シンオウの昔日-翡翠英雄奇譚-   作:ヒュペルボレイオス

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門を越えて、空の下へ。

 

 

 神殿に向かうための『岩の門』を通るのはこれで二度目になる。

 山頂からの冷たい風が彼方から指す光と共に降り注ぐこの空間は、『シンオウ神殿』に赴く心身をぴりりと引き締めさせてくる。

 今から何に挑むのか、今からどこへ踏み込むのかを、厳格に、厳粛に、言外に物語ってくる。

 天への道──かつてはそう呼ばれていたかもしれない。

 

 

「あれ、ムベさん?」

 

 

 そんな道の半ば、少しだけ開けた空間に立つ見覚えのある背中に声を掛ける。

 曲がった背筋と白いほっかむりは見紛うはずもない、いつもお世話になっているイモヅル亭の店主だった。

 そういえばムラにいなかったな。そうか食糧の補給線として抜擢されたのか。ポケモンに襲われることもなくひとりでイモモチの材料を集めているという話をバンケイさんから聞いたことがある。

 

 

「おお、テルか。それに先程のイチョウ商会……危険だから待っておれと言ったはずなんじゃがのう」

 

「どうも! しかしそれはなんとも殺生な話です。何がどう転ぼうと、これより先は歴史に残る一瞬に違いありません。その瞬間を間近で見たい! という好奇心は到底抑えられるものではありません」

 

 

 幾日ぶりに見たよそ行きの笑顔と饒舌なトークに心の中で苦笑した。おれが知るウォロさんの姿ではあるけど、素の状態との乖離が凄い。隣のクレィアちゃんを見れば慣れているのか特に変わった様子もなくにこーっと微笑んでいる。

 

 

「歴史に残る一瞬……か」

 

「ムベさん、団長がこの先にいるんですよね? まだ裂け目に突撃とかしてないですかね? あと……その。様子はどうですかね」

 

「…………」

 

 

 細く吐き出される呼吸の音が冷風の囁きに同化する。

 紅碧の眼に灯った昏い色に周囲の空気が塗り替わる。

 目の前の相手から何も感じ取ることが出来なくなる。

 殺気はない。敵意も無い。あったとしても一切が漏れていない。

 呼吸が消え、気配が消え、視覚の情報だけが頼りになる。果ての出口から注ぐ僅かな光だけが眼前に立つ彼の輪郭を捉えている。

 おれは右手にボールを握り、その空気に適応した。

 

 

「流石よのう。凡夫ではこうはいかぬ」

 

 

 小さく首を振る老人の声が耳をなぞる。

 彼は何もしていない。オヤブンポケモンが放つような殺気も無ければ、野生ポケモンが大抵醸すような敵意も、闘気のひとつすら出していない。

 ()()()()()だ。

 それは即ち、息を潜めて頸を狙っている時のもの。何も無いとは何も悟らせないということ。全ての痕跡を隠すことが出来る程の実力者。

 それを今こうして言外に明かした──この意味が分からないようなら、おれはとっくにヒスイの地に埋まっていただろう。

 

 

「わしはデンボクの懐刀でな。あやつの邪魔をする奴がいたら始末する約束なのじゃ」

 

「ちょっと今明かされる衝撃の真実が過ぎますけど……つまり今からおれを始末する予定ってことでいいですか?」

 

「相違無い。年甲斐もなく血が騒ぎ心が震えておるぞ。使いどころもなく衰えていくシノビの技、最後に振る舞う相手が現れよったと!」

 

 

 刹那、目隠し玉が叩きつけられ白煙が辺りを塗り潰す。

 咄嗟に瞑ってしまった眼を叩き起こして前を向いた瞬間、一寸先に白装束の「死」が煙を裂いて飛び込んできた。握られた眉月の如き刃はされど輝きなど無い不可避の一刀。反応は出来ない。おれの反射神経を完全に凌駕した一閃が命を刈り取るために振り抜かれる。

 時間にして須臾にも満たない呼吸の合間、金属同士が衝突する鈍い音が打ち鳴った。

 

 

「やはりポケモンには及ばんか。()けいムウマージ」

 

「ありがとうヌメルゴン! そのまま行って!」

 

 

 おれが開閉スイッチを押すより先に飛び出したヌメルゴン。

 彼の殻に武器を弾かれ仕損じたムベさんは、空中で身を翻して距離を取りながらモンスターボールを投擲した。 

 その身のこなしは明らかに常人のものではなく、おれは彼が今まで腰の曲がった老人を演じていた意味をそこで理解する。

 

 

「“さいみんじゅつ”」

 

 

 主人と同じくその手持ちも通常よりかなり速い。

 ムウマージは指示を受けた時点で技の発動を終え、妖しく輝いた双眼でヌメルゴンの意識を落としかけたかと思えば、間髪入れずに“たたりめ”でその眠りを咎めに掛かった。

 受け身も何もなく、ただでさえ隙を生みやすい眠気に苛まれながらの“たたりめ”はヌメルゴンでも苦しいものがあったのか、彼にしては珍しい苦悶の声を呻かせる。

 

 

「立て直していけ、“からにこもる”!」

 

「“あくのはどう”」

 

 

 黒煙が立ち籠めて白煙と混ざり合う。脱力に伸び切った体を銀の殻に格納し、煙に身を隠す技──なのだが、必中の波動技を前にしてはその煙幕効果は見込めない。

 それでも守りの構えは有効だ。“あくのはどう”はまるで効いていない。それを表すかの如く、ヌメルゴンは誇らしげに笑った。

 

 

「シノビに目隠しが通じると思うたか、ナメられたものじゃ」

 

「いや別にナメてはいませんけども!」

 

 

 “あくのはどう”を放ち終えた一拍の間を狙ってヌメルゴンが“りゅうのはどう”を返礼する。

 ムウマージはそれを見切り右方に身を翻すが、出力からして一発目は囮。本命は二発目。身を翻した瞬間、ほんの少しでもこちらに背を向けたその一瞬を見逃さずに殻を飛び出る。

 深い紫の背に振り下ろされる“アイアンヘッド”。

 特防より防御が脆いムウマージは重めの一発に悶えながら体を縮め、ボールの中へと帰っていっ──か、ない!

 

 

「つえ~……」

 

 

 地面を這って突き上げられた影の槍がヌメルゴンの足を掬って転ばせる。

 最後の最後にこちらを一瞥したムウマージは、残る力の全てを“かげうち”に注ぎ込んでいた。

 屈辱の表情で立ち上がるヌメルゴンの体力はまだ半分ほど残っていると見ていい。半分……そう、半分だ。今から何があるか分からないって状況でいたずらに体力を減らしたくない。

 

 一旦交代。鋼タイプという優秀な属性は大事にしたい。

 次手繰り出したマンムーの咆哮に立ち向かうは──オオニューラ!

 

 

「“こおりのつぶて”!」

 

 

 圧倒的に素早さは負けている。氷礫が無数の手裏剣となってオオニューラに襲い掛かるが、尽くを石火の速度が上回る。いくら“こおりのつぶて”とはいえオオニューラを捉えるには至らないかと歯噛みしたが、これオオニューラが“でんこうせっか”で逃げ回っているからだな。

 

 

「っマンムー待て!!」

 

 

 岩壁を走り回るオオニューラを標的に定める以上、礫は彼を追って放たれる。着弾地点は彼の軌跡に沿う。そんな当たり前のことだからこそ声を荒げて制止しなければならなかった。意図にいち早く気づいたのか、背後で鈴が僅かに揺れる。

 攻撃が止んだのはオオニューラにとって好機だったが、何も無防備なまま技を止めろと言った訳じゃない。マンムーは両の牙を極限まで凍てつかせて敵を見据えていた。掠っただけでも凍傷は確実だろう。

 オオニューラはその巨大な牙の威力を想像し、独断ではなく主人の声を待った。

 

 

「……そういえば、貴様はズイの遺跡を荒らした盗賊を追っていたな」

 

 

 なるほどのう、とムベさんは岩壁に歩み寄る。

 変哲もない壁の中で唯一研磨されたかの様に平らに整えられた一画。描かれているのはポケモンたちを象った古代文字だ。

 その象形文字を刻んだ壁画とも呼べる遺物に、オオニューラが挑発めいた笑みを浮かべて爪を立てる。

 少しでも力を込めて腕を動かせば遺物に傷がつくのは必至。神使の末裔と同じ種でありながら、このオオニューラには壁画を尊く感じる心が無いらしい。

 

 

「ムベさん。テルさんを始末するのはこの際構いませんが、ジブンの目の前で“それ”に手を出すのなら大人しく観戦に耽る訳にもいかなくなりますよ」

 

「もう少しおれの心配をしてほしい」

 

「安心せい、シノビは無闇に痕跡を残さん。少し羨ましくはあるが、妬みひとつで傷など与えぬよ」

 

 

 けたけたと笑いながらオオニューラが壁画を離れる。

 じりじりと間合いを図りながら互いに睨み合う中、紅碧の眼と視線がかち合う。

 

 声無き指令を察知したのは彼のポケモンがくんっと体を伏せたのと同時。地を蹴る音など存在しない。気体の如く姿が掻き消え、凍てつく牙を微塵も恐れずにマンムーの懐に接近する。

 反応は出来ない。

 唸りをあげずに全力の働きを叶える筋肉が音を置き去りに振り抜かれる。

 シノビと名乗った主人の在り方を示すように、その“インファイト”は静謐を纏ったままマンムーの巨大な体躯に炸裂した。

 揺れる大気の波をおれの指示が乱す。守りを捨てて懐に入った獲物を取り逃すなんて許さない。マンムーは受け止め切るには些か重すぎる衝撃を見事耐え抜き、全体重を乗せた“10まんばりき”でカウンターを成立させる。

 こちらも、反応は出来ない。

 元々“インファイト”や“ばかぢから”はそういう技だ。放った直後が一番脆い。その大きすぎる隙──いやそれでも平均と比べたら隙がない方なんだけど──を突かれたら耐久力の低いオオニューラでは耐えられない。

 

 これで二体目。

 悲鳴のひとつも零さず彼は後続へと託してボールに去って、代わりに飛び出してきたエルレイドが頭上からの“ドレインパンチ”で連撃を果たした。

 マンムーというポケモンは攻撃性能の高さこそ目を見張るものがあるけれど、受けに回ると屈強な体格にしては脆さが目に付く。格闘タイプの技をそう何度も打ち込まれては堪らない。

 

 ムベさんの性格はよく分かった。

 磨き上げた技術を以て懐に入り不可避の一撃で獲物を仕留める、忍者にしては雄々しい武士のようなスタイル。搦め手を軸に戦う毒タイプのエキスパートが多い「忍者」ではなく、「シノビ」という別の系統と考えた方が良いだろう。

 懐に入った彼らのスピードに反応するのは今のメンツでは不可能だ。攻撃は受けて、それを耐えて返しの一撃を放つプランでいくしかない。

 だから次、確実にマンムーを仕留める“インファイト”はギリギリまで引き付けて──それを透かせるゴーストタイプ(バクフーン)に交代する!

 

 

「……やはりな」

 

 

 昏い紅碧が僅かに細まる。

 エルレイドの眼光がマンムーではなくバクフーンを見上げていた。低く潜り込む姿勢から振り上げられる腕の先、“シャドーボール”が獲物の土手っ腹に打ち込まれる。

 ──読まれた。交代を。ポケモン勝負の概念なんて無いような、この時代の人に。この時代のポケモンに。

 

 

「“めいそう”──」

 

 

 その現実に心の底から歓喜する。

 技の読み合い、択の読み合い、指示とは別に自身の意思で動くポケモンたち。力押しではない戦術同士の喰らい合いとしてのポケモン勝負。

 心のどこかで諦めていた、シンオウ地方のような戦いに!

 

 

「“ひゃっきやこう”!!」

 

 

 躑躅の髑髏が咲き乱れる。

 洞窟内の酸素を全て燃やし尽くすような業火にして、一切の霊魂を連れて行く鬼火がエルレイドの四肢を焼き尽くす。

 雄叫びと共に燃え盛りながら振り下ろされる刃を、一瞬だけ展開した“シャドークロー”で弾き返す。

 執念とも言える追撃を捌いたバクフーンの咆哮を受け、エルレイドは瞼を下ろして撤退する。

 最後に主人を守る砦を表す様に、純白のドレスがはためいた。

 

 

「よせ、サーナイト」

 

 

 四体目──最後の一体としてムベさんの前に立つ淑女を、他ならぬムベさんが制止する。

 サーナイトは意図を理解しながらも納得ができないといった表情で背後を振り向いた。

 おれもなんとなくだけど分かる。今から『シンオウ神殿』で何があるのか分からない以上、この『天冠の山麓』から無事にコトブキムラに帰るためにも最後の一体は潰したくないのだ。

 

 

「三体費やして一体も仕留めきれなんだ。力の差は歴然よ」

 

 

 淡々とした口ぶりの主人に頷いてサーナイトはボールに戻る。張り詰めていた空気が僅かに緩むも、ムベさんがしゃんと背筋を伸ばしているだけで一定の緊張感が保たれていた。

 バクフーンが警戒の姿勢を緩やかに解き、クレィアちゃんの身動ぎに伴って鈴が小さく鳴る。ウォロさんはすぐさま象形文字の確認。流石だブレない。

 

 

「あの、ムベさん。これって団長の意思……なんですか」

 

「貴様を始末しようとしたのは拙者の独断。デンボクの命ではない」

 

「なんだよかった~!」

 

 

 安堵と共に胸を撫で下ろす。

 それだけがずっと気掛かりだった。もし団長に命を奪うレベルで拒絶されているならいくらなんでもちょっと傷つく。

 

 

「デンボクの様子は貴様を追放した後も変わらずじゃ。少しでも眠りに落ちれば魘される。軽く気絶させてようやく静かに寝入る。起きても暫くは夢と現の境を彷徨っておったよ」

 

「夢と現の境……」

 

「昼夜の分からぬ赤い空というのは嫌な記憶を呼び起こす。ポケモンに焼かれた故郷の空はこれとよお似とったからの」

 

 

 幾人もの同胞が命を落とした、と。なんでもないように告げる声が、シノビとして心を殺せる彼だからこそ使える声色なのだと悟るのは簡単だった。

 ギャラドスに焼かれたという団長の故郷。ムベさんの故郷。居場所を失い、仲間を失った彼らは争いのない新天地を求めてヒスイに渡り、ようやく根付く土台を、営みの舞台を手に入れようとしている。

 それを、故郷で見た最後の空と同じ赤い帳に脅かされた。

 全ての責任を背負う立場から見上げる空は、おれが感じるものよりもずっとずっと恐ろしいものだったに違いない。

 

 

「ここに来たということは、事態を収める手があるんじゃな」

 

「はい。古くからこの地に住む人たちの力をお借りしました」

 

「……ムシの良い話なのは承知の上。頼む。その手で、デンボクを救ってやってくれ」

 

 

 昏い紅碧の眼差しが真っ直ぐにおれを見つめた。

 敵意も無く殺意も無いその視線。否、殺意は初めから無かったのだろう。

 団長の邪魔をする相手を始末する──ふたりの間で交わされた“約束”を裏切らないように、彼はおれを始末しようとすることで義理を通した。

 けれど彼の忠心は、主人を破滅の道から掬い上げてほしいと頼み込む道を選んだ。本当に始末する気があるのならそれこそどんな手だって使えるだろう。こうして正面からポケモン勝負に持ち込む時点で、彼はおれを殺す気なんて無かったんだ。

 

 

「任せてください! そのために戻ってきたんですからね!」

 

 

 だからおれは目一杯の笑顔でそれに応えた。

 コトブキムラを守るために最も疑わしい存在を切り捨てる道しか選べなかった人。

 おれにとって今の団長はそういう人で、恨み言の一つだって出てこない。探せば少しはあるかもしれないけれど、そんな気分は湧かないのだ。

 

 

「さて……ハピナス、手伝ってもらっていい?」

 

 

 門から出る前に傷の手当てをしていこう。

 頑張ってくれた皆を出して、早速ウォロさんに貰った……返してもらったまんたんの薬を塗り込みつつハピナスに“いやしのはどう”を使ってもらう。

 

 

「あの……ムベお爺さん。ひとつ訊いてもいいですか?」

 

「む。どうした」

 

「先ほどの戦いの中で、この壁画をうらやましいと言ったのは、どうしてですか?」

 

「ああ……」

 

 

 クレィアちゃんの問いに耳を傾ける。おれもそれは気になっていた。ムベさんが象形文字を羨ましがる理由に全く心当たりが無い。故郷の話と関連があるのかもしれないが、文字に対して「羨ましい」と思う気持ちが湧く過程がどうしても分からなかった。

 

 

「そうさな。これは、遺ったものじゃろう」

 

「? はい」

 

「シノビは残らぬ。名も、行いも、技も、全ては記録に値しない。戦乱の世では持て囃された力も、今では必要とされず消え去るのみよ」

 

「──…………」

 

 

 感情を殺せる彼の声に滲んだ色に誰もが沈黙する。

 羨ましいと言った理由が分かってしまった。象形文字として刻まれた古代の思いはこうして残り、勝負の手を緩める程に、傷つけられたら怒る程に丁重に扱われている。

 対し、彼はシノビの技が衰えていくのを肌で感じるのだ。継承する相手もいない、戦乱の世にしか必要とされない力。争いのない新天地を求めれば求めるほど、そこに「シノビ」の居場所はどこにも無い。

 忍ぶが故に名は残らず、行いは闇に消え、技は忘れられていく。

 あとに残るものが何も無いという絶望感。

 

 ──それは多分。この場にいる古代シンオウ人の末裔である彼らがよく知ってるものだろう。

 

 

「憶えていますよ」

 

 

 沈黙を打ち破って金紗の髪が振り返った。

 白銀の眼がにこりと微笑み、「ジブンは憶えています」と再度断言する。

 それが無性に嬉しかったおれは、全力で頸を縦に振って同意した。

 

 

「おれもおれも! おれも憶えてますよ!」

 

「いや、拙者が言っとるのは個人間の記憶じゃのうて……」

 

「じゃあコトブキムラで伝えていきましょう! 学び舎の科目増やしてムベさんが講師です!」

 

 

 争いのための力と定義されたものの見方を変えるなんていくらでも出来る。

 シノビの体術は健康な体作りに取り入れられるし、野草の知識はあればあるほど良い。どうしても置換できない殺すための技があるのなら競技にしよう。剣道とか弓道とか、そういうものと同じように。技の型を通して心を育てる「道」のひとつとして遺していこう。

 それでも全てが遺せる訳じゃない。流れる時は無慈悲に記憶を剥落させる。いつかは絶えてしまうかもしれない。形骸化して意味を見失うのは残酷なことかもしれない。

 

 だとしても。

 戦乱の世で頑張った者たちの居場所が、泰平の世のどこにも無いなんて悲しいこと言わないでほしい。デンボク団長の求めた新天地にムベさんの居場所が無いなんて、そんなことあるはずないのだから。

 

 

「全く貴様という奴は……」

 

 

 その声にやはり色は無い。忍び装束に包まれた表情に変化は見られない。

 だけどおれは、少し呆れたような言葉のムベさんがほんの少し嬉しそうに見えて仕方なかった。

 

 

「ではテルさん。未来の話を叶えるためにも、いざ『シンオウ神殿』へ!」

 

「はい!」

 

 

 回復を済ませたマンムーが元気に吠える。ヌメルゴンが頷く。バクフーンが笑う。ハピナスが胸を張る。

 万全の状態でボールに戻った彼らと共に、おれたちは『岩の門』の先へ往く。

 急斜の坂を登った先、光の指す方。

 ──シンオウ神殿へ。

 

 

「わ……」

 

 

 門を越えた先に広がる光景に圧倒される。

 視界に収まる限りの空を引き裂く時空の裂け目。その巨大さに、空の全てが裂けているような錯覚に陥った。

 壊れた昼夜の境界線を象徴する空の下で白亜の神殿が異彩を放つ。こんな時だというのにその神殿は美しい。こんな時だからこそ、その自己完結した絶対的な美が際立つのだろう。

 まるで異変渦巻く俗界から隔絶された神の家。

 数多の祈りが束ねられる終着点にして、神の声が広がる始発点。

 

 

「綺麗だなあ……」

 

 

 自分でも分かるような恍惚の声が零れてしまう。

 北風の建築学(ボレイアス・アルキテクトニキ)の最高傑作は時空の異変が起きてもその美しさに疵がつかないのだと、世界中の人に喧伝したくなる。

 そんなふうに眼が釘付けになり立ち止まってしまったおれの意識を引き戻したのは、前方から駆け寄ってきたセキさんとカイさんの声だった。

 

 

「テル! 信じてたぜ、おまえさんなら必ずここに来るってな!」

 

「デンボクさんはこの先だよ! まだ裂け目には挑んでいない、話をするなら今の内に!」

 

 

 声に背を押され最後の坂を登り切る。背後から聴こえる鈴のか細い音が止むのと自分の歩みが止まるのはほぼ同時。ペリーラさん率いる警備隊が僅かにざわつくも、皆一様に頷いて視線を一箇所にやった。

 全ての視線が集まる地点。

 シンオウ神殿の入り口に繋がる階段の手前。

 黒い甲冑に身を包んだ、デンボク団長が静かに重々しく振り向いた。

 

 

「……おまえか」

 

「おれです。ギンガ団ココノツボシ調査隊員のテルです」

 

 

 風になびくマフラーに指を引っ掛ける。

 飛ばされそうになった帽子を押さえる。

 おれをギンガ団の人間だと証明する赤色は、その名乗りを誰よりも肯定してくれていた。

 

 

「シマボシが寄越した手紙の内容……あかいくさり。世界を繋ぎ、維持するという神話の道具。それは真か」

 

「真かは分かりません。でも、それを伝え繋いできた人がいます。この事態を見越した口伝を、今日までずっと抱え続けた人がいます。おれはそれを信じたいし、その人達を信じています」

 

「……やはりおまえは正直者だな」

 

 

 そう頷いた団長の眼にかつてのような狂気は無い。今は冷静に話が出来るようだ。事態の始まりから幾日経過して、不安が拭えない中でも与えられ続ける時間が、無理矢理だとしても精神を落ち着かせたのだろう。

 

 

「団長。……話を、しましょう」

 

 

 流れる時に感謝した。

 流れる時の中で正気を取り戻した団長の精神に感謝した。

 その上でまだ容疑者のひとりならそれでもいい。とにかく話がしたかった。ずっと、落ち着いて話したかったんだ。

 

 裂けた空の下、おれは初めてその人と向かい合う。

 誰かの面影を重ねるのではなく、ひとり分の歴史を持った、ひとりの男としての彼と。

 

 

 

 

 




ムウマージ(♀)
 おっとりした性格で負けず嫌い。催眠術+祟り目コンボを独自に「睡遁」と名付けて愛用しているが、遁走する気は全く無い。

オオニューラ(♂)
 陽気な性格で少しお調子者。ムベに忠誠を誓うあまり野生への帰属意識が皆無なので、同族が神使の末裔とか言われても「はあ……それで……?」以外の感想が無い。

エルレイド(♂)
 真面目な性格で物音に敏感。物理技のインファイトから使い慣れない特殊技のシャドーボールに切り替えたのは実のところかなりの無茶。

サーナイト(♀)
 穏やかな性格で考え事が多い。主人との付き合いは最も長く、イモヅル亭が忙しい時には店の奥で下拵えや洗い物などを手伝っている。

まんたんの薬
 何千年も昔にテルが軟膏として古代シンオウ人の遺体に塗ったもの。(参照:悲しむな、??が近づいてくるぞ。)
 返すようにとの口伝が残っていた訳ではないが、ウォロ的になんか癪なので返した。原作では復職祝いにくれる。
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