シンオウの昔日-翡翠英雄奇譚-   作:ヒュペルボレイオス

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 推薦文というものを書いてくださった方がいらっしゃいました。ありがとうございます、とても嬉しいです。




「特定地方の極一部地域で見られる特殊なリージョンフォーム」

 

「あら調査隊さん、お疲れ様。え? オヤブンムウマ? うーん言われてみればどこか違うような……」

 

「お疲れ様です、テル先輩! ムウマの姿違い……ですか? いえ、警備隊にも目撃証言はありませんね」

 

「あっホンモノの調査隊だ。なんだよそのムウマ! でっけー!」

 

「達人……またオヤブンを捕まえたんですか? 本当に大きいポケモンが好きですね」

 

 

 

 フェアリームウマを連れ歩いてコトブキムラを散策すること約二時間。

 やっぱり第一印象はムウマになるらしく、図鑑と見比べてみてようやく「何か違うな?」と思われる程度。有益な情報は中々手に入れられずにいる。

 こうなったらバクフーンと同じように何か伝わっていないだろうかと古代シンオウ人の伝統に一抹の望みを託し、彼のいるイチョウ商会に顔を出した。

 本部の前、見慣れたギャロップがいち早く反応を示す。シンワの祭りで華やかに着飾られていた彼も今はギンナンさんの隣で真面目にお仕事中。

 

 

「すみませーん」

 

「ああ、いらっしゃいテルさん。今日は粘り玉セットが安いよ」

 

「買います」

 

 

 まいど、とお金と商品を交換する。

 食べ物にでも見えたのかムウマが粘り玉に顔を近づけるも、その独特な匂いに興味が失せたらしくぷいと横を向いた。

 正直ジェットボールの便利さに気づいてからは粘り玉を使う機会があんまり無いけど、こういう消耗品はいくらあっても困らないはずなのでついつい買ってしまう。

 

 

「あとウォロさんって今どこにいます?」

 

「いないよ」

 

「またサボりっスか」

 

「ううん。ヒスイにいないよ」

 

「…………………………ゔえっ!?」

 

 

 意外な返答に思考が硬直した。あまりの驚きに声が濁る。

 いつでもヒスイのどこかにいると思っていたからか、ヒスイの地にいない──もとい、ヒスイ地方の外に出たという事態に理解が遅れた。

 いやなんとなくあの人ヒスイの外に出たがらなさそうと言うか、ヒスイの海を越えられるイメージが無いと言うか。土着の妖精か何かか? そういう視線をやめろってのに本当にお前はさあ。

 

 

「俺が昔奉公してた大きな商家がジョウトにあってね。イチョウ商会を立ち上げる時も協力してくれて、今も活動資金を少し援助してもらってるんだ。だから時々ご挨拶しに行ってるんだけど、今回は珍しくウォロが行きたいって希望したから任せることにしたの。もう四日くらい前になるかな」

 

「……そ~れ絶対ジョウトの遺跡目当てっスよね」

 

「うん、まあ、俺もそう思う」

 

 

 商会から出る旅費で行くアルフの遺跡は楽しいか。おれだってこの時代のジョウト行きたい。

 お隣のカントーが開発に邁進するのに対して、古いものを残し続けるきらいのあるジョウト地方。

 何故かホウエン地方の人が建てたという塔もあるらしい不思議な土地で、かのアルフの遺跡も有している。

 そしてクレィアちゃんの話によれば古代シンオウ人と一緒に建てた遺跡があって、古代シンオウ人の技術を継承した人達がいるとか。

 

 行きたいに……決まってる……!

 そして行ったら絶対あの人はサボる……!

 

 

「まあひと月もせず帰って来ると思う。ごめんね、用があるならその後で」

 

「分かりました……あ、じゃあギンナンさん。このムウマについて何か知りません?」

 

「綺麗な髪だね。良質な紅電気石(ルベライト)みたいな首飾りだ。目も大きい」

 

「ノータイムで口説かないでくれませんか」

 

「見たままを言っているだけなのに……」

 

 

 突然口説かれたムウマはぽっと頬を染めた。この人は油断するとすぐこれだ。

 膝の上で仰向けに寝転がって野生のポケモンにあるまじき姿を晒しているコリンクもギンナンさんに口説き落とされた子である。

 ちなみに当然ギャロップも懐きまくっている。

 移住者が増えた今ではギャロップが商会のポケモンだと勘違いする人もかなりいて、ギンナンさんは否定こそしてくれるものの「今はまだうちを好きになってもらってる最中だからね」と外堀を埋めてくるのだ。そういうところが商人たちを纏め上げて商会のリーダーやれているんだろうか。

 

 

「ああでも、ちょっと不思議な話は聞いた」

 

「不思議な話?」

 

「お客さんがね、調査隊に依頼してムウマを見せてもらったけど()()()()()()()()()()()()()()()()()って話していたんだ。でもムウマに姿違いは無いんだろう? あの人が言うムウマって、何なんだろうね」

 

「──!」

 

 

 その依頼は身に覚えがあった。

 先日まさにおれが引き受けた依頼。ムウマージではなくムウマが見たいとのことだから、『列石峠』まで赴いて一体捕獲したあの件だ。

 

 依頼主はエイジュさん。

 遠い西の地方から移住してきた、太い眉を持つ男の人だった。

 

 

「ありがとうございます!」

 

「お役に立てたようで何より。また来てね」

 

 

 小さく手を振るギンナンさんに見送られながらおれは移住者用の住宅地に走り出す。

 まだ真新しい長屋の表札を見て回って、何件目かで彼の名前を見つけると戸の向こうへと声を張り上げた。

 

 

「調査隊さん? どうしたんだ、そんなに慌てて」

 

「突然すみませんエイジュさん! このムウマ、見覚えないですか!?」

 

 

 抱き上げたムウマをずいっと見せつける。

 ムウマ側はエイジュさんに見覚えなんて無いらしく、興味無さそうな様子で小さく首を傾げた。

 対し、男性は──

 

 

「……あ、ああ……! そう! そうだよ! 俺が見たことあるムウマはこっちだ!」

 

「やったー!!」

 

 

 ようやく掴んだ手掛かりに心の底から歓喜する。ムウマはそんなおれたちのテンションについてこられずぽかんと呆けた。

 おれはムウマから手を離し、早速メモを構えて取材の姿勢。

 エイジュさんは昔を懐かしむ優しい眼差しでムウマを見つめると、やがてぽつりぽつりと話し始めた。

 

 

 

 

 

「もう三十年前になるのかな。俺がまだ子供の頃、初めて見たポケモン図鑑にこのムウマが載っていたんだ」

 

 

 ──ポケモン図鑑と言っても、当時はポケモンの調査も今ほど進んでいなかった。

 そんな時代だったものだから、綴られているポケモンの数が片手で数えられる程度だったり、専門的な見解に欠けたりと、今思えば図鑑とは言えないような冊子が多かった。

 

 ──でも、子供心にそれらはとても輝いて見えた。

 特に祖父の部屋で見つけた一冊の本がポケモン図鑑との出会いであり、“ただそこにいるもの”だったポケモンたちと自分を繋げる、大切な宝物になったのだ。

 

 

「けど、そこに載っているポケモンは誰も見たことが無かったらしくて……。隣の家に住む友人の兄から『嘘しか書いてない本』と言われてからは、恥ずかしくてもう読めなくなってしまったんだ」

 

 

 ──その本が当時のお世辞でさえ図鑑と呼ばれず、酷評の嵐に晒されていたと知ったのは、少し大きくなってから。

 持っているだけでバカにしてくるような人間たちが、口を揃えて「ポケモンをバカにしている」「こんなのポケモンじゃない」「年寄りの酷い妄想だ」と罵ってくるのは何の冗談だと乾いた笑いが込み上げた。

 

 ──でも。

 ──いちばん笑ったのは。

 ──そんな世間と戦う祖父を見捨てて、早々に家を出た自分の姿だ。

 

 自分がそのポケモン図鑑を読んでいる間、祖父は本当に嬉しそうだった。自分と同じものに目を輝かせる孫が可愛くて仕方なかったのだろう。どんなにこの本が世間から嘲られても、孫が認めてくれているなら戦えたんだ。

 

 それなのに自分は最後まで付き合ってやれなかった。

 周りと違うことが恥ずかしくて、大人びたくて、大好きだった図鑑も、未知のポケモンも、祖父も、みんな捨てた。みんな置き去りにして、そんなものを楽しんでいた過去から逃げるように故郷を出て、やがてヒスイへと流れ着いた。

 

 

「……それでも、憧れは捨てられなかった。手つかずの自然が広がるこのヒスイ地方になら、あのポケモン図鑑に描かれていた大きなムウマがいるかもしれないって、思い出してしまったんだ」

 

「だから……調査隊に依頼をしたんですね。ムウマを見せてくれないかって」

 

「そうだな。俺が図鑑で見たムウマよりずっと小さいポケモンが出てきて、『ああやっぱりあの図鑑は嘘だったんだ』とようやく踏ん切りをつけられそうだったんだが……」

 

 

 調査隊さんが連れるポケモンの顔をまじまじと見つめる。

 もう朧気な記憶の中、図鑑の挿絵だった夜空に靡く長い髪だけが強い印象と共に残っている。

 たったそれだけの記憶だ。

 たったそれだけの記憶だけど。

 それでも図鑑の中から飛び出してきたような、あの頃憧れていたポケモンそのものだとすぐに分かった。

 

 

「ありがとう、調査隊さん。じいさんもあの本も嘘つきじゃなかった。あの日捨てた宝物を、やっと拾い上げることができた気がするよ」

 

 

 戦い続けた祖父が正しかったとようやく胸を張れるんだ。

 憧れたもの、輝かしいもの、たいせつなものは何ひとつ嘘偽りじゃあない。その光を信じられずに逃げた、自分だけが間違っていた。

 ようやく認められるんだ。

 大嫌いな自分が間違いで、大好きな祖父が正しかったのだと。

 

 

 

 

 

 深い深いお礼で大切な思い出話を締めくくったエイジュさんは、涙ぐんだ目元を袖でぐいと拭い取った。

 三十年以上誰にも言わずに抱え込んでいたのだろう。

 その記憶と胸の内を語る行為は、子供の頃の自分とおじいさんを抱きしめるための神聖な儀式に見えた。

 

 ──すみませんそれはそれとしてムウマの取材を、します!

 

 

「えっと……じゃあ、このムウマはエイジュさんの故郷のムウマって訳でもない……んですか?」

 

「いや、その図鑑は秘境の調査結果を書いた本なんだ。俺の故郷のムウマではないかもしれないけれど、俺の故郷にある秘境のムウマなのは確かなはずだ」

 

「あーなるほど。特定地方の極一部地域で見られる特殊なリージョンフォームってことか……その故郷っていうのは?」

 

「聞いて驚け、かつてかの帝国パルデアが治めていたパルデア地方だ!」

 

 

 ……やっべ、知らん地方来た。

 一切の反応が返せず笑顔で固まったおれに察したのか「いや、分かるよ……帝国だったのなんてもう何百年も前だから……」とエイジュさんからのフォローが入る。な、情けない。おれが。もっと勉強します。地理の。

 

 その「秘境」というのは地方の中心に広がる巨大な穴の底を指しているらしい。

 探索はずっとずっと昔から続けられていて、五十年前にとうとう最深部まで踏破した探検隊が、地底で見かけたポケモンらしきもの──それこそがこの、パルデアムウマなんだそうだ。

 

 うーん、そんなロマンあふれる地方ならポケモンリーグ経由でおれの耳に入りそうなものだけど……。

 もしかしてあんまりポケモン勝負が流行っていない……?

 ありえるのか? そんな地方が……。

 

 

「俺が知っていることはこれで全部かな。どうだろう、何か役に立てたかい?」

 

「はい! ラベン博士に良い報告ができると思います!」

 

「それはよかった! もし調査隊さんの暇があったら、ちょくちょくムウマの顔を見せに来てくれると嬉しいぞ」

 

 

 とても晴れやかな顔をするエイジュさんにお礼をして本部に戻る道中、小さく漏れた息と共に疑問へと向き直る。

 このムウマがパルデアの秘境のムウマだという情報は掴めた。それは喜ぶべき前進であると同時に、根本的な問いを露わにさせる。

 

 ──なんで、パルデアの地底に住むムウマがヒスイの空を飛んでいたのか。

 

 ──大大大発生で姿を見せるポケモンたちはどこから来ているのか。

 

 ──大大大発生とは、何なのかを。

 

 

「こういう時に限っていないんだもんなあ、ウォロさん」

 

 

 大大大発生と入れ替わるようにして、最近は『時空の歪み』も発生報告が上がっていない。

 もともと頻発する現象でもなかったけれど、裂け目が閉じてからはその数が激減し、四日前からはぱったりと途絶えている。

 奇しくもウォロさんがヒスイを離れた時期と一致してちょっとだけ笑いが零れた。だってそんな、まるであの人が時空を歪ませているみたい────

 

 

「いやめっちゃくちゃ歪めてたな?」

 

 

 何を言っているんだおれは。

 ディアルガとパルキアに感情を捧げて『時空の裂け目』を発生させる原因を作ったのは間違いなくあの人だ。

 であるなら、『時空の裂け目』の影響で生じる現象の『時空の歪み』もまたあの人と繋がることになる。

 というか歪みが生じる時の雷霆の如き稲光といい、局地的かつ短期的な『時空の裂け目』こそが『時空の歪み』なのではないだろうか。

 

 

「………………やっぱあの人今すぐにでも重要参考人にすべきじゃあないかな……」

 

 

 ジョウトの空が無事でありますように。

 遠い南の空を見上げながら、おれはギンガ団本部の扉を開けた。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 渚に打ち寄る漣のように、どこからか旋律が聞こえてくる。

 

 唄。聲。音。調。

 

 沢山の祈りを乗せて、北風が吹く向こう側。

 

 笛と、鈴と、太鼓。

 

 愛しげに■■■を仰ぎ見て、足元で、誰かが唄っている。

 

 ──怒ってはいけない。

 

 ──悲しんではならない。

 

 ──我らの心に陰りあるとき、シンオウさまの御心が曇る。

 

 ──即ち時は乱れ、空は歪み、世界は破れ、運命は綻び、天は離れる。

 

 ──我らカミナギの民、シンオウの仔。

 

 ──異なる命と出逢いては、新たに何かを生み出すもの。

 

 

 ──故に。

 

 

 ──時空を超えて心をひとつに、あらゆるものを友とせよ──

 

 

 

 

 

「……すみませんね。」

 

 

 重いまぶたを持ち上げて、乾いた喉が音に震える。

 深奥に呼びかけても応答は無い。楽園の外には着いてかないという意思表示なのか、それとも単に今は眠っているのか。

 

 使命を放棄してからというもの、毎晩呵責の夢を見る。

 自分と同じ顔の覡が、覡ではなくなったワタクシに、約束を果たせと唱えてくる。

 ヒスイを出てからは一層酷くなった。肩が重くて仕方ない。足首をずっと何かに掴まれている気がする。頭に何か乗っている。背筋に手が這っている。

 楽園に戻れと急かすような鈍痛が頭の奥で響く。母の元に帰れと咎める声が、波濤の様に押し寄せては届く前に霧散する。

 

 ──怒ってはいけない。それなのに。

 ──悲しんではならない。それなのに。

 ──アナタが放棄するのなら、ワタクシたちは何のために。

 

 何千年と受け継がれた祈りが反転して呪詛となった感覚。轟々と吹き荒れる風音に似た批難の渦。

 古代シンオウ人の末裔であることを誇りに生きてきたくせに、その誇りを捨てるような道を選んだ自分を糺す声。

 分かっている。

 アナタ方が正しい。

 だけどこれ以上どうすればいい。

 最後の覡から罪人に身を窶してなお降臨させられないのなら。愛も祝福も福音もなにひとつ賜れないのなら。

 ヒスイが求めた救世がカミナギの復権でないのなら、ワタクシだってそんな世界(ヒスイ)は要らない。

 ワタクシはヒスイを救わない。

 ただ好奇心の赴くままに創造神の威光でどこまで出来るか試し、心を満たしてそして死ぬ。

 

 雪見窓から外を覗けば見慣れないポケモンが中庭で小石をつついていた。

 それを視認するために持ち上げた頭が既に重くて再び布団の中へと沈み込んだ。

 それもこれも全部、昨日夜遅くまで酒盛りに付き合わされたせいだ。ギンナンさんの幼少の話なんてどうだっていいのに、酔っぱらいに愛想良く相槌を打っていたのがいけなかったのか、延々と昔語りが終わらなかった。

 そもそもお酒なんていうのは人間が飲むためのものではなく神に捧げるためのものであって……ああ、もう、いいや。どうでも。

 

 疲労と酒が抜けきらない頭では思考するだけで痛みが走る。泥のように重い体はこのまま綿布団に染み込んでしまうのではと錯覚する。

 今日は昼過ぎまで動けそうにない──そう諦めて意識を手放そうとした瞬間、神聖にして清廉なる鈴の音が心地良く響き渡った。

 

 

「ただいまー。ウォロ、どう? 起き上がれる?」

 

 

 鈴生りの杖を携えて襖を開けた巫と、その傍らに立つ茨の君(ロズレイド)

 青を基調にしたジョウトの装いに身を包んだ彼女は、ワタクシが目覚めなくとも言いつけを守って歌舞練場に顔を出していたようだ。

 

 

「……そのまま……」

 

「今のを? うん、わかった」

 

 

 邪気を祓う清らかな音色に頭痛が引いていく。

 感情の試練で感情の神(エムリット)が行ったという“いやしのすず”なる技を再現した鈴音がこれほどまでに心地良いとなると、己に流れる古代シンオウ人の血がポケモンと()()()()だと改めて自覚せざるを得ない。

 ああしかし、これは良いものだ。苦い薬に頼らずとも不調が消えるなんて手放しで褒めていいだろう。

 茨の君(ロズレイド)は部屋を見渡すと、自身の薔薇から調合した安らぎの(こう)が切れていることに気づいて申し訳無さそうな表情を浮かべた。それがあったから今の今までは眠っていられたのに、この完璧主義者は納得できないらしい。

 

 

「……どうでした。歌舞練場」

 

「とても良くしてもらえました! お稽古を見せてもらえたり、実際に舞を教えてもらえたり……あ、あとトゲトゲしたお砂糖のお菓子をもらえたので、あとで一緒に食べたいです!」

 

 

 かつて一度交ざったというシンオウとジョウト。

 今でこそ絶えてしまった鈴の音の踊りは僅かに形を変えてジョウトの巫女に受け継がれている。

 今に残る神の威を伝える舞からジョウト特有の形や癖を取り除き、辛うじて残るシンオウの舞と所作を照らし合わせながら元の形に限りなく近いものへと修正することで、失われた神楽舞の復活を成す。

 そのためにクレドクィアをジョウトの巫女が修行を積む『歌舞練場』に出入りさせ、酷だとは思いつつも巫女と接触させたのだが──少し前までの人見知りなどまるで無かったかのように、五人もの巫女たちとの時間を楽しげに話している。日々使いやすくなる祭具の成長が誇らしい。

 

 

「変遷は?」

 

「だいたい五百年くらい前から少しずつ変わり始めたみたいです」

 

「……対の塔か」

 

 

 新しく焚きしめられた茨の君(ロズレイド)の香に気分が軽くなる。全身に纏わりついていた疲労感と倦怠感がだいぶ抜け、体を起こしても頭が揺れない。

 枕元の髪紐を摘み上げる。肩を滑り落ちる金の髪を括りながら障子を見上げると、意図を汲み取った巫が戸を開けた。

 

 天空に向かって聳える九重の塔。

 スズの塔・カネの塔と呼ばれながらこの町の人々に親しまれているそれらは、現在のジョウトにおいて神が舞い降りる『神殿』の役目を担っていた。

 壮麗な装飾が施された厳かな建物は周囲の町並みと調和しながらも隔絶した神聖さを醸している。楽園の建築様式とはまた異なるものの、これがジョウトの人たちにとって最上の美しさなのだろう。

 五百年以上前に建立された対の塔に伝説のポケモンたちが舞い降りたとき、本来シンオウの神々に捧げるものだった舞は、ジョウトの神に捧げるものへと在り方を変え始めたのだ。

 

 その差異を洗い出すためにも、まずは巫にジョウトの舞を会得してもわらなければならない。

 ワタクシが豪商と話を弾ませて帰りの船の手配を延期し続け、滞在期間を伸ばしている間に。

 

 

「できるだけ、早めにお願いしますね」

 

「う、うん! ごめん、頑張る!」

 

「ああいえ、別にアナタが悪いのではなく。……花の都を名乗る割に、どうにもきな臭いものですから」

 

 

 商家との雑談、世間話は神話に関係こそ無いが有益な情報の塊だ。

 やれきのみの交配が上手くいっただの、誰のポケモンが珍しいだのといった平和なものから、遠い異国では五十年前に買収された島を巡って戦争が起きているとか、ここジョウト地方でも短い間隔で頻繁に戦が起こっているとか、穏やかでないものまで様々取り揃えられている。

 泰平の祝福(トゲキッス)がボールから出てこないのを考えると、戦の話に関してはしっかりと気に留めておいた方が良さそうだった。

 

 

「神の降臨が成っているのに、一体何を争うことがあるのでしょうね」

 

 

 七色の羽を羽撃かせ、虹を描きながら大空を舞う。 

 陽光を照り返す銀の両翼が、雲を吹き飛ばして塔に降り立つ。

 遅れて聞こえる歓声があった。大通りは途端に華やいで、大人も子供も色めき立ちながら空を仰いでいる。

 

 たとえ気まぐれで行動が読めないとしても、巫女の呼びかけなど無くともこうして神殿に舞い降りる神々がいるのに。

 人々の願いと祈りで紡ぎ織り上げた神の家は決して留守ではないはずなのに。

 互いの信仰が混ざる訳でも、変質する訳でも、塗り替えられる訳でもないのに。

 

 神の威が広く伝わっているはずの状況で、どうして命を奪い合うに値するほどの怒りを燃やせるのか。

 それは神官(ワタクシ)にはよく分からない、ジョウト地方に生きる人間たちの不思議な生態だった。

 

 

 

 




フェアリームウマ
 特定地方の極一部地域で見られる特殊なリージョンフォーム。そうかな……そうかも……そうか……?

ロズレイド(♂)
 真面目な性格でとても几帳面。両手の花は毒だが香りは一級品。シズメダマの原理を聞いた時は「これなら自作できる」と確信した。最近は匂い袋を作ってウォロに持ってもらうのが趣味。
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