シンオウの昔日-翡翠英雄奇譚-   作:ヒュペルボレイオス

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『時空の二頭政』-ウォロの思い-

 

 

 赫灼の閃光がパルキアを呑み込む。

 ひとつの恒星が輝く様な紅の球は幾度も大気を揺らし、やがて内側から幾筋もの光を放ちながらただ一点に凝縮する。

 そうしてボールの揺れは止む。

 原初の石と嘆願の神具から作られた器に、ヒスイを見舞った異変の原因が収まった。

 

 

「あ……」

 

 

 つ、と肌に刺さる熱に顔を上げる。

 気が滅入りそうな赤の覆いが破られ、遮られていた陽光が柔らかく降り注いだ。

 空気中を舞う細かな塵や氷が白い光を羽織ってはしゃぎ出す。ヒスイの地が一新したような爽やかな風が山頂を吹き抜けた。

 高く高く澄み渡る天が下界を見渡す。

 かつてない程の晴天に感嘆の声が漏れる。

 北風の楽園と謳われる極北の空は絵画にも描けぬ美しさで、長い冬を越えたような、永い夜が明けたような感動に全身が打ち震えた。

 

 

「テルお兄さん。うつわを」

 

 

 杖を支えに立ち上がったクレィアちゃんが指し示した先、舞台の中心で静かに存在感を放つオリジンボールを拾い上げる。

 反応は無く、即ち異常も異変も無い。捕獲は成し遂げられ、パルキアはボールの中でその居心地に微睡んでいるらしかった。

 

 感涙を堪えながら振り向くと舞台の上には色んな視線が注がれている。

 痛む頭を押さえていた手がゆっくりと頭部を離れ、口元を覆うカイさんの驚愕に見開かれた目があった。

 広がる快晴に見惚れながら、陽光をなぞって視線を下ろしたセキさんと目が合った。

 

 

「捕獲、完了で──うわあっ!?」

 

 

 笑みを零した瞬間に、全身を包む体温があった。

 最初に分かったのは、調査隊の制服に包まれた細身が小さく震えていること

 目尻に涙を浮かべた団長の傍らを通り過ぎて、おれのもとに飛び込んできたショウ先輩。

 その体を受け止めた瞬間、オリジンボールを落としそうになって必死に指先に力を込めた。

 

 

「よかった、よかったあ……! あたし、あたしテルが、パルキアの攻撃で、テルが消えちゃったかと、思って……!!」

 

 

 えっ消え……ああ、パルキアに空間ごと切り取られてからはそんな風に見えてたのか。

 ディアルガもいることだからそんなに時間は経っていないと思うけれど──というのは、この啜り泣く先輩を前にしては野暮も野暮。おれだってもしショウ先輩が目の前で消えたら一秒だろうと無限に思える。

 

 

「お、おちついて先輩。大丈夫ですって大抵のとこにはバクフーンが迎えに来てくれますから……あでででで」

 

「すみませ、って血だらけじゃないですか!」

 

「あーいや全部治ってます平気平気」

 

 

 ほら、と腕を捲って見せる。

 全身の裂傷は制服を染める血飛沫だけ残して綺麗に塞がっていた。結局この体質の謎は解けていないがこれが無いと確実に死んでいたので今はひたすら感謝しよう。

 なお後頭部に手を回してみるとまたしても髪がかなり伸びていたし爪も五ミリぐらい伸びていた。握り鋏で爪を切るのも慣れてきたとはいえこの長さは初めてだ。

 ショウ先輩は「本当……ですか?」と訝しげな目つきをして疑ってみせるが、顔全体におれへの心配が書き綴ってある。

 

 寒いので袖を戻しつつ周囲を確認すれば、感極まった団長がセキさんを投げ飛ばしていた。ラベン博士は興奮した様子でカメラを掴み、カイさんは眩しそうに陽光を見上げる。ウォロさんは駆け寄ったクレィアちゃんを笑顔で迎えて抱き留める。

 ついこの前までの緊迫した空気からは、考えられないような平和が広がっていた。

 

 

「──おまえたち、聞けい! この上ない難事であったが、赤い空の異変はここに収束した! こんな時は……祭りだ! ギンガ団だけではない! コンゴウ団もシンジュ団も、全ての団が集い盛大に祝おうではないか!」

 

 

 山頂に響き渡る堂々たる声に誰もが呆気にとられる。その提案にセキさんとカイさんは互いに顔を見合わせて、一緒のタイミングで顔を綻ばせた。

 ディアルガとパルキアが姿を現した今、このふたりが、このふたつの団が争う理由は、何ひとつとして残っていなかったのだから。

 

 

「イチョウ商会にも協力を願いたい!」

 

「うちですか? ふむ……そうですね、ギンナンさんもきっと乗り気でしょう! 一足先にお話を伝えておきますね!」

 

 

 ──おいちょっと待て推定元凶!

 口から飛び出そうになった叫びを空気を読んで噛み殺す。

 晴天を写したような笑顔に真意が図り切れない。ギンナンさんが乗り気なのは真実だろうが、そもそもこの人どういう感情でこの会話をしているんだ。

 呼び止めるべきか否か、大団円の中で苦悩するおれの葛藤なんて知らないと言わんばかりに彼は巫を連れて神殿を去っていく。

 

 待って。

 待ってよ。

 あなたは今何を考えているんだ。

 壊れたシンオウ神殿を前にしてどうして仮面を保てるんだ。

 パルキアにあの悲しみを奉納したのは、彼女が指す「シンオウの仔」は、他でもないあなたじゃないのか!

 

 

「っ……ウォロさん!!」

 

 

 こみ上げる感情が声として爆ぜた。

 二の句なんて思いつかないまま、声に応じて彼は振り向く。

 陽光の下がよく似合う金の髪が光に濡れて銀の眼が不思議そうに──ふっ、と柔らかく微笑んだ。

 

 

「分かっていますとも。また後で神話の話をしましょうね、テルさん!」

 

 

 なんて。

 限りなく本心に近いであろう魅力的な言葉を返されてはそれ以上の追求ができるはずもなく、どっと疲れに見舞われながら彼に向けて大きく手を振った。

 したい話も訊きたい話も山ほどある。今ここで彼を皆の前で追求したら、その機会を失って損をするのはおれ自身。

 分かり切っている答え合わせはまた後で。

 今はただこの晴天を仰ぎ、喜びを分かち合うだけで充分だった。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

「──とは! ならねえから!!」

 

 

 空の色が戻って数日。浮足立ちながらコトブキムラに戻ってきたおれたちは沢山の人から暖かく出迎えられた。

 建築隊のサザンカさんをはじめ実に多くの人が乗り気なお祭りの準備はとんでもないスピードで進み、異変の収束から五日と経たない明日に当日を控えている。

 

 そんな日の夕暮れ時。

 昼と夜の境界が空で溶け合い、夕闇色に染まる『シンオウ神殿』の舞台で、ウォロさんはトゲキッスと戯れていた。

 

 

「あら。これはこれは、空の神(パルキア)をバカヤローなどと罵倒したテルさんではありませんか」

 

「スミマセンあの時は本気で頭が怒りに沸いておりまして……って!! そもそも元はと言えばウォロさんがパルキアを嘆かせたせいですよね!?」 

 

 

 準備に追われて忙しないこの数日間、仕組まれてるのかと思うくらいこの人とは出会わなかった。ギンナンさんに話を聞いても仕入れ担当として張り切っている以外の情報が無く、コトブキムラでの目撃情報はほぼゼロだった。

 だからこうして帰宅時間の後を費やしてヒスイ中を探し回ることにした。

 一発目で当たりを引けたのは日頃の行いかもしれない。神よ感謝します。

 

 

「へえ、根拠は? 空の神(パルキア)との戦いの最中、何かを見たのですか?」

 

「……覡が怒ればディアルガが嘆き、覡が悲しめばパルキアが悲しむ。おれはその教義を知ってます。あの戦いではパルキアの心に少しだけ触れさせてもらいました。……それだけです」

 

「なるほど。アナタの知る限りで、最も可能性のあるジブンに目星をつけたのですね」

 

「そうです。別にコギトさんでもクレィアちゃんでも条件は同じです」

 

 

 パルキアに悲しみを捧げたのが誰かまでは見えなかった。

 だけどパルキアの悲しみに共鳴できそうなのはこの人しかいなかった。

 理想郷だったシンオウの地が俗界と成り果て、アルセウスの名を忘れた者たちに名前を奪われた、旧き真なるカミナギの民。

 その誇りを言葉に滲ませる、この人しか。

 

 

「だから、言い逃れならいくらでも出来ます。ウォロさんが自分は関係ないって言えば、おれはそれを信じるしかありません」

 

 

 客観的な証拠なんて何も無い。

 この人なら出来るという確信しか用意できていない。

 それはどれだけ神話に基づいていようともおれの主観でしかなく、本人にただ一言否定されたらそれで終わりだ。おれは冤罪を吹っ掛けた側になる。

 

 

「でも──もしウォロさんにとっておれが、他のみんなとは少しでも違う存在なら……本当のことを言ってほしい! おれに、あなたの“心”を教えてほしい!」

 

 

 心からの叫びを震わせたおれにトゲキッスが心配そうな眼差しを向ける。

 心優しい種族である彼女はそれでも主人の傍を離れることはせず、ただ彼がどのような返答をするのかをじっと傍らで待っている。

 おもむろに柔らかな羽毛を撫でられ、白い幸福の使者は嬉しそうに翻った。ウォロさんの視線は既にこちらを外れ、無邪気に喜ぶ手持ちにのみ注がれている。

 戯れに唇を啄まれて、覡が溜め息と共に言葉を零す。

 ようやく眼差しがトゲキッスから持ち上がり、銀の双眼がこちらを向いた。

 

 

「……その通りですよ。世界を憎む心を以て時空の二頭政を狂わせ、ヒスイの空を裂いたのは──古代シンオウ人の血を引く最後の神官、祈り(ウォロ)の名を持つこのワタクシです」

 

「っ……どうして、ですか? ディアルガとパルキアも、古代シンオウ人にとっては大切な神さまのはずじゃ……」

 

「“約束”なので。アルセウスの威光を取り戻す、アルセウスをこの地に降臨させる。幾星霜ワタクシたちに伝え繋がれた遠い昔の“約束”……使命と言っていいでしょう」

 

 

 そう語る神官の姿が“あの子”と重なった。

 全なる神の威光をこの地に取り戻すと、他ならぬ『シンオウ神殿』で誓った幼い覡は今でも目に焼き付いている。

 日輪を受けて輝く金の髪も、積もる雪の色を宿した白銀の眼も、日に焼けない肌も何もかもが瓜二つに見えた。

 

 

「そのためならワタクシは何だってします。狂わぬはずの時空の二頭政がどちらも狂ってしまえば、アルセウス自身が解決に当たるしかない。時は乱れ、空は歪み、破れゆく世界を紡ぎ直す創造神の姿に誰もが頭を垂れる。空に、地に、海に、この世界に生きとし生けるもの全てが、神奥から齎された福音に咽び泣いて天を仰ぐ──はずでした」

 

 

 まあ無理だったのですが、と神官は自嘲した。

 神話の頃から受け継がれた教義を捨てて二頭政を狂わせることがどれほどの罪なのかは想像に難くない。

 数を減らしていく古代シンオウ人の末裔として“祈り”の名を与えられた彼が、その名を穢すような真似をするのにどれだけの苦痛が伴ったか。そもそも、揺らぐことのない静謐の天秤を壊すほどの怒りと悲しみがどれほど筆舌に尽くし難いか。

 そうまでした計画は失敗した。

 アルセウスは降臨しなかった。

 取り戻されたのは二頭政の真名だけ。

 

 

「という訳で、もう知りません。アルセウスの威光など取り戻してやるものか」

 

「………………。エッ!?」

 

 

 その感傷を無造作に放り投げられて素っ頓狂な声が飛び出した。

 ねー、と頷き合うトゲキッスに向ける微笑からは何なら感傷のカの字も無くて、この数日でもう吹っ切れましたと言わんばかりに穏やかだった。おれを置いていくな。

 

 

「だって酷いと思いませんか? 思いますよね? 神話の頃から今日に至るまで、どれほどつらいことがあっても信じ続けていたのにアルセウスは応えてくれなかった。先祖も酷ですよ。世界がワタクシたちに望んだのだと子々に孫々に伝えておいて、当の世界(アルセウス)からはこの仕打ち」

 

 

 ……よく考えたらこの人にその使命背負わせたのって“あの子”をそういう方向性で説得したおれのせいじゃないか?

 いや違うんですよそうだったら嬉しいね程度の考え方を教えただけで……いやでも神さまの声を聴ける人たちにそうやって教えたらそりゃあ世界からの啓示だと受け取られてもおかしくはないか……ないのか……?

 

 

「だからワタクシは先祖の野望なんてもう知りません。理解しない連中にアルセウスの威光を伝え広めてやる義理はありません。ワタクシたちが知っていればそれで結構です」

 

「えええええええ!? 待って待って待って考え直しましょうよ! ほらディアルガとパルキアの名前は復権したんだから、この調子で世界を変えていけば希望はまだありますって!!」

 

「あのねえ……何千年も掛けて世界を変えるとか、もうやってられないんですよ。大体、変えると言えば聴こえは良いですが実のところ()()()()()()()()ですよね?」

 

「それは……そう……ですね?」

 

「何千年何万年、何代にも渡って継承した使命がソレかよ……。そもそもこの世界が憎いのなら、自分ひとり誰もいない世界に行けばいいだけなんですよ」

 

 

 はーあ、と心底怠そうな声を漏らして神官はトゲキッスの羽に顔をうずめた。

 確かに今のおれたちからしてみれば世界を楽園に導くのはプラスだが、そもそも楽園であったことを知る人たちからしてみればマイナスをゼロに戻すだけの話だ。

 そしてそのために奔走し続けたのに失敗したとなれば、モチベーションなんて無くなってもまあ……外野がどうこうは、言えない……!

 

 

「で? 望んだ答えは得られました?」

 

「えと……はい……なんか、スミマセンでした……」

 

「いいえ、こちらこそ。思えばアナタにはご迷惑をお掛けしましたね。様々な矢面に立たされた原因もまあ軽く原初まで遡ればワタクシですから」

 

「古代シンオウ人すぐ原初まで遡るな。口癖なの?」

 

 

 にこにこの笑顔でトゲキッスがこちらに飛んでくる。コトブキムラの正門前でヒノアラシと戦った子で間違いないだろう。随分久しぶりだ。バクフーンもそれに気づいたのかカタカタとボールを揺らしておねだりしてくる。

 いいよ、と外に出してあげるなりトゲキッスとはしゃぎ出した。

 トゲキッスは飛べないバクフーンに合わせて踊るように上昇と下降を繰り返し、バクフーンはトゲキッスと触れ合うために時折軽く跳ねながら神殿内を自由に走り回る。

 

 

「……そういえば神殿壊れちゃいましたけど、これって古代シンオウ人的にはどうなんスか」

 

「祭場として『舞台』が無事なら機能面ではそれで構いません。あとはただの飾りです」

 

「最高傑作なんですよね!?」

 

「それアナタが勝手に言ってるだけですからね」

 

 

 知りませんよ、とウォロさんは悪戯っぽく笑って『舞台』を見回した。

 勢いの弱い西日が撫で付ける石灰石は薄橙に染まり、パルキアが破壊してしまった時に飛び散ったであろう小石は既にひとつも落ちていない。

 改めてまじまじと眺めてみると、シンオウ建築の特徴である“周囲の環境に左右されない自己完結型の美しさ”という項目はこの『舞台』だけで充分に醸し出されている気がしてきた。

 どんな測量技術があればこうも均一に岩を切り出せるのか不思議でならない平面が夕闇を羽織る。

 巨躯の神々が縦横無尽に駆け回れる程に広がる石畳はまるで無間の宇宙を表すかの様だった。

 

 

「でも悲しいよおれ…………あんなに美しかったのに………………」

 

「まあ建築物として惜しむ気持ちは分かりますが」

 

 

 目を瞑ればアルセウスフォンで連写する度に脳内に焼き付けた神殿が鮮明に蘇る。

 いやまあ壊れるのは分かっていたよ、未来でここ槍の柱になってるからね。

 でもまさか目の前でぶっ壊れるとは思わなかったと言いますか……おれの死後にひっそりと経年劣化で壊れるかなって……いや太古の最高傑作が経年劣化で壊れるはずがありませんが……。

 

 

「そんなに悲しまずとも、新しく造ればいいと思いませんか」

 

「え! ウォロさんシンオウ神殿の建て方知ってるんですか!?」

 

「そうではなく。()()()()()()()()と言っているのですよ」

 

「うん……?」

 

 

 首を傾げて訝しむおれに「やれやれ」と神官が首を横に振る。渾天の色を仄かに宿して透き通るかんばせが柔く笑んだ。

 

 

「創世の神。世界を創り給うた神。全なる神の話が真実であるのなら……アルセウスの力を以てすれば、新たな世界の創造も可能では?」

 

 

 白銀の眼に火が灯る。

 穏やかな笑みが自身のよく知る色に染まっていく。

 神殿に吹く風に金の髪が遊び、一番星の輝きが雫の様に零れた。

 

 

「ねえテルさん。試してみたいと思いませんか? この世界を変えるより、新しい世界を創るのです。誰もアルセウスを忘れない、誰もカミナギの民を踏みつけない、永劫にして無辺の楽園。その創世を」

 

 

 五指がゆるりと広げられた、月の様に青褪めた白い手のひらが差し出される。この人からの初めての歩み寄りだと理解するには充分な仕草だった。

 この地にアルセウスの威光を取り戻すのではなく新しい世界の創造を以て新たな理想郷を作り出す。そこには大義と言うより純然たる好奇心があるのだろう。アルセウスの力をこの目で目撃したいという、誰よりもアルセウスの威光を信じているからこその知識欲。

 

 アルセウスは全能だ。宣託言語(神さまの言葉)を覚えただけの人間が触れられる範囲でさえエスパーポケモンを超越する。

 その言葉を他ならぬアルセウスが用いたら?

 神話のはじまりを、その御業の全容を、もしもこの目で確かめることが出来たら?

 ──きっと、世界の誰よりも幸福だと誇れることだろう。

 

 

「やっ…………やりてえ……!」

 

「ですよね」

 

「はい! 興味あります! それはもう!」

 

「ではプレートを集めましょう! これは全なる神のかけらでもあり、ワタクシたちの先祖がてんかいのふえのカタチを解いたときにヒスイに放たれたものでもあります」

 

「何やってんだあの子! まあいいや分かりました、プレート集めが当面の目標ですね!」

 

 

 差し出された手を力強く握り返すと、神殿にパンッ! と高い音が打ち鳴らされた。

 それは神さまを拝する柏手の音とよく似ていて、事実そうであったのだと思う。

 

 きっと新世界の創造が叶ったらこの人はそちらに行ってしまう。自分ひとりが誰もいない場所に行けばいいと零した言葉の通り、この世界を見限って、アルセウスの威光に満ちたまっさらな世界で生きるのだろう。

 

 この世界を支える時間の神をあかいくさりで無理矢理従わせた時とは、対象も手段もまるで異なる。

 そもアルセウスが全能であるのなら、今の世界を壊さずとも別世界としてゼロから創り出せるに違いない。

 

 だから──もしその瞬間にこの体がまだ動いていたら、心の底から祝福して送り出そう。

 それが今生の別れであり、敬愛する古代シンオウ人であるこの人から真に切り捨てられる瞬間だとしても、絶対に笑って見送れるとの確信があった。

 

 

「そういえばおれ、『全てのポケモンと出会え』っていう託宣貰ってるんですけど……これ、どう思います?」

 

「なぜこちらには天啓ひとつ寄越さないのにアナタには神具も神託も寄越すのかという怒りでもう一度時空を裂けそうです」

 

「今からリトライはちょっと勘弁してください」

 

 

 古神奥式ブラックジョークで毒づくが、アルセウスフォンを見せてみると彼は子供のように目を輝かせた。

 表示された文言に変わりはない。

 宣託言語(神さまの言葉)の送信機として酷使されていた端末が、今では本当の宣託を表示する神具になって古代シンオウ人の目に触れている。なんという出世街道だろう。

 

 

「……とはいえ、希少な御託宣であることに間違いはありません。アナタは調査隊として、ワタクシは商人として、全てのポケモンに出会いつつプレートを集める……当面はこのふたつのルートを同時進行でいきましょう」

 

「任せてください。今のおれは調査って言っておけばだいぶ自由が利くんで」

 

「流石ですよココノツボシ」

 

「ココノツボシで良かった~」

 

 

 日が落ちて冷えた風が吹き抜ける。そろそろ戻らないと体を冷やして明日のお祭りに支障が出てしまうかもしれない。バクフーンたちもそれを分かっているのか、丁度そのタイミングで遊ぶのをやめて戻ってきた。

 笛を奏でてウォーグル様に呼び掛ける。

 ものの数秒で凍土の方角から大きな翼が羽撃くのが見えて、絶対これ特別な力で空間跳躍してるよねとアルセウスフォンを思い浮かべた。

 

 

「それじゃウォロさん! また明日、お祭り来てくださいね!」

 

「はいはい。正直イヤですが仕事なのでどうせ駆り出されます」

 

「仕事熱心で頭が下がります」

 

「撃ち落とされたいようですね」

 

「やっべ逃げましょうウォーグル様」

 

 

 軽口を叩いて双方同時に神殿を発つ。

 人間を背に乗せながらウォーグル様とトゲキッスが“オーラウィング”と“エアスラッシュ”を撃ち合うなんて、紳士かつ野蛮な戯れと共に空を翔けた。

 天地が目まぐるしく入れ替わり、互いの羽から零れる光の粒が羽衣の様に空を流れる。流星(ほし)彗星(ほし)が遊ぶかの如く渾天を泳いで笑い合う。

 それはとんでもなくやんちゃな、誰かに目撃されたら言い訳に困ること間違いなしの危険な戯れ──なのだけど。

 

 どこまでも広がる空間に身を委ねて歓楽のまま帰路につく時間は、何も背負わなくてよかった遠い幼年期の頃とよく似ていて。

 

 即ちそれは、どんな宝石よりも輝かしい宝物だったのだ。

 

 

 

 




 これにてメイン任務1~18、メインストーリー編は完結となります。
 ここまでお付き合いいただいた全ての読者の皆様に御礼申し上げます。
 あくまで完結はメインストーリー編であり、次回からメイン任務19以降の「クリア後ストーリー編」が始まります。
 投稿を始めてから多くの人の目にとまり、更には高い評価と沢山の感想までいただけて、とても嬉しかったです。
 早々に黒幕に辿り着いて妙な方向に舵を切ったテルですが、真の完結までもうしばらくお付き合いいただけると幸いです。


◯メインストーリー編リザルト

手持ち
バクフーン Lv82
ハピナス  Lv74
ドレディア LV71
ヌメルゴン LV71
マンムー  Lv69
ディアルガ Lv67

図鑑進捗(見つけた数/捕まえた数)
黒曜の原野:77/77
紅蓮の湿地:73/70
群青の海岸:86/80
天冠の山麓:84/80
純白の凍土:81/79
ポケモン研究ポイント:36890pt/ココノツボシ団員

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