シンオウの昔日-翡翠英雄奇譚- 作:ヒュペルボレイオス
天に広がる時空の裂け目。
それを冠するシンオウ神殿の舞台に上がるのはこれで二度目になる。
アルセウスが降臨するための祭壇であり神の家は、赤い空の下でもなおその美しさが失われていない。独特な造りの柱の根本は澄んだ天色で染められ、金のラインが一周してる。白と青と金、その神聖な色使いが遥か古代からずっとここで息吹き続けていたのだと思うと得も言われぬ恍惚が全身をぞくぞくと駆け巡った。
薄暗い回廊の先。アルセウスの光輪を象ったオブジェクトを見上げ、その先の舞台を前に立ち止まる。天井はここまで。空を見やれば、裂け目の中心が丁度舞台の上に在していた。
「──うぐっ、あ、ああ……!?」
「カイ!?」
突然、苦しそうな呻き声を上げたカイさんが両の手で頭を押さえ出す。
ふらついた足はやがて力が入らなくなり、意識を失うようにして膝から崩れ落ちたのをセキさんが
その彼もまた唐突に顔を顰めて眉が苦悶に歪む。カイさんが倒れないように片腕で抱き寄せながら、開けた左手を額に押し当てる。
「い、つ……すまねえテル、オレたちは一旦下がらせてもら……」
「いえ。そこで見ていてもらわないと困ります」
ゔん──と。肌を逆撫でる重低音が心地良い。
微睡みに目を瞑ってしまいそうになるのを、勿体ないからと押し上げる。
裂け目の光を背負いながら、舞台にぽっかりと空いた黒い穴。忘れない、忘れるはずがないその光景に期待と確信が膨れ上がっていく。
楕円はやがて真円を描き、穴は虚として広がって、際限なく溢れ出す強烈なプレッシャーがそのものに関するあらゆる記憶を引きずり出す。
おれは知っている。
この虚こそが異次元の扉。時間の化身が舞い降りるための通り道。あの日あの槍の柱で目撃しそして相対した、ディアルガの降臨の前兆!
「来た……!」
歓喜と警戒が噴出し身構える。まるで嵐のような威圧感に、無いはずの風が吹き荒れる。
虚が完全に開いたその瞬間、逞しい金剛の脚が薄い積雪を舞い上がらせた。
青く輝くブルーダイヤモンドの鎧を思わせる装甲が空の紅を鈍く照り返し、宇宙の深淵を映しているかの様な煌めきを宿す。長い首をはじめに全身に走る縹色の筋は時の流れを現すが如く脈打ち、通る光は川の流れ、ひいては時の流れを象徴していた。
紅の眼が辺りを見下ろす。
心臓を握り潰さんばかりの威圧感に口角が上がる。それは本能として現実から逃避したのか、信心として現実に歓喜したのか自分でも判断が出来なかった。
「セキさん! あなたたちが崇める時を司るシンオウさまは、おれがかつて対峙したシンオウさまは、この蒼く輝く時間神! 神話に伝わるその名は、ディアルガ!!」
熱を持った心臓が打ち鳴らされ、あかいくさりがおれを中心に広がった。
納めるべき相手、奉るべき相手を理解しているのか、その神具は冠されるためにディアルガへと直走る。
心を鎮めて神に祈れ。
これなるは贖罪の証、嘆願の書。
この世界に生きるすべての命に、幾多の“もう一瞬”を許されよ──!
「──えっ」
耳を強打した音に思考が止まる。
何の音であるかの理解を脳が拒んでいる。
視線だけで見下ろした。
白い舞台に散乱する紅色は、つい先程まで鮮烈に宝石のごとく輝いていたものではなかったか。
湖の試練を突破して、霧の遺跡で鍛造された世界を繋ぐための神具は──見るも無惨に、破壊された。
「なんでえええええええ!!」
絶叫と咆哮が折り重なる。
コギトさんたちに申し訳ない気持ちが抑え切れず泣きたくなりながらバクフーンのボールをぶん投げた。
なんでおれはディアルガと戦う流れになっているんだ。なんで今ボールを投げたんだ。仕方ないだろこの全身を撫でる戦意を前にして手持ちを繰り出さないなんて、ヒスイで暮らしたおれに出来るはずがないだろうが。
「出し惜しみ無しだ! “力強く”、“オーバーヒート”!!」
場に出た瞬間ひのたまプレートを投げ渡す。
己の判断で軽く“めいそう”を終えたバクフーンは全能神の欠片を握り、首周りの焔を盛らせた。
紫から紅へ炎の性質が塗り替わる。
爆発的に膨れ上がった灼熱の気配がディアルガのプレッシャーとぶつかり合う。競り勝った炎はまるで太陽が吹き上がるかの如き真紅の奔流。
熱された空気が肺と喉を焼き付けるが、それを気にしていられるような相手じゃないのをおれはもう心身で理解している。故に、全力で!
一瞬の煌めきが音を置き去りにした刹那、舞台に放たれた火球が爆発する。
時空の裂け目にさえ届いてしまいそうな火柱が轟音と熱波を引っ提げて打ち立てられ、余波の熱風に右腕で顔を守った。効果があるかは分からないが。
どうだ。
どうだろう。
今のでどこまで通用する?
プレートの力を借りて攻めの力も上げての全力攻撃、これでどれだけ通る?
バクフーンのコンディションは今のが最高だったけれど反動で攻めの力は下がってしまう。
連発は出来ない。
反撃を許して彼はどれだけ耐え凌げる。
そんな不安と焦燥に瞼をひくつかせ、勢いを失って消滅する火柱の中心に佇むディアルガの様子を恐る恐る確認した。
──膝をついているんだが?
予想だにしていなかった光景に再び思考が止まる。
輝かしい金剛石の体は焦げ付き、見惚れるような四脚は石灰石の上で膝を折っている。
長い首が疲労に小さく上下する。
その姿に、その現実に、悲鳴じみた息を零したのは他でもないおれだった。
そんなはずないだろう。
認めない。認めたくない。認められない。
プレートによる底上げがあったとはいえ、“めいそう”による火力補助があったとはいえ、おれが鍛え上げた相棒の渾身の力業だったとはいえ──アルセウスの分身たる時間神ディアルガが、
激情が脳を支配する。
頭が沸騰したみたいな感情が暴力的な祈りとなって胸中で暴れる。
あの日相対したディアルガはもっと強かった。
乱れ撃たれる“ラスターカノン”にあの日のおれたちは翻弄と共に押し潰された。呼びかけひとつで牙を剥いた“だいちのちから”を抑え込むためにドダイトスが何度体を張ったかなんて数えていない。
怒っているのか悲しんでいるのか、ただおれたちを待っているように見えたというあのディアルガは、戦いとなればそれはもう傍若無人であり、紛れもない神話の一柱であることをあんなにも雄弁に語っていたのに。
それが、そのディアルガが、アルセウスの分身にしてシンオウ神話における二頭政が、こんなに弱いはずがない!!
もはや嘆願の形はそれだった。
あなたがたった一撃で膝を屈するはずないという悲鳴の形をした信仰だった。
その信仰が聞き遂げられたのかは分からない。
信じられないものを見るおれの眼とディアルガの紅の眼がバチリとはち合った瞬間、時の神の体を青緑色の水が流れ出した。
「っ……!」
白亜の舞台で紺青が立ち上がる。
胸部のダイヤモンドが眩い光を放ったかと思うと、銀色の装甲がプリズムの輝きを放ち出した。
渾天の先に広がる暗黒の宇宙の更に向こう側。この世のあらゆる光を束ね紡ぎ撚り集めた様な輝かしい鮮烈な神体が、仮初の肉体から羽化して顕現する。
あの日
赤い空なんてもう眼中になかった。時空の裂け目が放つ光さえも貴柱の前では霞んでいた。
目も眩む美しさを前にして放心する時間が永遠に思える中、時の神の紅の眼に射抜かれる。
──心臓を撃ち抜かれたと錯覚するような威圧感を前に、いち早くバクフーンがおれを後ろに突き飛ばした。
「どわあっ!?」
一瞬の猶予を踏み潰す銀の光が降り注ぐ。
ディアルガの周囲に浮かんだ見えない砲門が連続して“ラスターカノン”を乱れ撃った。
退路と進路を断ってから一秒の間もなく落とされる本命の第四射と“かえんほうしゃ”で競り合って、押し切られると同時に照射時間を終えたことで開かれた退路に飛び込んだ。
──ら。
ディアルガが纏うプリズムの輝きが増加する。
より怜悧により華々しくより苛烈に輝いた光が第二波の“ラスターカノン”の弾となる。初撃よりも鋭く、かつ太くなった銀の光線が舞台上を立ち止まらず走り続けるバクフーンに向けて一斉に放たれた。
瞬きが許されない高速の攻勢。
あれは“ラスターカノン”を四本に分裂させて撃っているんじゃない。“ラスターカノン”を四回続けて撃っている。その差が分からないトレーナーはいないだろう。
バクフーンが迎え撃てるのはその内の一本。残り三本を相手取るには“かえんほうしゃ”の装填に時間が掛かりすぎるから、取れる手段は回避のみ。
つまりこのディアルガは──単純に考えるだけでも、バクフーンの四倍速い。
「時の神やば……」
それだけ撃ち続ければ技を放つための
「“マジカルフレイム”!」
渦を描いた紫炎がディアルガに纏わりついた。
まずその研ぎ澄まされ切った攻めの力を削いでみよう。
今のディアルガがおれの常識をどこまで通してくれるのかも未知数な以上、できるものを調べて数えるのが先決だ。
そんなおれの思考を姑息だと言わんばかりに“パワージェム”が紫炎を振り払った。
藪をつついた結果すっ飛んできた岩技にもう変な笑いを出すしかない。たとえ半減の鋼技でも四倍の物量で押し切ればいいと思っていらっしゃったのだ。この神は。
「こん、の……!!」
岩の礫が雪崩の如く襲い来る。“めいそう”を積む猶予なんて無い。
バクフーンは初めてそのかんばせを顰め、全速力で舞台を駆けた。少し掠るだけでもディアルガの火力による効果抜群は命取り。
白亜に奔る炎の軌跡を目で追うしかないおれはとにかく先程のように隙を見つけようと目を凝らすことに集中する。狙うなら第三波を捌いた後。一応は存在しているらしい弾切れ。ディアルガが息を整えるその一瞬!
「今!」
あちこちで突如燃え盛った躑躅の髑髏が神体に喰らいつく。火種はこれまで走り回った舞台の各所に仕掛けられており、バクフーンの意思ひとつで全てが一斉に花開いた。
力業とさして変わらない威力と効果が見込めるだろう。その期待は間違っていなかったらしく、輝く金剛の体に火傷を負わせるまでに至ったのだった。
能力変化は受け付ける。状態異常も付与できる。じゃあ単純にこのディアルガはとんでもなく速いだけか。
──
誰かの囁きが脳をよぎる。
誰のか理解するより先にディアルガが天に向かって吼え立てた。
情報を集めたこの目を疑ったのはその直後。
プリズムに包まれたかと思えば“ひゃっきやこう”で焼け爛れた箇所は美しく修繕され、与えたはずのダメージが目に見えて回復されていく。
とんでもなく素早さが高い、なんて本質を見ていない己に吐き気がした。
眼前に立つディアルガは最早、おれの知るポケモン勝負の概念とは
赤い眼差しと視線がかち合う。
怒っているのか悲しんでいるのか、かつてのナナカマド博士とは違ってその意を垣間見ることの出来なかったおれを無機質な眼が見下ろす。
──最後に見えたのは空を彩る彗星のような“りゅうのはどう”。
回避のできない、迎撃には三手足りない圧倒的な力の奔流が、舞台上に立ち尽くしたおれと相棒を呑み込んだ。
*
さて、反省会です。
対峙して得られた情報を紙に書き出して考察する。
圧倒的な速度の実現が可能なのはディアルガが時を司るが故だろう。時の神の御前では、速度とは簡単に崩壊する概念だ。
思考の時間も運動の時間も彼とその他では全く異なる。
おれたちが一分設けて考えられる量の思考を彼は
素早さの次に目を見張るのは攻撃力の高さ。
元々ディアルガの特攻はかなり高い水準のようだが、それにしたって色々おかしい。オヤブン並に攻撃的な彼の能力は何かしらの上昇効果を纏っていると思う。それこそ、オヤブンたちと同じ“野生の力”とでも呼ぶような特殊状態が。
あと回復力の高さもある。
ヒスイにおいて状態異常は時間経過で治るものだという新しい常識にはもう慣れているが、与えた次の瞬間に火傷を治されるのは初めてだ。
“ひゃっきやこう”が技としては威力控えめな方である認識は勿論備わっているが、それでもバクフーンが放つ以上ダメージがとりわけ低いなんてことは無い。それなのに火傷の修復ついでに爪痕をさっぱり治されたのは衝撃だった。
……ポケモン勝負は時に残酷なまでに明快だ。
トレーナーの技量という未知の可能性を排除してしまえば、強いポケモンの定義はこの上なくはっきりと決まっている。
どんな相手より素早く動き、何よりも高い火力を押し付けて、如何なる攻撃も些事でしかない耐久力を持ち合わせること。
その「強いポケモン」に相棒たちを到達させるためにトレーナーは存在するのだが、あのディアルガは単体でこの地点に到達してしまっていた。流石神。ポケモンのふりをしている神。
「どーすっかなあ……」
背もたれに背中を預けて仰け反れば、音を立てて椅子が軋んだ。
見上げたバクフーンの眼におれの紺青が映り込む。困ったねえ、なんて言いそうな柔いかんばせに見惚れてしまう。
かちゃりと小さな金属音が鳴り、姿勢を戻せば色鮮やかなミツをたっぷりと含んだミルクが細身のティーカップに淹れられていた。
バクフーンのものもあるようで、香りを楽しんだのち彼は美味しそうに舌鼓を打つ。おれのも飲んでいいよ。
「で、おれは死んだの?」
「そうとも言えるし、そうでもないとも言える。きみは死んだなら戻らなければいけないし、死んでいないのなら此処に下るべきではなかった……と、
「言われたねえ……」
三つ脚の白い円形テーブルの向かいに座る子供をおれは知っている。
陽光を冠してきらきらと輝く金紗の髪も、透徹した白銀の眼差しも、体を包む祭服らしき衣装も見覚えがある。
神秘的な顔立ちはウォロさんに、声の柔らかさはクレィアちゃんに、物腰の穏やかさはコギトさんに似ていて、何千年もの時を経てなお朽ちない、彼らとの繋がりを強く感じさせた。
「別に死んでいませんし、アナタはどこにも流れていません。ここは時間も空間も越えたどこかの宇宙だとでも思ってください。そんなことより、時の神……いいえ。
「……素面の冷静な時に言われると恥ずかしいってのは分かったよ」
「ワタクシは良いと思いますよ。
「スミマセンもう許してもらえませんか……」
それはテンションぶち上がったままディアルガを賛美した造語だ。
おれなりの古代シンオウ人リスペクトも込めたネーミングはこうして落ち着いた状態で耳にするとぞわぞわくる仕上がりになっていると思う。いや悪くないと思うよおれも。おれが考えたことにした場合そこはかとなく恥ずかしいだけで。
「あの……何? あのトンデモな力は」
「それを説明するにはまず、どうしてああなったのかをお伝えしなければいけませんね」
白いティーカップに口をつける。
やはり思い当たるのは最初の一撃の前後だろう。強い方のディアルガ……ええと……真・ディアルガの耐久力から考えるに、“オーバーヒート”の威力が底上げされているからといって膝をつくなんて考えられない。
あの瞬間の前と後で、ディアルガという存在は一度作り直されている。
「時の神はあかいくさりを捧げられ、アナタの心を受け取りました。そして来たるべき戦いに備えるために、アナタに力を貸すつもりでいたのです。本当は神の意を伝える者が口添えをするはずだったのですが、不幸にも間に合わなかったようですね」
「えっ。……うん、続けて?」
「アナタは口添えより先に時の神の戦意のみを受け取ってしまい、戦いを始めました。まあ
「おれの心……?」
「はい。アナタ、時の神への強烈な信仰を向けたでしょう?」
その子はクレィアちゃんにそっくりな苦笑交じりの微笑みを浮かべて、慈愛に満ちた眼差しを注いだ。
興奮が冷めた頭で冷静に考える。
──そもそも槍の柱に降臨したディアルガと今のディアルガを比べるべきではなくないか?
だってあの時ディアルガと相対したおれはジムバッジすら揃えていない一般トレーナーだ。シンオウリーグの頂点に立ち、バトルタワーに籠もって数多のポケモンを育てた「シンオウチャンピオン」ですらない。
そんなおれが体感したディアルガの強さと、シンオウチャンピオンかつココノツボシ調査隊員のおれが体感するディアルガの強さが──同じなはず、なくないか。
「向け……ました……!」
「はい」
「こんな弱いはずないって……!」
「はい」
「あのっじゃあ……ディアルガのあの強さって……!」
「はい。アナタの心が信じ、アナタが望んだ“神の姿”に、時の神は再臨してくださったのですよ」
「おれのバカーッ!!」
全力で自分の頬を平手打ちして机に突っ伏す。
ウォロさんみたいな楽しげな笑い声が奏でられる中、じんじんと痛む頬が自分の絶叫でびりびりと揺れた気がした。
「どうっ……どうすればいいかなあ!?」
「アナタの信仰に答えて“
「あのトンデモな相手を倒さず捕獲を試みろって!? どうやって!?」
「それを考えるのがアナタに与えられた試練です」
「おれを導いてくれよアルセウスフォン! はい、全てのポケモンと出会います……」
もふ、と頭に降ってきたバクフーンの前足にしがみつく。
特殊技の威力を削ぐためにマンムーの氷技でしもやけ状態にしても火傷と同じく回復されるだろう。もっと強固な、ディアルガ以外の存在を起点にしたものであればどうだろうか。“それ”を使える存在に心当たりが無いとは言わない。今でこそ概念を知らずにいるがおれなら使い方を教えてやれるだろう。
「う~あ~……バクフーン。一緒に神さまに挑んでくれるか……?」
顔を上げて訊ねれば彼は頸の炎を揺らして頷いた。
確認なんてするまでもないよと言わんばかりの笑みはいつ見上げても頼もしく、今から教える技と不釣り合いすぎないか不安になる。
でも、おれが今連れている面子の中では彼にしか頼めないことだ。彼だけが使える唯一の技だ。
はじめからおれに選択肢なんて無いし、彼は選択肢を必要としていない。その関係がたまらなく愛おしく、それ故に誇りに思う。
その忠誠を手折るような罪悪感に苛まれながら技を教えた。
教えた上でこれを本当に使えるか否か訊ねても、彼はやはり首を縦に振るだけで、志を変えなかった。
「それじゃあ、もう行くね」
十発十中、完璧に会得したバクフーンがミツ入りミルクでほっと一息ついたところで席を立つ。
天井の代わりに広がる渾天は旅の再開を祝福してくれているかのように星々を瞬かせ、絶対的な美しさを備える石灰石の床は天の色を灯してほんのりと深い青に色めいた。
「アナタの旅はまだまだ長い。天の修復など道半ば、此度が終点だとはゆめゆめ思わないことです」
「うん。図鑑も全然完成してないからね、分かってるよ」
コギトさんの語る言葉みたいな重みを宿してその子は薄っすらと口角を上げる。
結局、この空間が何なのかは分からなかった。何千年以上も昔の人間である“あの子”が何故ここにいるのかも、全く考察の材料が無かったので仮説ひとつ立てられない。
時間も空間も超えたどこかの宇宙──その言葉を譜面通りに受け止めて、あの純白の舞台に戻ろうとするしかないのだ。
でも、どうしてか帰り方は分かっていた。
このまま椅子をしまって、踵を返して、そのまま真っ直ぐ駆け出せばいい。
それを名残惜しく感じてしまうのは、この子との二度目の別れを惜しんでいるからなのだろう。そもそも本人であるはずがないのに。いやあるのかも。古代シンオウ人だから。
「アナタの旅はこれからもっと辛く苦しいものになる。アナタだけが悲しむのではなく、アナタが最も苦しめたくない相手を苦しませることになる」
澄んだ声が
神憑りの言葉は静かで抑揚に欠けているのに心に入り込んでくる。
それはまるで、綺麗な川の水が乾いた地面に染み渡っていく様な。
「アナタは自分の罪に、何よりも残酷な形で向き合うことになるでしょう。かけがえのないものを取り零し、たいせつなものを差し出した上で、変えられない現実を突き付けられることでしょう」
苛烈な神託が下される。
かけがえのないもの、たいせつなもの、それらを手放した上で与えられるのは決して赦しではないのだと、神の意の代弁者は宣告した。
「──でも、投げないよ」
「ええ。そうでしょうね」
それでもと紡いだ答えに、彼は心底嬉しそうな顔で笑ってみせた。
隣のバクフーンと頷き合う。もはや言葉は不要だった。
おれたちは飲み干したカップを置いて、椅子をしまい、後ろを振り向く。前を向く。
そうして互いに何を言うでもなく、下へと続く透明な階段を一緒に駆け下りた。
これは戦いの最中に見た走馬灯の様な白昼夢。
全てはおれの記憶にあったものを再現しただけの幻かもしれないし、今この瞬間に起こった本物の奇跡かもしれない。
何にせよ──そんな美しい時間を過ごせたことを、神さまにこの上なく感謝した。
テルの強火解釈を受けたディアルガが採用した旧い宇宙の法則。もといかしこさグループI。グミとか食べたんだろうか。
テンション上がったテルが即興で考えた異名。権能を採用して再臨したディアルガを指す。
この状態のディアルガは1ターンに4回攻撃ができ(時間断層&追撃)、常に攻めの力が上がり(攻撃的)、急所に当てやすく(狙い撃ち)、攻撃が外れると倍付け状態になり(肩慣らし)、煙幕状態で回避率も上がり(素早く回避)、毎ターン体力が回復し(超回復)、状態異常も通常より早く治り(回復体質)、技のPPがランダムに回復する(深呼吸)。