シンオウの昔日-翡翠英雄奇譚-   作:ヒュペルボレイオス

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 メイン任務7


神話の探求者

 

 

 満天の星を凌駕する、金の光に満ち満ちた月。

 冴えた月光が意思を持っているかの如く『巨木の戦場』を駆け回る金色(こんじき)の巨体。

 自分は、知っている。

 この光を、おれは──

 

 

 

 *

 

 

 

 早朝、ギンガ団本部の前で言い争う男女がいた。

 思えばそれが事の発端だったのだろう。団長に呼ばれ部屋に赴けば、その男女二人は双方険しげな顔でおれに目を向けた。

 

 

「えっと……整理しますね」

 

 

 矢継ぎ早に特になんの注釈も無く繰り出される問題の連鎖に額を押さえ、おれは余り紙を集めて即席で拵えたメモ帳に鉛筆を走らせた。今の時代はまだ筆が根強いため、この鉛筆は製造隊の試作品らしい。使用感をレポートで提出するよう求められている。

 

 

「えー……まず問題は黒曜の原野のキング・バサギリってポケモンが暴れている、と」

 

「そうだ。既にギンガ団にも負傷者が出ており、看過できぬところまで差し迫っている」

 

「そのバサギリはそちらのシンジュ団さんの大事なポケモンだから、えと……コンゴウ団さんは手出しができないし、シンジュ団さんも手出しができない、と」

 

「おうよ。オレたちが手を出したらまた先代よろしく争いになる」

 

「バサギリはわたしたちが崇めるポケモン……それを倒す、というのは……どうにも……」

 

「で、そもそも荒ぶる原因も分からない、と」

 

 

 沈黙と頷きが部屋を満たす。

 複雑な関係に口から魂が出そうになる。

 どうしてこんなになるまで放っておいたんですかと叱る歯医者の気持ちがよく分かった。

 

 

「そのバサギリの調査と鎮静をギンガ団に……おれに依頼するってことですか」

 

「……業腹だが、そういうことになる」

 

「いいですよ」

 

 

 整理が済んだら二つ返事で引き受ける。

 バサギリなるポケモンは全く知らないが、色んな人の困りごとを解決するのがギンガ団とショウ先輩が仰った以上おれはそれに尽力するだけだ。デンボク団長の期待の眼差しに頷き返し内心で親指を立てる。

 任せて団長。おれやるよ。

 

 

「じゃあ調査にあたってお二人の知ってる範囲のことでいいんで、バサギリについて教えてください。大きさとかよくやる仕草とか、どんな攻撃をするかとか……あ、もちろん言いづらかったら言わなくて大丈夫です」

 

 

 お二人──コンゴウ団のリーダー・セキさんと、シンジュ団の長・カイさんの目を交互に見つめる。本部の前で言い争っていた男女は、ギンガ団がヒスイに来るより前にこの地で暮らしていた先住民──先日ラベン博士が話していた通りである。『シシの高台』で暴れるオヤブンコロトックを退治するよう依頼してきたヨネさんはコンゴウ団所属なので、セキさんのチームの人という訳だ。逆にシンジュ団はカイさんではじめましてかな。

 

 

「い、言いづらいことなど何も無い! バサギリは……高さなら六尺ほどだ。しかし両の腕のご立派な斧を含めた大きさとなると、それに収まらないだろうな」

 

「普段は主に『奥の森』っつう場所にいるんだけどよ、しょっちゅう樹木を切り倒してるみたいたぜ」

 

「攻撃は雄大な斧を振りかぶるものが多いな」

 

「うちの衆の証言によるとまるで竜巻のように旋回していたって話だ」

 

「振るった斧の軌跡には石の破片が散りばめられる。それがある種の撒菱となり、シンジュ団を襲うポケモンの手からお守りくださっていたのだ」

 

「ああ、そいつは先代の口伝にもあったぜ」

 

「ふん。バサギリの御業を盗み見たか、コンゴウ団!」

 

「盗んじゃいねえだろ。堂々と見て伝え及んだまでだ」

 

 

 ……なんで証言集めの段階で喧嘩を始めるんだこのふたりは。

 話を聞く限り割と大きめのポケモンだ。高さとしてはリングマと同じくらいと見ていいだろう。両腕の斧……つまり二足歩行なのも近そう。じゃあ仮想敵としてのイメージは双斧装備のリングマってことで。

 

 ──怖くね?

 

 石の破片……“まきびし”か“ステルスロック”辺りかな。ただそれらを攻撃しつつ撒けるというのは戦術的にはとても魅力的だ。相手にはしたくない。

 

 えー……最悪を想定しよう。“まきびし”ではなく“ステルスロック”だと想定しよう。うちの現時点での主力はマグマラシとギャロップだ。“ステルスロック”はかなり痛い。でも木を切る習性から鋼タイプかもしれないと考えると炎タイプの主力二体でどうにか出来たら理想。

 

 いや、最悪だ。最悪を想定しよう。

 

 炎タイプの弱点、岩地面水……水は無さそう。岩か地面。岩か地面と仮定して草……うんまあ万が一に水タイプだったとしても草タイプでいけるから草タイプを連れて……待てよ。『奥の森』ってどう考えても草タイプの聖地っぽい名前してるのに、そこで暮らすキングが草タイプ弱点なはずはなくないか? そうかな。そうかも。

 

 逆に草タイプに強かったりするのか? 炎虫飛行氷毒か? いや、話の中にはどの特徴も見当たらない。複合かな。何と何の? 岩か地面、それと何かの複合……。

 

 

「…………。」

 

「テル?」

 

 

 マグマラシとギャロップで見れないのは水と岩だ。水と岩を見れるのは草だ。けど草にも強い可能性が高い。もしここに虫が加わっても攻撃面で等倍は取れる。受けが問題なんだその時は。“ステルスロック”に耐性がある鋼タイプを捕まえるのも良いけど流石に原野にはいないだろう。ああ……何だろう。今、ものすごく、ミロカロスが恋しい。

 

 

「……水かな。ビーダルにしよう。フローゼルはちょっと進化までが遠い」

 

 

 メモ帳を閉じてポーチにしまう。

 少なくとも電気タイプではないだろうし、草タイプならマグマラシたちで行けば良い。相手が分からなくてガバガバの想定しか出来ないが、元々汎用性の高さが物を言う旅だったんだ。気にしてもしかたない。

 

 

「うし、行ってきます!」

 

 

 

 ──って、意気揚々とビーダルを調整して来たのに門前払いをくらったのが、今。

 

 

 

「そこをなんとか!!」

 

「ダメったらダメ! 危ないと分かっていて近づかせるほど鬼じゃないよ!」

 

「ふ、ふたりとも。その辺りで一旦少し落ち着かれては……」

 

 

 危ないのは承知で来てるんだよおれは。

 そう説得しても、キング・バサギリのお世話をしているキャプテン──キクイさんは首を縦に振ってはくれない。あまりに喧々言い争っていたからカイさんが仲裁に入る始末だった。

 

 

「だって! カイさんもキクイさんもバサギリを落ち着かせたいんじゃないんですか!? ならガンガン殴られようとおれが近づいてポケモン勝負で鎮めるしかないじゃないですか!」

 

「同じことを何度も言わせないでほしいね! オレでさえ近づけないほど危険なのに余所者のギンガ団を近づかせる訳にはいかないんだよ! カイさんの心労ってものを少しは考えちゃくれないかね!」

 

 

 言葉に詰まってカイさんの顔を盗み見る。

 言いたいことは分かるのだ。バサギリのことが大事だから、これ以上被害を出す訳にはいかない。彼女はその「被害」の中に、どうも調査にあたるおれの身の危険も含んでいるらしい。と言うより、おれにバサギリを誤解してほしくないように思えた。別に誤解も何も無いのだが。

 

 

「……あなたが類稀なるポケモンの使い手というのは聞き及んでいる。その力で、荒ぶるバサギリを倒すのは……容易いのかもしれない」

 

「カイさん……」

 

「けど、けど……! あくまでそれは最後の手段であってほしいんだ! バサギリが落ち着ける別の手段が、どうしても無かった時の……!」

 

 

 ああ──困る。その眼は困る。

 シンオウを旅していた時から、おれはその眼に大層弱い。

 

 “うっかり落としたポケモン図鑑、ギンガ団に取られちゃったの!”

 “……そーだよ! ギンガ団相手に、何も出来なかったんだよ!”

 

 板挟みなんだろうなあ。バサギリにこれ以上暴れてほしくない、これ以上嫌われてほしくない、けど痛めつけられるのは忍びない、でもそうでもしないと収まらない。

 立場と感情がグチャグチャだ。

 グチャグチャな感情を静める時間を、立場が最早許してくれない。

 ……大変だなあ。この人。

 

 

 

 

 

 

 午後、ラベン博士に相談するという形でおれはコトブキムラに戻ってきた。

 策を考えるから時間が欲しいとのことだったので、おれはムラを散策して村人の相談事をあれこれと引き受けて時間を潰す。ムックルの図鑑、コリンクの耳、漬物石にぴったりなイシツブテ──いくつかの相談を解決した頃、訓練場の隣に見知った人影が見えて、つい小走りで駆け出した。

 

 

「ウォロさーん!」

 

「あら。こんにちはテルさん」

 

 

 訓練場の隣の空き地には小さな祠がある。その祠に背を預けて腰を下ろしていたのが彼だった。隣にはいつも背負っている荷物が安置されている。

 

 

「昼休みですか?」

 

「ええ、そんなところです。テルさんもですか?」

 

「いやあおれは振り出しに戻るというか、とんぼがえりと言うか……」

 

 

 隣に腰を落ち着けて、今日あったことを振り返る。

 バサギリを鎮めてほしいとの依頼、けど実力行使はできればやめてほしいとの要望、それを受けて考案中のラベン博士……。

 話して整理するにつれて、ままならなさを実感する。

 

 

「大人の世界って難しいっすね」

 

 

 困っている人がいて、困らせている者がいたら、後者をポケモン勝負で打ち負かせばよかった。その繰り返しでおれはシンオウのチャンピオンになったから、それ以外の解決方法をあまり知らない。

 二つの組織の確執だとか、配慮だとか、あんまり共感できないし。お世話になっているポケモンだからこそ手出しが出来ないっていうのも、実のところよく分かってあげられない。

 共感できなくて、分かってあげられないけど、尊重したい。だから難しい。

 

 

「……テルさんご自身は、キング・バサギリに対してどう思っていらっしゃるのですか?」

 

「え、おれ? おれは……正直、特別な感情は何も無いんです。気難しいポケモンも、気性の荒いポケモンも、戦ってお互い認め合ったら仲良くなれる。おれにとってはそれが常識すぎて」

 

 

 腰のボールを撫でる。

 例えばマグマラシがもし暴れ出したら、おれは躊躇無く勝負して倒すだろう。原因の解明は後からにする。

 

 

「バサギリが暴れたくて暴れてるなら、おれは全力で応えてやりたい。力いっぱいぶん回しても壊れない相手がどれだけ貴重でありがたいかってのは分かっているつもりです。暴れたくないけど暴れてるって言うなら、それこそさっさと倒して止めてやるべきなんじゃないかって思います」

 

 

 ひと通りそう話したのち、顔を上げる。

 ウォロさんは向日葵みたいに笑っておれを見下ろしていた。

 

 

「テルさんはコンゴウ団やシンジュ団の確執にあまり重きを置かないのですね」

 

「いやあ、ぶっちゃけなんで対立してるのかもよく分かってないって言うか……。だってコンゴウ団とシンジュ団が信仰してるのって、どう考えても()()()()()()()()()ですよね?」

 

 

 心臓の鼓動で時を刻むディアルガと、呼吸で空間を安定させるパルキア。時間を頻繁に気に掛けるコンゴウ団が信仰しているのは前者で、空間への感謝を恭しく口にするシンジュ団が信仰しているのは後者。どちらが正しいのでも間違っているのでもなく、単に別のポケモンだ。

 

 

「あんぱんとジャムパンを指しながらそっちが偽りのクリームパンだって言い合ってるの、シンプルに意味が分かんなくないですか」

 

 

 つい声色がボヤキになってしまいため息が溢れる。ポケモンを怖がる人のことはなんとなく理解したけど、あれはちょっとよく分からない。毛色が違いすぎる。

 いや、そもそも昼休み中のウォロさんにおれはなんでこんな愚痴っぽくなっているんだ。貴重な昼休みに他人の愚痴なんて聞かされたくないぞ。うわ恥ずかし。

 

 

「すみません、つい愚痴っぽく──」

 

「テルさんは」

 

 

 謝罪を遮ったウォロさんのかんばせからは笑みが消えていた。不快──では、ない、だろう。

 どちらかと言うとそう、おれと初めてポケモンを戦わせた時、その直前の熱と似たものを灯した眼だ。

 

 

「ヒスイの神に、お詳しいのですか?」

 

「えっとヒスイって言うか、()()()()の神話ならざっくりと。多分未来のヒスイ地方だと思うんですけど、シンオウ地方ってとこから来たんですよ、おれ」

 

 

 一年を通して風が冷たく、複雑な地形から気象の変化に富み、地熱のぬくもりに包まれる地下通路が全土に張り巡らされた、カントーからもホウエンからも遠い遠い僻地みたいな扱いをされている地方。

 実際他の地方との交流も薄い。カントーとジョウトはリニアが通っているが、うちにはシンオウ地方とイッシュ地方に繋がる空洞があるとか無いとか、そういう都市伝説レベルの関係しかない。

 

 

「他の地方と比べるとかなり神話が残ってるとこだったみたいで……えーと何だったかな、シンオウの神話、シンオウ地方の神話、シンオウ昔話……実物だとカンナギの祠やテンガン山の壁画とか、元は遺跡だったふれあい広場とか、あー遺跡といえばズイの遺跡もありますね。あとキッサキ神殿や御霊の塔なんかもそうかな」

 

 

 民間伝承を含めるならソノオの花畑にハードマウンテン、満月島や新月島と、とかくレパートリーには事欠かない。

 なんとなく、隣に異世界があるみたい。おれの故郷はそんなふうに、どこか不気味と言われることに定評があった。

 象徴的なのはそう、ミオ図書館にあった──

 

 

「“はじめに あったのは……」

 

「──こんとんの うねり だけだった”」

 

 

 諳んじた一節をおれではないその人が継いだ。え、と目を見開けば彼は熱を孕んだ眼を嬉しそうに細めてこちらを覗き込んでいる。

 深く笑みながらまるで試すように、上の句を詠むかの様におれに問いかける。

 

 

「“すべてが まざりあい ちゅうしんに”?」

 

「……! “タマゴが あらわれた”!」

 

「“こぼれおちた タマゴより”……」

 

 

 ──さいしょのものが、うまれでた──

 

 

 ふたつの異口が同音を奏でる。

 記憶の蓋が開かれ芋蔓式に呼び起こされた“始まりの話”。世界なんて壮大なものの一端に触れた生まれてはじめての高揚感。自分の感覚を見失い、広大な宇宙を俯瞰するかの如き錯覚。

 

 

「っ〜……!! ウォロさんイケる口ですか!? ですよね!?」

 

「ええ、ええ! 当然です! 神話、歴史、その謎! ジブンの好奇心をそそりにそそる“世界”という理の“原初”!」

 

「わ、分か〜……!!」

 

 

 衝動に突き動かされるままウォロさんの手を握る。異文化の世界でようやく共通認識を持つ相手に巡り会えたみたいな感覚に飛び跳ねてしまいそうになる。

 おれはシロナさんのようにきちんと学問として修めた考古学者ではないけれど、化石掘りでプレートが出土する度に、ズイの遺跡でアンノーンを見つける度に心がざわめいていた。そう何を隠そうあのエムリットとも追いかけっ子を繰り広げた仲なのだ。

 

 

「なんだウォロさん分かる人だったのか、早く相談すればよかった! 時を司るのはディアルガで空間を司るのはパルキアですよね!?」

 

「ええ、その通り! その二柱を創り出した“はじまりのもの”こそが、この地で本来仰がれるべき“シンオウさま”なのです! さてテルさんはその名をご存知でしょうか……?」

 

「そりゃあもちろん■■■■■■のアルセウスです!」

 

 

 その名前を口にした途端、アルコールに満ちた空気を吸い込んだ時に似た心地よい酩酊感に襲われた。

 

 アルセウス。全なる神。■■■■■■に坐す白亜と翡翠の美しき四足獣。

 

 ■■■■■■の存在は突き止めたものの行き方も何も分からないものだから、■■■■■の協力を得て■■■■■■■から■■■■■■に渡りありもしない■■に潜り、西に東に北に南に■■歩■■■歩■■歩■歩■■■歩■歩■■■歩。散々彷徨って成果は■■■■■と■■■■だった。

 

 あれ。

 じゃあおれどこでアルセウスと出会ったんだっけ。

 ■■■■■■ってどこのことだっけ。

 確か真っ黒で/確か真っ白な/地下の奥底で/天の頂で、あれ?

 

 違う。

 

 ■■■■■■■を、■■■■■■から受け取って、■■■■■■の山頂で鳴り響かせて、■■■■■■への■■を昇った先、に。

 

 

 ──どこだ、それ?

 

 

 心臓が早鐘を打ち鳴らす。

 あったはずの記憶がノイズに乱される。

 自身のものだった思考が塗り潰されていると今気付いた。

 

 

「テルさん?」

 

 

 声に弾かれるまま顔を上げた。

 金の髪が午後の陽光を掬いあげる。

 銀の眼がおれを案じて、

 

翠と

 

 

紅の

 

 

 

黒が

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「テルー! 博士がお呼びですよ!」

 

 

 ウォロさんとの神話談議に花を咲かせていたところ、訓練場からショウ先輩が手を振って呼んでくれた。名残惜しいけど博士が作戦を思いついたなら何よりだ。

 

 

「はーい、今行きまーす! んじゃウォロさん、お先に失礼します」

 

「ええ、ご健闘を」

 

 

 訓練場のショウさんと合流して本部に戻る。

 倒す倒さない以前に近付けないキング・バサギリの対処法、ラベン博士はいったい何を思い付いたのだろう。

 

 

 

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