シンオウの昔日-翡翠英雄奇譚-   作:ヒュペルボレイオス

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 旅行から帰ってきました。
 またいつも通り更新していきます。



シンオウ神殿、爆散

 

 

 

 プレシャスボール。

 それは大企業やリーグ協会が大きなイベントでポケモンを渡す時に用いる特別なボールであり、記念品としての意味で言うならプレミアボールと似ている。

 紅白二色のモンスターボールに対して白一色のプレミアボールであり、赤一色のプレシャスボール。そういう文脈だと思っていたのに今ここでその認識が覆されそうになっている。

 ショウ先輩がおれのために、もといヒスイの未来のために作り上げたオリジンボールは、プレシャスボールを思わせるような赫灼一色に仕上がっていたのだ。

 

 

「……大事な時に作られるボール、ってことか」

 

 

 これを模して作られるようになったのが赤一色のプレシャスボールなのかもしれない。トレーナーズスクールのみならずプレシャスボールの起源にまで立ち会えて感慨深い反面、おれが宣託言語(神さまの言葉)で増殖させた貴重品の一種であることも同時に思い出す。希少極まる非売品だから値崩れどころではない。

 

 改めて濫用は良くないよねと自身を戒めながら『岩の門』を登る。

 同行者は総指揮を執る団長と、記録係のラベン博士及びショウ先輩。それから本人希望でカイさんと、彼女を案じて──本人は絶対口にしないけど──セキさんだ。

 

 

「カイ、何か聴こえるか?」

 

「……ううん、何も。なんでだろう、とても静かだよ」

 

 

 足音が響く。

 風の音が呼吸の様に耳を擽る。

 ボールの中で存在感を放つディアルガを器越しに撫で、最後の坂を登り切る。

 洞窟から出たおれたちを出迎えるのはやはり赤い空と巨大な裂け目。それをまるで意に介さないシンオウ神殿。

 

 

「……はあ……美しい……神々しい……」

 

「テル、零れてます」

 

「あっスミマセンつい」

 

 

 条件反射で見惚れて夢心地になったおれをショウ先輩が現実へと引き戻す。

 でもシンオウ神殿の美しさはどれだけ目に焼き付けても良いものだ。ついついアルセウスフォンで連写してしまう。容量で警告されたら血の涙を流しかねないが今のところその気配は無い。

 神殿に熱い視線を注ぎながらいよいよそれが眼前に迫ろうという段階になって、階段の下で手を振る少女とその隣に立つ青年の姿に気がついた。

 

 

「お待ちしておりました! パルキアですがどうやら今はその身を石に変え眠っているようですね」

 

 

 他の人がいる手前、ウォロさんは向日葵みたいな笑顔を浮かべながら人差し指を揺れ動かす。

 その身を石に変えて眠っている──あまりピンとこない表現ながら、カイさんにパルキアの感情が流れ込んでこない理由が判明したのは理解した。

 おれたちが撤退してから空の色に変わりはない。

 ディアルガが変化を押し留めてくれているのかとも考えたが、どうやらパルキア自身が活動を最低限に抑えることで歪みの拡大も最小に留めていると考えてよさそうだ。

 

 

「まさか……近づいたの!? 危険だよ!」

 

「流石シンジュ団の深謀遠慮な長、お気遣いいただきありがとうございます。ですがご安心を、ジブンの身ぐらいジブンで守りますから」

 

 

 そのどこかで聞いたことのある言い回しに、ああクレィアちゃんの口調って本当にこの人の影響なんだと実感する。

 まだ心配そうなカイさんの顔に微笑みながら彼は「それに」と神殿の奥を見上げて言葉を続けた。

 

 

「彼女はそこまで好戦的な方でもありませんので」

 

「──…………」

 

 

 白銀の眼が僅かに細められた瞬間、少しだけ彩の異なる色が声に灯る。

 カイさんに訊き返されたウォロさんは「神話の記述によればですが!」とまた空々しい笑顔を貼り付け、先ほどの声に灯した色もすっかり消えていた。

 いや今さらっと彼女呼びしたけどパルキアの性格について記してある神話なんておれは知らないが? そもそもパルキアに性別の概念があるんですか? 確かにディアルガと比較するとパルキアはどこか女性的な淑やかさがあると言えますが。詳しく聴かせてほしい、全部聴くから詳しく全てを。

 

 そんな願いを胸に秘めながら眼前の階段を駆け上がる。

 ひんやりとした厳かな空気に出迎えられ、最奥の舞台に立つ神体が視界に飛び込む。

 薄紫の体は色を失い、地に伏せるように項垂れていた。その佇まいは寺院の石像を思わせるほか、やはりどうにも怒りではなく悲しみを発端としているように思えてならなかった。

 

 舞台の前に立ってパルキアを見上げる。

 おれを認識してくれたのか彼女(パルキア)は褪せた体に色彩を灯して目を開けた。

 真紅と黒の威圧的な眼は瞬く間に悲嘆で濡れる。唸り声と共にパルキアは金色の光を体から放った。まるで雷槌の様な眩い閃光に目も眩む中、おれはディアルガのボールを投げ放つ。

 蒼星の煌めきと共に顕現した金剛の君。

 ディアルガは咆哮を天に捧げると極光の旗を打ち立てる。

 揺らめきと共に広がった旗が盾として開花した瞬間、パルキアの放つ閃光が──雷撃となって爆発した。

 

 

「え」

 

 

 まるで月が爆ぜたような一瞬の煌めきが眼球を焼く。

 金の雷光は刹那も掛からず極光(オーロラ)の盾ごとシンオウ神殿を呑み込んだ。

 山頂を震撼(ふるわ)す轟音にテンガン山が揺れる。神鳴りなど遠雷でしかないのだと言わんばかりの衝撃波が音を置き去りにして荒れ狂う。咄嗟に手持ちのボールを握り込む。おれの身に危険が迫れば自己判断で飛び出してくる皆──特にハピナスとヌメルゴン──に「出てくるな」と伝えるためだ。

 

 巨大な石柱は雪像より容易く吹き飛ばされ、石灰石は綿雪の如く崩壊し、人々の悲鳴はあまりにも簡単に潰される。それはオヤブンによる攻撃の余波ではなく、シンオウ神話に名を連ねる二頭政の一柱・パルキアが引き起こしたものだ。如何に守りの力に優れようが最早()()()()()()ではないのだと、ここでハピナスたちが飛び出してもどうにもならないのだと、おれの直感が告げている。

 

 閃光と爆風に視界が消し飛ぶ。全身の細胞が蒸発するんじゃないかと思えるような惨劇の中でおれがまだ人の形を保っていられるのは、パルキアの対であるディアルガが堅牢な盾となってくれているからだ。

 まるで神の家そのもの、聳え立つ白亜の城が如き護りに「時の盾」の名を思い出す。それでも防ぎ切れなかった光に目が焼き切られ、耐え切れなかった意識が断線する様にバツン! と落ちた。

 

 

 

 

 ……どれくらい時間が経ったのか、それとも一秒経っていないのか、おれは寝落ちた自分を殴りつけるつもりで瞼を持ち上げる。

 全身を焼く痛みが急速に引いていく。ちかちかと白飛びしていた視界は痛みが引くに連れて採光の量を調節し、正常な景色を描き出す。

 自分が硬い石灰石の上に寝転がっているのを理解して、手をつきながら体を起こした。

 急いでボールを確認する。オリジンボールではなく手持ちの皆が入っているボールの方。傷こそ多いが開閉スイッチも中も無事。安堵の息が零れるままに、オーロラを展開し続けるディアルガへと顔を上げて──

 

 

 無惨に破壊された、シンオウ神殿の残骸を見た。

 

 

「………………は?」

 

 

 精緻な技巧が凝らされた柱は大半が砕かれ、調和と均衡を体現していた完璧な造形美は無惨にも破壊の限りを尽くされている。

 柱が支えていた天井など初めから無かったかのように赤い空が跡地を見下ろす。創造神の光輪を象った昇る朝日の象徴は影も形も無い。溜め息が出る程に美しかった石灰石の壁は無数の傷でズタズタに斬りつけられている。

 神使の守護像(パラディオン)に至っては跡形もない。残っている箇所を挙げようにも、もう本当に、何も無いのだ。

 

 あれだけ美しかった神殿が。

 シンオウ建築の最高傑作にしてアルセウスの祭壇、アルセウスのための神の家が破壊された。

 おれがあれだけ焦がれ続けた「シンオウ神殿」は、たった今「槍の柱」に零落した。

 

 惨状を呑み込めず思考を止めたおれの前でパルキアが新たな光に身を包む。茫然と眺めるしかないおれと違いディアルガは青色の光線を放って金色の光を取り払った。

 

 ──最初に見えたのは頭部を覆う白い兜。二対六枚の翼には無数の星屑が瞬いているような輝きが波打っている。

 四足獣となったパルキアの尾は広がる空間を象徴しているかの如く幾本にも分かたれ、四脚は星雲を織り込んだかの如き薄紫色の甲冑と一体化していた。

 その腹部を飾る二重の真円。広がる空間を象徴しているように思えてならない紫の輪は、アルセウスの光輪とよく似ている。

 パルキア最大の特徴とも言える円盤状の両肩は健在であるが故に差異を雄弁に物語る。

 身動ぎの度に空気が震え、空間に細かな亀裂が入る。細い閃光があちこちで迸り、ズレた空間が軋みながら元の形へと変形する。

 おそらくパルキアがこの姿を取るのは世界にとって非常によろしくないのだろう。

 存在するだけであらゆる空間にとって害。普段のパルキアが息をすることで空間を安定させるのならば、この姿のパルキアは息をすることで空間を歪曲させ破壊する。

 たとえば、このシンオウ神殿の様に。

 

 

「……こ、の……」

 

 

 亡霊じみた足取りで立ち上がる。

 背後から聴こえてくる全ての音は意味を拾えなかった。

 全ての神経が眼前の神に向けられている。いつものおれなら一秒でも早く振り向いて怪我人の元にハピナスを向かわせていただろうが、沸騰した頭は眼前の神以外の情報を全て切り捨てることを選択した。

 

 

「バッ……カヤロウ、がああああああああああああああああ!!」

 

 

 空を翔ける翼を持った聖なる四足獣。

 全なる神にカタチを寄せた二頭政の片割れに、本気で暴言を吐いた瞬間だった。

 

 

 

 *

 

 

 

 頭蓋の内側に走る雷槌に顔を顰める。

 決戦の発端となった神殿の破壊に彼は我を忘れたのか、創造神の分身である空間の神を罵倒しながら舞台上へ駆け上がった。

 

 

「無事ですか、クレィア」

 

 

 腕の中の祭具に呼び掛ければ彼女は少しだけ咳き込みながら頷いた。

 あの爆発の中で人間だけ無傷で済ませるとは、本家(ディアルガ)の使う「時の盾(タイムシールド)」の奇跡には目を見張るものがある。

 

 

「御覧なさい。失われたかと思われていた創造神の似姿は健在のようですよ」

 

 

 舞台上で舞う空の神の姿を指すと、祭具は一瞬の歓喜を滲ませた直後にそれが表す真実に気づいて顔を青褪める。

 全なる神が創造した自身の分身、その本来の姿(オリジンフォルム)

 全能神の力をより濃く引き継ぎより強く引き出すその姿は、理想郷の成立を境に語られなくなった。

 穏やかな北風の楽園において二頭政の荒御魂とも言える側面は必要無かったからだろう。何より二柱がその姿でいることを好まないとされていた。存在するだけで時を乱して空を裂くのだから、世界の管理を任された二柱がその姿でいる理由が無い。

 今シンオウ神殿の舞台上に立つ空の神は、本来そこにいるだけで空間を斬り裂いてしまう天災だ。

 その影響が舞台上だけで済んでいるのは、彼女と相対する時の神の尽力によるものだろう。

 

 

「……どう、やって……?」

 

「さあ。ワタクシは何も」

 

 

 巫が驚嘆するのも仕方ない。

 あの姿となってその権能を使うにはカミナギの民の力添えが必要だとされている。時の神が原初の姿を取り戻していないのが何よりの証左。

 オリジンフォルムは二頭政が自ら善しとせず手放した在り方であり、彼らの力を宿す宝珠が無ければ原初のカタチは取り戻せない。

 その程度の約束などいつでも反故に出来る──ということであればジブンたちはもうお手上げだが。

 

 揺れる眼が神とジブンを交互に見上げる。

 彼女はガンガンと頭に鳴り響く鐘の音の様な悲鳴を拾っているのだろう。空間の神はワタクシの悲しみに冒されて荒れ狂っているのだから、ワタクシにとってはその悲鳴などいつもの我が事でしかない。

 クレィアにとっては、また別なのでしょうけれど。

 

 それを肯定するかのように巫は杖を携えて舞台へと駆け出した。

 アルセウスが俗界の危機程度では降臨しないと判明した今、異変を長引かせる意味は薄い。彼女が異邦人に手を貸そうと別段構わない。

 

 

「とはいえ負傷は許していません。手を借りるなら死ぬ気で守りなさい、異邦人」

 

 

 神の依代として手ずから育て上げた祭具。

 皮膚の一片、血の一滴、髪の一本たりとも、俗界にくれてやるつもりは無いのだから。

 

 

 

 *

 

 

 

 戦いを始めて──喧嘩を売って──数分経っただろうか。

 収集した攻撃パターンを脳内でファイリングする段階に差し掛かり、答え合わせを兼ねてもう一巡出方を伺った。

 空間跳躍で間合いを詰めて赤い衝撃波で一掃。青白い衝撃波で舞台を震撼。宇宙空間から呼びつけたのか隕石の招来。最後のが無法すぎる。

 ディアルガのような権能をぽんぽん使われたら堪ったもんじゃなかったけれど現状その兆しは無い。

 無い──が。既に充分厄介なことがひとつ。

 

 

「“りゅうのはどう”!!」

 

 

 四の砲門を一斉射。蒼星の輝きは唸りをあげてパルキアの体へと撃ち込まれるが、二対の翼が一度羽撃くだけで撒き散らされた燐光によって掻き消される。なんなら当たってさえいないようだった。

 パルキアの全身を包む「膜」と言えばいいだろうか。その「膜」に触れた攻撃はドラゴン技だろうと鋼技だろうと打ち消されるらしい。

 回避している訳でもないから必中技でも関係ないの。というのが、今放った“りゅうのはどう”の顛末だ。

 

 

「……無理臭くね?」

 

 

 とはいえこちらもこちらで大概。

 宇宙から飛来する隕石の数々はディアルガの展開する「時の盾」で動きを止められ、ディアルガが咆哮を轟かせればたちどころに逆再生されたかのようにもと来た宇宙(みち)へと飛び出していく。

 どちらの攻撃も互いに意味を成さないまま既に数分が経過している。なんて虚しい数分だっただろう。

 最終手段としてまたバクフーンに“のろい”を使ってもらう手も無くはないが、体力がまだ回復しきっていないのでおれが嫌。

 そんな思考の隙を狙い澄ましてパルキアが吼える。青白い水の三叉槍が無数に形作られたかと思えば豪雨の如く盛大に降り注いだ。

 直後に揺れるオーロラの盾が三叉槍を絡め取った。速度を失い停止した槍はディアルガの咆哮を受けて雫へと零落する。

 一進一退ですらない攻防に苛立ちが募る中、澄んだ鈴の音を遠くに聴いた。

 

 

「テルお兄さん!」

 

「ああ!?」

 

 

 ひえ、と小さく息を呑んだ声で我に返る。

 社会性フィルターを通さない剥き出しの苛つきを他人に、それもおそらく助力に来てくれた女の子に向けるなんて人間の所業ではない。

 慌てて平謝りすると少女はなんでもないように笑顔で許してくれた。助かった。

 

 一瞬でもパルキアから目を離したことに焦って視線を戻すもそこで異変に気づく。

 赤い空にかかったオーロラが動きを止めていた。それどころか瀑声を奏でるはずの三叉槍の滝が停止していた。

 まさか、とディアルガを見上げれば赤い眼と目が合った。どうやら話す時間をくれたらしい。時の神の権能が凄まじすぎます。

 

 

「パルキアに攻撃届かないんだけどこれ仕様?」

 

「シヨウ……がなにかは分かりませんが、原初の空の神(パルキア)に攻撃は届きません。神体を傷付ける前に空間ごと切り取られます」

 

 

 それは早業でも力業でもない、神さまにのみ許された御業だと少女は言った。

 神業・亜空切断──ディアルガの神業・時の咆哮と対を成す力であり、パルキアの体を覆う「膜」の正体だった。

 大変、ポケモン勝負になりません。

 

 

「クレィアちゃん。確認したいことがふたつある」

 

 

 ポケモン勝負にならないということは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ディアルガと勝負が成立したのはこちらの演武に付き合ってくれたからだ。それにはディアルガの正気が不可欠であり、今のパルキアに正気は確認できない。神殿壊したし。

 

 

「ひとつめ。あの時コギトさんは『カミナギの民は神々の代弁者。つまり人々の祈りを神に捧げる存在ではない』って言ってたけど……嘘なんだよね?」

 

「はい。テルお兄さんを言いくるめるためのウソです。人々の祈りを神に捧げるのも巫の役目ですから。かつて春の神の慟哭に心を痛めた人々は彼女を救ってほしいと祈り、わたしたちはそれを天に届けました」

 

 

 そもそもあかいくさり自体が祈りを届けるために鍛造するものだ。

 カミナギの民とは一方的な伝達者ではなく、双方の意を仲介する者。

 今更確認するまでもないのはそれはそう。コギトさんのブラフが万が一真実だったらという懸念を拭うための一工程。必要かと言われたら否である。

 

 

「じゃあふたつめ。パルキアの悲しみは、パルキアのものじゃないんだね?」

 

 

 本命の問いに少女は僅かに目を見開く。

 その反応でおれはこの事態の原因を看破した。彼女にこんな顔をさせる存在なんてこの世にひとりしかいないだろう。

 

 

「……はい。」

 

 

 その返答に、沸騰した頭がすうっと冷めていく。

 降臨したその時から彼の神はずっと嘆いていた。悲しみの淵にいた。今もそう。

 パルキアは悲しみに狂っている。

 それは思い返してみれば荒ぶるキングたちと同じなのかもしれない。悲痛な声で泣き叫んだクイーン・ドレディアと自ら死を選んだキング・マルマインが特に顕著だ。

 苦しんでいるなら助けたい。

 何かを求めているなら応えたい。

 悲しみに呑まれたパルキアを救いたい。

 

 

「さすが、叡智の試練を乗り越えたひとですね。わたしは元よりその提案をしに来たのですが……声を掛けられるのを待っていてもよかったみたい」

 

「いやあ手間が省けたと思えば助かるから」

 

 

 最早互いに確認は不要だった。

 おれは彼女が“それ”をできると信じて疑わなかったし、彼女はおれが“それ”を望んでいると信じて疑っていないだろう。

 

 

「……あるんだね。パルキア用の、シズメダマ」

 

 

 はい、と頷いて彼女は帯締めに引っ掛けていた小袋を外す。

 淡い紫色の布で包まれている小袋からは仄かに群青の海岸の香りがした。

 

 

「ごめんなさい。本当なら神殿に入る前に渡したかったのですが」

 

「いやあ、あそこで出す訳にはいかなかったでしょ」

 

 

 あの場にはパルキアを崇めるシンジュ団の長がいた。

 シズメダマ──パルキアの好物とその香りが際立つように特定のハーブを配合した捧げ物を、「シンジュ団」の前でシンジュ団ではない彼女が渡すのは非常にまずい。まだカイさんしかいなかったならどうにでもなるのだが、デンボク団長とセキさんも見ている中ではカイさんの立場を失わせてしまいかねない。

 

 

「予備と合わせてふたつ用意できました。数が少ないのでこころもとないかもしれません」

 

「充分。ありがとう」

 

 

 用いるシズメダマの量はこれまでもまちまちだ。最速はキング・ウインディの一発クリア。

 量は正義だが少量でも最適最良のタイミングで投げ込めばその効果は跳ね上がる。僅か五回の試行回数でおれが導き出した結論だ。母数が全然足りないので結論と言うには性急が過ぎるけども。

 

 

「おれがシズメダマを投げるタイミングに合わせて、その『杖』を奏でてほしいんだ」

 

「おまかせください。空の神を慰める調べは受け継いでいます」

 

 

 頷きあった瞬間、ディアルガが権能を解除する。

 停滞していた時の流れが正常化し、舞台上に槍の形を失った雨が降り注ぐ。一瞬で水浸しになった体にたっぷり水を吸った衣が纏わりつくがそんなことを気にしてはいられない。

 

 宇宙から飛来する隕石の数々がオーロラの守りに絡め取られる。

 時の盾と時の咆哮がある限り、石灰石の舞台に攻撃が届くことは無い。ディアルガという神さまに保証された安全地帯にして最前線は独特の空気感があって──その空気を断ち切る様に、パルキアの両肩が輝いた。

 

 

「『空の刃(エアーブレード)』、来ます!」

 

 

 天上に吼えたパルキアの円盤が煌めくと同時に幾本もの光線が放射される。その光が頬を掠めた刹那、全身の産毛が発狂した悪寒に臓腑が怯えた。「空の刃」──確かそれは、“封神戦争”の折にパルキアが古代の英雄に与えたという至高の秘宝。

 その字面から想像するに、ディアルガの盾と対になっている攻撃性能を持つ武具だろう。絶対の守りを誇る、時の盾の対ということは──

 

 

「このホコタテどっちが勝つ!?」

 

「原初にグンパイが上がるかと!」

 

「っスよねえ!」

 

 

 極光に包まれた光の刃が揺れる。完全に絡め取られた流星と違い、空間を斬り裂く神業は時の盾の加護を確実に削り取りながら進軍していた。

 おそらくそれがフォルムの差。

 おれの知るディアルガとおれの知らないパルキアの差。

 巫を以てして“原初”と呼ばれるアルセウスの似姿はそれだけの優位性があるらしい。

 

 

「ここで決めるっ……!」

 

 

 これまで徹底してパルキアの体を守るために使われていた神業が攻撃として差し向けられ、それをディアルガが「時の盾」で防げないとなればもう猶予は無い。

 決断は早く、狙いは迅速に。遅延が叶っている間にシズメダマを捧げ、パルキアの悲しみを慰める!

 

 

 怒ってはいけない、悲しんではならない。

 真珠が悲しむ、金剛が怒る。

 金剛が来たる、真珠が近づく。

 知が見ている。

 情がそこにいる。

 意が聴いている。

 心を鎮めて神に祈れ。

 

 

「“天の果てへと届け給え、全なる神の──……!」

 

 

 そこまで唱えて投擲する瞬間に口が動かなくなる。

 いつも浮かぶこの文言の致命的な矛盾点に気づいてしまったからだ。

 この祝詞は神使の末裔を鎮めるためのものであって、パルキアに対して捧げるものではない。

 だが止まったのは口だけで、声だけで、おれの方と指先は正確に、天上へと吼え立てるパルキアの頭へとシズメダマを送り込んだ。

 

 着弾したシズメダマは「膜」に触れたのか弾け飛ぶ。淡い紫の布が千切れて中身が飛び散る。

 周囲に強い群青の香りが充満したのと時同じくして、巫は銀の杖を振り下ろした。

 

 清らかな音が神殿に響く。鈴の音色でありながら、それは竪琴の弦が震える様をも思わせた。

 たったひと振りで幽愁を慰める旋律だと魂が理解する。悲しみを肯定し、励ますのではなく慰める。傍に寄り添い背を撫でる。

 この音色はそういうものであるのだろう。心底に封じていた望郷の念を不意に指摘された錯覚に陥って、視界の端が僅かに滲む。

 

 香りと音はパルキアを害するものではない。

 小石にさえ届くような高く澄んだ音色は空気を震わせ、「膜」を越えてパルキアの聴覚を揺さぶった。

 

 

 

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