シンオウの昔日-翡翠英雄奇譚-   作:ヒュペルボレイオス

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神を■って、神を■んで

 

 

 透明な階段を降りた瞬間、意識が肉体側で覚醒した。

 シンオウ神殿の舞台の上。おれたちを目掛けて放たれる技は“りゅうのはどう”ではなく“パワージェム”。

 散開して宝石の煌めきから逃れ、バクフーンは身を捩ると共に散らばったあかいくさりの破片をひとつ拾い上げる。

 四倍速いディアルガの前でプランの確認なんてしていられない。

 バクフーンはこちらの顔を伺う間も無く、拾った破片に対して一切の躊躇を持たずその技を執行すべく霊妙な炎を練り上げる。

 大丈夫。やる時はちゃんと、おれも一緒に。

 

 

 

「“のろい”」

 

 

 

 赤い眼光が紫に揺れる。

 まるで輪郭を失ったミカルゲが纏わりつくかの様に、バクフーンの全身から紫の焔が液体じみた形で破片に「ぼたっ」と注がれた。

 彼を中心に立ち籠める暗黒の霧。

 本来彷徨える魂を浄化し導くための斎み火は、今この瞬間だけその役目を捨てる。

 渦巻いて不穏に盛る紫炎に無数の顔らしき影が浮かび上がった。ヒトともポケモンとも呼べない無貌の怨嗟は不気味な声を虚ろに響かせる。

 捧げられた神具を媒介し、ディアルガの心臓目掛けてその杭は叩きつけられた。

 

 

「っ──────!!」

 

 

 神殿に轟いた絶叫。片耳を塞いで鼓膜を守る。

 ゴーストタイプが扱う場合とそれ以外が扱う場合で性質が大きく異なる変化技──“のろい”。その他が使えば素早さを下げて防御特防を上げる“(まじな)い”だが、ゴーストタイプが使った時は標的の体力を問答無用で四分の一ずつ削り取っていく“(のろ)い”になる。

 自分に流れる時をいじくっているというのなら、一瞬で呪詛が全身に回って倒れるだろうが──流石にそうはならなかった。

 

 咆哮と共に“パワージェム”が放たれる。これまでと違って砲門は一基。ディアルガが自身に流れる時を早回してしまえば、その身に刻まれた呪詛も相応の速度で回ることになるからだ。

 素早さを失ったディアルガにならバクフーンは脚で上回れる。光の軌道を見切って紙一重で回避するとその疾走を保ったまま巨体の後ろに回り込む。

 

 

「“うらみ”っ!」

 

 

 宙で揺らめく人魂の幻影。

 交差して神体に飛び掛かった幽光が金剛の鎧を侵蝕し、続く第二射を構えていたはずの砲門が力を喪失して閉じられた。

 本当に最悪だと思う。かの時の神に次々と呪詛を振り撒いている。古代シンオウ人にもコンゴウ団にも見せられない酷い光景だ。まあ全員おれの後ろにいるんですが。

 

 刻がひとつ過ぎ呪詛が蠢く。

 雄々しく佇んでいたディアルガの体には元の体力が多い故に相当な負荷が掛かったらしく、曇った装甲でギシギシと音を立てながら頸をもたげる。

 怒りの声を張り上げたディアルガの口から“りゅうのはどう”が放たれた。

 不可視の砲門ではない辺りに演算能力の低下を感じ取る。バクフーンは落ち着いて“マジカルフレイム”で迎え撃つと、血のような真紅の眼差しでおれを一瞥する。

 

 神を呪って速度を封じ、神を怨んで技を枯らし、到底この舞台には相応しくない戦法に自嘲を零しながらも、おれは紅白のボールを握りしめて顔を上げた。

 

 ディアルガの体を流れる青緑色の光があった。

 それは心臓に打ち込まれた呪詛を解呪し、蝕まれた体を修復し始める権能の現れ。バクフーンが体力の半分を焚べて絡みつかせた呪いはそれだけで浄化されてしまった。

 

 ──知ってる。

 

 火傷なんかの外傷より修復しづらいとは言え相手は神。

 削れた体力は半分程度。それも今まさに傷が癒えていくのが目に見えて分かる。散々やられたし散々やった“やどりぎのタネ”とよく似ていたから。

 分かっている。呪い一発ではここが限界。ここまでやれたら上出来だ。

 ()()()()()()()()()調()()()()()()()()

 

 解呪の瞬間、二度目の呪詛が鎧を穿つ。

 限界寸前を迎えたことでバクフーンは舞台の上に倒れ込む。辛うじて開き続ける眼はちゃんとディアルガを見上げていた。

 

 あんまりこういうこと言いたくないけど、これでも一応ポケモン研究者。

 アスリートの体重が細かく管理されるのと同じで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 受けるダメージに対する踏ん張りなら気合いや心意気で限界を超える現象も珍しくないけれど、“はらだいこ”や“みがわり”なんかの自発的に体力をごっそり捧げる技に関してはそういうものが通じない。

 “のろい”は自分の体力を半分焚べて対象を呪う。

 もしも数値化した体力が百だったら二回までしか使えないが、百一なら瀕死寸前で三回目を発動できる。

 正直あんまり好みの概念ではないんだけど、これを理解して手段として使えるようになっておくだけで試合運びの択が増える──ポケモン勝負が強くなるので、すっかり癖になっている。

 

 

 “ポイントはとにかくポケモンの体力を減らすことだよ”

 “いつものように、体力を減らして捕獲すればよろしいかと”

 

 

 絶対こういう想定はしてないだろうな。

 くしゃりと笑いながらボールを投げる。

 放物線を描いて飛んでいった球がディアルガの装甲で跳ね返って大口を開ける。

 威圧感に満ちた眼光がおれを射抜きながら赤い光に包まれてモンスターボールに呑み込まれた。残り四分の一ほどの体力で見せる抵抗にボールが堪らず跳ね上がる。

 それでも口を開けることは無く、最後に一度大きく揺れると、シュボッと蒸気の音をあげて完全に沈黙した。

 

 

「バクフーン~!! おまえよく頑張ったよ凄いよ偉いよおれの自慢の相棒だよ~!!」

 

 

 舞台の上で寝転がる相棒の元に一秒でも早く駆け寄る。

 よかったねえ、と満面の笑みで鳴いたバクフーンを抱きしめて何度も何度もお礼を告げる。心臓に悪いし精神にも悪いこの捕獲方法、二度とやりたくねえ。絵面も悪いしバクフーンにも無理させるし良いこと無いよ。

 

 

「あとはやっておくから、ゆっくり休んでくれ」

 

 

 目一杯労ってボールに戻す。

 薬でどうにかなるはずないので養生するしかないのもこの戦法の嫌なところ。帰ったらバクフーンの好きな味のマフィン沢山作ってやらないと。

 

 戦う相手も鎮める神もいなくなり、静まり返った舞台上から階段を使って回廊に下りる。

 セキさんの頭痛はだいぶマシになったらしく、カイさんも朦朧としてはいるが意識を保っているようだった。

 

 

「シンオウさま……いや、ディアルガさまが、その中にいらっしゃるのか?」

 

「はい。どうやら力を貸していただけるとか」

 

「……力を……? もしやオレの頭にさっきから響くこの声、ディアルガさまか!?」

 

 

 なにそれ知らない。

 ハッとした様子のセキさんには悪いが本当に心当たりが──いや、ある。あるな。

 

 

 ──本当は神の意を伝える者が口添えをするはずだったのですが、不幸にも間に合わなかったようですね──

 

 

 神の意を伝える者。おれは無意識にそれをクレィアちゃんかウォロさんだと思っていたけれど、それは単なる思い込み。“あの子”は伝達者の名前を明らかにしていなかった。

 そもそも神の代弁者(カミナギの民)の指す「神」が「神」としか定められていないのは、それがシンオウの名を持つ「神」であり、ドータクンなどのシンオウの名を持たない小さな伝承の「神」──ひいては、ポケモンたち全員を内包しているからのはず。

 

 ディアルガの意を伝える者は、ディアルガのみを信仰している者であっても、別に不都合は無い。

 

 

 その事実に最も傷つくであろう人の姿を探す。

 彼は守護像の回廊の先、誰もが舞台上に注目している中で、悲痛を噛み殺した微笑みを貼り付けていた。

 

 

 思考が一瞬で白に染まる。

 眼球に亀裂でも入ったみたいに視界がひび割れる。

 だけど喉が声を奏でるより先に、背後で再び虚が開いた音がした。

 

 

「なっ……!?」

 

 

 思えば時空の裂け目は閉じていない。赤い空も収まっていない。ディアルガを捕獲してもなお、この異変は終息していない。

 もっと早くに気づくべきだった。

 ディアルガが姿を現したのは、来たるべき戦いに備えておれに力を貸すためだと“あの子”は言った。

 であるのなら、ディアルガはかつての槍の柱のように赤い空を、新たな銀河を生み出す中心点となる存在ではない!

 

 ならば必然的に候補はもう片方に確定する。

 カンナギタウンの伝承に残るもう一柱のシンオウさま。シンジュ団が崇め信じる方のシンオウさま。

 セキさんの頭に「声」を届けられるディアルガと異なり、意識を失うような負荷となってカイさんになだれ込んだ心の持ち主。

 

 

「逃げてください!!」

 

 

 降臨ではなく排出だった。揺らいだ虚が無理矢理こじ開けられ、太く白い爪がぬるりと現れた。

 薄い紫掛かった二本の脚が舞台を踏みしめる。下腹部から尾へと伸びる特徴的な赤紫の筋。どこか女性的な丸みを帯びているのに、そこにたおやかさなど感じさせない。両肩の丸い宝石は広がる空の色を妖しく灯し、白い翼は仄かな紅を宿していた。

 一歩踏み出せば石畳が震える。柱が軋む。空間が波打ち空が歪む。捻れた空間が無理矢理修復されたのか、バツン! と弾けるような音と共に視界の端で閃光が走る。

 空間神──パルキア。

 シンオウ地方では遂ぞ相対することのなかった、もう一柱の二頭政!

 

 

「もう一体やと!? あかいくさりはもうっ……」

 

 

 団長が声を荒げた瞬間、発言は許していないと言わんばかりにパルキアは咆哮で声を遮った。その咆哮を受けて時空の裂け目は閃光を迸らせ、大気は嵐が如く吹き荒れる。まともに立っていられない。

 初めて耳にするパルキアの声は絶叫だった。悲鳴に似ていた。嘆き悲しむ声だと臓腑が理解した。

 だって、これを、おれは聴いたことがある。“あの子”の泣き声にただ耳を傾けるしかなかった時の感覚を、何より体で覚えていた。

 

 

「退けえい!! 退くんや!! 山頂ベースまで戻るで!!」

 

 

 バクフーンはもう戦えない。そもあかいくさりが無い以上、同じ土俵で戦えるかも分からない。空間ごと捩じ切られたらそこで終わりだ。

 撤退は──やむを、得ない。

 

 

「でも旦那……!」

 

「死んだら終わりやろがアホ!! 警備隊はこいつに肩ぁ貸したれ! カイは歩けんからおぶったれ!」

 

 

 でも何だ? パルキアはどうしてこんなにも悲しんでいる?

 彼ら時空神がカミナギの民の感情に強く影響を受けるのは“あの子”も言っていた通りだ。覡が怒ればディアルガは怒り、覡が悲しめばパルキアは悲しむ。

 もちろんそれだけじゃない。アルセウスは人々の醜い争いを見て嘆き悲しんだとコギトさんが語っていた。覡の影響を受けずとも、神の感情が揺れ動くケースはちゃんとある。

 なんでもいい。

 なんでもいいが、何か理由があるはずだ。

 この嘆きに身を捩る理由が、この空間神が身を窶す悲しみの理由が。

 

 

「お前もはよ去らんかあ!!」

 

「わーっ! スミマセンスミマセン今行きます!!」

 

 

 後ろ髪を引かれながらも団長に腕を捕まれて走り出す。

 最後に一度振り返ってみても、その赤い紅い眼はおれなんて見ていない。ただただ世界に絶望し項垂れるその姿に、一刻も早く戻ろうと決意した。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 空間の神の咆哮が時折、洞窟に響く風の音の様に天を裂いている。

 シンオウ神殿に立つ命はそれだけだった。あれだけいた人間は全員撤退し、人ひとりの息遣いも存在しない。

 騒動に紛れてひっそりと、だけど二柱目の神が顕現した瞬間に、いち早くその場から去った者たちがいた。

 

 ここには赤い空も無いが広大な大地も存在しない。

 陽光は無く、空風も吹かず、時空の概念さえ無いように思えた。

 滝は横向きに昇っていくし、その場で跳べば上に落ちる。上下も左右もめちゃくちゃな小島があちこちに浮かんでは消え、現れては崩れ、新たに形作られる。

 根付くものが何も無い、深奥のためだけの世界。

 

 

「……ふ、はは。ははは、あはははははは!」

 

 

 掌底で目元を押さえながら宙に投げ出した笑い声。反響もせず瞬く間に消え入るものだから虚しさが極まる。

 空の神(パルキア)の顕現に全てを理解したワタクシは、人知れず深奥の名を呼んで「影」に溶け消えた。時間と空間の織物である物質世界と対を成す、時間も空間も存在しない反物質の世界へと。

 今はこの、ザロクの実が生る枯れ木が一本佇むだけの小島がこの世界で己に与えられた安置だった。

 島の近くを回遊する深奥は時折こちらに視線を寄越してくるが、それだけ。

 

 

「……ウォロ、戻らなくていいのですか? 時の神の意を伝達しなければ、彼らに手立てはありませんよ」

 

 

 連れ(持っ)てきた少女(祭具)がワタクシを見上げる。

 時の神の意──というのは、それが顕現した時から繰り返し伝えていた時間神ディアルガの声。

 大いなる磁の紳士(ダイノーズ)が番人を務める『太古の洞穴』の最深部に秘め隠された原初の石。神に捧げ奉られた神具の一部。それらを用いて器を作り、空間の神を鎮め収める新たな神具を作り出すこと。

 それが時の神の神託。神の代弁者であるカミナギの民、古代シンオウ人の血をひくワタクシたちが伝えなければいけないこと。

 

 

「時空の裂け目を作り出したのはアナタの心です。アナタの怒りに時の神は吼え、アナタの悲しみに空の神は嘆いた」

 

 

 ……そう。それでよかったはずだった。より怒り、より悲しみ、より狂ってくれたらいい。時間も空間も乱れ歪んで、世界が裂けてしまえばいい。そうすれば全なる神は降臨せざるを得なくなる。また大地を裂くのならそれでいい。世界を縫い繕うのならそれでもいい。何にせよ何かしら干渉があるはずだから。

 それでよかったはずなのに、異変が起きたのはついこの前。

 静謐の天秤を捨て、激情に身を呑ませた己の心に、勝手に入り込んだ異邦人。

 彼と談笑している間だけ怒りを忘れられた。たとえ話を終えて別れた後に嫌悪と怒りが込み上げようと、アルセウスを知る彼との会話は──楽しかった。

 次第に鳴りを潜めていく怒りがあった。

 残されたのは増すばかりの悲しみだった。

 故に時の神は一足先に平静を取り戻し、反面空の神は今も悲しみに囚われている。

 

 

「このまま、空の神に嘆かせたままでいいのですか」

 

 

 心奥に似た金色の眼がワタクシを見つめている。

 透徹した眼差しはこの世界にあるはずのない陽光を集めて薄く輝き、ワタクシの答えを待っている。

 そんなはずないと言ってほしいのだろう。

 誰より神話を愛しているアナタが、誰よりシンオウさまを愛しているアナタが、己の悲しみに神を囚えてよしとするなんて、ありえないと断じてほしい──無垢な瞳からそんな願いを汲み取るのは容易だった。

 

 

「……すっかり一端の巫ですね。ワタクシも鼻が高いです」

 

 

 薄く笑いながらその場に腰を下ろす。互いの声がようやく届きやすくなり、彼女も声色の機微を汲み取れるようになる。

 金の双眼に映る白銀の眼差しは昏く、己もまた無垢であった頃の輝きは薄れ、空の神を狂わせた深い悲しみ()に濁っていた。

 

 

「ワタクシとしても予想外でしたよ。時空が歪み天が裂けてもアルセウスが降臨なさらないとは」

 

 

 二頭政が同時に狂えば心奥たちだけでは対処できない。一本しか作り出せないあかいくさりではもう片方を鎮められない。そうなれば、全能神が降臨せざるを得ない──はずだった。

 けれど全なる神は時空の裂け目から人間をひとり遣わせただけで、その御姿を現しはしなかった。

 力を貸すために先の神殿に降臨したのも狂気から醒めた時の神であり、ワタクシたちが待ち望んだ全天の主ではなかった。

 

 

「よほど、俗界の良し悪しごとに興味が無いとみえる」

 

「滅多なことを言うものではありません。今この瞬間もアルセウスは世界を見ておられます」

 

「“視ている”と“関心がある”は別の問題ですよ。ワタクシが怒り悲しめどアルセウスは降臨なさらなかった。天に嘆く空の神を。ワタクシの悲しみを。それを見て降りてはくださらないのなら──かの神はもう、信徒を愛してなどいない」

 

 

 その声に、己でも驚くほど怒りが無かった。

 悲しみだけが満ちた、自分でも初めて聴く声だった。

 かの神の威光を謳い、かの神に愛された民なのだと巫を育んだ口で、こんな絶望を語る日が来るなんて思ってもいなかった。

 誰よりアナタに、この祭具に、彼女に、そんなことを聴かせることになるなんて。

 

 

「ワタクシは。……ワタクシたちは、何のために……」

 

 

 戸惑いの息が微かに零れる。悲嘆に染まった様子なんて初めて見せるものだから、どうしたらいいのか分からないのだろう。

 ワタクシが全能神を降臨させるその時のために育てられた祭具である彼女には、ワタクシが全能神に絶望した時に取る行動なんて教えていない。

 

 

「……愛されたくて、神を愛したのではないでしょう」

 

 

 だから──彼女に出来ることは、教えられた信仰の通りに他者を説くことだけだった。

 

 

「わたしたちは、万人に神を愛してほしくて、神の威を広めるために生きていたんだって、アナタが教えてくれたんだよ」

 

 

 ワタクシたちだけが知るワタクシたちの神を、みんなが知るみんなの神にする。

 本来そちらの形が正しいのだと理性では分かっていても、どうしても湧いて出てしまうものがある。自分の悪癖とも言える選民意識がその最たる例だ。自覚している。

 誰もが全天の主を称える世界において、古代から全なる神を信仰してきたというワタクシたちの特異性は簡単にその意味を喪失する。

 誰もがアルセウスの下で平等ならば、「余所者」なんて、「異邦人」なんて区分は存在しなくなる。

 ワタクシたちの血が神聖で特別なものであることと、カミナギの民の使命が果たされた時に何の価値も無くなることは、悲しいことに両立する。

 二頭政の声が、コンゴウとシンジュの長に届いたように。

 ……そもそも彼らも、かつてこの地を離れただけで、元を辿ればれっきとした同胞なのだと。

 

 

「まずは二頭政の名前を取り戻したんです。いままで忘れられていた二体のシンオウの復権が、今日まさに成されようとしているんですよ、ウォロ!」

 

 

 そう。

 アルセウスの名と威光だけではなく、時の神(ディアルガ)空の神(パルキア)の存在もまた忘却されていたのだから。

 互いの「シンオウさま」に真名があったと判明して、それぞれの御業は偽りではなく真実なのだと認めあった時、この地はかつての理想郷の姿に一歩近づくことになる。

 

 

「……アナタは本当に、良い巫に育ちましたね」

 

 

 それを喜べる彼女の精神に目が眩んだ。

 三人(ワタクシたち)だけの世界に生きていたが故に他人を知らず、他人に恐怖していた頃の面影なんて少しも感じさせない。

 おそらく今の、いいえ少し前から、彼女は例の異邦人をカミナギの民に数えている。誰もが創造神を信仰する世界におけるカミナギの民の名称の在り方を、教えずとも理解してしまった。

 ワタクシたちだけを表す言葉が、他の何に奪われたとしても、それでもいいと微笑むことができてしまう。

 誰もが特別な世界では、特別は意味も価値も失うのに。

 

 

時の神(ディアルガ)の神託はそう遠くない内にコンゴウ団の長が聴くでしょう。シンジュ団の長も、シンオウ神殿から離れてしまえば空の神(パルキア)の感情に当てられることも無くなります」

 

「! そうだね、すぐ楽になりますよね!」

 

 

 心からの安堵に表情がぱっと明るくなる。

 本当に良い巫に育ったものだ。

 怒りも悲しみも決して漏らさず、心の天秤には少しの軋みも偏りも無い。

 豊富な知識と穏やかな感情を持ち、信仰はどんな不条理にもどんな理不尽にも揺らがない。

 この地がまだ理想郷であった頃に生きていた理想の民の在り方をよくぞここまで再現してくれた。

 

 

「ではクレィア。いいえ、クレドクィア」

 

 

 最後の巫の体を抱き寄せる。

 鈴の音がからりと小さく鳴って、遠くで深奥が鳴いている。

 もし、この異変が終息したら。

 ワタクシの怒りも悲しみも鎮められ、天の主は姿を見せず、アルセウスの名だけが忘れ去られたままであるのなら。

 使命に殉じて悠久の時に身を窶した同胞に一切の救いが与えられないのなら。

 そんな世界を貴柱(アナタ)がよしとするのなら。

 

 

 

「──()()に興味はありますか?」

 

 

 

 (ワタクシ)はもう、(アナタ)の沈黙には耐えられない。

 

 

 

 

 

 

 




ディアルガ
 真面目な性格で打たれ強い。あれだけのスペックを求めておきながら“のろい”に手を出すとは思わなかったが、その豪胆さは嫌いじゃない。

HP奇数調整
 対戦勢がよくやるやつ。
 単に体力管理に長けるだけとも言う。絆がデータを上回る世界でも自分で体力を削る場合には有効。ただヒスイ地方にはポケモンの体力を計測する機器が無いので、実際の調整は自分の感覚と日々の観察だけが頼り。
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