シンオウの昔日-翡翠英雄奇譚- 作:ヒュペルボレイオス
※人間がバスラオを食べる描写があります。
「んゔ~………………」
頭から湯気でも出てるんじゃないかってくらいに脳みそをフル回転させながら宿舎で唸り声をあげるのも、これで幾度目かになるだろう。
表も裏もびっちりと黒で書き潰した紙が床一面に広がり、室内は足の踏み場も無い。ギンガ団本部で大量に貰ってきた書き損じはそろそろ底を尽きそうになっている。
ウォロさんからのお手紙を翻訳する作業は、順調と言えば順調で、手詰まりと言えば手詰まりだった。
大まかなニュアンスは掴めたが流暢な文章に訳せない。
そもそもサンプルがこれしかないのだから仕方ないといえば仕方ないのだが、古シンオウ語もといアンノーン文字を解読し宣託言語を修得した者としてのプライドが敗北を認めたがらずにいる。
テルさんへ。
手紙は読んだ。かけら嬉しく思う。
ジョウトでは戦の兆しあり、トゲキッスは出たがらない。
戦が起こり町に炎が放たれた。
カネの塔は焼け落ちた。ポケモンが死んだ。
炎鎮め、命与え、去る。
知る神。知らない神。教え願う。
船出が遅れる。帰りは遅くなる。
帰るまでにかけらひとつ新たに得る。
「……嫌だ~ッ!! 認めない! 認めたくない! おれがこんな、自動翻訳でも今日日こんな訳にはならねえよってレベルの翻訳しかできないなんて!!」
頭を抱えて畳に突っ伏す。
墨の匂いなんてとっくに分からなくなっている。
五日ぶりの休日を費やして出した答えがこれなんて認められない。いや本当に認められない。
絶望に気が狂いそうだった。行き詰まったストレスで指に絡めた髪をそのままブチッと抜いてしまった時はバクフーンとムウマからとんでもない形相で怒られた。
幸い悪癖として定着する前にお叱りいただけたので今はそういった行動に至らずに済んでいるが、それはそれでこのストレスを発散する手段が何も無いということであり、何が言いたいかと言うと本当に真剣に行き詰まっている。
「おーい、テル! いるかー?」
──『純白の凍土』にて大大大発生が確認されたと知らされたのは、そんな時だった。
*
ヒスイ地方の北方、豪雪と氷塊に閉ざされた雪原地帯。
クレバスが横たわり地下空洞も多く、何より凶暴なポケモンが多数生息している。
調査隊から幾人もの死傷者を出したことで取り決められた足切りラインはイツツボシ。ヨツボシ以下は立ち入ることが禁じられている調査最難関のエリア。
あたしたち調査隊の中でその条件を達成できているのはテルだけであり、氷山ベースは彼のためだけに設営されたと言っても過言ではない。
「手続きは完了した。ショウ、今日からキミの団員ランクはイツツボシに上がった」
「……! あ、ありがとうございます……!」
テルへの負担がとんでもないことになっている現状を変えたい。
その思いで調査に精を出し続けたあたしの頑張りが、数字という明確な基準で評価された瞬間が、今だった。
「『純白の凍土』を調査できる隊員がキミとテルしかいない今、ツーマンセルを維持するか二手に分かれるかは現場でのキミたちの判断に委ねる。だが無事の帰還を何よりも優先してほしい」
「はい! イツツボシ調査隊員ショウ、心得ました!」
凍土への調査が許可されたとはいえまだまだあたしはイツツボシ。三万ポイントを稼いだココノツボシのテルには遠く及ばない。
功を焦ってまた寝込むようなことがあってはいけない。テルはその間にどんどん先を行くのだから、却って置いていかれることになる。
そして。
あたしの昇格を待っていてくれたかのように、その日の晩に凍土での大大大発生が報告された。
「ショウせんぱーい、こっちです!」
肺が凍りそうな空気は呼吸するだけで胸が痛い。
その痛みを慰める様に早朝の弱い陽射しが注がれている。
ウォーグルの脚に掴まれていたテルは『氷山ベース』にぽいっと投げ出されるや否や見事な五点着地を披露し、ウォーグルの背中に乗せてもらっていたあたしを見上げて腕を振る。
……どうしてカミナギの笛を持っているテルがこう、雑な扱いの方なんでしょう……?
静かに着地したウォーグルにお礼を言って地面に下り立てば、彼は大きく翼を広げて凍土の空へと飛び上がり、そして去っていった。
「ここが『氷山ベース』。向こうの川を渡った先が『エイチ湖』で、その先に『キッサキ神殿』があります。神殿は許可がないと入れないらしいんで調査するならおれが行きます。あっちの川の向こうが『シンジュ集落』ですね」
「本当に凍土に住んでいるんですね……」
「開祖がシンオウさまに出会ったのがこの土地らしいです」
ただそれだけの理由で極寒の雪原地帯に住み続けられるのだから、シンジュ団の信仰心の強さがよく分かる。
彼らのシンオウさま──パルキアはあの日テルによって鎮められ、オリジンボールの中へと収まった。
その衝撃は集落にもしっかり届き、驚く人もいれば憤る人もいたけれど、一番多かったのはもう争わなくていいのだと安堵する声だったらしい。
「む、もう来たのかね! おはよう」
噂をすればなんとやら。
ベースキャンプのテントから、シンジュ団のキャプテン・キクイさんがひょっこりと顔を出した。傍らのヌメイルが元気に鳴いたのは挨拶だろう。あたしたちも片手を振ってヌメイルにご挨拶。
「おはようございます、キクイさん。じゃあ早速ですけど、大大大発生が起こった時のことを詳しく教えて下さい」
「いいとも。まずギンガ団の話では大大大発生は豪雨と関連するとのことだったけれどね。凍土ではどうやら吹雪でも起こるそうだ」
「凍土って雨振らないですからね~」
「そう。だからオレもすっかり油断していたね」
「大発生したポケモンの種類とか分かります?」
「それは分からない。子供らの避難で手一杯だったからね。ああでもロコンがいたような気はするね。いつもの凍土じゃあ見ないだろう?」
そうですねえ、と相槌を打ちながらテルは慣れた様子で情報を集めて速記する。
口を挟む余地の無いやり取りに感心して呆ける自分を叱責し、あたしはキクイさんに大大大発生と時空の裂け目のエネルギーについて説明した。
「ふむ……裂け目から出たエネルギーの残滓……? じゃあいつかは収まるのかね」
「おそらく。時空の歪みが最近発生していないですし、大大大発生も残滓が尽き次第起こらなくなるのではないかというのが、ラベン博士の見解です」
とはいえだ。
それがいつになるかは分からないし、今困っている、今不安になっているのだから調査を続けるに越したことは無い。
「なんで、原因探しと言うよりはどんなポケモンが出るのかの調査です。ショウ先輩もいるんでいつもより多めに群れを当たれたらなと」
「委細承知。そういうことであればオレも力を貸そう。人手は多ければ多いほど良いからね」
「ありがとうございます! やりましたね、テル! 現地協力者です!」
願ってもない申し出を心の底から喜ばしく思う。
二人きりでの調査はどれほどの時間と労力を要するのか見通しが立たなかったから、キャプテンの助力があるのは非常に嬉しい。
「ひとまず朝食にしては如何かね? 腹が減ってはなんとやらだ。キクイ特製のご馳走を振る舞ってやろう」
その言葉にあたしとテルは顔を見合わせ、まるで示し合わせた様に同時に頷いた。当然、続く言葉も同じです。
貴重な食材をふんだんに使ってもらうのも悪いので、自分たちのポーチに詰めた素材をひと通り見せて、その中から料理に使えそうなものを見繕ってもらう。
キクイさんが選んだのはクスリソウとケムリイモだった。
「まずは鍋を火にかけてカゲブンシメジの出汁を取る!」
「水の量は?」
「適量!」
水筒の中身を完全に目分量で投入した鍋に、干したカゲブンシメジを丸ごと入れる。テルのバクフーンは器用に蓋をしてから火を灯すと、そのまま火の番を買って出た。
ポケモンに火の番を任せるなんてと昔のあたしなら考えただろうけれど、今は誰より安心して任せられる逸材だと頷ける。
「次は具材の下拵えだ。ケムリイモとスナハマダイコンを乱切りにしてしばらく水にさらしておくよ」
「量は……」
「適当!」
食べたい分だけ入れろということか。
何にせよまずは皮剥きからだ。ナイフを使って出来るだけ薄くスナハマダイコンの表皮を削ぐ。
削ぐ……のだけど。
何故かケムリイモ担当のテルが手を止めて、あたしの手元を食い入るように見つめていた。
「……ショウ先輩……皮剥き大会とか出られますよ」
「はい!?」
「確かにオレから見ても達者なナイフ捌きだね。流石ギンガ団のクラフト名人」
「そっ……そうですかあ~……?」
ただダイコンの皮を剥いているだけで褒められて、困惑と照れが同時に湧く。
反物でも触るみたいな手つきでダイコンの皮に触れるテルが「すげ~……うっす……わ~……」と感嘆の声を挙げ続けるものだから心の臓が煩く鳴って手元が狂いそうになった。
「食材を無駄にしないという熱い思いが伝わってくるね。きっとショウさんは良いお嫁さんになるのだろうね」
「そ、そんなに褒めても何も出ませんから! ほら、えっとテル! ケムリイモの皮剥きやらないとですよ!」
作業の続きを促せばテルは何故か諦念の感情を滲ませた微笑みを浮かべながらすっと親指で後ろを指した。
疑問符を浮かべながら指の先を追えば、この寒さを物ともしないドレディアが両腕の刃でケムリイモをくるくると回す。瞬く間につるりとした表面に仕上がったかと思えば、あっという間に乱切りにされたイモが水に浸けられた。
「……取られたんですか? ケムリイモ」
「ハイ……」
おそらくドレディアの美的センスか草タイプとしての矜持か何かが、ケムリイモをいじるテルの手つきを許さなかったのだ。「三秒っスよ……」と悲愴感を漂わせるテルの背をキクイさんがポンと叩く。
それで手持ち無沙汰になったからあたしの作業を見てたんだ……。
「ではテルさんにはクスリソウの斜め切りを頼もうかね」
「押忍!」
「良い機会だから忠告しておくがね。凍土のクスリソウはあまり採らない方が良い。クスリソウそっくりの毒草が生えているかもしれないからね」
「毒草……もしかして、クルイソウのことですか?」
「うん? ギンガ団での呼び方があるのかね。オレたちは『秋の死神』と呼んでいるよ」
「どっちも物騒なんスけど……」
首を傾げたテルに先輩風を吹かせつつ説明に入る。
クルイソウ。
文字通り「狂った草」であり、摂取すると気が狂うとも言われている毒草です。
クスリソウが春先によく生えるのに対して、クルイソウは秋によく生える。狂い咲きのクスリソウ、というのも由来なのかもしれません。
毒性が強く、もし摂取してしまうと下痢と嘔吐と呼吸困難を引き起こして最悪死に至らしめる──なるほど、秋の死神と呼ばれているのも納得だ。
「昔も昔、凍土のとある集落が『秋の死神』をクスリソウと間違えて鍋に入れてしまってね。その鍋を集落の人間全員で囲ったために滅んでしまったと伝えられているよ」
「製造隊も凍土のクスリソウだけは持ち帰らないんです。一応見分け方はあるにはあるんですが、念には念を入れて」
「コワ~……」
毒と薬は表裏一体。もしかしたらクルイソウも薬草として利用できるかもしれないけれど、残念ながら今の医療隊にその術は無い。クスリソウとグレッグルとチュリネで充分間に合っているから、危険なクルイソウに手を出す理由も無い。
……ああ、でも。
もしもグレッグルやチュリネの力を借りられなかったら、幾人もの犠牲を出しながらクルイソウを薬草として使えるようにしなければいけなかったのだろうか。
そう考えると背中に冷たいものが伝って、ポケモンの偉大さをつくづく実感するのです。
「鍋に入れたら火を強めてくれ。もう一度湧いたらこいつを入れる」
頷いたバクフーンが紫の炎を揺らめかせる。
キクイさんが作業台に並べたのは腹部を切開し内臓を取り除いたバスラオだった。
隣のテルが微かに息を呑む。見れば笑顔のまま固まっていたが、すぐに切り替えて「それは?」と訊ねた。
「このキクイがふた月燻したバスラオの燻製だ。『
「そっか凍土にコイキングいないから……」
食べやすい大きさに切った
カゲブンシメジは結局取り出さないらしく、それも具材として食べるのだとか。貴重な食糧なのに出汁だけ取って捨てるなんてことは出来ないのだろう。
「柔らかくなったら完成だ。キクイ特製『
鍋の蓋を開けた瞬間、勢いよく白い湯気が立ち昇る。
ごろっと入ったケムリイモの素朴な白と半透明になったスナハマダイコンの白が調和する中、クスリソウの鮮やかな緑色が透明なスープに彩りを添えていた。
点在する燻製バスラオは火を通したことで薄く白澄み、一気にお腹を空かせるような深い薫りを放っている。イモの仄かな甘い香りが絡み、クスリソウの清涼な匂いでぎゅっと締まりを帯びた鍋の中はまるで、雪白と新緑に包まれたヒスイの風景そのものに思えた。
「い、いただきます!」
器によそう間、お玉でかき混ぜる度に鼻をくすぐる湯気と香りに胃袋が黄色い悲鳴をあげる。
冷めてしまう前に掻き込みたい欲を抑えながらひとくち汁を飲めば、凝縮されたカゲブンシメジの出汁が身骨に染み渡った。
ほろりと崩れるバスラオの身の柔らかさ。香ばしさと塩気が舌の上でじんわりと染み出し、ほくほくのケムリイモが持つ甘みが優しくそれを包み込む。
スナハマダイコンも舌で押しつぶせそうなくらい柔らかく煮えていて、噛む度に閉じ込められたスープが放出されて口の中を多幸感で満たす。
微睡みの中にいるような感覚。
このまま本当に眠ってしまいそうだったけれど、クスリソウのしゃっきりとした食感と爽やかな辛みが意識を覚醒させる。味に、風味に、全体に齎される引き締め効果。
気づけばピーピーグサの粉末に手を伸ばしていた。
小さな瓶に入ったそれを何度か振って、器を一度かき混ぜてから再度スープを口に含む。
鋭い辛さが燻製の深みに火を灯す。舌先を駆け巡る至福。温かで優しい湯気の中に、キクイさんの言う通りピリッとしたスパイスが加わる。
体の芯からあったまる最高のご馳走に────あたしとテルはお互い、だらしなく緩んだ顔を見せてしまったのでした。
綺麗に取り除いた骨を洗って川に流す。
凍傷になりそうなくらい冷たい水を物ともせずにやり終えたテルの両手を、素早くバクフーンが握り込む。
空が分厚い雪雲に覆われ始め、ポーチの中を確認する。
粘り玉、目隠し玉、各種ボールに傷薬。
どれだけ備えても足りないだろうけれど、持てるだけ、用意できるだけ詰め込んだ。
その最中にテルの荷を少し盗み見て、ちゃんと傷薬を入れていることに安堵する。
「『雪崩山』の辺りはおれが行きます。オヤブンガブリアスとかオヤブンルカリオとか、大発生せずとも洒落にならないのが居着いてますから」
「ではあたしは『極寒の荒地』の近くを。いざとなったらムクホークで離脱する予定です」
「オレが『クレベース氷塊』の近辺かね。では『シンジュ集落』と『エイチ湖』も任されよ。勝手知ったる庭だからね」
今更、互いへの心配を口にしたりはしない。
キャプテンとして、ギンガ団員として、ここにいる三人は互いを信頼している。淀み無く進む配置分けの最中、そう思うとなんだか無性に誇らしくなった。
「そうだショウ先輩。イツツボシ昇級おめでとうございます」
「へ!? あ、ありがとうございます! 今!?」
「ちゃんと言ってなかったんで」
不意にテルから笑い掛けられて心の臓が跳ねる。
首を傾げたキクイさんに軽く団員ランクの説明したテルはそのままあたしを褒める流れに持っていく。素直なキクイさんが「なんと、それはめでたいことだね」と祝ってくれる傍らで、あたし以上に誇らしげな顔をして両腕を組んでいるのだ。嬉しいけれど、嬉しいけれど!
「テ、テルも中々凄いんですよ!」
「ほう。テルさんは幾つなのかね?」
褒め殺しの矛先を変えたくて後輩自慢の構えを取る。
話を振られたテルは自身のポイントを把握していないのか口元に手を当てて苦笑いしながら目を逸らした。彼にとってポイントは明確な目標に向けて集めるものではなく、とにかくポケモンが好きで調査していたら勝手に溜まっていくものなのだろう。
ココノツボシだから三万台なのは確かですよ──と助け舟を出そうとした瞬間、記憶の奥底から情報を取り出せたのか「あ」と声を発して紺青の眼がこちらを向いた。
「五万八千とかです」
──絶句。
硬直、と言った方が正しいのか。
想定していた倍近い値にしばらく思考が追いつかなかった。
え、とすら声に出来ないあたしの衝撃など知らないだろう。
鳴り出し始めた風の音、視界を掠め始めた雪の粉に彼の唇は大きく弧を描いた。
「それじゃあまた後で! 先輩もキクイさんもご安全に!」
真紅の襟巻きを風に靡かせ後輩は吹雪の中へと駆け出した。
あたしは無理矢理会話を断たれた様な錯覚に陥った自分の両頬を叩いて気合を入れ直す。
立ち止まっている間にも彼は一足飛びに先へ行く。想像以上だったなんて今更だ。驚くようなことでも、ましてやショックを受けるようなことでもない。
「ではあたしもこれで!」
「合点! 頼んだよギンガ団!」
今は遮二無二に突進あるのみだ。
揃いの襟巻きで鼻先を覆いながら相棒のボールをひと撫でして凍土を走り出す。
瞬く間に猛吹雪が吹き荒れた凍土の空気は本当に、冗談じゃないくらいで。
胸が張り裂けそうなほど、痛くて仕方ありませんでした。
「……ピカチュウ! “アイアンテール”です!」
なんだか八つ当たりでもしているみたい。
そんな自嘲を呑み込んで相対するのはキルリアの群れ。
フェアリータイプは鋼に弱い。頭に叩き込んだタイプ相性を元に指示を出す。
黄色い閃光が積雪を滑りキルリアの細い体へと剛鉄の尾を叩きつける。想定外のダメージだったのか短い鳴き声と共に後方へと弾き飛ばされたキルリアをフェザーボールが追い掛けた。
その間もピカチュウは立ち止まらない。あたしの指示が無くてもこの子は自分で考えて戦える。
不可視の“サイコキネシス”による空間の歪みを“ボルテッカー”で強引に突破して勢いのままに宙返って再度“アイアンテール”。二体まとめて薙ぎ払った彼は更に身を翻すと、背後から迫っていた“マジカルリーフ”を“10まんボルト”で迎撃した。
大丈夫。戦えている。この子も、あたしも。
──いや、ダメだ。タスクを意識して効率良くやらないと追いつけない。キルリアのタスクって何だっけ? 捕まえた数と倒した数は間違いなくあるはずで。ああ、じゃあとにかく捕まえないと。
角度を計算しなくていいフェザーボールはとても便利だ。体力を減らして体の縮小が始まるか否かギリギリの瞬間を狙って投擲する。
ふと入団試験を思い出した。戦わずに済むならそれでいいと先輩風を吹かせながら説いていた自分の姿。
あの時のあたしが今のあたしを見たらなんて言うだろう。こんな、ポケモンの群れに怯えず戦うあたしの姿を見て──少しは誇らしく思えるだろうか。
不安そうながらも送り出した両親も。
負傷して退団していったかつての先輩方も。
製造隊への所属変更を勧めてきた色んな人達も。
少しはあたしを見直して、流石テルの先輩だねって認めてくれるだろうか。
「“でんこうせっか”!!」
迸る軌跡に雪が弾ける。
十体弱いた群れを蹴散らした相棒の背は何より逞しく見えた。
でも、彼は警戒を緩めない。その理由はなんとなくあたしも分かる。肌をナイフでなぞっている様な冷たい感覚。雪ではない、冷気でもないこの感覚はただひとつ。
雪と風に塞がれた視界を袖で拭う。
くすんだ白の世界にゆらりと現れた新たな群れ。
膨らんだ袴のような風貌、すらりと伸びた黄緑色の細腕。印象だけなら人間と似ているけれど、決定的に異なっているポケモン──サーナイト!
「まだ行けますか、ピカチュウ」
当然、と力強い咆哮が返ってきた。
もちろんこの数を一体で相手するのは酷だろうから信頼はするけど過信はしない。ちゃんとあたしが見極めて、最適な状況で交代も視野に入れるんだ。いざとなったらテルみたいに、粘り玉を持って自分が出る覚悟だって固めなければ。
ひと呼吸して群れと対峙する。数は七、多いけれど捌き切れない程じゃない。
「“手早く”、“アイアンテール”!」
一対多数は何よりもまず速さが命。
一度立ち止まればその隙を突かれてしまう。一度で撃破しようとは考えず、攻撃を受ける回数を減らすのが何より重要だ。その一度で撃破すれば攻撃を受ける回数は最も少ないとかテルみたいな理論は置いておいて。
積雪を巻き上げ上がら高速で疾走する相棒が銀の刃となった尾を振り上げる。
軽やかな動きで群れを掻き乱し、連撃を叩き込む作戦を実行に移すその瞬間。
──するはずもない金属同士の衝突音が、轟いた。
「え……?」
サーナイトはエルレイドと違って刃を持たない。
覚える技はほとんどが特殊技で、鍔迫り合いができるような技も器官も備わっていない。
群れの中にエルレイドが混じっていたとは考えにくい。だってあたしが見たのは確かに、ふわりと広がる裾を持つサーナイトたちの群れのはずだ。
甲高く響いた鈍い音。
あたしの近くに戻ったピカチュウが怪訝な顔で吠え立てる。意外なことに周囲のサーナイトも同じだった。同じ群れにいたはずの“それ”に対して、戸惑いの視線を向けていた。
短く整えられた緑髪に見える頭部と、赤い眼に黒い瞳。
肩から伸びる細い腕、広がる裾と萌黄色の──
「え……?」
伸びる細腕は真っ白だった。
巨大な籠手を装着しているかの様な無骨な腕だった。
脚はエルレイドに似ていた。手弱女の様に細いサーナイトのそれではなくて、しっかりと地面を踏みしめる太く逞しいエルレイドの脚だった。
女袴の様に柔らかく広がる裾は筒状になっていなかった。
邪魔だから破いたかのように前面の裾が無くなっていて、よく見れば綺麗に整えられたサーナイトと比べてなんだかざんばらな印象を受けた。
何より。
何より、異質なのは。異様なのは。
その手に握られた鮮やかな、牡丹色の双刃刀。
エルレイドともサーナイトとも違う
その色彩は寒気がするくらい無機質で、雪よりも冷たい緑は大自然のどこにも属せない。
まるで一振りの剣だった。刀装の無い剥き身の刃を思わせる、武人のような風貌の
轟轟と批難めいた猛吹雪の中、不気味なくらい静かに佇んでいた。
クルイソウ
クスリソウとそっくりな毒草。モデルはギョウジャニンニクとそっくりなイヌサフラン。
サッチェㇷ゚
アイヌ語で「干し魚」の意味。特に鮭を指す。
モデルはアイヌの伝統料理のひとつである「オハウ」。
野菜、魚肉、獣肉などを煮た温かい汁物。厳密に言うと鱒ではなく鮭を入れるのが一般的。