シンオウの昔日-翡翠英雄奇譚- 作:ヒュペルボレイオス
ウォロさんって、古代シンオウ人の末裔ですよね。
その問い掛けになっていない確認に、驚かなかったといえば嘘になる。
あの異邦人の眼にどこか確信めいた色が灯り出したのはもうずっと前。
アルセウスの名を覚えている人間が、
あの日、あの祠の前で、かの神話の一節を諳んじた時点で彼はこちらの出自に気づいていたのだろう。
気づいた瞬間に土足で踏み込み荒らさなかったのは配慮をされていたのだと、気づいた日には形容できない感情に苛まれて布団の中で声を押し殺したものだ。
「うめえ……」
「よかったですね」
目元を掌で覆いながら全身で感激を表すこの異邦人は、率直に言って少し気持ち悪い。
今だってただのパンに
初日にコギトさんが少し釘を差しているからか人に向けて直接好奇の目を向けることは無いが、生活の一挙手一投足を凝視されているようで落ち着けないのが正直なところだった。
「それ食べたら早く心情湖に行きますよ」
「はい!」
素直。
昨日から徹頭徹尾声色は平坦、口調は無造作、態度は冷淡な状態で接し続けているというのに、まるで気にしていないらしい。
「アナタ、ジブンに何か言うこと無いんですか?」
「………………食と住を紹介してくれてありがとうございます……?」
「それは散々聞きました」
「おれの感謝でグラシデアの花畑を咲かせてみせます」
そうじゃない。
どういう感情なのか誇らしげに胸を張るこの男は相変わらずで、朝から少し頭痛がしてきた。
隣のクレィアが小さく首を横に振る。彼相手に遠回しな言葉では何も通じないのだと、ふたりの認識が一致してしまった。
「その、テルお兄さん? ウォロってこう、今までのにこやか~なお兄さんとはだいぶ……こう、態度を変えていると思うんだけど……」
「? そうだね」
「えっとぉ……その件でなにか、シツモンとか、無いんです……?」
「えっ? 無いよ」
「無いらしいです……」
苦笑するクレィアをよそにパンを頬張る異邦人。
今まで外向きの顔で接していたことがバカらしくなる男の態度に苛つく自分を、ボールの中の
かつて生じさせた裂け目、顕現しない天上への道から落ちてきた人間の神経はたまによく分からなくなる。
アルセウスを信仰しているのは伝わってくる。
神使に敬意を払い、そうでないポケモンたちにも好意を向けているのは読み取れる。
故にアルセウスの民であり、ポケモンと同じものである古代シンオウ人を敬愛している。カミナギの痕跡を壊されたら人並み以上に怒り、カミナギの痕跡を見つけたら並外れた熱を上げる。
それは悪いものではない。忘れ去るばかりの余所者たちに比べれば彼こそが正しく、異邦人の本来あるべき姿だと思う。
「ごちそうさまでした! この時代にパンが食べられるなんて思ってもみなかったんで……あっところでビークインとの関係なんですが付き合いとしてはどれくらいなんですか? 誰かの手持ちって訳じゃないんですよね? やっぱりあれですかポケモンと対等な存在である古代シンオウ人的には単純にご近所さんなんで──」
「煩えなとっとと心情湖行きますよ!!」
──だから。
この強烈な関心を向けられた時に湧き上がる、居心地の悪い
*
一夜明けた『黒曜の原野』は、昨日と比べると野生ポケモンに落ち着きが無かった。
彼らも不安なのだろう。無意識にか習性故か、シンジ湖への道に多くのポケモンが集まっているように思える。
ポケモンたちの間にもエムリットへの信仰があったりするのだろうか。
「シンジ湖って火山噴火で出来たって聞いたんですけど、そうなんですか?」
「空洞化したマグマ溜まりに地表が陥没したところに水が溜まったと云われています。立志湖と違ってポケモン同士の戦いで出来たという説は聞きません」
そう淡々と語るウォロさんの警戒を灯した眼が彼方を見やる。
あの日相対したオヤブンギャラドスが、小島に降りたおれたちに一発挨拶しようと機を伺いながら周囲を回っていた。
「守っているのは感情の神エムリット。精神を映す聖霊にしてアルセウスが生み出した原初の命が一柱です」
巫の祝詞と鈴の音に従って神具が輝き門が現る。
ギャラドスの放つ“ハイドロポンプ”をルカリオが正面から打ち砕くのを背に、おれとクレィアちゃんは小島の中へと入っていった。
「……ここもだ」
小島の床に刻まれたヒスイ地方の見取り図と、周りを囲うシンオウ建築の柱たち。
一層ひんやりとした空気に肌をなぞられて背筋がぞくりと産毛を逆立てる。その感覚は嫌いじゃない。むしろ好きだ。
そんなぴんと張った大気を揺らして、高く細い鳴き声が繊細な楽器の如く奏でられる。
ハマナスが咲くみたいにくるりと身を翻して顕現した桃色の聖霊。
頭部に深く輝く紅の宝石はアグノムと同じもの。
柔く笑む様なかんばせは見惚れる程に可憐な印象を
シンオウ地方で追いかけっこを所望した、あのエムリットがそのままの姿でおれを見下ろしている。
息を呑むおれの傍らを巫の少女がするりと通り抜けた。
え、と反応するより早く、彼女は濡れるのも気にせず水溜りに跪く。半透明の青い羽織が浸され、雪白の髪の先が水面を彩る。
時間にして十秒も無かった一連の光景は唐突に、彼女が立ち上がったことで終わりを告げた。
「──あなたの感情を欲する。」
羽織を翻し、水の雫がきらめきながら辺りに散った。
おれの知るあどけない少女の面立ちは一瞬で超常の聖霊のものに塗り替わり、穏やかに上がる口角と透徹した金の眼が来訪者を映し出す。
そこでおれは初めて、彼女の
「──意思は聞いた。ここは
光の実がぱしゅんっと弾けたのち、
対する
高揚に声が漏れた。海の王子と称えられる、冷たい海の底で生まれた
「“ねむりごな”!」
厄介な“ほたるび”を積まれる前に──と思ったけど、よく考えたらこの時代における“ほたるび”って単に攻めの力を上昇させるだけの代物じゃないか? まあでも眠気を誘えば有利に進められることは間違いないのでよし。
外れることも無く、“ねむりごな”を浴びたマナフィが重たげに舟を漕ぎ始める。
即座に奏でられたのはクレィアちゃんが持つ鈴の杖。
目の覚めるような清冽な音色が空洞に響き渡り、マナフィの濃藍色の眼がカッと見開かれた。刹那に放たれた“ムーンフォース”に眠気の兆候は一切無く、絶好調を極める幻想的な月光の塊がドレディアに切迫する。
──待って今の何。
持ち得る知識を総動員して音の正体を探り出す。
幸い脳内に検索をかければすぐに答えはヒットした。心地好い鈴の音を響き渡らせることで、味方の状態異常を全て回復させる音技のひとつ──“いやしのすず”。
「うっそだろ……!」
確かに世の中には「ポケモンの笛」みたいに眠り状態を即座に回復させる人間の道具があるけれど、“いやしのすず”を再現できる道具なんて聞いたことも無い。
とはいえ「ポケモンの笛」がある以上、人間の奏でる音でポケモンの状態異常を回復させられる手段が確立されていても不思議ではない。ない……かなあ!?
「──ヒスイの大地に降り立ち、心はどのように動いた?」
水溜りで弾むマナフィから繰り出された“みずのはどう”をドレディアが“リーフブレード”で斬り刻む。
瑠璃色の波動は晶々とした水の粒を散らしながらドレディアへと疾走するが、緑の閃光が幾度翻ると雫は飛沫に零落して彼女の痩身を僅かに濡らすだけに留まった。
「……最初は心底不安だったよ。ドダイトスたちはいないし、知り合いもいないし、頼る先も無い。おれの知るポケモンたちよりだいぶ凶暴で、おれの知るシンオウとは何もかもが違ってた」
肌をひりつかせる戦意は感じない。
団長室で指した一局と同じだ。ポケモン勝負を通しておれの心を視ているだけであり、今この場に命のやり取りは存在しない。
だからおれは勝負に意識を向けながらも、クレィアちゃんの口を通じて問われるエムリットの質問に答えることを優先した。ドレディアもそれを汲み取ったらしく、マナフィを倒すことよりも繰り出され続ける技を捌く方向に舵を切る。
「それでも同じものはあったよ。風と空気だ。ひんやりとしていて、どこか厳かで、隣に異界があるみたいな薄ら怖さと、それが当たり前な空気感」
思い出したのはそれこそシンジ湖の畔から始まったおれたちの旅。行く先々によく分からないものが沢山あって、誰もそこに触れないが故の薄ら怖さがあった。「なんとなく隣に異世界があるみたい」──なんて、どこか不気味と言われることに定評があるシンオウ地方の空気感はそういうものから作られているのだと思う。
ヒスイも同じだ。
原野の『シシの高台』に刻まれている象形文字、湿地のあちこちに倒れるシンオウ建築、海岸に挫傷している幽霊船、山麓の一部に立ち並ぶ墓石の数々、凍土の……折り重なったクレベース。
どこか不気味で、故に好奇心をそそるもの。どうしてそうなっているのか、そうなるまでに何があったのか、想像と探究を擽るあれこれは、おれの知るシンオウ地方と、その空気と変わらない。
「うん、わくわくした。また旅ができるんだって、ワクワクしたかな!」
技と技のぶつかり合いを制し、緑の刃が一閃煌めく。
大きく仰け反ったマナフィは輪郭を喪失し、舞台袖に捌ける踊り子の如くボールに戻る。
「──ポケモンを仲間とし、共に行動をしてどうだった?」
次手に現れたのは花畑を背負った小さな緑色のポケモン、シェイミ。
その姿は一瞬でスカイフォルムへとチェンジし、ドレディアを上回る素早さを手に入れた瞬間に“エアスラッシュ”を吹き荒らした。
分の悪さを認めてドレディアを下がらせ、代わりに場を任せるのは当然、特殊受けの申し子ハピナスだ。
彼女は風刃の嵐をけろりと受け止め“めいそう”で守りの力を底上げする。隙を見て“ドレインキッス”で体力を奪い取りながら、返答を謳い上げるおれの盾として誇らしげな顔を浮かべていた。
「そりゃあ、もちろん楽しかった! 色んなポケモンと出会って、色んなポケモンを育てて、色んなポケモンの力を借りて……どこまでも世界が広がるあの不思議な感覚を、心強い感覚を、おれは『楽しい』って表現したい!」
突破困難と判断したのか、シェイミは風を手繰る手を止めると、自身の全霊を賭して風に乗る。
緑光と暴風を纏い、薄く張る水を裂き散らしてハピナスの体躯へと激走する。対しハピナスは両足で地を踏みしめ、咆哮と共に“ギガインパクト”を迎え入れた。
かつてオヤブンスカタンクの“すてみタックル”に二秒のみ持ちこたえた少女は決して揺らがず、断じて屈さず、衝撃を完全に抑え込む。
力尽きた様に元の姿にフォルムチェンジしたシェイミは、マナフィと同じく白い光となってエムリットの方へ戻っていった。
「──コンゴウの者、シンジュの者と出会い、交わり、何を思った?」
とはいえ苦手な物理技、一旦下がって休んでもらう。
共に投げたボールから登場したのはマンムーと、三枚の短冊を靡かせる星型のポケモン……ジラーチ!? なんで!?
いや、そういえばシンオウ神話とホウエン神話は陸続きだった。思い出した。急に伝承が別地方に跳んだから面食らったけど、そういうことなら納得もいく。
「正直……はじめはよく分からなかった。アルセウスを指しながらディアルガとパルキアの話をしているあの人達のことが、理解できなかった」
鋼タイプとの対面は不利でもあり有利でもある。
近接戦も可能なのか、ジラーチは躊躇なくマンムーとの間合いを詰めて“コメットパンチ”を振りかぶった。
「でも、重要なのはそこじゃなかったんだ。時を重んじ、空を仰ぐ彼らの信仰は、彼らがどう世界に向き合っているかを示すものだった」
小さな拳に宿る強烈な銀の光を“アイアンヘッド”で迎え撃つ。
衝突した鋼タイプのエネルギーが鈍い音を打ち鳴らす中、すぐに距離を取ったジラーチを“こおりのつぶて”が追尾する。見込むのはダメージではなく浮遊の阻害、身軽に接近する自由な星への牽制だ。
「その姿勢の形は団の中でも様々あって、みんな色んな眼で世界を見ている。色んな世界が広がっている。色んな価値観があるんだ。本来の信仰の形と違っていても、その在り方はきっと
軌道を制限されたジラーチが礫を躱すために身を翻し、ほんの一瞬だけ背を向ける。その瞬間を見逃さず、マンムーは猛りと共に“10まんばりき”をぶちかました。跳ね飛ばされたジラーチの体は白い光に包まれて、これで──違う。あれは白光ではなく銀光、鋼のエネルギーを纏っただけ。
僅かに油断したマンムーの巨体へ、とっくに発動を済ませていた“はめつのねがい”が一切の容赦無く降り注いだ。
目元を歪ませるマンムーに睨みつけられながらジラーチは今度こそ白い光に変貌して姿を消す。
一本取られて悔しげな様子に、オヤブンとして野生を生きていたとは言えまだまだ末の新入りなのだと実感した。
「──ギンガ団を追い払われ、大地をさまよい何を感じた?」
もう何が来てもきっと驚かない四体目。
ヌメルゴンは昨日ハリーマンとの戦いを頑張ってもらったので、満を持してバクフーン。
対して眼前にお出しされたのは、漆黒を纏う水天の眼光鋭き者──ダークライ。ごめんバクフーン、完全に相性不利だ。
「うーんまあ……悔しかったなあ!」
互いに放った様子見の“シャドーボール”が激突する。二発、三発、四発と絶え間なく撃ち続け、幾度の衝突を繰り返す。
その精度と威力はゴーストタイプの力を十全に扱えるバクフーンに軍配が上がり、競うのをやめたダークライは“あくのはどう”で己の領域を押し付けにかかった。
「おれの弁がもっと立ったらあの場で団長を落ち着かせられたし! もっと上手くやれてたらまた違ったんじゃないかって今でも思う! 人生経験の浅さが出た! 仕方ないね!」
波動とつく技は必中。
その法則に漏れず“あくのはどう”の禍々しいオーラは霊能に目覚めたヒスイのバクフーンに迫り来る。“めいそう”で備えるかと思ったが、彼は四脚で空洞の内部を走り出した。
必中を成すために標的を追い立て大きく弧を描き出す軌道。当然ながらダークライはその追いかけっこをただ眺めるだけではないので、第二波、第三波と“あくのはどう”を放出する。退路と進路を絶った悪意の牙に噛み付かれるその寸前、相棒はダークライに飛び掛かった。
──追尾攻撃は撃った相手まで誘導してから着弾させる。
王道と言えば王道の対処法だが、独自でそこに到達した相棒の賢さに内心の感動が止まらない。
「……仕方ない?」
「そりゃあ状況が状況ですし、団長から見たらおれは雷を操れる奴ですし、まあ~……今までちょっとずつ綻んでたのが一気に弾けた感じなんじゃないかなあ、と思います」
というか、こんなことになったら誰だって正気じゃいられない。ムラの皆のために、団長は情報が足りない中で必死にムラを守ろうとした。そのために現状最も疑わしいおれを物理的に離れさせるのは残されたポケモンたちの様子を思うと賢明では無かったかもしれないが、そうする他に無かったのもまた事実のはずだ。
何が悪いって言われたら満足な説明のできない力を使ったおれだろう。
「──理由があったら許せるの?」
黒霧が立ち込める中で、エムリットの輝く輪郭が浮かび上がる。
その金色の眼光が、真円めいた温和な笑みが、巫の口を借りておれに五問目を問い掛けた。
「──どんな理由があろうとも、あなたの感情が無かったことにはならないのに?」
それは。
かつておれが、“あの子”に言ってしまったものと全く同じ内容だった。
口の端が引き攣る。それを言われると弱い。切れるカードが無い。
かつて“あの子”が自身の信仰を理由に自分を納得させようとしていた状況と、おれが自身の哲学を理由に自分を納得させている今の状況は、呆れるほどに同一だったのだと──他者から、神さまから突き付けられている。
それを否定しようとするならば、おれは“あの子”に掛けた言葉を撤回しなければいけなくなる。
「……。……それは……」
霧の中から紫苑の火炎が暗黒の波動と喰らい合って飛び出した。
互いに振り翳した掌に灯る“シャドーボール”が至近距離で鍔迫り合う。
首周りの連なる焔が“ひゃっきやこう”を、水天の眼が怪しく輝き“たたりめ”を描いて、無数の鬼火たちが合戦の如く縺れながら消滅した。
双方が飛び退き距離を取る。
細長い足で水面に立ち、ダークライは涼し気な目元でおれを見据える。
バクフーンは炎を盛らせながらも、ニヒルな流し目でおれを見つめる。
まるで
本命の問は今ここに。
おれは小さく息を吸って、大きく吐き出しながら顔を上げてエムリットと目を合わせた。
「
空洞に響いた断言を背に、バクフーンは“シャドーボール”を再度作り出す。呼び覚まされたゴーストタイプのエネルギーが彼の両手に集結する。
冷たい気配が空洞を包み込み、水面に怪しげな影がいくつも映り込みだした。
少しでも惹かれたら連れて行かれる。そう確信させる類いのもの。
「どんな理由があろうとも、おれの感情が無かったことにはならない! おれはあの時本気でびっくりしたし、困惑したし、信じてもらえなくて……
ダークライはごうごうと揺れる大気の中、静かに正面に佇んでいる。
その頭上で微笑むエムリットの様子に一切の変化は見られない。きっと分かっているんだ。おれが本当はこうして傷ついていたことなんて、感情の神はお見通しだろう。
分かった上で訊いている。
おれがその感情から目を逸らさずに、認めた上でどう受け止めるかを問うている。
「それでも……無かったことにならなくても、おれはムラの皆を恨んだりしない! ムラの皆が悪いとは思わない!」
その答えを宣告した刹那、“シャドーボール”が色を変えた。
闇が砕ける様に爆ぜ、紫の渦は中心から逆流する橙の光に塗り替えられる。
炎と言うには鮮やかすぎる暖色の光は到底ゴーストタイプのそれではない。代赭の光に撫でられたバクフーンの体毛が渾天の如く煌めいて、空洞に満ちる悪と霊の色を一掃する。
「おれの悲しみも辛さも
答えに合わせて振り抜いた代赭の輝きがあらゆる霧と霞を払い除けて突き進む。
エムリットに捧げ奉る演舞の締め括りに相応しい、究極の真円を描いた“きあいだま”がダークライに直撃する。
回避もせず、防御もせず、輝きの中に消えた
「というか! 許さずにずっと恨むのもそれはそれでしんどいんだよ! 皆のこと別に嫌いじゃないし! 好きだから普通に! 好きな人たち恨むのってめちゃくちゃ疲れるからね!?」
「──疲れるから恨まない、と?」
「そう! おれは確かにしんどかったけど、しんどかったからこそ、さっさと胸を張って皆の輪の中に帰りたいです!」
だって好きなんだ。
ヒスイ地方に来たばかりのおれを次第に認めていってくれた人たちが、ヒスイ地方に来てからギンガ団を頼ってくれた人たちが。
収穫の度にモジャンボたちにお土産を持たせてくれるナバナさんたちの優しさが好きだ。
ポケモンの力を借りることに積極的で、自ら野生ポケモンをスカウトするサザンカさんたちの熱意が好きだ。
モンスターボールを筆頭に様々な道具を作ってムラと団を支えるタオファさんたちの献身が好きだ。
毎日訪れる傷病人のために知識と設備を整え続けるキネさんたちの直向きさが好きだ。
知らなくて怖いからこそポケモンたちを理解しようとし続ける、シマボシ隊長たちの姿勢が好きだ。
あまり関わりの無いように思える別の部隊の人たちだって、今少し考えただけでも好きなところが浮かぶのだ。
これを嫌いになるのは、きっとポケモン図鑑を完成させるよりも難しい。
「──感情は捧げられた。心情の試練は踏破された。授けましょう、世界を繋ぐ心の一部を」
微笑みながら、エムリットは光に包まれた小さな羽をおれに授けて姿を消す。
最後に巫を介さずひと声高く響かせた音色は、かつてシンオウ地方でおれと遊んだ時のものと同じだった。
「ふたつめ、心情の試練はこれで完了です。おつかされまでした、テルお兄さん」
「……よかったあ……」
金の双眼に灯る色がクレィアちゃん本人のそれに戻り、見慣れた笑顔が浮かべられる。どっと押し寄せた安堵にへなへなとしゃがみ込んだ。
試練が不安だったというのもあるし、この子の人格がどこかへ消えてしまったみたいでどうにも落ち着かなかったのもある。
以前のおれなら
お役目とはいえ、そういうものとはいえ、人格が塗り替えられたかの様なトランス状態には不安が勝る。
「あの……クレィアちゃん。ひとつ訊いていい?」
「はい、どうぞ?」
「その鈴、何?」
彼女が両手で持つ、自分の身長よりも長い杖。
頭に掲げられている二つの大ぶりの鈴が、先程の“いやしのすず”を奏でたのは間違いない。遺伝子の如く絡む二本のリボンがおそらくディアルガとパルキアを表していることから、これも一種の神具か祭具なのだろう。
「……テルお兄さんは、『シント』という地を知っていますか?」
「シント……? いやごめん、知らないかも」
「では、そのお話から始めましょう」
内緒話のような密やかな囁きが耳を擽る。
空洞の外から流れ込む風に螺旋を描いてリボンが揺蕩う。
旧い宇宙の話でもない。
遠い神話の話でもない。
彼女が語るのは確かに在った人間の話。
今を生きる彼女に託された、数多の祈りの話だった。
ハートレイク(出典:超不思議のダンジョン)
最深部でエムリットが待っている難易度高めなダンジョンのこと。