を終えて-セキの思い-

 

 

 日時計の周りに集まって、見慣れた顔が口々に祈りと困惑を吐露している。

 湿地に戻ったオレを出迎えた『コンゴウ集落』の有り様は端的に言って混沌としており、不安げに泣く子供らを宥める大人も声が震えている。

 象徴とも言える日時計は影を伸ばさず時を示さない。

 それはまるでシンオウさまが我々を見放したかのようで、信心深い老人は震えながら大地に崩れ落ちた。

 異変の元凶を探す者も、それがテルだとする者も、ギンガ団だとする者もいて、リーダーといえど若造の声が届いてくれるどうか。自信は、率直に言ってあまり湧いてくれない。

 それでもオレしかやる奴はいないし、本人のいない所でテルを元凶だと糾弾する訳にもいかないし、四方八方に駆けずり回ってようやく集落の(みな)は落ち着きを取り戻した。

 

 

「お疲れ、リーダー」

 

「ん……おお、ありがとな」

 

「ほら。帰ってからまともに食べてないよね」

 

 

 集落を見渡せる『コンゴウの里山』で物思いに耽っていたオレに、ヨネが竹皮の包みを差し入れる。そう言われた途端に体が空腹を訴え始め、間抜けな音に「ゴンベじゃないんだからさ」と彼女はからから笑った。

 包まれていた雑穀の握り飯を竹筒の水で流し込んで赤い空を見上げる。

 赤い、とは言ったが色味はもっと複雑だ。緑にも見えるし黒も混じっている。かといって日蝕の空とはまた異なる。

 

 

「……原野も湿地もポケモンたちが不安げだ。アヤシシさまは落ち着いていらっしゃるけどね、それでも時折空を見上げているんだよね」

 

 

 コンゴウ団に伝わる話は全て洗った。

 元よりリーダーとして口伝の全ては網羅している。

 その中に、やはり赤い空の異変は伝わっていない。先住民としてテルに提供してやれる情報は無かったのだ。

 無力感に打ちひしがれる暇も無いことは理解している。だができることも無い。それがなんとも歯痒く、なんとも心苦しかった。

 

 

「シンオウさまの怒り、なのかな」

 

「……どういうことだ?」

 

「コンゴウ団とシンジュ団は長い間ずっとどうしようもないくらい争っていたよね。今のリーダーはそんなことしてないけど、先代たちの時代はそりゃあ酷いもんだ。ポケモンたちを巻き込んで、ヒスイの地を汚し続けた」

 

 

 だから、シンオウさまはいよいよお怒りなんじゃあないかな──ヨネは珍しく気弱な声で、傍らのゴンベの頭を撫でた。

 先代たちの争いは根深い。

 いったいいつから争っているのか、誰かに訊いても正確な答えは出ないだろう。

 シンジュ団との争いは生まれた時から続いていて、そこに疑問を持つようになるのは極一部だ。少なくともオレが子供の頃は、シンジュ団と堂々とやり合えるくらいに弁が立つ奴が、大人の愛情と同年代の尊敬を一身に受けていた。

 シンジュ団と手を取り合う、シンジュ団の考えを認める、そういう方向性を持った大人がオレと関わったことは無い。ガキの頃から延々と如何に自分たちが正しくシンジュ団がおかしいかを叩き込まれてきたオレは、その期待に沿って大人になった。

 

 ──だから、シンオウさまがお怒りになった?

 

 ポケモンを巻き込むのも身内の誰かが傷つくのも御免だったから、リーダーになって早々にシンジュ団との私闘を禁じた。血で血を洗うような戦争は心底勘弁してほしかった。あくまでリーダーとして、コンゴウ団の頭として、カイと顔を合わせりゃ舌戦するまでに留めていた。

 多分、向こうもそれは同じなのだろう。

 なんのために言い争うのか、なんで言い争っているのか、分からなくなったことなんて一度や二度じゃない。

 ()()()()()()()()()と、それしか関わるすべを持たないオレたちは、延々と争いのみを選んでいる。

 

 

「……キングたちが荒ぶるのも、空が赤くなったのも。あたしたち人間をヒスイから排除する御業の前兆なのかもね」

 

 

 はは、と渇いた笑いを零す。

 それはヨネのものであって、同時にオレのものでもあったのだと思う。

 いつまでも立ち止まらずにいたオレたちへの、カミナギの民への神罰。これまで共に在ったポケモンたちから疎まれて、時の鏡である空に見放される。

 

 

「だったらよ、ゆっくりしちゃいられねえな」

 

 

 土手に下ろしていた腰を上げる。

 ここで神罰だ何だと憂いて蹲っている間も、テルは原因の特定と自体の解決のために奔走しているのだ。

 例えばほら、リッシ湖の方角から空を飛び去るあのウォーグルの背に乗って──ん?

 

 

「テルじゃねえか!!」

 

「えっセキさん!? それにヨネさんも!」

 

 

 ウォーグルの背に見えた白い着流しの背に思わず声を投げつけた。振り向いた彼は髪こそ切っているがその紺青の眼を見間違えるはずがない。ウォーグルと並んでいたムクホークに少し断りを入れ、彼は里山の地に降り立った。

 

 

「お、おめえその髪どうした!?」

 

「え? あーなんとなく……?」

 

「なんとなくで随分大胆にいったね……」

 

 

 総髪は見る影もない短髪に切り揃えられている。

 コトブキムラには確かに髪型を好きに弄る文化があり、ヒナツも散髪屋の看板娘として目一杯仕事をこなしていると聞く。聞くが──それでもまだオレの持つ価値観は古いものだったらしく、罪人の様に断髪した眼前の男に多少の衝撃を隠せなかった。

 

 

「まあ気にしてないならいいんだが……。おまえさん、今どんな状況なんだ?」

 

「空の異変を解決するための神具を授かろうかと。今は授かるための試練を受けてる最中ですね」

 

 

 そう笑うテルはキングを鎮めていた時と全く変わっていない。傍らにいるポケモンへの絶対的な信頼が強い光となって眼に宿っている。

 

 

「そうかい。すまねえな、コンゴウ団として力になってやれなくて」

 

「いやあ全然。目の前で言われちゃ仕方ないですよ」

 

 

 長二人の目の前でに「ギンガ団」として処罰された彼を、「コンゴウ団」として助けてやることはできない。あの場でデンボクの旦那に噛みついて反論することも、追放されたテルに寝床を貸してやることも憚られる。

 それでも──

 

 

「オレ個人としては、おまえさんの力になってやりてえと心から思っているのさ」

 

 

 ポケモンとの強い絆を結び、何よりもポケモンたちを愛す彼に。

 ポケモンだけでなくヒナツの心も掬い上げ、シンオウさまに出会ったことさえあると告げる彼に。

 友人として、その危機に手を貸してやりたいと思う気持ちは、あって当然のものだろう。

 

 

「……ありがとうございます。じゃあ、お願いしたいことが」

 

「おう! 何でも言ってくれや」

 

「デンボク団長の様子を気にかけておいてほしいんです。おれはコトブキムラに入れないんで、団長の状態が掴めないんですよ」

 

「旦那の様子を?」

 

 

 それはまた随分と個人的な。

 この異変に彼がどう判断を下してどう対処するかを探る、という意味かと思ったが、「状態」と言われたら話は別だ。

 長としての旦那ではなく、個人としての旦那。

 人間としての、ありのままの「デンボク」という個人を気にかけてほしい、とテルは言っているのだ。

 

 

「団長とおれは一度ちゃんと話し合ったんです。確かにあの人はずっとおれを不気味に思っていたらしいけど、そういうのはもう過ぎた話になったはずなんですよ。だから、今朝団長が見せたあの表情は……なんていうか、正気じゃない」

 

 

 そう淡々と告げた男の眼に、受けた仕打ちに対する恨みは欠片も無かった。

 空と同じくデンボクの旦那の精神にも何らかの異変が生じており、その原因を探り、解決したいと目で訴えている。

 

 

「多分、今の団長はかなり精神が不安定です。自分がしっかりしなきゃって自分を追い込みすぎてる。だから、こう……上手いこと気を逸らしてほしいと言うか、セキさんの人当たりの良さでこう……!」

 

「分かった分かった、おまえも落ち着け。な?」

 

 

 言いたいことは汲み取れた。確かにあの時の旦那の血走った眼は良くないものだ。独りで抱え込んで自爆する、いつぞやのヒナツと同じ……それ以上かもしれない。

 それを上手いこと宥めてほしい。彼から見て、おれの精神(こころ)には他者の乱れる心を受け止めてやれるだけの余裕があるのだろう。この男にそう評価されているのだと思うと密かに胸を張れた。

 

 

「任された。オレにしか出来ねえことだからな」

 

「はい、頼りにしてます! それじゃあお二人とも! また!」

 

 

 男同士、長同士。その背にのしかかる重圧を、男として守らなければいけないものを、長として共感してやれるのはこのヒスイの地にオレしかいない。

 ウォーグルの背に乗って空へと帰る男の背を見送り自身の拳を握り込む。

 背中を思いっきり叩いた姉に気合を入れられながら、ふたりで静かに頷きあった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「戻ったか。客人がお待ちじゃ」

 

「客人って……え、ケーシィ? なんでここに」

 

 

 表のテーブルでお茶を嗜んでいたコギトさんの向かいに、黄色い体のポケモンが座っている。それはおれの勘が正しければいつも調査隊隊長の執務室にいたあのケーシィ。つまりシマボシ隊長のケーシィなのだが、それがどうしてここにいるのかはさっぱり分からない。

 

 

「うわ、懐かし~! おれも交換するポケモンにメール持たせてたなあ」

 

 

 ケーシィが差し出してきた一通の手紙を受け取りながらそんな記憶を呼び覚ます。

 初めての相棒がナエトルだった影響からか、トバリデパートで見つけたグラスメールの便箋が特にお気に入り。正直内容なんて本人に面と向かって言えばいいし、手紙も自分で出せばいいだけなのだが、そういうのとはまた違う趣を感じられて個人的には好きな文化だった。

 ヒスイでも流行らないかな。

 

 

「手紙には何と?」

 

 

 文章に視線を走らせる。

 そこには隊長からのメッセージが、ホットミルクのようなぬくもりを纏って綴られていた。

 現状、放牧場のポケモンたちが暴れ出す様子は無いこと。

 管理人のオハギさんはポケモンたちの世話を続けてくれていること。

 各地のベースキャンプには便宜を図っておくから、調査に疲れたらちゃんと休むこと。

 ……ご飯を食べること。怪我を放置しないこと。自暴自棄になる前に『原野ベース』に立ち寄ること。

 称賛も誹謗も所詮は他人の感情であること。

 大切なのはおれ自身が自分に対してどうであるか。

 

 ──そしてその上で、わたしはキミを信じている。

 

 

「……っ……」

 

 

 便箋を握る手に力が籠もる。口の端がひくついて、目尻を思い切り引き絞る。そうしなければこのたいせつなものを濡らしてシミを付けてしまいそうだった。

 

 

「内緒です……」

 

「そうか」

 

 

 嘘だ。

 本当は今すぐにでも自慢したい。

 リッシ湖の小島にもう一度立ち寄ってアグノムに、いや今からでも『黒曜の原野』に走ってエムリットに見せびらかしたい。

 でも、そうするとなんだかこの宝石の価値が著しく落ちてしまうような気がしたから。おれはおれにとって大切なこの宝物を、そっと胸にしまい込むことにした。

 

 

「して、立志湖はどうであった?」

 

「はい! 聞いて下さいコギトさん!」

 

 

 待ってましたと言わんばかりに身を乗り出してコギトさんに顛末を話す。

 クレィアちゃんが奏でた祝詞のこと、鈴のこと。

 リッシ湖の小島でアグノムに出会ったこと。

 そしてあの美しい水晶の湖と、洞窟と、湖底の歯車。

 御伽噺の冒険譚のようなひとときで、今も話すだけで高揚感が抑えられない。

 

 

「そうか……。大水晶の道とは、また旧いものを持ち出したものじゃな」

 

「旧いもの……ですか?」

 

「そう。なにせ人がお伽噺の中にしか存在しなかった頃のものじゃ。正確な時期は分からぬ。今の宇宙の話かも分からぬ。かつて神々が気まぐれに、巫たちに語り聴かせただけじゃからの」

 

「へえ……!」

 

 

 ウン千年前には既に“あの子”を筆頭に人間たちがいたから、少なくともそれじゃない。“封神戦争”の時代にも人間がいたから、その頃よりもっと前かもしれない。“封神戦争”という御伽噺の中にしか、人間がいなかった頃かもしれない。

 そもそも今の宇宙が生まれるよりも前の話かもしれないとなると、『大水晶の道』が、あの美しい輝きの洞窟が、よりきらびやかに記憶された気がしてきた。

 

 

「ふう。おぬしを見ているとウォロの幼い頃を思い出す」

 

「は?」

 

「ウォロさんの子供の頃ですか!?」

 

 

 如何にも、とコギトさんは頷いてティーカップに口づける。

 クレィアちゃんが「ああ~たしかに?」と加勢し始め、ウォロさんは嫌そうな顔で「何を言い出すんですアナタたち」と溜め息を吐いた。

 

 

「童の此奴は妾の後をちょんちょろちょんちょろ着いてきてな。畑の仕事もいい加減、料理もまあ雑も雑、神話にしか興味を示さぬ面倒……ああいや、面妖な子供だったのじゃ」

 

「今と変わんなくないですか?」

 

「リゾットを吐きたいようですね」

 

「待ってスミマセン」

 

 

 ノータイムでルカリオのボールに手を添えられ一瞬で謝罪の言葉を引き出された。

 そんな子供が今ではイチョウ商会の仕事をこなしリゾットも作れるようになっているとはコギトさんも鼻が高かろう。

 

 

「ああ、変わらぬよ。昔から何も変わらぬというのに、図体ばかりでかくなりおって」

 

 

 それでも彼女から見ればウォロさんは今も大きいだけの子供のようで、柔らかな目元を細めて親愛の情を灯した眼差しで彼を撫でた。

 ウォロさんはそんな視線がくすぐったそうに、反抗期の子供みたいに煩わしげな仕草でふいと目を逸らす。

 傍らのクレィアちゃんがくすりと微笑んで、おれもお腹を守りながら笑みを零した。

 

 

「テルお兄さん、つぎの湖はどっちにしますか?」

 

「あー、シンジ湖かな。そっちの方が近いし」

 

「では明日は心情湖で」

 

 

 本当なら今すぐにでも行きたいが、如何せんリッシ湖の試練でめちゃくちゃ疲れているのでそうもいかない。何回もやり直した潜水の疲労が心身ともに押し寄せている。このまま原野に行ったら途中で行き倒れるかもしれないし、エムリットの試練に耐えられないかもしれなかった。

 

 

「ジブンは一度コトブキムラに顔を出しておきます。商会の情報網も使いたいので」

 

「そのまま仕事に励んでこい」

 

「クレィア、くれぐれも刃物と火は使わないように」

 

 

 コギトさんの言葉を華麗にスルーしてウォロさんは『古の隠れ里』を後にする。

 このヒスイで刃物と火を使わないのは中々に難易度高くないか? と思ってクレィアちゃんの様子を横目で見れば慣れた雰囲気で苦笑していた。

 おれは……どうしよう。便宜は図られているし『湿地ベース』で今日は休むか?

 

 

「テル、掛け布団だけなら古いものではあるが貸してやろう」

 

「うぇ!? 泊めてくれるんですか!?」

 

「試練の後じゃ。キャンプ地ではなく屋根の下で休んだ方がよい」

 

 

 椅子から立ち上がったコギトさんは庵に向かう。その後ろを着いていくクレィアちゃんの背をぽかんと見送りかけて、慌てておれも後を追った。

 庵の箪笥に仕舞われていた掛け布団は確かにぺたんこで古びているが、「ほれ」と渡された途端にその感触に驚愕する。

 

 

「軽っ!?」

 

「先代寒天の戦士(ウォーグル)の羽毛から作った布団じゃ。堪能するがよい」

 

 

 顔をうずめて抱きしめると雲の断片を詰めたような柔らかさが応えてくれた。使い古されたものでこの感触なら新品はどれほどのものなのだろう。それこそウォーグルに抱きついたらなんとなく分かるのだろうか。

 

 

「もし寒かったらストーブつけていいからね」

 

「大丈夫! バクフーンと寝るから!」

 

「あ、そっかたしかに」

 

 

 ボールの中で話を聞いていたバクフーンは外に出るなり部屋の片隅にごろんと寝そべる。

 バクフーンと羽毛布団に挟まれて寝る至高のひとときに思いを馳せながら、コギトさんに重ね重ねのお礼を述べた。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 本来ならば星の降り出しそうな夜深く。

 バクフーンの体をもふっと抱きしめて、ウォーグルの羽毛布団にくるまって熟睡していたはずのおれはふと目を覚ましてしまった。

 僅かな身動ぎに反応して相棒もぱちりと瞼を持ち上げる。

 再び眠りの底に落ちるのはなんとも難しく、急速に冴えだした頭にお互い苦笑いを浮かべて体を起こした。

 

 少し夜風に当たろうか。

 物音を立てないよう注意して庵の外に出てみれば、空は相変わらずの赤色模様。テンガン山の山頂、時空の裂け目を中心に流れ出しているように見えた。

 この空はどこまで続いているんだろう。アルミアからは確実に見えていると思う。ディアルガの時はどうだったっけ。

 

 

「寒っ……」

 

 

 吹いた風に身を震わせるとバクフーンが体を擦り寄せた。

 普段身に着けていた制服の性能の高さを実感する。この白い着流し一枚で夜のヒスイはかなり堪える。コギトさんはそれを分かっていたから庵に入れてくれたのだろう。

 

 

「お前がいてくれて良かったよお……」

 

 

 思えばずっとバクフーンに助けられていた。特に『戻りの洞窟』と『シンオウ神殿』では文字通り命を救われている。バクフーンがいなければ『時空の歪み』の先で古代シンオウ人を葬送することもできなかった。

 多くのポケモンの力を借りてヒスイを駆けてきた日々の中、ひときわ輝く相棒の功績は涙なしでは語れない。

 見えはしない星を思って空を見上げる。

 巨大な裂け目が鎮座する様にどうしても目を奪われてしまう。

 

 

 “時空の裂け目はのう、いくつもの時空につながる穴という……。そのひとつ、遥か向こうの時空におられるのがシンオウさま。”

 

 

 コギトさんの言葉によればあの裂け目は数多の時空に繋がる門のようなものであり、あの向こうに何が居るのかは一概には断じられないらしい。

 裂け目の先に広がる時空の中のひとつに、シンオウさまの領域がある。

 それは間違いなく、おれがかつて侵して穢したアルセウスの領域(アドレス)だ。

 

 

「やっぱおれがやらかしたせいじゃねえかなあ」

 

 

 バクフーンの首をもふもふと揉み込みながらどうしても拭えない可能性を吐き出した。

 というのも、『シンオウ神殿』で記憶を取り戻してから何度も試してみたけれど()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 バトルタワーに籠もっていた記憶はある。だけどそれはアルセウスを捕まえる前。

 ちかつうろに籠もっていた記憶はある。だけどそれはアルセウスを捕まえる前。

 ミオ図書館で神話に関する全ての蔵書を読み終えてから。

 神さまの言葉を修得してしまってから。

 アルセウスを捕まえてからの記憶が、一切思い出せずにいる。

 

 ヒスイに来る直前、何をしていたのかが分からない。

 あのラフもラフな格好でおれは何をしていたんだろう。

 どうしてスマートフォンだけが一緒に飛ばされていたのだろう。

 

 

「……ん? スマートフォンって……」

 

 

 それはチャンピオン就任後、何かと使うからと渡された白いシンプルな通信端末。

 最初の頃は本当に通信端末とついでにカメラとしての機能しか用事が無かったと思う。

 本格的に使い出したのは、ポケッチの内蔵電池が経年劣化でイカれ始めてからのことだ。カレンダーとかメモ帳とか、時計とか電卓とか──

 

 

 ──用意するのは送信機(電卓)言語(アンノーン)

 ──世界を運営するために必要なのは三段階。神さまの言葉を世界に放ち、世界が処理できるように翻訳し、実行する。

 ──神さまの世界はよくできているから、第一段階さえしてしまえば第二第三は自動的に行われる。

 

 

()()か!!」

 

 

 何故スマートフォンが魔改造されているのか。

 何故スマートフォンだけが一緒に飛ばされているのか。

 答えはきっとそういうこと。

 アルセウスフォンは、おれがかつて宣託言語(任意コード)の発布に用いた送信機だ。

 

 

「いやっ……どういう感情!? 今更だけど! どういう感情なのアルセウス!!」

 

 

 そしてこういう妙な記憶は思い出せても、アルセウスを捕獲してからの記憶は一切取っ掛かりすら掴めない。

 この先ディアルガと対峙したらそのタイミングで思い出すのだろうか。

 それともあかいくさりを作り出す時か、全てが解決しておれがこの上ない幸福を噛み締めた時だろうか。

 どうだろうねえ……と優しい眼差しでバクフーンがおれの背中を包み込む。

 今までずっと共に在った、なんならバクフーンよりも古参と言えるアルセウスフォンの意外な正体──というか、前職。

 複雑な思いでこれからを共にすることになったアルセウスフォンに怪訝な視線を向けながら、いい加減に寝ようと庵に戻る。

 

 つんと澄んだハーブの匂いが強制的に思考をクリアにしてくれたおかげか、ぬくいバクフーンと布団につつまれて、そう経たない内に眠りに就けた。

 

 

 

 

  

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