シンオウの昔日-翡翠英雄奇譚-   作:ヒュペルボレイオス

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 誤字報告助かります。自分では中々気づけないものですね……。



あなたとの最後のすれ違い

 

 

「……おれは! 団長のことが好きです!!」

 

 

 話を切り出す第一声を全力で叫んだ。

 開けた場所で出す大声はちっとも大きく聞こえない。それでも大声だと自身が認識できるくらいに声を張り上げた。一発で喉を痛めるような叫び方をしてしまったので、これからの失速が目に見えている。

 

 

「ひと目見た時からもう全ッ力で信用しました! ずっと忠誠誓ってました!」

 

 

 警備隊の人たちが顔を見合わせている。何を言い出すんだ急にとかんばせが物語る。団長もそうだ。怪訝な色が僅かに灯り始めている。

 その反応こそが、おれがこの人に信用しきってもらえなかった理由を言い当てていた。

 

 

「けど……団長を見ていた訳じゃ、なかったです……! おれはあなたによく似た人への気持ちを、あなたに向けていただけでした!」

 

 

 ──そう。

 おれが団長をひと目で信頼したのは、ナナカマド博士と似ていたからだ。

 ナナカマド博士と似ていたからという理由だけで寄せた信頼はデンボク団長へのものではない。

 この人はずっと、自分の知らない相手が稼いだ信頼を身勝手に向けられ続けていたんだ。

 シンオウ地方しか愛着のなかった最初の頃は、似たようなことを沢山悪気無くやっていた。ショウ先輩にヒカリちゃんを重ねて見ていたし、ギンナンさんにデンジさんを想起した。それは──それは、とても。とても失礼なことだったと、今になって反省している。

 

 

「そんな状態のおれが! おれを信じてほしいなんておこがましかったです! だから、まず……ごめんなさい!!」

 

 

 言い切った瞬間に頭を下げた。

 自分の知らない罪が自分のものとして提示される気持ち悪さとやるせなさは身を以て知っているのに、自分の知らない信頼が自分に向けられるという気持ち悪さにはずっと無頓着だった。

 調査報告がどうとか、直感でしかないとか、それ以前の問題なんだと気づけたのは、団長に拒絶されたのちに湖を巡って自分の心を整理したが故。

 この一件が無ければ、おれはずっとその不誠実に気づけずに生きていただろう。

 

 

「……得体のしれない人間として、おまえを最も恐れていたのはわたしだ」

 

 

 待ちに待った返答はそれから十秒ほど経って与えられる。

 顔を上げてみても団長の表情は読めない。いつもの厳つい面立ちで、真っ直ぐにおれと目が合った。

 

 

「おまえがどれだけ成果をあげようと、疑いの目を向け続けていたのもわたしだ」

 

 

 キングを鎮める度に釘を刺すように告げられていた文言を思い出す。

 お前を不気味に思う者もいる。お前を疑う者もいる。信頼を勝ち取るために働け。何度も言われたその言葉の真意を今になって悟る。

 あれは、他でもない団長がそうだったのか。

 

 

「おまえが気味悪かった。ポケモンを従えるからでも、ポケモンに単身挑むからでもない。何故会って間もないわたしにそうまで忠実なのか、不気味で仕方なかった」

 

 

 ……ああ、やっぱり。

 彼の不信感はそこを発端としていた。おれがポケモン大好きで変な行動を取るから不気味だなんて理由は後から湧いて出たものろう。

 空から落ちてきた正体不明の人間が、理由も分からず自分に懐いている──その気持ち悪さを、その気色悪さを、ずっと抱えていたのだ。

 

 

「──だが。その忠誠を利用していたのも、わたしだ」

 

「え……?」

 

「おまえを恐れ、気味悪がり、そのくせ利用し続けた。それなのにおまえの人柄を知ってなお、おまえを信じ切ることができなかった。……おまえはわたしを見ていなかった。そしてわたしは、おまえから目を逸らしていたのだ」

 

「──…………」

 

 

 こうしてお互い言葉にしてみれば、なんとも滑稽な話だろう。

 忠誠を誓っているなどと軽々しく口にしておきながら、優秀な調査隊員だと幾度口にしておきながら、おれたちは互いに互いから目を背けていた。

 何が原因かと問われたら、それは当然この人を先に蔑ろにしたおれだけど。

 

 

「おれは……改めて、団長が好きです。誰よりコトブキムラを愛して、そこに住む人達を気にかけて、ギンガ団を率いるその姿が大好きです。だから……団長が与えてくれた証明の機会をものにして、もう一度、団長の率いるギンガ団に帰りたいです!」

 

 

 その黒檀の眼を見つめて宣言する。

 これはナナカマド博士への好意ではなく、ナナカマド博士への信頼ではない。デンボク団長というひとりの人間を構成する要素への好意であり、今度こそ彼自身への忠誠だ。

 

 

「……旦那、オレからも頼むよ」

 

 

 ふと口を開いたセキさんがおれの隣に立った。

 その怜悧な眼差しは傍らを一瞥するでもなく、団長にのみ向けられている。セキさんの雰囲気には、知らぬ間にひとつ歳を重ねたような、若々しくも確かな貫禄を感じさせるものがあった。

 

 

「もしもそれで何かあったらって懸念があるならオレが責任取る。そん時ゃオレがテルにケジメつけさせるし、オレが腹を切るよ」

 

「ちょ、セキ!?」

 

「オレの腹一つでどうにかなる問題かっつう話じゃない。そんな“もしも”なんざ無いって主張に、オレはこの命を賭けられるって話だ」

 

「おまえ……」

 

 

 おれ以上に驚いた様子でカイさんが口に手を当てる。「シンオウさま」以外の存在に命を賭けるコンゴウ団が今まであっただろうか。「シンオウさま」のもとに集まり、結束し、絆を深めてきたコンゴウ団のリーダーが、コンゴウ団とは全く関係ない人間のためにその命を賭すと言う。

 シンジュ団の長として、その衝撃は相当なものなのだろう。

 

 

「テル。おまえは、元の世界とやらでどのようにして人と分かり合ってきた?」

 

 

 その問いに心臓がドクンと脈打った。

 ムベさんとの戦いで既に炉に火は灯されている。

 トレーナー同士のポケモン勝負が整備されていないこの時代では持て余すだけだろうから、早いところ鎮めておくべきだった熱が鎌首をもたげてしまう。

 おれは紅白のボールを構えることで返答とした。

 おれのいた時代、おれのいた世界。その人の信念、その人の信条、その人の歩み、その人の理想、その人の心を最も早く汲み取る方法は、その人が連れているポケモンと戦ってみること。

 

 

「……そうだな。わたしにとっての将棋や相撲が、おまえにとってのポケモン勝負だ」

 

 

 いつもの紋付袴ではなく、戦装束なのだろう黒の甲冑に身を包んだ団長が腰元のボールを手に取った。

 ポケモンを恐れ、憎んでさえいる彼がボールを携えるのは、その時点で彼の“それだけではない”胸中を既に語っている。

 

 

「いいんですか。団長」

 

「わたしはおまえを知らねばならぬ。八十一枡の盤上で分からなかったのなら──もはやこれしかあるまいよ」

 

 

 あの奥まった薄暗い部屋で、互いに互いから目を逸らして指した将棋の意味が剥落した今、もうあの時間にさしたる意味は無い。

 あんなに輝いていた記憶が答え合わせとともに色褪せた。あの日語り合った白々しい言葉の羅列を、これ以上風化する前に記憶の底に仕舞い込む。

 

 

「これより先の戦舞台、ヒスイの命運分かつ戦いには、より強い者が当たるとしよう! ──ヒスイ開拓使ギンガ団、団長デンボク! いざ参る!!」

 

「シンオウリーグチャンピオン兼ギンガ団ココノツボシ調査隊員、テル! 行きます!!」

 

 

 投げられたボールを飛び出た二体の遣い。鬨の声を天に響かせて大きく羽撃く戦士が一体ウォーグルと、大きなタマゴを抱えながら凛然と地に降り立った幸福の守護者ハピナス。

 両者性質こそ真逆なれど遂行する使命は同じ。

 それを誇示して押し通るための戦いの火蓋は、どこかで鳴った雪の落下音と共に切って落とされた。

 

 

「風に乗れ、どこまでも疾く! “オーラウイング”!」

 

 

 鮮やかな炎に似た今様色のオーラを纏い、力強い羽撃きと共に“サイコカッター”が如き風刃が吹き荒ぶ。ヒスイのウォーグルが得意とするこの技は彼らの雄々しさとは裏腹にかなりの技巧が光るものであり、不意の急所に当たりやすい。

 サイコパワーの一種であるオーラをその身に羽織ることで、トランス状態となったウォーグルの身体能力が引き上げられる。まるで重力の網から逃れた様に俊敏な動きを可能としたウォーグルはそのまま“エアスラッシュ”に移行した。

 第二波の風刃がハピナスに降り掛かる。空を舞い踊る戦士の羽撃きは止まず、絶えずに攻撃が差し向けられている。

 

 

「……効かぬか……!」

 

 

 その尽くを受け止めて、ハピナスは平然と佇んでいた。

 “めいそう”から目覚めた彼女はどれだけウォーグルが早くなろうと、どれだけ自分の足が遅くなろうと関係ない。

 全ての攻撃、全ての衝撃をその身一つで受け止めて微笑む姿は、さながら決して膝を屈さぬ聖人だった。

 ウォーグルも無謀を悟ったか一度攻撃の手を緩めた。射抜くべき隙を探してハピナスの上空を旋回するも、彼女は決してウォーグルから目を離さない。

 

 

「ならば立ち会えウォーグル! “ブレイブバード”!」

 

 

 埒が明かぬと判断し、団長は物理技に切り替える。

 天の裂け目にさえ届くような雄叫びをあげ、ウォーグルは高く空を翔けた。それは例えるなら助走をつけてより高く遠く跳ぶためのもの。加速を重ねた果てに最高の速度に達した時、その戦士は最高威力の“ブレイブバード”をぶちかますだろう。

 

 

「ハピナス。構えろ」

 

 

 故に。ハピナスは力強く地を踏みしめた。僅かに腰を落とし、絶対に受け切ってみせるとの意志を瞳に宿して空を睨め上げる。

 裂け目を背にしたウォーグルの鋭い鳴き声が轟いた。

 空を背負った戦士は一気に急降下を開始して、風を斬り裂く音が大気に悲鳴を奏でさせる。今様色のオーラは青白く燃え、彼は彗星に身を転じた。

 目で追うのも困難極める最高速度。

 大気を割って標的へと一直線に突き進む。風圧に絶えきれず、足元の小石が灰燼に帰す。天より彗星が迫るその瞬間、時間は一瞬にして凝縮され空間から全ての音が消滅する。

 

 たった一瞬の静寂が爆ぜた。

 衝撃は積雪を刹那に消し飛ばし、場の空気さえも粉砕した。

 ハピナスの巨体が揺れ咆哮がふたつ重なり合う。踏みしめられた大地が抉られ深い溝を形作る。

 それでも──ハピナスは決して倒れない。何度計算しても倒れるはずがない。

 彼女の狙いはただ一点。“ブレイブバード”の衝撃が消え、ウォーグルが全ての力を出し切ったその瞬間!

 

 

「撃ち落とせ!!」

 

 

 声に煌めいた瞳の光。

 これより見せるはひとつの奇跡。

 金色(こんじき)に輝いたハピナスの輪郭、溢れ出した膨大なエネルギーが天へと還される。振り上げた腕の先が指すは赤い空。裂けた空。雲一つ無き天にして、金の光が昇った先。

 一帯の視界が白に飛んだ。

 景色を焼いた雷光が二度点滅し、遅れのない雷鳴が戦場を震撼させ、目も眩む雷撃が天から彗星を貫いた。

 “かみなり”──神鳴りとして恐れられる、シンオウさまの威を示す様に。

 

 

「むう……!!」

 

「……“かみなり”は、みんなが思ってるより多くのポケモンが覚えられる電気タイプの特殊技です。電気タイプのポケモンじゃなくても……そう、ゲンガーとか、ニャルマーとか、コトブキムラにいるバリヤードだって教えたら修得できますよ」

 

 

 眩い金の光が消えると共にウォーグルが力なく地に沈む。

 “ブレイブバード”の反動に加え、“めいそう”で攻めの力を増している効果抜群の高威力技を受けたのだ。ぎりぎりまで踏ん張った体力が持たなかったのも仕方ない。

 電流の余波は今も白翼を縛り硬直させている。

 焦げたテンガン山の地面が辺りに熱を散らしている。

 ここまでの威力にするには流石にちゃんと鍛えないといけないけれど、発動の手順を覚えるだけならタマゴから孵ったばかりのニャルマーにだって出来るだろう。

 

 

「では、こうだ!」

 

 

 ウォーグルが戻ったボールに労いの眼差しを向けたのち、戦場に躍り出たのは電気無効の地面タイプ──ゴローニャ。物理面に秀でる反面特殊と素早さが低い、得手不得手のはっきりした種族。“ドレインキッス”で攻めれば突破自体は容易だろう。

 

 

「“ステルスロック”!」

 

 

 ゴローニャの咆哮に大地が震え、幾つもの鋭い岩が地面を飛び出す。

 飛苦無を思わせる鋭利な石塊はくるくるとハピナスを取り囲み、団長が掌を握った瞬間、中心に向けて殺到した。

 威力自体はそこまで高くない。如何にゴローニャの攻撃が高いとはいえ、決定打にはなり得ない。本命はその後に起こる状態変化。体に突き刺さった破片はしばらくハピナスの体力を苛む。何より不用意に守りの姿勢を取って足を踏みしめる瞬間を、辺りに潜んだ石塊の刺客が虎視眈々と狙っている。シンオウ地方での“ステルスロック”とはまた違った性質を持つ、より攻撃的な罠。

 

 

「一旦下がれ、交代だ!」

 

「ならば守りを固めよ! “てっぺき”!」

 

 

 ハピナスの代わりに登壇した舞姫はバレエのように爪先でふわりと着地する。

 痩身痩躯の彼女はいわゆる当たり判定というやつがハピナスと比べるとかなり小さい。その気になれば“ステルスロック”の岩に飛び乗って足場にしてしまえるだろう。

 ──が、おれの想定に反して、ドレディアはその場でスピンし辺りの石塊を蹴り払った。

 自分が踊るフィールドの片付けくらい済ませておいてほしい。そんな非難めいた眼差しがゴローニャに注がれる。もちろん挑発であり本心ではない。

 

 

「一発試そう、“ドレインパンチ”!」

 

「受け止めよゴローニャ!」

 

 

 かなり挑発的ながら“きりばらい”の才能を認めつつ、守りの力を上げたゴローニャはどんなものかと一撃見舞う。一足飛びに詰めた間合い、厚い岩盤の体に踵を落とす。──あ意外と入った。

 

 

「“ストーンエッジ”で打ち出せい!」

 

 

 地に亀裂が生じ隆起する。タイミングを合わせて岩の先端に飛び乗ったドレディアは勢いのままに高く空へと跳躍した。

 守りの力を上げたゴローニャにさえ“ドレインパンチ”の手応えはあった。もうそんなに強くなっていたのかと感動する反面、潜らせてきた修羅場の数々を思い起こさせるには充分すぎる証でもある。

 脳内の計算式を修正して算出したところ、今ので三割は削れたらしい。もちろんゴローニャの性格は分からないので考慮しておらず、この概算も目安であって正確ではないが。

 

 見上げれば、彼女は好機とばかりに空中で“しょうりのまい”を捧げていた。

 確かに『シンオウ神殿』が目と鼻の先にある以上それを捧げ奉らない選択肢は無いだろう。ましてや彼女は神使の同族。いざやご照覧あれアルセウス。

 

 

「こちらが撃ち落とす番だ、ゴローニャ! “ステルスロック”!」

 

 

 地面と岩、両方の性質を持ち合わせるポケモンの叫びに呼応して大地は岩の武具を鍛造する。礫よりも大きく、貴石よりも鋭い岩の懐剣が円を描いて回り、咆哮と共に打ち出された。

 襲い来る岩の嵐を前に彼女は怯まず体を捻り、落下の勢いを味方につけてしなやかな脚を振り下ろすと、迫る岩石を次々に蹴り砕く。力を失った岩の破片が空に散る。ドレディアとゴローニャの距離は重力に従って縮まり続け、地に近づくに連れて“ステルスロック”の尖兵は数を増していく。

 最早全てを打ち払うのは不可能だろう。その距離になったと悟った舞姫は、自身の刃を振り抜くに目障りなものだけを選別した。

 間合いに入る直前、両腕の刃に緑光が宿る。

 鈍足のゴローニャではその時点で彼女の間合いからは逃れられない。

 緑光の鞘から走った刃が岩盤の体を斬りつける。一閃では終わらない連続攻撃、瞬きの間に四回、四筋翻った剣閃がゴローニャの体に沿って弧を描く。

 

 “リーフブレード”。

 驚異的な防御力をも突破する剣聖の技。

 静謐を踏みしめたドレディアの周囲に、空で砕かれた無数の石塊がようやく降り注いだ。

 

 

「……これほど、か……!」

 

 

 倒れたゴローニャをボールに戻す。

 “しょうりのまい”を奉納したドレディアはもう誰が来ても止まらない、そう確信させる程の佇まいで戦場を静かに見つめている。

 団長が手を付けていないモンスターボールは残りふたつ。そこに格闘も草も半減する毒タイプのポケモンがいたら、流石にドレディアも苦しいか。

 

 

「団長?」

 

 

 そう思考している間、団長はふたつのボールのどちらにも手をかけなかった。

 どちらのポケモンもドレディアを受けられないのだろうか。どちらをこの後に備えて残すかで悩んでいるのだろうか。

 悩むくらいならおれはここでやめても構わないのだけど──と思ったまさにその時、団長の決断を待たずして二体のポケモンが同時に場に現れた。

 

 

「なっ……おまえたち!?」

 

 

 反射的にヒュッと喉が鳴る。シングルバトルの公式戦だったら反則で即失格だった。

 現れた二体、カビゴンとピクシーは自分が行くのだと言わんばかりにお互いを押し合っている。どうした?

 

 

「……あー……もしかして……」

 

 

 ちら、と後方に視線を送る。

 笑顔を貼り付けたままのウォロさんが肩を竦めてみせ、クレィアちゃんが困ったように微笑んだ。ですよね。

 

 戦いの場に出すとしたら、格闘タイプの弱点を突けるフェアリータイプのピクシーだ。戦の運びとしてはそれが正しい。格闘弱点のカビゴンを選出する理由は無い。

 ただ──その、ピクシーは。デンボク団長の亡き奥方が遺したポケモンであり、唯一と言っていい形見でもある。

 故に団長は迷っていたのだ。その迷いに耐えきれず、カビゴンとピクシーは自発的に場に飛び出した。

 自分はやれるのだ、と示すためにピクシーが。

 自分が行けばいい、と示すためにカビゴンが。

 その姿に他でもないおれが泣きそうになる。もうずっと昔からこういうものに弱いんだ。勘弁してほしい。

 

 

「団長。もう、よくないですか」

 

「……何故おまえが泣くのだ」

 

 

 まだ泣いてないが。

 ぎりぎりのところで涙腺を引き締め、一滴だって零していない。口の端が痙攣みたいにひくつくのはどうしようもないから手で口元を覆い隠す。

 まだやると団長が言うなら勿論付き合う。だけど進言はしたかった。先の二体からもこの二体からも団長の人柄は充分読み取れた。もしも団長が、ハピナスとドレディアの在り方でおれを分かってくれたのなら、もう、いいだろう。

 

 

「……そうさな。悠然と構え何ものにも屈さぬハピナス。凛然と佇み何ものにも怯まぬドレディア。おまえの在り方を示すには……たった二体でも充分やもしれぬ」

 

 

 戻れ、と厳かな声がカビゴンたちに掛けられる。

 ピクシーは心配そうに目尻に涙を浮かべながらも小さく頷いて指示に従った。

 残ったカビゴンは──ふるりと身を震わせると、細い目をきゅっと吊り上げてドレディアと向かい合う。

 

 

「カビゴン、もう……」

 

 

 嫌だ、と言わんばかりに彼は吼えた。

 どっしりと地を踏み舞姫を睨め上げるかんばせに種族相応の穏やかさは無く、理屈ではない感情の、合理ではない心の問題なのだと雄々しく語っていた。

 

 

「いいですよ団長。やりましょう」

 

「……うむ!」

 

 

 そこにある感情と意思を無下には出来ない。彼はここで譲れないし、もし譲れば長い長い後悔がずっとついて回る。そういう顔だった。

 団長とよく似た雰囲気を纏うカビゴンは関取のように前傾になって全身の毛を逆立てる。鬼気迫る気迫に口角が上がりそうになる。燃え盛る闘志が堪らない。隠さない闘気がピリピリと肌を焼く。その心地が良くて仕方ない。

 

 山肌を踏み抜かんばかりに四股を振り上げる。

 地響きが足元を走ってもドレディアは動じない。

 張り詰めた空気に小石の一つも転がらない中で、彼の咆哮が合図となった。

 雄叫びが空に届けられ全身を白光が包み込む。ひとつの山脈が動ぎ出すかの如き重みが腹に来る。まるで大太鼓の合奏そのもの。駆け引きなんて存在しない、全てを晒して突撃する渾身の一撃。

 

 そんな猛威を前にして舞姫は微動だにしない。

 ただ静かに迫る巨体を見据え、鈴のような鳴き声ひとつで構えを取ると全身を代赭の光が縁取った。僅か一歩で最高速に到達した彼女はカビゴンとの間合いを自ら詰め、自身もまた渾身の、強烈な一撃を胸に叩き込んだ。

 衝撃に空気がねじ切られ周囲の地面が抉られる。膨大かつ強大なタイプエネルギーの衝突は爆風となって周囲に余波の爪を立てる。眼球の水分を一瞬で持っていかれたかと錯覚した。そんなことは無いと己を叱責し最後までその目で見届ける。

 

 カビゴンとドレディアの、“ギガインパクト”と“インファイト”のぶつけ合い。

 光と風と熱が時の流れに従って収束したその果てに、ドレディアはカビゴンの元からしなやかに飛び退く。

 支えを失い巨体が前のめりに倒れ込む。

 この一撃にこの一瞬に、己の思いを昇華した彼のかんばせには秋晴れじみた爽快の色が宿っていた。

 

 

 

 

「全力を惜しまず、しかし余裕を崩さず。真の強者よな……」

 

「……光栄です」

 

 

 互いに最後の意地を通したポケモンをボールに帰らせる。ドレディアは最後まで姿勢を崩さなかったが、ボールの中ですぐさま“じこさいせい”を始める辺り、中々に響いたのは間違い無さそうだった。受け流して“ドレインパンチ”を叩き込む選択肢もあっただろうに。

 嵐に次ぐ嵐がようやく過ぎ去った戦場から熱は失われ、マフラーを靡かせる風は元の冷たさを取り戻している。

 

 おれが見上げた団長はボールを見つめて小さく頷くと、丁寧な所作で膝をついて──ひと呼吸の正座を挟み、地面に額を擦り付けた。

 ……ん!?

 

 

「申し訳なかった。衷心より、お詫びする!」

 

「えっ……はい!?」

 

「全てはわたしの心の弱さが招いたこと! 沙汰が不当であったと、このデンボク今ここでギンガ団の内外に申し上げる!」

 

「嫌だ頭上げてください!! 嫌ッ!! 見たくないです団長のそんな姿!!」

 

 

 何が悲しくて改めて忠誠誓った相手の土下座姿それも自分宛てを見なきゃならないんだおれは!! 誰か止めてこの人を、と見渡しても全員おれに判断を任せる様子──冷静に考えればそらそう──らしく口を挟んでくれない。いや本当にやめてほしい。

 

 

「頼む! 今一度ギンガ団のため、いやカミナギの民のため力を貸してくれ……!」

 

「今一度も何もおれはずっとギンガ団に忠勤してますから!!」

 

 

 それはそうとなんで今カミナギの民(古代シンオウ人)の名前が出てくるんだ!? 団長もしかして知ってるのコギトさんたちのこと!? そういえばコトブキムラの祠はコギトさんが分祀を執り行った云々の話があったし団長がカミナギの民(古代シンオウ人)の名を知っていてもまあ不思議ではないか。

 いや違うなこれ。

 団長はヒスイに生きる人たちを指してカミナギの民と言ってるっぽい。すみませんそれはちょっとおれの信仰に反するのでノーコメントとさせてください。ギンガ団に忠勤してるのは本当なので。

 

 

「っ~いいから! 顔を! 上げてーっ!!」

 

「そこを頼む、この通りだ!」

 

「ヤダーッ!!」

 

 

 生まれて初めて目の当たりにする土下座の衝撃を受け止めきれず情けない叫び声がまろび出る。

 最敬礼の謝罪をここに来てつっぱねられたのだと勘違いして謝り続ける団長と、そもそも土下座に良いイメージがまるで無いのでとにかく見たくないおれとの最後の最後のすれ違いは、セキさんとペリーラさんの助け舟が出るまで続けられたのだった。

 

 二度と……しないで、ほしい……!

 

 




ウォーグル(♂)
 勇敢な性格で血の気が多い。ヒスイに渡ってきたデンボクが最初に捕獲したポケモン。当時はワシボンだった。一時的な付き合いのつもりだったが情に脆い一面を持つデンボクの傍が気に入った。

ゴローニャ(♂)
 わんぱくな性格で負けん気が強い。開墾予定の田畑に居座り、デンボクとの相撲勝負に負けて捕獲されたイシツブテが成長した姿。ゴローニャに進化するまではちょくちょく相撲を楽しんでいたらしい。

カビゴン(♂)
 いじっぱりな性格で昼寝をよくする。デンボクの故郷の数少ない生き残りであり、デンボクと共に育った兄弟のようなポケモン。コトブキムラが軌道に乗るまでは貴重な食料を食い尽くしたくなくて冬眠のような休眠状態を取っていたらしい。

ピクシー(♀)
 寂しがりな性格で考え事が多い。デンボクの妻が連れていたポケモンであり彼女の形見。デンボクとはお互いに同じ疵を共有する仲。だからこそ接し方が分からずギクシャクしていた頃もある。
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