シンオウの昔日-翡翠英雄奇譚-   作:ヒュペルボレイオス

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そして人は過ちを知る

 

 

 鍛治(かぬち)とは祈りの儀であると祖父が言っていた。

 

 太陽が昇る前から鍛冶場に消えていく背中を見たことは何度かあった。兄弟たちとは違ってあたしが立ち入ることは出来ないその空間は、幼心にとても神秘的な場所に映っていたのもある。

 羨望と諦念の色を滲ませていたあたしに何を思ったか、さる晩の祖父は突然あたしにそう語り聴かせた。

 

 鍛治とは祈りの儀。

 幾度も腕を振り下ろし、幾度も高く打ち鳴らし、どうか良いものであれと願う。それは神頼みと言うよりは、自分が拵える“それ”を手に取る相手のための祈り。

 嫁に行く武家の娘の懐に。

 育ち盛りの子供たちを支える母が立つ土間に。

 先祖代々受け継いだ畑を守り耕す青年の右腕に。

 拵えた“道具”を実際に握る人たちの人生に、どうかひとつでも、ひと欠片でも多い幸がありますように。この“道具”によって少しでも多くの幸でその営みを彩れますように。

 

 ()()()が寄り添う人たちがひとりでも多く善き人でありますように。

 ()()()が、寄り添う人たちをひとりでも多く幸せにできますように。

 道具を作るというのは、即ち相手の幸福を願うことなのだと。

 あたしに静かに語り聴かせた祖父は、それきり二度と鍛冶場に立ち入らなかった。

 

 

「……ふー……っ」

 

 

 額に滲む汗を手の甲で拭う。

 山頂ベースに吹き降りる風は冷たいのに、あたしの体は芯から火照り、眼前の素材が放つ威圧感に冷や汗を掻きっぱなしだった。

 赤く輝く見たことのない鉱石──オリジン鉱石と名付けられた「うちゅうはじまりのいし」。

 それはセキさんが信仰するシンオウさまことディアルガが示した、シンオウ神殿に現れたもう一体のシンオウさまに対処する唯一の手立て。その材料のひとつだった。

 このオリジン鉱石と砕けたあかいくさりの欠片を用いて特別なモンスターボールを作ること。それがこの山頂ベースであたしに与えられた重く大きなお役目である。

 ある、のですが。

 

 

「……むりですよお……!」

 

 

 誰にも届かないようにと声を押し殺しながら泣き言が漏れてしまう。

 眼下の作業台に見下ろしたオリジン鉱石にはかれこれ十五分以上小刀(カッター)の刃を立てているのに一向にその形を変えてくれる兆しがない。黒いたまいしさえここまで頑固者ではありません。

 次第に込める力は増していき、両手はもうじんじんに痺れていて皮が薄くめくれている。きずぐすりを塗り込むべきか否か。

 

 

「随分と苦戦しておるのう」

 

「うひゃあ!?」

 

 

 隣からの声にひっくり返る。黒いドレスを着た貴婦人がいつの間にかあたしの傍らに品良くしゃがんでいた。その人は尻もちをついてしまったあたしに綺麗な絹の白手袋を嵌めた手を差し伸べ、掴めばゆっくりと体を起こす手伝いをしてくれた。

 確かこの人は──

 

 

「コギトさん……でした?」

 

「如何にも。テルから話はされておるようじゃな」

 

「まあ、大まかには……」

 

 

 追放された自分を家に招き入れてくれた大恩人、と興奮気味に語るテルの顔を思い出す。大切な後輩がお世話になった以上、あたしにとってもこの女性は大恩人に当たることになる。なにせあたしでは庇い立てひとつ出来なかったテルに住居と食事を与えてくれたのだから。

 そんな彼女が苦戦しているなと指したのは、言うまでもなくこの鉱石のクラフトだ。

 

 

「まず石を取り出さないといけないのに……どれだけ刃を入れてもびくともしなくて。あかいくさりの方はなんとかなりそうではあるんですがね」

 

「……そうかそうか。あかいくさりはなんとかなりそうか」

 

 

 コギトさんはころころと笑い声をあげる。

 今のどこにそんな可笑しな箇所があったのだろうかと焦ったが、すぐに「いやなに」と微笑みを浮かべ直した。

 

 

「あかいくさりは精神世界から物質世界に鍛造されし神具。その在り様は物質世界のモノとは些か異なり、精神世界のモノとしての接触が重要となってくる」

 

「………………はい?」

 

「あかいくさりの加工には工具を振るう腕ではなく、その原本たる『心』に寄り添うことが求められるということじゃ。してそなたは、誰に指摘されるでもなく『できそう』と口にした。よほど、テルの助けになってやりたいと見えるのう?」

 

「──……なっ! な、なななな……!?」

 

 

 突然何を言い出すのかと顔から火が出そうになった。元々火照っていたのに追い打ちをかけるみたいに熱が籠もりだす頬を両手で抑え込む。

 確かにあたしはテルの役に立ちたいと言うか、先輩として重役を拝命することになった後輩の手助けをしたいと言うか、そもそもギンガ団の調査隊員としてこの赤い空の異変を解決するために尽力するのは当たり前と言うか、つまりその別にそれはその感情は調査隊員としても先輩としても何一つ不自然な点は無くごくごく極めて当たり前の至極当然にして真っ当な気持ちであると言うか!

 

 

「故にこそ、原初の石を前に足踏みする己を不甲斐なく思うのじゃろう?」

 

「……はい」

 

 

 テルの役に立つ。手助けをする。解決に尽力する。そのためには、クラフト名人としてこの鉱石をモンスターボールにしないといけない。

 だけどオリジン鉱石はどれだけ叩いても無反応。力を加える点をいくら変えてみても、一心不乱に一点を刻んでみても、この形が完全体であると言わんばかりに赫灼に輝き続けている。

 

 

「仕方ないのう。たまには年寄らしく助言のひとつでもしてやるか」

 

「! ぜひ! お願いします!!」

 

 

 願ってもない提案に身を乗り出して懇願した。シュウゾウさんみたいにお金が必要になっても構わなかった。

 コギトさんはあたしとあたしの腰のモンスターボールをゆっくりと交互に眺めるとやがてにこりと貞淑な笑みを称える。

 

 

「──人間はポケモンの技を使えるか?」

 

 

 ふと、そんなことを訊ねられた。

 考えるまでもなく答えは“いいえ”。人間の体当たりはポケモンの“たいあたり”に敵わないし、何も無い場所で“みずでっぽう”なんて使えないし、道具も無しに“ひのこ”なんて出せない。

 ポケモンの技はポケモンだからこそ使えるフシギな力であって、あたしたち人間には備わっていない能力なのだ。

 

 

「では、ポケモンは人間の道具を使えるかのう」

 

 

 それも無理だ。

 医療隊で見慣れていても、グレッグルはきずぐすりを使うことはできない。自然界に存在しない不自然な物体を警戒しなくなるだけで、使い方までは分からない。

 ポケモンに人間の道具を使うことはできても、ポケモンが人間の道具を使うことはできない──それはまるで、彼ら自身が人間に対して遠慮しているようでもあった。

 だって、人間よりも賢いとされているフーディンやユンゲラーまでもがこの法則に当て嵌まるなんておかしいだろう。

 彼らは人間の道具は人間が使うべきだと境界線を定めているかのように、どれほど簡単な作りであっても「人間の道具」を自分たちで使おうとはしないのだ。

 

 

「して──オリジン鉱石には、()が通用せぬのじゃったかな」

 

「……あっ!」

 

 

 頭にパチリとエレキが走ったような感覚。狭まっていた視界の霧が払われ、吸い込む空気が澄み渡る。

 あたしはすぐに立ち上がって腰のボールに手を伸ばし、中にいる相棒の名前を呼んだ。

 

 

「ピカチュウ! お願いがあります!」

 

 

 ジト目の相棒はやっと気づいたかと嘆息しながら尾に力を込める。

 それは瞬く間に、祖父たちが幾度も鍛え上げてきた刃の姿へと変貌する。

 人間の道具が通用しないオリジン鉱石。宇宙始まりの石。ポケモンの力を強くするらしい「プレート」と似た性質の石。

 ということは、ポケモンの力──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんだ!

 

 

「あたしがいつも使う『たまいし』の形に、その大きさに! この鉱石を揃えてください!」

 

 

 バギンッ! と音を立てて硬質化した尾をピカチュウが振り上げる。

 眼差しが鋭く見据える目測は普段あたしが採集をお願いする時のそれと変わらず、それは彼がこの鉱石の持つ威圧感に気圧されていないという確たる証拠でもある。

 作業台から蹴り落としたオリジン鉱石を睨みつけながら相棒は軽く跳躍し、威勢よい掛け声と共にシマボシ隊長直伝の一刀を獲物に披露した。

 金属と鉱石がぶつかり合う音が一瞬高く鈍く轟いて、近くのテントでキクイさんとお茶していたラベン博士が驚愕の面持ちでこちらを凝視する。

 続く第二撃、三撃と早業が繰り出された。

 ポケモンの撃破を目的として力いっぱい振り抜くいつもの攻撃技と違い、今用事があるのはその尻尾が纏う鋼タイプの(エネルギー)だけ。力を加減しながら、採石しました候の鉱石をカットする。あたしの傍でいつも見ていただけあって、どの部分を使いたいのか、どの部分を残せばいいかきちんと理解してくれていた。

 

 “アイアンテール”で打たれたオリジン鉱石。

 あたしが何度小刀(カッター)を叩きつけてもびくともしなかったその石は、ピカチュウの思惑通りに岩の部分が切り落とされ、美しい赫灼を爛々と光らせたひとつの原石へと変貌した。ここから更に形を整えたり研磨したりすることでオリジン鉱石改めオリジン原石はモンスターボールのたまいしへと変えられる。

 

 おそらく研磨機で使う砂も普通の砂じゃダメなのだろう。地面タイプや岩タイプの力を宿した「砂」でなければ原石に傷一つ付けられないはずだ。

 あたしの手持ちには地面タイプも岩タイプもいない。近くのポケモンを捕まえてその力を今一度借りるしかないのだが──

 

 

「なんだ、自分でできたのかね!」

 

「へ?」

 

 

 この鉱石を採石した張本人、テントで休んでいたはずのキクイさんが声を掛けてきた。

 独特の形をした大きな麦わら帽を被る少年はあたしよりも年若いが、このヒスイで彼を凌ぐ鉱物知識の持ち主は存在しない。

 腕を組む彼の傍らには石斧を携えたポケモン──森キング・バサギリが佇んでいた。

 

 

「ギンガ団と言えどその鉱石を相手にするのは骨が折れると思ってね。バサギリに遠路遥々来ていただいたんだが……必要無かったね?」

 

「──い、いえ! ぜひお願いしたいことがあります!」

 

「む?」

 

 

 目を丸くするキクイさんに詰め寄る。バサギリに嘆願したいことは当然「砂」の用意だ。小刀(カッター)で大まかに岩から結晶だけを切り出すのは“アイアンテール”のおかげで出来たが、ここから先の研磨は“アイアンテール”では難しい。

 

 

「ここからモンスターボールの形にするために、研磨機を使うんです。でもオリジン鉱石はポケモンの技じゃないと削れなくて……ですので、研磨機に用いる『砂』をバサギリに出してほしいのです!」

 

「なるほどね、水晶の加工と同じようなものだね」

 

 

 あたしがキクイさんへの説明を終えた頃、ピカチュウも身振り手振りを加えながらバサギリに事情を話し終える。本当ならコトブキムラの設備でやるのが一番だけど事は一刻を争うのだ。ベースキャンプの作業台で出来るのならここで済ませてしまうのが一番良い。

 

 

「それにしても、ギンガ団の技術を以てしてもポケモンの力を頼らざるを得ないことはあるのだね」

 

「あはは……むしろ頼りっぱなしです。畑も建築も、今やコトブキムラはポケモンの姿ばかりですよ」

 

「そうなのかね? オレはてっきりポケモンの力無しで暮らしているのかと」

 

 

 確かにそういう時期もあった。ポケモンについてほとんど知らない初期の頃はコトブキムラにポケモンを入れるなんて考えられなかったから、必然的に人力だけで運営していくことになる。

 だけど今はもう無理だろう。ポケモンの力の凄まじさを知ったあたしたちは、もうポケモンの力無しでコトブキムラを回す尋常ではない手間と苦労にはきっと耐えられない。

 

 

「人はポケモンがいなければ栄えていけない。二年間の停滞とテルが現れてからの急速な発展を比べて、あたしたち調査隊が辿り着いた結論です。シンジュ団の人からしたら、当たり前のことかもしれませんが……」

 

 

 ね、とピカチュウに笑みを向ければ、彼は少しつんけんしながらも誇らしげな顔で頷いた。

 随分と遠回りをしたように思えるその結論はある日すとんと自分の中に降りてきた。

 ポケモンは恐ろしい生き物であるが、同時に共に生きていく親愛なる隣人にほかならない。

 この厳しく雄大な自然の中で人が営むには、彼らと共生していくのが好ましい。

 びくつきながらも調査して、テルの後追いながらも育成して、そうして得られた結論を、ギンガ団としてもこの地に生きるひとりの人間としても誇りに思うのです。

 

 

「さ、始めましょう! テルが待っていますので」

 

「そういえば姿が見えないね。あいつはどこへ行ったのかね?」

 

 

 ああ、とコギトさんが彼方を見やる。

 それは『祈りの広場』の向こう側。崩れた崖の下に広がる、『カミナギ寺院跡』を眼差していた。

 

 

 

 *

 

 

 

 対の石像が厳かに佇む空間は赤い空の異変を忘れさせる程の静寂に満ちていた。

 普段はオレたちの姿を見るなり襲い掛かってくるグライガーも、まるでこの地の真の主を前にしているかのように大人しい。

 

 否──実際そうなのだろう。

 色を失い端の崩れた石像の隣に立つ時の化身、ディアルガさまを前にしているのだから。

 

 かく言うオレも例外ではない。普段なら饒舌なこの口も、自身が焦がれていたシンオウさまを、ディアルガさまを前にしてあまりの歓喜に閉口している。

 

 

 うちゅうはじまりのいし、あかいくさり、ひとがつくりしうつわ。

 それらをあわせ、みだれしくうかんをおさめよ。

 

 

 オレが聴いたディアルガさまの言葉に従い、皆それぞれ動き出した。呼びつけられたキクイが『太古の洞穴』の最奥から「うちゅうはじまりのいし」を採掘し、砕け散った「あかいくさり」をカイが回収し、山頂ベースに到着したショウが「ひとがつくりしうつわ」の作成を任されている。

 その完成を待つ間にと、テルはこの『カミナギ寺院跡』にオレたちを連れてきた。

 はじめは何か話でもあるのかと思ったが、彼は石像の隣にディアルガさまを出してからというもの一言も話さない。

 

 沈黙が場を支配してしばらく、オレは愚かしくもようやく気がついた。

 寺院跡に向かい合って建つ対の石像。四脚の像はディアルガさまを、二脚の像は──今も神殿にいるもう一体のシンオウさま、テル曰く「パルキア」を象ったものだと。

 

 

「気づいたか、セキ」

 

「ああ。……こりゃオレたち、とんだ不敬者だぜ」

 

「……本当にね」

 

 

 時を司る存在を崇めておきながら、歴代の長はそれを模した石像に一切の関心を持たなかった。この像が自分たちの崇めるシンオウさまを表していると思いさえしていなかっただろう。

 まるで対等の存在がいるかのように向かい合う対の像を、ただの力強い知らないポケモンの像だとしか思っていなかった。だって、唯一無二の存在であるシンオウさまに対等な別の存在がいるはずないのだから。

 

 

「おまえ、体はもういいのかよ」

 

「問題ない。どうやらパルキアさまからある程度離れていれば頭痛は治まるようだからな」

 

 

 カイはそう言うとディアルガさまの向かいに建つ石像を見上げる。窪んだ両肩の真円、欠け落ちた尾の先、ヒビの入った体。ディアルガさまの像と同じくこちらもまあ酷い有様だ。

 

 

「……セキ。おまえが神殿で聴いたディアルガさまの声はどんなものだった?」

 

「あん? そりゃおまえが倒れた時のことか?」

 

「そうだ。あの時わたしはパルキアさまの声を聴いた。おまえもディアルガさまの声を聴いていたのだろう? どんなものだった」

 

「どんな……つってもな」

 

 

 あの時は頭の中身を底からひっくり返すような衝撃にただただ混乱していた。

 十年に一度と恐れられる大嵐が自分の頭の中で発生しているかのような感覚だった。轟轟と吹き荒れる風に体がいとも容易く浮き上がり、轟轟と叩き付ける雨に全身が濡れそぼって身動きが取れない。

 ようやくその暴風を「声」だと認識できるようになったのは、テルがディアルガさまを捕獲してからだ。

 

 

「わたしが聴いたパルキアさまの声はな、泣いていたんだよ」

 

「……何?」

 

「深い深い、身を裂く様な痛みを伴う悲しみ。ううん、悲しくて自分で自分を裂いてしまう様な絶望。わたしはそれを受け止められずに、意識を失いそうになったんだ」

 

 

 自身の手首を強く掴みながら告白したカイに絶句する。

 強大で尊大なディアルガさまの「声」にオレが気圧されたように、カイもまたそうなのだろうと思っていたからだ。

 だけど「声」の色は明らかに異なっていた。

 ディアルガさまのものはどこまでも強い使命感と決意に満ちたものだったが、パルキアさまのそれには、気絶するような悲しみしかなかったと。

 

 

「ようやく分かったんだ。わたしたちはシンオウさまのお怒りばかりを考えて、悲しまれているなんて少しも考えていなかった。怒っているのはいつだってわたしたち。シンオウさまは、ずっと悲しまれていたんだね」

 

「カイ……」

 

 

 ──そう。そうだ。そうなのだ。

 何代にも渡って延々と繰り返した対立。お前たちこそが間違っていると声を張り上げ、拳を振り上げる毎日の中、怒っているのは他でもない自分たち。

 それなのに、シンオウさまにその怒りを転嫁した。シンオウさまがお怒りなのだと、自分たちの怒りを正当化したいだけだった。

 自分たちのためにシンオウさまを利用したのだ。

 コンゴウ団も、シンジュ団も。

 

 

「シンオウさま、シンオウさまと讃えておきながらさ。シンオウさまの石像……こんなにぼろぼろだ」

 

「これがシンオウさまだって知らなかったからな。……いいや。知ろうとしなかったからな。オレたちは」

 

 

 この像が並のポケモンでないことくらい、少しでも深く考えれば分かるだろう。

 ヒスイに長年暮らしているのならこの像の正体に思いを馳せることもあるだろう。

 寺院跡だと分かっていながら、そこに建つこの像は何なのかまでは考えようとしなかった。手掛かりを探して探求することを放棄した。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「セキ。わたしたちは間違っていた」

 

「ああ。オレたちはずっと間違えていたんだ」

 

 

 何がと言われたら全てだと答えるしかない。

 シンオウさまの信徒としての在り方を、心構えを、カミナギの民として間違えていた。カミナギの民と名乗ること自体、自分たちの正しさを振り翳したいだけだった。

 その名を冠す寺院を跡地(失われたもの)としたのは、他でもない自分たちだというのに。

 

 

「だからこそ……だからこそ、わたしは一からやり直したい。わたしたちが名乗る『カミナギの民』が何だったのか、どういう人たちだったのかを、ちゃんと理解した上で胸を張って名乗りたいんだ」

 

 

 揺れる瞳に確かな意思を宿しながら、カイはオレを真っ直ぐに見上げた。

 その光がオレに問い掛ける。おまえはどうだ、と訊ねている。

 これはコンゴウ団としてシンジュ団としてではなく、カミナギの民を名乗る人間として問われているのだとすぐ気がついた。

 この寺院を見るに、「カミナギの民」はディアルガさまとパルキアさまの両方を知っていたはずだ。両方を知り、両方に上下をつけず、どちらも世界に欠かせない存在として仰ぎ、想っていた。

 

 そんな彼らの名前を名乗る者として、今までの自分たちは間違っている。そう断言したカイが、「おまえはどうしたい」と訊いている。

 いつも見下ろしていた眼に灯った鋭く強い光を、オレは(しか)と見つめ返して答えを告げた。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 ──どうしよう興奮が醒めやらない。

 

 ディアルガをモンスターボールに収めてからというもの絶対にやってみたかったことがある。それはまあ収めてからどっと湧いて出た思いつきの野望なのだけどこうして叶えてみる機会に恵まれたので早速やってみた。

 そう、カミナギ寺院のディアルガ像の横に本物ディアルガを並べて見比べるという行為(答え合わせ)を。

 

 こうして見比べてみるとまず真っ先に目を惹くのは胸部の鎧。

 ディアルガの心臓の鼓動が時を正しく刻むのだと云われている以上ディアルガの胸に何かしら視線が誘導されるのは自然なことと言うか、なんならディアルガの胸部に輝く美しい金剛石が目を惹きつけたからこそその向こうにある「心臓」に信仰の要である時の流れを関連付けたのかもしれない。

 逞しい四肢にすらりと伸びた首に(いかめ)しくも神秘的な頭部。そういえばこの頭部はどことなくアルセウスの銀河を刈り取ったようなフォルムを想起させる。やはり分身として似ているのだろうか。

 

 ああでも何より全身の精緻な造りと酷似っぷりに脱帽と五体投地礼。

 本物のディアルガが石となって眠りに就いていると説明されたら遠慮なく信じるレベルだが本物のディアルガと見比べてみてもその認識が覆されない辺りに古代シンオウ人いやさカミナギの民に敬意と憧憬を禁じ得ない。

 

 とはいえやはり長い年月風雨に晒され何より一度争いの地となった以上、穢れ無き壮麗なる輝きの神体とはその威光たるや比べ物にはならない。悲しい。

 いやでもそれだけの時を経ておきながらこうして精巧さがダイレクトに伝わるのはやはり凄くて。

 

 

「んふ、ふへへへへ……んへへ……」

 

 

 オレだけで堪能するのも申し訳ないからセキさんたちにも見せよう。

 元々そう考えてお二人を連れてきていたことをすっかり忘却しているおれは、我ながらなんとも気持ち悪い笑い声を零しているのだった。

 

 

 どんな博物館や美術館の如何なる展示品にも勝る光景を堪能し続けていると、公平に流れる時間はやがて特注モンスターボールの完成を運んでくる。

 ショウ先輩が腕によりをかけて作ったその赫灼の器を見たおれがプレシャスボールの名を口走るまで、残り一時間を切っていた。

 

 

 

 

 

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