シンオウの昔日-翡翠英雄奇譚- 作:ヒュペルボレイオス
少し時間が空いてしまいました。頑張ります。
偉大なる神の力を歌と踊りで表す彼らは、城都の民との交流を重ね、最果てを想って神殿を建てた。
ドラゴン使いの一族が住む場所よりも雪深い土地。
ひんやりと厳かで、何かしらの力に満ちている、北の最果てとよく似た雪白の地。
故に──
「この杖は、かつてわたしたちカミナギの民が祭事や神事に用いたものです。鈴をつかった舞はジョウトの巫女たちに受け継がれているとおもいます」
「マジか……」
おれの知らない古代の交流に衝撃を隠せない。
ジョウトはカントーとの繋がりがフォーカスされる印象が強いのもある。遠く離れたシンオウと関わりがあったなんて驚きでしかないだろう。
あの地方の神話といえば、エンジュシティのスズの塔とそこに舞い降りると云われるホウオウだ。何年か前にホウオウが実際に現れたことで世間を騒がせた記憶がある。まいこはんたちがホウオウの降臨に関わる巫女だったと判明したのも丁度その時だ。
そんな彼女たちが扱う神楽舞のルーツは、北の最果て──遠い昔のヒスイから南下した、古代シンオウ人から受け継いだものだったらしい。
「とはいえ、『カミナギの笛』とちがって名前は失われてしまいましたので。わたしもウォロも、ただ『杖』と呼ぶしかありません。それでもウォロはわたしに鈴の舞をおぼえていてほしいみたいですね」
名前は失われて久しく、遠い海の向こうで受け継がれていく伝統の残り香。
神に捧げるための鈴。神の威を伝えるための鈴。笛と違って、ジョウトと違って、ヒスイでは忘れ去られてしまった祭具のひとつ──か。
「じゃあ、“ねむりごな”による状態異常の解除はその鈴の舞によるもの……なの?」
「そうなりますね。あのときわたしの体は
さらっとトランス中は人格無くなる説を肯定されて変な声が零れそうになる。やはりあの超越的に透徹した眼差しは神憑りのそれらしい。
目下の疑問はエムリット自身は“いやしのすず”を覚えないことだ。ユクシーは教えれば使えるようになるけれど、エムリットとアグノムに“いやしのすず”の適性は無かったはず。
自分で使えるものと巫の祭具を借りて使えるものは、また別のスキルツリーなのだろうか。
「……」
「テルお兄さん?」
「あ、ごめん大丈夫だよ。杖のこと教えてくれてありがとうね。行こっか」
表情を切り替えて空洞の出口に踵を返す。
得られた情報におかしな点は無い。「杖」──というより、本体は「鈴」か。「鈴」は古代シンオウ人の伝統の証であり、今はジョウトの巫女に受け継がれているもの。「鈴」である以上、“いやしのすず”の音を鳴らして状態異常を回復することは出来なくもない。使い手がポケモンと同じものである古代シンオウ人かつ、エムリットとトランスしているなら尚の事。もしかしたら“いやしのすず”だけでなく、「貝殻の鈴」や「安らぎの鈴」と似た効果も望めるのかもしれない。
神秘的で、よく分からなくて、だからこそ興味深いもの。
だというのに、どうしてかおれの心は妙にざわついている。
そのざわつきをどう形容したものか、どう言葉として綴り嚥下しようかに悩んでいる。
おそらく情報がまだ足りないのだと判断し、今は頭の片隅にそっと置いておくことにした。
*
エムリットの羽を大切にしまってシンジ湖から飛び立つ。
笛を奏でるおれを見てバクフーンが不思議そうに首を傾げていたが、アルセウスフォンのワープ機能を使わないのにも理由があった。
単純に怖いのだ。
今のヒスイ地方はあちこちで『時空の歪み』が発生しており、その間隔も普段よりずっと短い。この赤い空はやはりディアルガが発生させたあの空と同じく、この地の時空が不安定に乱れている証拠なのだと思う。
そんな、時間も空間も信用ならない時に空間転移なんてしたくない。アルセウスフォンを疑う訳ではないが、神さまに異変が起こっているであろう状況で超常の力を振るうのはやめておいた方がいいんじゃないかなとの判断だ。現に先日やった時、転移の際に違和感があった。具体的にどうとは言えないが、忌避するには足る要素だろう。
「最後はエイチ湖ですね」
「最果ての湖か。ふう……ちと時間が掛かるな」
庵で一服しながらコギトさんに成果を報告する。
残るはエイチ湖、この赤い空の影響が最も心配な『純白の凍土』にある湖。そこを守るユクシーによる叡智の試練。
「急いだ方がいいかと。コトブキムラがどうにもきな臭いんですよね」
「ムラが?」
「ええ。テルさんの試練中に少し立ち寄りましたが、どうも裂け目の向こうにポケモンの影を見たのだとかで、ギンガ団の長が討伐隊を編んだそうですよ」
「討伐隊!?」
物騒な単語に思わず立ち上がりそうになる。
裂け目の向こうには無数の時空が広がっているのだから、どこかの領域に坐す神さまの姿が見えるのはおかしくない。
だけど、それに対して討伐隊を編成するなんて正気じゃない。乗り込む手段は無いのだから、おそらくそのポケモンの影が裂け目から降りてきた時に備えてのことだろう。
「……おれ、そんなことのためにポケモンの戦わせ方を教えたんじゃないのに……」
そもそも、降臨したポケモンらしき何かに立ち向かえるほどの力がギンガ団のポケモンたちにあるとは思えない。訓練場で積んだ鍛錬は野生ポケモンから自分たちの身の安全を守るためのものであって、神さまに挑むような訓練はしていないはずだ。
「『ポケモン』だと思っているのでしょうね。それが『ポケモンの形をしているだけの神』である可能性を考えていない。自分たちが今まで生態を解き明かしてきたポケモンたち、その延長線上に存在するものだとしか認識していない」
滑稽です、とウォロさんが嘲る。
おれがここで得た情報を持ち帰っていない以上、団長は時空の裂け目がこことは違う時空に繋がる穴だということを知らない。遥かな彼方の領域がアルセウスのものであることも、何も。
裂け目の向こうに見えた異形の影はポケモンだと断じてしまえるのも、時空の裂け目とは何かを知らないが故なんだ。
「早くあかいくさりを作らないと……!」
「……仕方あるまい。三つめの材料をいただいたら、ここには戻らず『霧の遺跡』に参れ。かの地こそが神具を授かる託宣の場じゃ」
その名を聞いて高揚に胸が鳴った。『霧の遺跡』、遠い未来のシンオウ地方には存在しない場所。その役割を何よりも色濃く記憶に焼き付けられそうな予感がして、こんな状況だと言うのに口角が上がってしまう。
「クレィア。アナタは『霧の遺跡』で待ちなさい」
「ん、わかった。準備しておくね。テルお兄さん、どうかお気をつけて」
「エッ。あ、はい!」
庵の外に出れば、体を休めていたウォーグル様とムクホークが頷き合って翼を広げる。
これから赴く凍土は極寒の地であり、この異変によって陽光の一つも届かない。ムクホークには辛いものがあるだろう。
彼の体調を見つつ、凍土に差し掛かる前に野生のウォーグルと交代してもらうのが良さそう。
ウォロさんはムクホークの嘴に顔を寄せながら、きっとそんな打ち合わせを囁いた。
*
空の色が滲む雪と氷。
まるで世界が焼け落ちた後に氷で閉ざされた様な感覚。
濃淡こそあれど視界の全てが警告色で染まっているせいで落ち着かない。
わたしたちが住まう『純白の凍土』は、その雪白ゆえに最も変化が色濃く表れていた。
異変の発生から日を跨いだシンジュ団の集落は昨日と違って落ち着きを見せている。それは騒動が終息したのではなく、皆の焦燥を不安と恐怖が塗り潰しただけに過ぎなかった。
余所者をヒスイに招き入れるべきではなかった。
キングの後継を余所者に育てさせるべきではなかった。
コンゴウ団を糺す役目を放棄したのが良くなかった。
みな様々に思い思いの原因を探して、声を荒げて、主張を掲げたのは最初だけ。
日照量の少ない凍土でも育つように改良されたスナハマダイコンといえど、全く日が差さない中で育ち切るのは困難だ。希少な畑が全て駄目になるかもしれない。ウリムーたちが怯えてきのこを探せないかもしれない。昨日からあちこちで生じている真昼の夜──『時空の歪み』が、かつてのコトブキムラと同じようにわたしたちの集落に現れるかもしれない。
不安と恐怖で誰もが口を閉ざしていく。
わたしは。
わたしは。
長として。
皆を安心させないと。
皆を落ち着かせないと。
この事態をどうにかしないと。
どう、やって?
わたしに足りないのは何だ。
経験。
威厳。
年齢か?
シンオウさまを仰ぐ心は誰にも負けない。
どうすれば皆はわたしを認めてくれるだろう。
ガラナちゃんの方が長として相応しいなんて言われ慣れてる。
それでもわたしはわたしが長として幼い頃から受け続けてきた教育をそれを施してくれた人たちを裏切りたくなくてどんなに不甲斐なくても懸命にそれこそ命を賭してシンジュ団を率いシンオウさまを仰ぎこの広大な美しい空間が広がるヒスイの地で生きていくために、生きて、生きていくために、えっと。
だから。
今。
わたしに。
何が出来るのって。
話で。
というか。
今。
わたしって。
必要?
「………………」
気づけば。
体は自然と歩き出していた。
静かな『シンジュ集落』を、まるで逃げるように抜け出して。
一歩、一歩と雪を踏みしめながら坂を登る。
グレイシアが心配そうにこちらを見上げているのを、大丈夫、と宥めながら足を進める。
大丈夫。
何が。
分からない。
でも。
エイチ湖には知識を司る聖霊がいると、古くから伝わっている。
聖霊に知識を授かろうと、何人ものシンジュ団が縋りに行ったとの口伝がある。
もし。
もし本当に聖霊がいるのなら、わたしは知識を授かりたい。
この状況をどうにかできるくらいの知識。知恵と言ってもいい。それを授かりたい。
それを持ち帰って、集落の皆を安心させたい。
八方を塞がれたわたしに考えられるのは、もう神頼み以外無かったのだ。
「大丈夫。大丈夫だよグレイシア。一緒に行こう、わたし……」
「カイ!」
知ってる声に名前を呼ばれ、道の半ばで振り返る。
体の大きなガーディと一緒に、ガラナちゃんが走ってわたしに追いついてきた。
走ってわたしに追いついてきた。
ガラナちゃんが。
「何、どうしたの?」
「どうしたのではありません! あなたこんな時にひとりでどこへ行くおつもりですか!?」
「こんな時だからこそだよ! 皆のために、わたしはエイチ湖の聖霊に知識を授けていただくの!」
目的を口にした途端、ガラナちゃんの顔が絶句に染まる。
怒りでもなければ憤りですらない。まるで傷ついたような色のかんばせだ。
「……集落にお戻りなさい。長が皆の元を離れるべきではありません」
「戻ってどうなるの? 皆が不安そうにしているなら、それを解決するのが長の役目だよ! わたしはそのために──」
「エイチ湖に挑んだ者がどうなったかを知らぬあなたではないでしょう!?」
その怒気と共にわたしの両肩を掴んだガラナちゃんが鬼気迫る顔で詰め寄った。
エイチ湖に知恵を授かろうと挑んだ者はみな、聖霊の問いに答えられず逆に記憶を奪われている。それ故、エイチ湖に沈むのは聖霊ではなく悪霊だとする声も過去にはあったらしい。
でも──でも、それが何だっていうんだろう。
何にせよ今わたしに出来ることは何も無いんだから、少しでも僅かでも微かでも可能性がある伝承に賭けてみるのは悪くない考えのはずだ。
「心配で戻ってみれば……っ。少し落ち着きなさいな。グレイシアの顔もまともに見ていないのではありませんか?」
「グレイシア……?」
心外だ。グレイシアとお話なんてついさっきしたばかりだというのに。
そう憤りながら足元に目を落とす。
幼い頃から共に育った無二の友は、心底不安そうな、悲痛さえ感じるような面持ちでわたしを見上げていた。前足をわたしの靴に置いて、聞いたことも無いようなか細い声で鳴いている。
「……っ……う、うう……!!」
──わかって、いたのだと思う。
どうにもならないこと。どうにもできないこと。
わたしは、わたしたちは、どん詰まりの状況をてっとり早くなんとかしたいだけで、知識を身に着けようとした訳でも、知恵を絞ろうとした訳でもない。
曖昧な伝承に縋り付くことしかできない時点で、知識を司る聖霊はその祈りに価値を見い出さない。
「だって、だってもう、どうしたらいいの!? わたし、テルさんのこと庇ってあげられなかった! あんなにお世話になってたのに、何も言い返せなかった! 集落の皆だってそう、皆の不安を拭ってあげられるような長じゃないって、そんなことわたしが一番知ってるよ!!」
頑張ってる。頑張ってるのわたし。
でも頑張って生きてない人なんてこのヒスイの地には存在しない。
皆が頑張っているんだから、頑張っているだけでは認められない。
「分からないよ……分からないの……どうしたら、どうすれば、何をしたらいいの? わたし今何をすればいいの?」
皆の不安を拭いたい。──どうやって?
この空の異変を解決したい。──どうやって?
原因だけでも突き止めたい。──どうやって?
どうやってが無数に降り積もっていく。それは冬の凍土に似ていて、春が来るか分からないという点では雪よりも無情だった。
曖昧どころか輪郭さえ捉えられない。
糸口なんて暗闇の中では見つからない。
道標になる星灯も見えないまま、真っ暗な吹雪を宛てもなく彷徨っているみたい。
「しっかりなさいませ、長。あなたが今すべきことは、集落に戻って皆を安心させることです」
「だからどうやって!」
「
怒号がきんと耳に刺さった。
足元のグレイシアの鳴き声がやけに鮮明に聴こえ出す。
ガーディがわたしの足元にすり寄って、そのあたたかな体毛を介して熱を恵んでくれる。
「……あなたが未熟な長であることはあたくしも否定いたしません。それでもあなたは長なのです。あたくしたちシンジュ団は、あなたがいるから纏まれるのです」
「わたしが、いるから……?」
「皆の不安の原因を取り除くことだけが長の在り方ではありません。先陣を切って走ることだけが長の在り方ではありません。皆の不安に寄り添い、共に困難に耐えるのもまた、長の在り方なのです」
「……そんなの、何の解決にもなってない」
そんなのはおかしい。長は皆を率いるものだ。セキのように、困った時に頼りになるのが長だ。解決に奔走し、時に誰かの助力を取り付け、快晴の様に笑って解決するのが長の姿だ。
苦しいと嘆く同胞の傍にいるだけなんて、そんなのは長じゃない。
「皆の不安は、皆で知恵を出し合って拭うものですわ。まあるく集まって、それぞれの知識を撚り合わせる……あなたは、その輪の真ん中にいるべき人です」
「輪の、真ん中?」
「そう。どうせあなたのことです。コンゴウ団の長と比較して自分が劣っているとお思いなのでしょう?」
違います、とガラナちゃんは困った妹を見るような眼をわたしに向けた。その眼差しに先程のような絶句の色はどこにも無い。
「あなたは率先して、先駆けて、団を引っ張っていくような長ではありません。あなたは団のみなに寄り添って、一緒に悩んで、共に歩いてくれる長なのですよ。……だから、集落にお戻りなさい。あなたがいなくては、子供たちもオババたちも不安で堪りませんの」
長となってからは久しくされていなかった抱擁がわたしを包む。
ガーディがひとつ吠えた先、坂を下った茂みの向こうからいくつもの不安げな顔がこちらの様子を覗き見ていた。
ガラナちゃんの服を握り込んで、崩れた顔を見せないように彼女の肩に顔をうずめる。
堪えようとすればするほどに溢れ出す嗚咽を必死になって噛み殺しながら、かつてのようにわたしの髪を撫でる姉のような手つきに、今だけは特別に甘えることにした。
*
「っしゃ勝ったー!! 勝ったー!! 勝ーてーたー!!」
エイチ湖の空洞をウォロさんとアルセウスフォンに開けてもらい、中に踏み入った瞬間にその熱気に圧倒された。
全身の毛穴から泣き叫ぶように発汗し、眼球が渇いて干物になったとさえ錯覚する程の熱。
何よりも凄まじいのはそのプレッシャー。まるで大自然が持つ強大な自然エネルギーが形を成したかの如き雄大にして壮絶な威圧感。
エイチ湖の空洞で、おれは何故かホウエン地方の伝説ポケモン──グラードンと相対していた。
大地を形作りカイオーガと争ったとされるグラードンが現代に蘇り、ホウエン地方が未曾有の大災害に見舞われたのは記憶に新しい。それを鎮めたのがユウキ先輩なんですけど。あの人何?
そんな古代の神がなんでエイチ湖の空洞にいるのかと辺りを見渡した時点で周囲の光景は一変しており、切り立った岩壁に挟まれていた。
おそらくアグノムが見せた大水晶の道と同じく、これもかつてどこかにあったものなのだろう。激戦を制したバクフーンは流石に疲労が見えている。
「あら勝てたんですか」
「反応薄っ!? 割とかなりの偉業なのに!?」
「
「えっ」
その言葉を肯定するかのように、倒れ伏したグラードンの姿がちかちかと点滅し始める。やがて幻惑の如く掻き消え、彼が踏みしめた大地も強大な爪で切り裂いた岩壁も追随して形を喪失した。
まるで一枚の布が取り払われるみたいに、エイチ湖の空洞内部のテクスチャが戻ってくる。
その直後に光の花弁が咲き、顕現するは知識の神。
見た者の記憶を消すとされる眼は固く閉ざされているのに、その聖霊に
マジか……と軽く呆然したおれを他所に、戦いを見ていたウォロさんがユクシーの傍に歩み寄った。
「──知識を問う。」
聞き慣れた声で告げられた試練の開始に全身が強張った。
少女が持つ無垢な音とは違う、透徹した怜悧な音。どんな顔をしているのかは、巫と違って振り向かないので分からない。
ああ、でも。それにしても。
この人の声で「知識」を問われるのは、なんというか緊張する。これまでの試練とはまた違った緊張感。ひとつでも答えを間違えたら、何かとんでもないものを失ってしまうような予感があった。
「──
「ん?」
「──この意味を答えよ。」
「はい!?」
その予感に武者震う前に出された問いに言葉を失う。なお問題文を訊き返すことは可能らしい。もう一度しっかり聴き直したおれは持てる全ての知識を直感で掻き混ぜて思考を回す。
最初に特定したのは、その並びが『シシの高台』に刻まれていた不思議な模様と一致すること。この意味を答えよと言うからにはこれには込められた意味があり、意味を込めるものである以上それは「文字」として機能する。
つまり、このシンオウ神話に連なる名の数々はまだヒスイ地方に文字が誕生する前に使われていた古代文字──象形文字を読み上げたものなのだ。
アルセウスは──光明にして根源、宇宙にして世界、全なるかな究極の一。
ガチグマとイダイトウは現状分からないので後回し。
アグノムレジギガスの組み合わせは察するものがある。勇気ある……勇気ある巨人? もしくは人そのものを表しているのだろうか。仮置きとして「勇気あるもの」としよう。
シェイミは何。多分だけど感謝とか贈り物とか、恵みとかそういうポジティブな意味合いだと思う。
エムリットユクシー、エムリットユクシーは何を表す。感情と知識だ。「勇気あるもの」に足りないもの? 確かまっさらになった巨人であるレジギガスには感情も記憶も無いけど何か関係があるのか?
また出たなガチグマイダイトウ。後だ。
パルキアマルマインは何? 共通するものだと真珠と球体?
全なる神、勇気あるもの、贈り物の感情と知識。
ぱっと考えてそれらしき意味として浮かんだのはこの三種。
ぱっとじゃ困るんだわ。
勇気あるものと贈り物と感情と知識、この辺をまずは完成させよう。
まずシェイミから。感謝を表すポケモンだ。古代の人は何に感謝をしていたか? ……ポケモンだ。自分たちと同じものであるが、自分たちより強いもの。シンオウさまの雷槌に打たれ力を貸してくれるポケモンが特にそう、だけどそうでなくても生活を共にし守護像として建てるほどに身近な存在だったはずだ。
自分たちに恵まれた神からの贈り物であり、感謝を捧げる相手──ポケモンのことだと、思う。多分。
勇気あるものとポケモン。ふたつの登場人物を立てることができれば話は早い。
勇気あるもの、恐らく人間。力の無い弱さを抱えるが故にポケモンと手を取り合い生きてきたのが古代シンオウ人である以上、人間とポケモンが並べられたこの文言が示すものは「人間はポケモンと協力した」という類いのものだろう。
だから何? はい。
パルキアが示すものは単純に「空間」でいいはずだ。広い空間。広い空間と……なんでマルマイン? わかりません。
広い空間、があるから、その中で人間とポケモンは協力した。何のために? という問いに冒頭の「アルセウス」が関わってくると思う。アルセウスからの指示? それとも、アルセウスのために人間とポケモンが協力して広い空間で何かを成す必要があった?
ここで手詰まり。であれば先に読み解くべきはガチグマとイダイトウだ。
ガチグマとイダイトウの組み合わせが二回来ているということは、それぞれ単体の意味ではなくこの二つを組み合わせた時に生じる特別な意味合いがある可能性が高い。
イダイトウは志半ばで散った沢山の魂を纏うもの。
ガチグマは……満月と深く関わりがあって、物を探すのが得意で……神使やその末裔としてはモノを探す力に着目されている。
探す、魂。探すべき数多の魂? アルセウスの数多の魂って何だよ究極の一であるアルセウスにいくつもの魂がある訳が────あるわ。
ある。あるんだ。
究極の一であるアルセウスから散りばめられたもの。
この世界の大気と地下に満ちるエネルギーであり、この世界に生きるすべてのポケモンに分け与えられている神さまの愛の証明。
タイプエネルギー、即ちプレート。
ガチグマイダイトウの組み合わせは、「散りばめられたプレート」を指しているんだ! 多分。
アルセウスの散りばめられたプレート。
勇気あるものはポケモンと協力し。
散りばめられたプレートを広い空間で……マルマインは何?
最後の最後で行き詰まった。このマルマインは本当に何。
そもそもマルマイン自体謎が多いんだよ。モンスターボールに似ている理由も判明していないし、ヒスイ地方ではヒスイ地方のモンスターボールに似ているし、でも古代の英雄に協力したってことは古代シンオウ人の知るマルマインは既にこの姿だったんだろうし、じゃあなんでモンスターボールの無い古代でモンスターボールと似た姿になっているんだって話で。
……違う。マルマインはモンスターボールに似ている以前に、その球体から真珠に似ている。パルキアの象徴とも言える真珠と似通った姿に古代の人は何を思ったのだろう。どんな意味を、マルマインに込めていただろうか。
そうだ。マルマインの謎を解くんじゃない。
マルマインに託された古代シンオウ人の思いを、意図を読み取るのが象形文字の解読だ。おれの疑問なんてどうでもいい。
パルキアと並べられたマルマイン。真珠と球体。欠けること無きまん丸の体。光明を齎す太陽であり、闇夜を照らす月であり……
マルマインは電気を溜め込む。技を放つ時も溜め込んだエレクトンエネルギーを放出する形のものが多く、古代シンオウ人も彼らが「集める」「溜める」性質を持つことは理解していただろう。確証は無いけど古代シンオウ人を信じることにしよう。
キュインキュインと力を集めるマルマインの姿に、「何かが寄り集まってひとつになる様」という意味を託すのは何ら不自然ではない、のではないだろうか!
これで全ての解が出揃った。
アルセウスの散りばめられたプレートを、勇気あるものはポケモンと協力して、散りばめられたプレートを広い空間から見つけ出してひとつにした。
散りばめられたプレートだと長いので、「うちゅううまれしときそのかけらプレートとする」という神話の一節を利用して「かけら」に纏めさせていただく。
おれの答えはこれだよ、ユクシー!
「……散りばめられた宇宙のかけらを、勇気あるものはポケモンと力を合わせ、広い世界から探し出してひとつにした……です!」
声の反響が済み、音が空気に霧散する。
おれの声が溶け入った以上、空洞に他の音は無い。
静寂が沈黙を見下ろしている。知識を司る神も、その代弁者も何も話さない。
時間が無限に思えるような静けさに緊張で心臓が跳ね続けている。爆発しそうだ。
何かが違っていれば、おれは何を失うだろう。おもむろにユクシーの目が開いて記憶を消されてしまうだろうか。あかいくさりの材料を授かれずこの異変を解決する手段を失うのだろうか。
胃がひっくり返りそうになりながらもユクシーを見上げ続け、小さく震える指先をぐっと握り込んだその矢先。
ふ、っと空気が和らいだ。
「──知識は納められた。叡智の試練は踏破された。世界を繋ぐため、心の一部を授ける。」
「え。あっ、え、合ってたんですか!?」
発言の処理に時間を要し、叫んだ時には既に小さな小さなユクシーの爪の破片が光に包まれていた。
爪とユクシーを交互に見上げる。不安極まりないおれの様子をしばし見下ろして──目は閉じているんだけど──、ユクシーは覡の声を借りた。
「──正確な
「うっ……」
「──ですが、その知識は生きていました。“知識”とは突き詰めればただの“事実”でしかなく、ただそこにあるだけのものです。増やした“知識”を使い、物事の本質を問い、より深い理解を得ることこそが、わたしの広めた“叡智”のあるべき姿なのです。」
その言葉におれは小さく目を見開いた。
己の中から湧く“意思”と“感情”のふたつと違い、“知識”は己の中に蒐めるもの。広まった“心”の中で、他ふたつとは微妙に立ち位置が異なるのだ。
だけど、ユクシーが広めた“知”の本質を考えれば何も違いは無い。
世界の“事実”を蓄えることが知識なのではなく、その事実を活かして物事を改めて考え直し、深く理解することで世界の色彩をより鮮明に捉えること──それこそが、ユクシーの広めた“叡智”の正体。
このエイチ湖の試練で問われる、心の在り方だったのだ。
「──『霧の遺跡』に向かいなさい。」
その言葉を最後に、知の聖霊は光の中に姿を消す。
一拍遅れて、代弁者としてひと仕事終えたウォロさんが振り向……かない。彼は少しの身動ぎもせずその場に立ち尽くしている。
「ウォロさん?」
答えはない。もしかしてまだユクシーの声を聴いているのだろうか。おれに伝える必要の無い、彼自身に向けられた御託宣があるのだろうか。
だとしたらここで無闇に話しかける訳にはいかない。古代シンオウ人と知識の神の厳格なるや荘厳にしていとも尊き交信タイムを余所者のおれが邪魔するなんてとんだ不敬があってはならないので。
「先……行ってますね!」
故におれは足早に、エイチ湖の空洞から立ち去った。
背後であがった水の跳ねる音には聞こえないふりをして、空洞を眼差すウォーグル様の背に飛び乗る。
向かうはいくつもの石を積み上げた塔があちこちに残る不思議な『霧の遺跡』。
授けられた心の一部を決して落とさないように、赤く息苦しい大空を翔ける神使の末裔にしがみつきながら『純白の凍土』を後にした。
グラードン
ユクシーが作り出した幻。
幻ながらその精度は極めて高く、常時放たれる威圧感に怯んでしまうと技が失敗する。