シンオウの昔日-翡翠英雄奇譚- 作:ヒュペルボレイオス
※人間がコイキングを食べる描写があります。
※ポケモンがコイキングを狩る設定への言及があります。
派遣先はイチョウ商会 ※ポケ食描写有り
ラベン博士の部屋でポケモン図鑑の編集作業に耽っていると、コンコンと柱を叩く音がした。
顔を上げれば部屋の出入り口前で本部門番のスグルさんがちょいちょい、と手招いている。
「テル、お前にお客さんだ。本部の前で待っていらっしゃる」
「おれ?」
「お前お前」
スグルさんは「確かに伝えたからな」と告げて足早に持ち場に戻っていった。おれはこたつ向かいのショウ先輩と顔を見合わせる。
「テルへの依頼かもしれませんね。作業は続けておきますので、どうぞ対応してきてください」
「はーい。んじゃ行ってきます」
名残惜しいこたつのぬくもりから抜け出して、中で寝そべっていたマグマラシをボールに収める。ショウ先輩が「あっ」と一瞬名残惜しげな顔をしたが流石に相棒は連れて行く、連れて行かせて。
本部の扉を開けた先にはスグルさんと、見覚えのある制服に身を包んだ知らない人が立ち話をしていた。
……いや、なんか、この顔知ってるな。街一つを停電させそうな顔だ。
「や、どーも。初めまして。俺はギンナン。“お客様がお望みならヒスイ地方の何処へでも”──イチョウ商会のリーダーをやってます」
「はっ……初めまして、ギンガ団ミツボシ調査隊員のテルです」
「折り入って話があってお訪ねした次第です。今お時間いーですか?」
「はい、大丈夫です」
じゃあちょっとこっちに、と連れられた先には大きな荷車が一台と、荷解き作業に勤しむツイリさん達商人の姿がある。
え、まさか人手が足りなかった的な? おれ役に立てるかな。引っ越しの手伝いもしたこと無いよ。
「コトブキムラ及びギンガ団とは今度、正式に提携……協力体制を取ることになったの。今までも行商人たちはムラに出入りさせてもらえてたけど、そういう個人規模じゃなくて商会全体の規模としてね」
「マジすか。よろしくおねがいします」
「うん。でね、丁度良い機会だから、このだいぶガタが来てる荷車も新しくしたいなと」
「ふむふむ」
「お店への卸しも担いたくてさ。ムラひとつの物流を支えるくらいの気概で行きたいんだよね。そうなると荷台の大きさもかなりのものが必要で、人力だとキツいわけ」
「確かに」
「前提を話し終えたから単刀直入に言うね」
「はい」
「きみのギャロップをうちにくれない?」
薄々そんな感じの話をされるんだろうとは思っていたがあまりに直球で清々しさを感じた。
ボールのスイッチを押してギャロップを呼び出す。スグルさんがアゲまるをそっと背に隠した。
「……まずうちの子が気に入らないことにはなんとも」
「一理あるね。こんにちはギャロップ」
ギャロップに荷台の近くを自由に歩かせる。商会の人たちはオヤブンにおっかなびっくりの様子こそ見せるも、ツイリさんを筆頭に“ギャロップ”に対しては友好的だ。
触ってもいいですか? と訊かれたのでギャロップに訊いてください、と答えておく。
「うちはさ、やっぱり移動中に野生のポケモンに襲われたり盗賊に狙われたりする。それを撃退できる戦力としてもきみのギャロップには期待してる」
「うーん、それは良いんですけど……手当てや世話の心得って誰かあります? イチョウ商会ってあんまりポケモン連れてる人がいるイメージ無いんですよ」
「ウォロがそういうの好きだけど……テルさん的には、ウォロしかいないっていうのが気になる点かな」
「そう……ですねえ……」
ウォロさんの手持ちになるなら常にウォロさんの庇護下に置かれるが、商会の手持ち……というか所属になる場合、その後の処遇が如何せん不透明だ。おやとしては心配である。
あのギャロップは頑張り屋さんだから勤務自体に差し支えはないが、それを支えられるだけの力がイチョウ商会にあるのかと言われたら安心はしてあげられない。
「というか荷車も新しくしてギャロップも買うとなると出費
「
「
「む。詳しく」
まず前提として、おれのいた時代ではポケモンと人は手を取り合って生活している。
例えば農園に草ポケモン、消防署に水ポケモン、製鉄所に炎ポケモンといったように、個々のタイプや特性を活かした活躍の場が各所に存在する。専属のポケモンがいればそれで何よりだが、小さな企業や個人宅では力を借りたいポケモンが常駐していないケースも多い。大企業でもイベントの際は専属ポケモンだけでは回せないこともある。
そこで利用されるのがポケモンレンタルのシステムだ。今この時だけ必要なポケモンの手を借りる、ポケモン用の派遣制度。ポケモンを連れていない小さい子が参加するバトルイベントなんかでも、力加減や立ち回りの演じ方を熟知したポケモンたちが催しを盛り上げる。
ガラルに本社を置くサービス「ポケジョブ」などが代表だろう。
「ギャロップを“買う”んじゃなくて“雇う”んですよ。健康管理とか戦闘用の調整とかはおれがやって、イチョウ商会さんは毎度コンディション……あーえっと、状態が整ったギャロップに来てもらうだけ。人間が出勤するのと同じように」
「へえ、面白い案だね。確かにそれならうちの衆に世話を覚えさせる手間と手当てが省けるな。その場合はどこまでテルさんにしてもらえて、どこからがうちでやる感じ?」
「さっきも言った通り健康管理や戦闘技能の仕込みはおれがやるんで、イチョウ商会さんにお任せすることになるのは……有事の際のキズぐすりの使用くらいですかね」
「ん、キズぐすりの使い方は皆知ってるからいけるね。将来的にうちが担えるものを増やせば、レンタル料金がその分割り引かれたりする?」
「それは勿論! 今度ギャロップの食事について資料に纏めておきますね」
と言っても主に草だから、原野でひとしきり好きに食べさせるくらいだ。手間なのはその後に歯の噛み合わせをチェックしたり、仕事の前後に蹄の状態を見たりが必要になってくる辺りだろう。
おれとギンナンさんがそうして主な移動ルートや日を跨ぐ場合の取り決めなど細かい摺り合わせを重ねていく間に、ギャロップは商会の皆さんといい感じに打ち解けたようだった。
「じゃあ、気になる料金だけど。テルさん的には幾ら?」
「そーですねえ……」
椅子に腰掛けたギンナンさんが膝に算盤を置く。
シンオウ地方でのレンタルギャロップの相場は知っているが、流石にそのまま適用するとなると実績も無いのに吹っかけ過ぎなお値段になるだろうから……えー……。
「……まずうちでギャロップを捕獲する場合の概算から始めるね」
「へ? はい」
次の瞬間にはバチバチと音を掻き鳴らし、とんでもないスピードで珠が弾かれ始めた。
人件費と治療費と特別手当と遺族への賠償云々と物騒な単語がかろうじて耳に引っ掛かっては通り抜けていく。そして提示された金額にヒェと喉を絞め上げるおれ。「テルさんを頼ろうとするのも分かるでしょ」と耳打ちされ、首がもげるほどに頷いた。
お値段は相場よりは安めに、一部現物支払いでも可とさせていただきます。
「もしギャロップ自身がイチョウ商会にずっといたいって思えるようになったら、その時は正式に譲渡させていただきますね」
「え、無料?」
「はい、ギャロップが懐くくらい良くしてもらえたお礼ということで」
「魅力的だな。頑張って口説き落とすとするよ」
話が纏まり、改めてギャロップの様子に目をやった。
商会の人たちは足を折り曲げて寛ぐギャロップを取り囲み暖を取っている。第一印象は互いに良好なようだった。
「よかったら……お試しってことで、この荷車ひいてもらいますか? 実際やってみないと分からないこともありますよね」
「いいの?」
「ええ、おれも着いていきますから。明日は休みなんで泊まりでも大丈夫です」
「うん、じゃあ今日の撤収はよろしく頼むよ」
握手を交わしてギャロップをボールに戻す。
ぬくもりの喪失に嘆きの声をあげる皆さんだったが、「はいはい休憩終わり」とギンナンさんが手を叩くと残念そうに、けど迅速に作業を再開した。
「──という訳で、今晩はお世話になります」
「こちらこそ〜!」
一日の仕事を終え、太陽がもう半分は顔を沈めた頃。イチョウ商会の荷車は空を見事に染め上げる茜の西日に照らされていた。
撤収の用意は既に済ませてあり、商品の捌けた荷台で皆さんが肩を寄せ合っている。寒さ対策は厚手の敷物と毛布のようだ。そもそもイチョウ商会の制服があたたかそう。
おれは仕事の合間にショウ先輩と共同クラフトしたワークハーネスでギャロップと荷台を繋ぐ。ちゃんと職人さんが作ったものは後日イチョウ商会が用意するそうなので、これはあくまでサイズのサンプルも兼ねた試作品だ。
「…………でっか……」
ハーネスを取り付けた時、商会の人からそんな感嘆が漏れた。分かる。こうしてまじまじと比較すると、オヤブンポケモンの大きさが際立つのだ。荷車を見下ろす体躯は勿論、炎の尻尾だけで一馬身はある。
そもこれくらいの荷台ならオヤブンではないギャロップで充分、ポニータでもいいだろう。完全にオーバースペックだ。役不足ってこういうことか。
後ろでギンナンさんが「もっと欲張ってもよさそうだな……」と荷車のランクを上げようとしている。
「痛くないか? ……うん、よし。動きやすそう? そかそか。よーし。準備できました!」
「ん、こっちも問題児が帰ってきたよ」
先程までいなかったウォロさんが荷台でひら、と手を振っている。もう少し遅れていたら置いていかれたんだろうかこの人。
さて気になる目的地だが、『黒曜の原野』で野宿だそうだ。ギンガ団と正式に提携したので『始まりの浜』や『野外訓練場』を夜間のキャンプ地にしてもいいとのお達しは出ているけれど、野生ポケモンへの対処も試したいので、あえてムラの外、ポケモンがいる地での野宿である。まあウォロさんもいるし万が一のことがあっても大丈夫だろう。
荷台の前に腰を下ろし、いざ。
「しゅっぱーつ!」
「いえーい!」
後方を確認したギャロップにゴーサインを出すと、彼は声に応えて歩き出した。
大通りを練り歩く巨体にムラの人たちは皆家の戸を閉じ、時折隙間からこっそり覗く。おれは「怖くないよー」とアピールするために手綱をしっかり握りながら、スピードを出しすぎないよう声を張って指示を出し続ける。
門を越え、『黒曜の原野』を進んでいく。
風薫る『大志坂』の向こうから大地をなめる斜陽がギャロップの炎と溶け合い、美術館のガラスケースに飾られる一枚の絵画の様に美しい様相に息を呑んだ。
夕空を舞う彼方のギャラドスも心なしか緋色に染まって見え、ムクバードの群れはその輪郭を橙に色めかせる。
「あ、あのー」
「はーい?」
荷台からおずおずと顔を出したツイリさんが「その尻尾って熱くないんですか?」と質問した。良い着眼点だ。
「ギャロップたちの炎はちょっと特殊なんですよ。ポニータの頃から引き継がれる特性なんですけど……彼らに敵意が無いなら、この炎のたてがみや尻尾は全然熱くないんです」
「へー、自分で調節できるんだ!」
「みたいっすねー、不思議。あ、でも走ってる最中に握ったり触ったりしちゃ駄目ですからね? この脚で蹴られたら一撃で荷車が木っ端微塵になりますから」
「怖っ!?」
荷台が騒めく。ちょっと怖がらせてしまったがこれは本当に危険なので釘は刺しておくに越したことはない。
そういうのも詳しくお願い、とギンナンさんに促されたのでキャンプ地に着いてから諸々説明しよう。
「ん。今日はここで野宿にしようか。皆、準備して」
ムラを出て真っ直ぐ『大志坂』を下った先、橋と川の近く。ギンナンさんの指示で荷車を止める。
周辺のコリンクはオヤブンギャロップの威圧感に力の差を察して早々に退散しており、現状周囲に危険は無い。
荷台から下りた商会の皆さんは予め決めておいたのかそれぞれの役割に従事し始める。水を汲む人、枯れ枝を集める人、食事の準備を始める人、荷台を寝床に改造する人……特に薪集めは日が沈み切る前に終えなければいけないので人手がほしいだろう。自動的におれはそこの手伝いに自分を振り分けた。
集めた枝にギャロップが火を灯す。
ベースキャンプにもあるような焚き火に鍋が掛けられ、水を張って昆布を沈める。その辺で採ったクスリソウや売れ残りのツルギマイタケは食べやすい大きさに分けておく。ラインナップから淡白な味なんだなと諦観した刹那にギンナンさん秘蔵の味噌が取り出され、おれはレンタル料金の割引を掲げて味噌の定期購入を交渉すると決めた。
「お待たせしましたー!」
「お、来た来た! 今日の主役!」
「主役?」
食材調達に放り出されたウォロさんが川辺から焚き火元へ戻ってくる。
──水滴を滴らせた竹ザルには、綺麗に解体されたコイキングのアラが幾つも乗せられていた。
「…………………コイキング食べるんですか?」
「? はい。食べますよ、コイキング」
「仕留めるのが大変なんだよな。弱いけどしぶといから」
そんな話をしながらウォロさんはアラを湯の中へ投入する。クスリソウとツルギマイタケも追って放り込み、味噌は様子を見ながら量を調整するらしい。
コイキングは……確かに、まあ、よく食べられる。けどそれは野生のポケモンにだ。ピジョットとかプルリルとか、とにかく弱いのですぐに捕食されてしまう。それは自然界のことなので仕方ないけど。
人間が食べるという話は。
現代もとい未来では聞いたことが、無い。
「コイキングは身こそ多くはありませんが、火が通りやすい、味が染みやすい、水辺ならどこにでもいる。この三点により優秀な食糧として昔から重宝されているのですよ」
「へ、へえ〜……」
沸騰した湯の中で踊るアラは時間と共に白いアクを滲ませる。それをお玉で取り除いて待つこと約二十分、「そろそろかなあ」と器が用意された。
……確かに早い。ミガルーサの切り身を味噌煮にしようと思ったら一時間は中火から弱火でじっくり煮る必要がある。
お椀の中に浮く小さなアラに目を落とした。
火が通り味噌の味が染み込んだ白い身は、ほう……と味噌の香りを纏っている。
「それじゃ、いただきます」
「いただきまーす!」
ぱん、と手を合わせてはふはふとアラの身を堪能し出す商会の皆さん。
周囲に満ちる味噌の香り。クスリソウの若干青味のある匂いがコイキングの泥臭さを完全に消臭しており、こりこりとした食感のツルギマイタケも深みのある味が堪らない。
でも……コイキング、食べるのか……。
お椀に残ったアラを見つめる。
多くないとウォロさんは言ったが、それでも引き締まった身が骨に沿って肉づいている。そりゃそうだ。鍛えれば“とびはねる”が使えるポテンシャルを秘めている。
……分かっては、いるんだよな。
おれがポケモンを食べずに済んでいるのは、おれのいた世界の食糧事情を支える人の活躍故だ。潤沢なきのみ、豊富な農作物、大豆を用いた合成肉、鳥ポケモンの無精卵にラッキーの卵型栄養カプセル。ポケモンを食べずに済んでいるのは、そうした技術のおかげなんだ。
トバリの神話にもシンオウ神話にも、ポケモンを食べねば生きてはいけない時代について記されていた。ポケモンを食べて、糧にして、そうして生きてきた先人たちのおかげでおれは産まれてきた。
分かるんだよ。
イモとマメと蕎麦だけの従兄弟煮がどれだけ味気無いか。
シンオウの美食がどんな夢を託されて開発されたのか。
腹を満たすだけの開拓飯でも、それを確保する畑作隊の皆さんがどれほど忙しく頭を悩ませるか。
放牧場が、最初はどんな目的で作られたのかなんて、考えるまでもないだろう。
……いただきます、と改めて小さく祈る。
箸で掴み上げたアラに意を決してかぶりつく。
ガツンと来るのはやはり味噌。次に昆布の出汁が鼻口を擽り、じゅわりと広がる汁が口内に味を送り出して。
淡白なコイキングの身が、ほろりほろりと崩れていく。
「……うっま」
野菜と蕎麦だけ食べ続けた体には暴力的だと感じる程に。
どんな環境でも生きていける逞しい動物性タンパク質が、腹を良質に満たしていった。
日が暮れるとフワンテが時折通り掛かるが、子供がいないと分かるやぷいとそっぽを向いて去っていくので問題は無い。
煮汁も美味しく飲み干して、使った食器類は一度沸騰させたぬるま湯で洗浄。
「おれ、拭きますね」
「助かる〜。誰かさんは後片付けになるといっつも途中でいなくなるからさー」
布巾で水気を拭いながら苦笑する。誰かさんとは食器を集めるだけ集めてふらっとどこかへ消えたウォロさんのことだ。
まあアイツも単にサボってる訳じゃないからね、とギンナンさんがフォローに入った。
……ウォロさんが今何をしているのかは、丁寧にお椀から取り除かれたコイキングの骨を思えば瞭然だろう。
「弔ってるんですよね、コイキングのこと」
「そ。」
「弔う? コイキングを?」
「神話にあるんですよ。食べたポケモンの骨を綺麗にして水の中に送ると、ポケモンはもう一度肉体を宿して戻ってくる……って」
「へー、そりゃあ神話好きのウォロなら知ってるだろうし……そういうコトなら許してあげよう」
ミオ図書館にあった、再生型神話に分類される言い伝え。
生きるために食べることは生き物である以上避けられない摂理だ。食べずに済むなら何よりだろう。殺さずに済むなら何よりだろう。それでも食べなければ生きていけないのだ。
けれど──否、だからこそ。食べたものへの礼は尽くすべきであると理性が叫ぶ。
故に弔う。丁寧に、丁寧に。
それは相手を食べた自分達が行える最大限の祈りであり、贖罪であり、礼儀なのだ。
「あ〜さぶさぶ……」
片付けを済ませて冷えた手をギャロップの炎にかざして暖を取る。やはり炎タイプがいると作業の多くを迅速に済ますことができるらしく、焚き火のみならず篝火までもが楽々と用意できたのが大層お気に召したようだった。うちの子の優秀さに世界が気づいてしまったな。
「えー、そういう訳で。この度商会ではこちらのギャロップを雇おうと思ってる。けどそれには皆のギャロップに対する理解力が必要になってくるよね。俺も一から勉強するつもりで聴くから、皆もちゃんと聴いてほしい」
「はーい!」
「良い返事。それじゃテルさん、始めて」
焚き火を囲って暖まりながら、おれはこれまで考えていた注意事項を何度も脳内で諳んじる。明日も早いだろうし、手短に済ませるべきだ。けど必要なことは全部伝えたい。
「えと……まず分かってほしいのは、オヤブンとはいえギャロップは穏やかなポケモンです。草原でただ走るのが大好きな種族、かつ臆病なきらいがあります」
「臆病……?」
「はい。あんま実感ないかもしれませんけど……ポニータもギャロップも優しくて臆病なんですよ。臆病だからこそ人をよく見てます。嫌な奴はすぐ分かります。優しい人も当然分かります」
故に、ギャロップは殆どが仲間想いだ。
繊細で、敏感で、臆病だからこそ、人間の接し方ひとつで幾らでもパートナーになれるし、敵になる。
「ギャロップの視界はめちゃくちゃ広いですけど、死角はどうしてもあります。臆病なんで死角には常に怯えてます。その死角から急に触られると、どんだけ信頼する人間相手でも蹴飛ばしてしまうんです」
だから真後ろに急に立ってはいけないし、真後ろから急に触ってはいけない。そも荷車なんて物を曳いてくれている時点で、ギャロップは相当こちらに気を使っている。
それを理解してほしい。力では余裕で楽々引っ張っているけれど、精神面ではかなり神経のいる作業なんだと。
そんなふうにして、おれは伝えられることは全部伝えた。
機嫌は耳を見れば大体分かることも、この子が特に賢くて簡単なハンドサインなら理解できることも、伝えたい生態は全部口にした。分かってほしかったんだと思う。分かってもらうために図鑑を作っているんだから、まあ、当たり前だ。
自分の好きなものについて、どうか誤解せず知ってほしい。そんな情熱とも言える炎を燃やし続けて、すっかり夜も更けた頃に、掠れた声で説明を締め括った。
「……はっ! す、すみません長くなって!」
「いや、大丈夫。大事な子を預かるんだから当然だよ」
「そうそう! これから仕事仲間になるんだもん、ちゃんと知りたいよ!」
熱いものが込み上げてくるのを必死に堪え、「今日言ったことはまた紙に纏めてお渡しするんで、よろしくおねがいします」と頭を下げる。
より万全の状態でギャロップを送り出せるよう、また明日からギンナンさんと細かい摺り合わせをするのだ。最初からちょっとかっ飛ばし過ぎだろ、おれ。
「それじゃ眠いかもだけど最後に明日の行程確認するね」
はーい、と流石に眠たげな声が挙がる。
けどおれが全然出来なかった“手短に済ませる”というスキルを遺憾なく発揮して、ギンナンさんはミーティングを速やかに締めくくった。
交代で火の番をしながら休息を摂るらしく、まずはギンナンさん以外の皆が荷台で横になる。
店を持たない行商人である彼らの大変な一日がようやく終りを迎える。
毛布に包まってからすぐに立てられる寝息の数々に、ギャロップが耳を傾けていた。
「……気に入った?」
そう訊ねれば、柔らかな眼差しが注がれる。だよな、とマフラーに顔を埋めた。
話している間ずっと真剣に聴いてくれた彼らが「良い人達」なのは、他でもないギャロップが最もよく分かっているだろう。
「頑張れそうか? ……そか。うん。……うん。」
そっか、と吐息が夜の空に消える。
満天の星の中、テンガン山の頂きで稲光る時空の裂け目を見上げながら──
──フワンテ捕まえるなら今の内じゃね?
カッと意識を覚醒させすぐさまモンスターボールを片手に荷台から飛び降りる。ギンナンさんの頭上に疑問符が見えたのでボールを見せつけて頷くと、向こうも察してくれたのか頷き返してくれた。
夜の調査もいつかはするだろうけど!
今! おれの目の前にフワンテがいるんだ──!
そうしてアヤシシ様に跨り三体ほど捕獲したおれは、フワンテのキュートな瞳に見つめられながらギャロップの炎を頼りにレポートを書き上げた。
寝落ちしそうになるとフワンテが腕に絡み付いてくるので助かる。
目が冴えるんだぁ、悪寒で。
コイキング(♂)
わんぱくな性格で居眠りが多い。
最弱と名高いが繁殖力や適応力は全ポケモンの中でもぶっちぎり、種としては最強。
肝はかなり苦味が強く、少しでも潰してしまうと一瞬で食べられる限度を超えるが乾燥させると生薬の材料になる。
フワンテ(♂)
むじゃきな性格で血の気が多い。
モンスターボール片手に突っ込んできたテルのことを「魂がきらきらしていて美味しそうな人間」だと思ってる。お祭りの屋台に並ぶ、提灯の明かりを受けて輝く飴細工みたいな感覚。